MEMORANDUM
2009年05月


「嘉永四年の人びと」の名前を引き写しながら、やっぱり、女性がひとりもいないな、と思い、まあ、そんなものだろう、とも思った。なにしろ、江戸時代なんだから。それでもちょっと気になって、というよりヒマな時間があったからだが、ふたたび成子天神社に石灯籠を見に行った。そうして、端からかたっぱしに名前を読んでみると、あにはからんや(使い方合ってますか?)。いたのである、たったひとり、女性が。その名は「船橋屋太兵衛娘の一」。でも、こりゃ、名前じゃないよね。いや、もしかすると、「いち」という名前なのか? とにかく、女性であることはまちがいないだろう、娘なんだから。もちろん、大年増かもしれないが・・・。

◆ もうひとつ。石灯籠の台座の名前を引き写しながら思ったのは、意外にカンタンな作業だな、ということ。いくつかむずかしい字体の漢字もあったが(廣嶌屋→広島屋、龜太郎→亀太郎)、それを除けばすんなりと入力できて、ちょっとびっくり。ただ、画像の漢字がよくわからない。「岡田屋与*衛門」「廣嶌屋吉*ヱ門」の「*」のところ。「ナ+匕」みたいに書かれている字。これは、「右」なのか、「左」なのか? どなたか、教えていただけると幸いです。

◆ 「眞宗 佛光寺派 西徳寺」の掲示板には、いつも「独自な」法語が「達筆な」文字で書かれていて、読むのが楽しい。ま、浄土真宗の寺らしくて、よろし。

◆ 左のは(いまとなっては)どうでもよくて、右の「仲よしだけを友とはよべない」にだけちょっとコメント。この標語、じゃなかった、法語を読んで、先日『泣いた赤おに』にふれて書いた、「いつまでも・どこまでも」という記事のことを思い出し、ああ、これはまさしく青鬼のことだなあ、と合点した。井上陽水も歌っている。

♪ 仲よしこよしは なんだかあやしい
  井上陽水 「青空、ひとりきり」(作詞:井上陽水)

◆ 『西の魔女が死んだ』のハナシのつづきを考えながら、今朝、コンビニでスポーツ新聞の1面の大見出しを見て、驚いた。「清志郎が死んだ」。

◇ 伝説のロックバンド「RCサクセション」を率いるなどロックスターとして活躍した忌野清志郎(いまわの・きよしろう、本名・栗原清志=くりはら・きよし)さんが2日午前0時51分、がん性リンパ管症のため都内の病院で亡くなった。58歳だった。[2009年5月3日8時58分 紙面から]
www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090503-490071.html

◆ 上の引用はウェブ版から。タイトルは「忌野清志郎さん死去」と少々おとなしくなっている。キヨシロウには「清志郎が死んだ」のほうが似つかわしい。一度だけRCサクセションのライブに行ったことがある。高校生のころ。はじめてのロックコンサートだった。あれは、高校1年だったか、2年だったか、それとも3年だったか? 記憶があいまいだったので、ネットで調べてみると、

◇ 70年代後半から80年代のいつ頃までだろうか、京都の四条にある南座(正式名称は京都四條南座)という、何と1600年代から続く歴史ある劇場で『除夜の鐘コンサート』というライヴが開催されていた。僕自身はこのライヴに行った事が無いが、知っているのは何故かと言うと、1980年12月31日に行われた第四回に、RCサクセションが出演しているのである。いくつかのバンドやアーティストが出ていた(ジューシィ・フルーツは出演)ようだし、RCの出番がいつだったのかも不明だし、カウント・ダウンがあったのかもわからない。
blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-727.html

◆ ああ、これこれ。そうそう、南座だった。ジューシィ・フルーツも憶えてる。1980年、ということは、高校1年のときか。だれと一緒に行ったのかも思い出した。ライブが終わって、ちょっと大人になった気がした。それから、八坂神社に初詣に行って・・・。

♪ Woo 授業をさぼって 日の当たる場所にいたんだよ
  寝ころんでたのさ 屋上で タバコのけむり とても青くて

  RCサクセション 「トランジスタ・ラジオ」(作詞:忌野清志郎)

◆ 今夜は「トランジスタ・ラジオ」を聞きながら、ちょっとばかし、高校のころを思い出しながら(授業をさぼって、日のあたる場所で寝転んでたのさ、川べりの土手の斜面で)、清志郎を追悼することにしよう。

◆ 南座の写真を探していたら、こんなのが見つかった。浄土宗聖光寺(京都市)。

♪ 負けない事
  投げ出さない事
  逃げ出さない事
  信じ抜く事
  駄目になりそうな時
  それが一番大事

  大事MANブラザーズバンド 「それが大事」(作詞:立川俊之)

◆ 画像をよく見ると、駄目の「駄」の字が「馬+犬」になっている。ダメじゃん。それから、やっぱりクレジットはいれとかなきゃ。それが一番大事。

〔朝日新聞:2009年4月18日23時1分〕 ナガミヒナゲシの赤い花が都市部の道ばたや空き地で目立つ季節になった。〔中略〕 ナガミヒナゲシは1961年、国内では初めて東京都世田谷区で報告された。90年代後半以降になると、本州の内陸部や日本海側へも生育地を広げた。花は美しいが、その急増ぶりから在来種との競合、農地での雑草化などが心配されている。
www.asahi.com/science/update/0418/TKY200904180186.html

◆ そんな、道端のナガミヒナゲシを見ながら、思わず「♪おっかのうえ~ひんなげしの~」と歌いだしてしまった、なんてことはさすがにないけれど、

♪ 丘の上 ひなげしの花で 占うの あの人の心
  今日もひとり
  来る来ない 帰らない帰る あの人はいないのよ 遠い
  街に行ったの

  アグネス・チャン 「ひなげしの花」(作詞:山上路夫,1972)

◆ ヒナゲシの花占い。

◇ ひなげしの花びらは四枚しかないので花占いには向いていませんな
ottosii.tenkomori.tv/e93741.html

◇ 納得いかないと言えば「丘の上、ヒナゲシの花で~、占うの、あの人の心~」って言うけれど、4枚しか花弁がないヒナゲシの花で、どういう占い方をするのか。これも俄然、納得いかない。
home.att.ne.jp/omega/HAL2000/koen/k017.html

◇ 「来る来ない・帰らない帰る~」この歌の作詞家はすごい!というのもポピーの花弁は4枚なんですよね。普通花占いってもっと花弁の多い花でやりません?たった4枚じゃ結果はわかりきってる・・・・・(^_^;)
kyonch.cocolog-nifty.com/www/2007/03/post_9a23.html

◆ ワタシも、そう思う。花占いをするなら、ヒナゲシではなくて、ヒナギクではないかと。けれど、その先を考えるひともいて、

◇ ちなみに・・・ヒナゲシの花弁って4枚だから、花占いすると、すぐに結果が分かるけど。んー。答えが見えてるから・・・余計に切ないのかしらね・・・。
stabile.exblog.jp/10181452/

◇ 「この女性は彼が自分の元に帰ってこないことを知っているの。知った上でヒナゲシで花占いをしているんだと思うよ。悲しいね」
blog.goo.ne.jp/yottanko/e/b288a5a7fa7010184ab04d751630d09f

◇ ひなげしの花びらは4枚なのである。花を一目見れば、花占いの答えは一目瞭然なのだった。それでも少女は、毎日のように、丘に登っては答えの分かっている花占いを繰り返すのである。
 花びらが4枚であるということを知ったのも最近である。物事を知らないにも程がある、とはこの事だろう。4枚であることが、これほど少女の一途さを表しているとは。
 そうして、もう一つ知ったのは花言葉である。ひなげしの花の意味は「慰安」であると教えられて、衝撃を受けた。この少女は虚しく、花占いを繰り返しているのではなく、そのことで心が慰められていたのだ、と分かったからだ。間違いなく、私の中では名曲となった。

fmn1.jp/2007/05/post-4.php

◆ 深読みであるのかないのか、ワタシにはわからない。ただ、小学生高学年のころ、アグネス・チャンの下敷きを使っていたことを思い出して、それを最後にさりげなく書きつけておきたかったわけ。

◆ 花びらが4枚しかないナガミヒナゲシでそもそも花占いをしようという気になるかはさておき、一般的なハナシとして、花占いをしていて、こんな風に残った最後の1枚をあなたならどうするだろうか? 答えがわかってしまったあと、それでもあなたはこの最後の花びらをむしり取るだろうか? それとも、そのままにしておくだろうか?

◆ 好ましい結果が出るとわかったときには、喜んでむしり取るひとも多いだろう。けれど、望んでいたのと反対の結果に終わるとわかってしまったとき、その最後のひとひらを取り去るには、かなりの勇気がいるのではないだろうか?

◆ 関係があるのかないのか、勝負事には、「最後のひとひら」を取らないという(暗黙の)ルールがあるものが多い。将棋は相手の王を取るゲームだが、王の駒を取るという行為は実際には見られることがないだろう。そのはるか以前に「負けました」と言って、ゲームは終了してしまう。

◆ 野球でも、後攻のチームがリードしている場合には、9回表でゲームは終了してしまう。もし、その裏の攻撃があれば、予想もつかない奇跡 ―― たとえば、? ―― が起こるかもしれないのに。

◆ 人生もゲームに似ているだろうか? 治療不可能な病にかかったとき、それでも奇跡が起こるかもしれないと・・・。自分で自分の人生にケリをつけるのはどんなに勇気がいることだろう。朝からヘンなことを考えてしまった。

◆ 虫の居所が悪いのか、朝っぱらから、空がゴロゴロ鳴っている。いったいなにをそんなに怒っているのか? できればそのわけをワタシにそっと教えてほしい。雨もザーザー降っている。というわけで、雨の歌、ふたつ。

♪ しょうがない 雨の日はしょうがない
  小室等 「雨が空から降れば」(作詞:別役実,1966)

♪ アー ここもやっぱり どしゃぶりさ
  ザ・モップス 「たどりついたらいつも雨ふり」(作詞:吉田拓郎,1972)

◆ そういえば、雨が降り始めるときというのはいつも(じゃないけど)、我慢に我慢を重ねて、それでもどうしても耐え切れなくなって、ある瞬間、堰を切ったように、雨粒が落ちてくる。そんなに我慢しなくていいよ、とっても気になるから。というわけで、涙の歌、ふたつ。

♪ 雨の降る日を待って さらば涙と言おう
  森田健作 「さらば涙と言おう」(作詞:阿久悠,1971)

♪ 涙は こころの汗だ たっぷり 流してみようよ
  いずみたくシンガーズ 「帰らざる日のために」(作詞:山川啓介,1974)

◆ ああ、青春だなあ。こどものころ、「おれは男だ!」「われら青春」などの学園もののテレビドラマを見て、高校生というのはなんて大人っぽいのだろう、と思ったが、すでに大人の俳優が高校生役を演じていたりもしたのだから、大人っぽいのは当たり前だった。

◆ モップスの鈴木ヒロミツは2007年に肝細胞癌で死去。森田健作は千葉県知事になり、中村雅俊は息子が大麻所持で逮捕。いずみたくは1992年に肝不全で死去。小室等はどうしているかしらない。

◆ 雨が降ったり止んだり降ったり止んだり降ったり止んだり降ったり止んだり、まるで花占いのように、狐が狸に嫁入りでもしかねない、そんな妙な天気の一日を、気象台はどのように記録するのだろう? 雨のち曇りのち雨のち曇りのち雨のち曇りのち晴れのち雨のち晴れと同時に雨、それから虹!

◆ 新宿で虹を見たよ、とちょっと自慢げに友人にメールを打つ。その返事には、ワタシが見た虹よりも数倍美しい虹の画像(中央)。いったいどこで見たんだろう。左の新宿の画像では虹がよく見えないだろうから、ちょっと前の虹の写真(右)でバランスを整えて・・・負け惜しみ? というわけで、虹の歌、ふたつ(といっても、後者はあまり虹と関係がないが)。

♪ 虹の向こうは晴れなのかしら あなたの町のあのあたり
  小さな傘が羽根になるなら 今すぐとんでゆきたい私

  天地真理 「虹をわたって」(作詞:山上路夫,1972)

♪ fuir le bonheur de peur qu'il ne se sauve
  se dire qu'il y a over the rainbow
  toujours plus haut le soleil above
  radieux

  ジェーン・バーキン 「虹の彼方」(作詞:セルジュ・ゲンズブール,1983)

◆ 以下は「NHKテレビフランス語会話・ドミニクと歌おう」の解説から、ということらしいけれども、歌詞はたしかに「ひねっ」てあって、この解釈も正しいのかどうか。

◇ この歌は1983年にセルジュ・ゲンズブールがつくり、ジェーン・バーキンが歌ってヒットしました。歌詞の内容はゲンズブールらしく、ひねったものです。「幸福はあっという間に消えるはかないものだから、幸福を避けてもっとほかのことを考えなさい。幸福(虹)の彼方にはもっといいもの(太陽)がある。私との愛の幸福よりもいいものがあるはずだ」
sound.jp/chagnon/musique/nhk/2002.html

◆ 3年前の5月にも虹を見て、「誕生日プレゼント」という記事を書いた。つぎに虹を見るのはいつだろう。

◆ 桜の時期に、ここ数年にヒットしたサクラの歌をまとめて聴いてみた。そのなかに、いきものがかりというグループの「SAKURA」があった。

♪ 小田急線の窓に 今年もさくらが映る
  君の声が この胸に 聞こえてくるよ

  いきものがかり 「SAKURA」(作詩:水野良樹,2006)

◆ 歌とはまったく関係がないが、小田急線のこんな電車に乗って、顔をゆがめて窓からかいま見るサクラは、それでもやっぱりキレイなんだろう。ま、ロマンスカーのがいいけど。

♪ 花びらむしりながら 恋をうらなう
  私はまだ少女なのかな

  桜田淳子 「花占い」(作詞:阿久悠,1974)

◆ 《Wikipedia》によれば、この歌詞は「月刊明星」での公募から簑島若代のものを原案として、阿久悠が作詞したものらしい。この「花びらむしりながら 恋をうらなう」遊びは、日本語では一応「花占い」とこなれたコトバになっているけれど、《Wikipedia》の英語版でのタイトルは、「He Loves Me... He Loves Me Not」となっていて、これをひとつにまとめたような便利なコトバはないらしい。

He/She Loves Me, He/She Loves Me Not or effeuiller la marguerite (in French) is a game of French origin, in which one person seeks to determine whether the object of their affection returns that affection or not.
en.wikipedia.org/wiki/He_Loves_Me..._He_Loves_Me_Not

◆ フランス語では、「effeuiller la marguerite」(マーガレットの花びらむしり)という。《Wikipedia》の解説では、この「花占い」遊びの起源をフランスだとしているが、そうなのだろうか? 《Wikipedia》のこのページには、各国語による「花占い」の言い方のリストがあって、簡単に翻訳すると、

・ブルガリア語:"Той ме обича... той не ме обича"(愛してる、愛してない)
・カタルーニャ語:"M'estima... no m'estima"(愛してる、愛してない)
・デンマーク語:"Han/hun elsker mig... han/hun elsker mig ikke"(愛してる、愛してない)
・オランダ語:"Hij/zij houdt van me, hij/zij houdt niet van me"(愛してる、愛してない)
・エスペラント語:"Li/Ŝi amas min... Li/Ŝi ne amas min"(愛してる、愛してない)
・フィンランド語:"Rakastaa...ei rakasta"(愛してる、愛してない)
・フランス語:"Il/Elle m'aime un peu, beaucoup, passionnément, à la folie, pas du tout"(ちょっと好き、好き、愛してる、とっても愛してる、ちっとも愛してない) さらに数が増える場合も。
・ドイツ語:"Er/sie liebt mich... Er/sie liebt mich nicht"(愛してる、愛してない)
・ギリシャ語:"Μ'αγαπά... δε μ'αγαπά"(愛してる、愛してない)
・ハンガリー語:"Szeret... nem szeret"(愛してる、愛してない)
・イタリア語:"Mi ama... non mi ama"(愛してる、愛してない)
・ノルウェー語:"Elsker... elsker ikke"(愛してる、愛してない)
・ポーランド語:"Kocha... nie kocha"(愛してる、愛してない) あるいは、"Kocha... lubi... szanuje..."(愛してる、好き、気になってる)
・ポルトガル語:"Bem me quer... mal me quer"(必要としてる、必要としてない)
・ルーマニア語:"Mă iubeşte....nu mă iubeşte"(愛してる、愛してない)
・ロシア語:"Любит, не любит, плюнет, поцелует, к сердцу прижмет, к черту пошлет"(愛してる、愛してない、馬鹿にしてる、口づける、抱きしめる、呪ってる)
・スペイン語:"Me quiere... no me quiere", "Me ama... no me ama"(愛してる、愛してない)
・スウェーデン語:"Älskar... älskar inte"(愛してる、愛してない)
・トルコ語:"Seviyor... Sevmiyor"(愛してる、愛してない)
・スロヴァキア語:"Ľúbi ma..... neľúbi ma"(愛してる、愛してない)
・中国語:"他/她愛我... 他/她不愛我"(愛してる、愛してない)
・ヘブライ語:"אוהב/ת...לא אוהב/ת"(愛してる、愛してない)

◆ となって、そのほとんどが「愛してる、愛してない」式の二者択一であるのに、フランス語とロシア語だけは、選択肢が異様に多い。なぜだろう? まあ、こんなことはだれかがすでに研究していることだろうから、そのうち、その詳細を読む機会もあるだろう。フランス式の「花占い」を映画で見たような気もするが、はっきりしない。画像検索をすれば、いろいろ出てくる。

◆ セセリ蝶の目はまんまるでかわいい。女性には、虫嫌いも多いだろうし、蝶が嫌いというハナシもよく聞くので、少数派なのかもしれないけれど、そう思っているひともいる。

◇ キュートなお目々のセセリちゃん、可愛いですね。
saho.sblo.jp/article/4764247.html

◇ セセリは大きな目が特徴ですね~ 見た目ははかなり地味ですがあの目のおかげでキュートな感じがします^^
cute-colors.blog.so-net.ne.jp/2008-10-29

◇ ある日、河川敷で身動きせずに撮影している女性がいました。〔中略〕 何故イチモンジセセリを写しているのかと聞いたら、「だって、目が可愛いでしょう」との事。確かに、大きな目は可憐な感じがしないでもありません。
pianix.exblog.jp/4141851/

◇ お目目クリクリだしかなりの美人さんだわ。
photo.rgr.jp/photo/log/eid267.html

◇ この種類の蝶は眼がものすごく特徴がありますよね、大きなサングラスをかけている感じがして、私のお気に入りです。
chiharu1000.at.webry.info/200710/article_16.html

◇ この丸くて大きい愛らしい眼がたまりません。。。
blog.goo.ne.jp/kaz_osanpo/e/545e49701fd73a19ee047f3602059d92

◇ お食事中のセセリたんをパチリ。相変わらず黒目が大きくて、ちょっとウサギちゃんに似てカワイイ♪
loveloved70.blog10.fc2.com/blog-entry-387.html

◇ 眼がつぶらで、フカフカで、カピバラのようで、とてもかわいい、と思っています。
blog.livedoor.jp/musimedurukai/archives/51390457.html

◆ つぶらな瞳。蝶の複眼を瞳と呼ぶのはまちがいかもしれないが、すくなくとも「円ら」であることは確かだろう。おそろしいほど円らなセセリの眼。

◆ 人間の女性の「つぶらな瞳」。《Yahoo!知恵袋》に、こんな質問。

◇ 「つぶらな瞳」ってどんな目の事ですか? 目の小さい友人が、いつも「自分のこのつぶらな瞳が嫌でさぁー・・」って言ってますが、この使い方はあってるんでしょうか?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213062647

《教えて!goo》にも、こんな質問。

◇ つぶらな瞳ってどんな目のことをいうのですか?たまにほめ言葉としてそんなつぶらな瞳で見つめられると、みたいなことを言われます。〔中略〕 けれどもつぶらな瞳って小さい目っていう感じなのでこれをいわれるとうれしくありません。
oshiete1.goo.ne.jp/qa588963.html

《ジネコ》ってサイトにも、こんな質問。

◇ 気になってたのでお聞きします。私はずっと「つぶらな瞳」って「大きくて丸いくるっとした目」のことだと思ってました。ですが、最近友人がお子さんの事を話してるときに(そのお嬢さんは目がとても小さいです)「うちの子はつぶらな目だけど女の子だし大人になればメイクで何とでもなる。」と言ってて、周りのママ友たちも疑問に思うようなそぶりも見せずに、「そうだよね〜。」って感じでうなづいてました。私がずっと間違って覚えてたのかと思って調べましたが、「つぶら」というのは「丸くて可愛い」という意味しかないようで、実際に「大きい、小さい」のサイズは記載されてませんでした。最近、テレビで芸能人が「目が小さい」と言う意味で「つぶら」を使ってるのを何回か見ましたし、やはり「小さい」というニュアンスの方が正しいのかな? 一般的には、皆さん「つぶら」は「大きい、小さい」のどちらで使ってるのでしょうか? ただ単に「丸い」という意味で使ってますか?
www.jineko.net/forum/「つぶらな瞳」/84498/

◆ その回答のひとつ。

◇ つぶらという言葉に小さいという意味はないかと思いますが、やはりわたくしは「ちいさくて丸くてかわいらしい」という意味で使用しております。

◆ ひとりごとをすこし。この回答を読んで、「そうか、こういうことだったんだな」、と思った。これまで、コトバの誤用(あるいは、「すれ違い」)にかんするハナシをいろいろと書いてきたけれど、その原因について、ちょっと理解できた気がしている。辞書を引いて(あるいは、ひとに聞いて)、コトバの正しい意味を知ったあとでもなお、「やはりわたしくは」と断固として誤用を続けるひとたちがいるということをワタシは知らなかったのだ。

◆ もちろん、模範解答は、この次のようなものだろう。

◇ 「瞳」ですから、目の大きさは関係ありません。黒目の部分=瞳が丸くて可愛いという意味で使います。あえて、大きさで考えるなら、目の白目の部分に対して、黒目の割合が大きい?ということになるのかな。犬なんかは白目の部分がほとんどなくて、黒目だからかわいいですよね。この投稿を見て、「小さい」という意味で使っている人がいるということを知り、驚きました。日本語もどうなっていくことやら…

◆ 「円らな」が「小さい」の意味にすりかわる過程についてのヒント。

◇ 男:「ねえ、キミの目って “つぶら” って言われない?」
女:「つぶらって?」
男:「つぶつぶっていうか・・・」(おいおいそれじゃ昆虫だろ)
女:「?」
男:「うずらの卵みたいな・・・」(!)
友達と私は吹き出しそうになるのを必死にこらえて、ますます聞き耳を立ててたんだけど、女の子はなんだかわかんないけどほめられているようだ、と納得しているのがわかった。

www.contents.co.jp/hitme/stock/oldturedure2.html

◆ つぶら。つぶつぶ。うずら。案外こんなことかもしれない。

◇ 何だか、ギリシャのしんでんみたいだね。って言っても、ギリシャのしんでんも写真でしか見たことないけどさ。
kotatama.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_e9ef.html

◆ 上の写真の説明。左:旧武州銀行川越支店(昭和3年)、右: 旧六十八銀行奈良支店(大正15年)。

《Yahoo!知恵袋》に、こんな質問。

◇ 銀行の外観についてお聞きします。ギリシャの神殿風になっているようなところがありますが、理由があるんでしょうか?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107995490

◆ なるほど。たしかに、ちょっと旧い銀行建築はギリシャ神殿みたいな造りをしてるのが多い。だから、逆に、ギリシャ神殿みたいな、イオニア式だかドーリア(ドーリス)式だかコリント式だかの巨大な石柱が並んでいる建物を見ると、ああ銀行なんだなって思う。でも、なぜだろう?

◆ 昭和初期に、流行ったことはたしからしい。

〔旧盛岡貯蓄銀行本店(昭和2年)にかんして〕 当時の銀行建築で見られたギリシャ風の要素を取り入れ、正面外壁には6本の丸柱があり神殿をモチーフにして銀行の持っている重厚で誠実な印象を引き立ています。
www.iwatabi.net/morioka/morioka/gin.html

〔旧第四銀行本店(昭和3年)にかんして〕 昭和3年鉄筋コンクリートに改築されました。ギリシャ建築を模した巨大な柱に象徴される典型的銀行建築でした。

〔旧安田銀行小樽支店(昭和5年)にかんして〕 ギリシャの建築様式をもった昭和初期の典型的な銀行建築で重量感あふれる円柱がこの建物を特徴づけています。
value.zero.ad.jp/kaji204/rekisi.htm

◆ で、ついさっき、トイレで文庫本を読んでいたら、たまたま、

◇ 銀行制度すらギリシャ人の発明の才に帰されており、そのために古風な銀行建築は、イオニア式かドーリア式のギリシャふうの列柱をそなえている。
樺山紘一 『西洋学事始』(中公文庫,p.102)

◆ ホントかどうかはしらないけど、こういうのがいちばん腑に落ちる。というか、腑から落ちた。ああ、すっきりした!

◆ 先月、「アスナロ」のことを書いたさい、「あすなろ学級」のことも書こうと思ったが、時間がなかった。いまもない。

◆ 古瀬幸広というジャーナリストが、こんなことを書いている。

◇ 最近ハッとしたのは、ある人が「あすなろさん」と言ったのを耳にしたときのことだった。あすなろ学級に通っている子供、という意味である。その瞬間に、血が逆流した。あの子たちは、「明日はヒノキになろ」という名前の学級に通わされているのである。人間の尊厳を無視するにもほどがある、と思う。「商品価値の高いヒノキとは違う、ヒノキに似た植物」という意味の「アスナロ」を使うということは、障碍児たちを「人間に近いが、人間ではない存在」と言っているに等しい。
www.honya.co.jp/contents/offside/index.cgi?20040416

◆ あすなろさん、か。ワタシが耳にしたら、「血が逆流」することはなかったと思うが、それでもやはり、なにかを感じてこのようになにかを書いているような気もする。また、べつのひとが書いている。

◇ あすなろ、という言葉が大嫌いである。この言葉を冠した会社や団体や組織の名前を聞くといっぺんに身が汚れたような気分になる。その正体がとてつもなく胡散臭いもののように感じてしまう。アスナロの木が嫌いだということではない。アスナロの木には何の罪もない。その名前の由来として広く知られている話が気に入らないのだ。ヒノキに似ているがヒノキではない。そして「明日はヒノキになろう、あすはひのきになろう」と懸命に努力しているが決してヒノキになれない。だから、アスナロと呼ばれるようになった、という俗説だ。これが何ともいえずカンにさわる。
skt48a.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_fbd8.html

◆ ワタシが「あすなろ」というコトバがキライだとしたら、その音が「うすのろ」に類似しているからだろう。また、渡部亮次郎というひとが書いている。

◇ ある総理大臣が不能になった衆院議長を「マシュマロ君」と言ったのは冗談にしても失礼だが、江東区が精神薄弱者の作業所に翌檜(あすなろ)と名づけたのは残酷すぎないか。明日は檜になろうとしても絶対なれないのが翌檜の意味。さも希望があるように見せるのはどうか。我々は根拠も無く明日に希望を見出そうとするが、翌檜に明日は絶対無いのだ。だから残酷だと言うのだ。
blog.kajika.net/?eid=449619

◆ 最初に引用した、「あすなろさん」というコトバを聞いて血が逆流したジャーナリストは、つづいてやや突飛な連想をしてワタシを困惑させる。

◇ あすなろ学級という言葉を改めて噛みしめて思い出したのは、その昔のアニメ「妖怪人間ベム」(1968年10月7日‐1969年3月31日放送。全26話)である。「はやく人間になりたいっ!」と叫ぶ妖怪たちの物語だ。あすなろ学級という言葉は、学校に適応できない子供たちを妖怪扱いしている雰囲気がある。
www.honya.co.jp/contents/offside/index.cgi?20040416

◆ 子どものころに見たテレビで「妖怪人間ベム」は「ウルトラQ」とならんで怖い番組だった。オープニングのナレーションは城達也。すばらしい。

◇ それは、いつ生まれたのか誰も知らない。暗い、音のない世界で一つの細胞が分かれて増えていき、三つの生き物が生まれた。彼らはもちろん人間ではない。また、動物でもない。だが、その醜い体の中には、正義の血が隠されているのだ。その生き物、それは、人間になれなかった妖怪人間である。

◆ 《発言小町》の「こどもの頃、なぜか怖かったテレビ番組」というトピから、妖怪人間を拾い出すと、

◇ 「闇に隠~れて生きる俺達妖怪人間なのさ♪」でしたっけ? このテーマソングと一緒に流れてたあの画面は、幼稚園か小学生だった私にはとても怖かった。

◇ 鍵っ子で、三人姉妹の末っ子だった私は、小学生の頃、夕方一人で、このアニメを見る度、もう怖くて、怖くて・・・ 映像の暗さ、音楽の暗さ、テーマの暗さ、べム、べラ、ベロ(?)の不気味さ、悲しさ、何とも言えないおどろおどろしさ・E・ トイレにも行けず、毎回、怖い物見たさで見ていて、やっぱり怖くて、震えて観てました。たぶん、人生の折り返しを過ぎた今、観ても、ちょっとチビっちゃうかも!

◇ やはり妖怪人間のオープニングの実験室みたいな所で液がたれて妖怪人間になる所です。顔を手で覆い指の隙間から見てました。

◇ 妖怪人間ベム。絶対見ないようにしていたのですが、ある日留守番中にうっかり、つけっぱなしになっていたテレビで始まってしまいました。恐ろしくてたまらず、隣の部屋で頭から布団を被り、息をとめ、手にティッシュをぐるぐる巻いて、目をつぶって一気にテレビに駆け寄り、消しました(直接テレビに触れるのさえ怖かった)。消した後、はあはあ息をはずませながら、(勝った・・・)と思った事を覚えています。

◇ 妖怪人間の歌の時のアニメーションが恐かったですね。あまり見ていないのですが、机の上の薬品がこぼれて、妖怪人間の形になっていくという感じだったような・・・。アニメ自体は嫌いじゃなかったので、歌のときは別のチャンネルにして、歌が終ったあたりで、チャンネルを戻して見ていた記憶があります。

◇ 「妖怪人間ベム」です。今思い出しても怖くて怖くて・・・ 音楽も内容も。
当時鍵っ子で暗くなりつつある部屋で、よせばいいのに一人で見ちゃったから。もうカーテン閉めに窓に寄ったら何かが映っていそうで身動き出来ませんでしたょ。

◇ 「妖怪人間ベム」。オープニング前に妖怪人間たちがどうやって誕生したのかを必ず紹介するのですが、液体から徐々に人の形になり、次の瞬間、「キシャー!」と一人ずつ画面に向かって振り向いちゃう妖怪たち。そのあと部屋の中を歩き回るのですが動きが生々しく、音楽が絶妙に合いまって、すっごくコワかった

◇ アニメですが妖怪人間ベムです。絵が恐かったのになぜか見ていました。特に最終回は、靴だけ残して消えたことろが、恐いというか、哀しかったです。

◇ 妖怪人間ベムのオープニング、歌が始まる直前の「それは、人間になれなかった妖怪人間である」というセリフと同時に机の下から3本指の手がぬっと現れてフラスコを握りつぶすというシーンだけが、毎回正視できないほど怖かったです。でも内容は、人間になりたくて人間と仲良くしたくて、人間のために命がけで闘うのに、いつも結局は化け物だからと石で追われる、という哀しいお話でしたね。

◆ そう、とっても哀しいお話なんだった。

◆ 《発言小町》の「こどもの頃、なぜか怖かったテレビ番組」というトピが、おもしろかった。「妖怪人間ベム」や「ウルトラQ」が怖いのは、どちらかというとあたりまえなので、それ以外の「なぜか」怖かったテレビ番組で、複数のかたが挙げられているものを列挙すると、

◆ 「アタック25」

◇ 私が子供の頃、怖かったのは「アタック25」の最後に優勝した人が、海外旅行か何かをかけて最後の問題にチャレンジするやつ。「チャン、チャン…」という音楽から最後「チャチャチャチャ~」みたいな(うまく表現できなくてすいません)迫ってくる音楽が怖くてたまりませんでした。親がこの番組が好きでよく見ていたのですが、最後のクイズになるとこの音楽が鳴る前に怖くて部屋の外に出ていました…。大人になった今では何とも思わなくなったんですけどね(苦笑)

◇ 「アタック25」の最後の問題にチャレンジする時のあの音楽が苦手でした! 同じ様に思っていた方がいるなんて! 司会の児玉清さんが「その人物とは?!」とか「その地名とは?!」という感じで、音楽のラスト部分で挑戦者に答えを迫るんですよね? 私は音楽と児玉さんの迫ってくる感じがもうなんとも言えずダメで、その間は押入れに入って耳をふさいでいたほどです。今思えば「何がそんなに怖かったんだろう?」って不思議なんですけどね。

◆ 「セサミストリート」

◇ 私は「セサミストリート」が怖くて怖くて、泣いて逃げました・・・。口でかいし、何言ってるか分かんないし! オバケか妖怪の類だと思ってました。

◇ どなたかも書かれていましたが『セサミストリ―ト』の人形がマジで怖くて。顔が緑色て! 赤って! 口の中が黒って! オマケに可愛くないし(好きな人スイマセン)。ある日ウッカリ観ちゃって奴等が画面一杯に映っているのを拝んだ日にゃあ大泣きましたよ。

◇ セサミストリートが怖くて仕方なかったです。テレビの画面に映ると恐怖感でいっぱいになりました。今もあまり好きじゃないですけど・・・

◆ 「ウイークエンダー」

◇ 私はウイークエンダーが怖くてたまらなかったです。あのテーマ曲、手の形をしたキャラクター・・・ すべてが怖かったです。

◇ ウィークエンダーがこわかったです。何でだろう・・・と不思議なんですが。

◆ 「笑点」

◇ 私の姉は、子供の頃(今から30年近く前になります)、笑点のオープニングテーマの映像を怖がっていました。当時、テーマ曲は今と同じですが、歌舞伎かなんかの絵が出てたみたいです。

◇ 私も小学生の頃、笑点の歌の時がなぜか恐かったです・・・。同じ方がおられてなんだか安心しました。何が恐かったのかはよくわかりませんが、画面も見れず、歌も聞けませんでした。

◇ 何故か笑点のオープニング。いまは怖くないのですが、何故か子供の頃は怖くてたまらなかったです。

◆ 「まんが日本昔ばなし」。《YouTube》のコメントにも似たようなのかあったので、それも引用しておく。

◇ 日本昔話のオープニングの曲と共に龍の背中に乗って現れる、あの白い無表情の坊やが怖くて怖くてたまりませんでした。今考えてもなぜだかはわかりません・・・

◇ 日本昔話、オープニングの歌がこわかったです。おまけに、その画面に龍とその龍に乗ってる男の子もこわかった! 聴くのも、観るのも嫌でした。って、今でも苦手です。

◇ 当時この曲と映像が怖くて号泣した覚えがあります。今でもトラウマになっています。
www.youtube.com/watch?v=gu4p8vjvKOM

◆ 「ジャイアントロボ」

◇ 私の友人は、「ジャイアントロボ」が怖くて、始まるといつも手で目を覆い、指の間から見てたと言ってましたよ!

◇ 私もジャイアントロボが怖かった~。「ロボ! 〇〇をしろ!」「フォッ!」←うまく書き表せませんが、ロボの返事が怖かった。

◆ 「タイムショック」

◇ 子供の頃、タイムショックがすごく怖かったです!! 時報とともに「ショック!」とか言いながら真っ暗の中、時間を示す赤いランプが点灯して(うまく説明できない!)、始まるとすぐにチャンネル変えてました。クイズの出題中、時間がなくなってくるとかかる音楽も、何かが迫ってきそうで不気味で、全てが怖かったなぁ。。。

◇ 40代の主婦です。私は、何人かの方が書かれている「クイズタイムショック」が怖かったです。くるくるイスが回りながら落ちるで、妙な照明効果で怖さ倍増。クイズの優勝者の景品がたしか毎回「スイスの高級時計ラドー」で、いまでもこの会社の時計を見ると、あの怖さを思い出してしまいます。

◆ 「新日本紀行」

◇ 「新日本紀行」のテーマ ほんとに怖かったです。重く苦しい、絶対に逃れられない運命を負って長い人生を巡礼するような、鉛色の荒海に、自分が飲み込まれそうな恐怖を感じました。

◇ NHKの「新日本紀行」のテーマ… 私もまったく同じ印象です。曲から同じ事を連想される方がいるんだなとうれしくなりました。この曲ならみんなそうか…(笑)

◆ 「欽ちゃんの仮装大賞」

◇ 私は「欽ちゃんの仮装大賞」を見ることができませんでした。時々怖いオチの作品・気味の悪い作品が出てくるのが原因かな?と思うのですが、いつしか普通の作品も見るのが怖くなってしまい、番組全体が漠然と「怖い」と思うようになっていました。成人した今でもあの番組を見るのは苦手です・・・

◇ 21歳です。昔の書き込みですが、まさか自分以外で『欽ちゃんの仮装大賞』が怖いと思っている人がいるとは思わず、ちょっとうれしくなりました(汗)。ホントに自分だけかと思ってたので… なにせ国民的人気番組なので、もし人に怖くて観れないと言って「なぜ?」と聞かれたり、変な人を見る目で見られたり笑われたりするのが嫌でなかなか言えませんでした。子供の頃から怖くて成人した今でも怖くて観られません。一番観たくない番組かも。怖い作品があるのもそうなんですが、それ以上に恐怖の種なのが、作品によって時々出てくる、手作り感漂う巨大な『人間の顔面パネル』。あれが本当に苦手でなんとも言えない不気味さと恐怖を感じます。

◆ 「日本沈没」

◇ 昔TVシリーズでやっていた「日本沈没」が怖かったですね。地割れが人や建物を飲み込む(で、私の中では再び閉じる(笑))という物理的恐怖感もさる事ながら、「今立っている地面が沈んでしまったらどうすればいいんだ!」という絶望的気分に浸るあまり、劇中で活躍する人々が超人に見えました。

◇ 40代主婦です。小学生の頃、テレビドラマの「日本沈没」が怖くてしかたありませんでした。五木ひろしさんが歌っていた主題歌が頭の中から離れず、「さようならは~言わないで~今は微笑を~」を布団の中で思い出しては、泣いていました。

◇ 小学校に上がった頃に見ていた「日本沈没」が怖かったですねー。日本列島が徐々に沈没していくトーリーもさることながら、五木ひろしが歌うテーマ曲も暗~い雰囲気で怖さ倍増でした(笑)。親に「日本が海に沈むことなんてないよね?」と聞いたら「さぁ・・日本は島だからわからないよ」みたいなことを言われて、本気で心配していました。

◆ みんな、なつかしい(のは、あたりまえで、そういうのだけを選んで引用してるのだから)。では、最後に、五木ひろしが歌う「日本沈没」の主題歌を聞きながら、お別れしましょう。

♪ さようならと泣かないで 今は微笑みを
  いつかまた巡りあえる 光と風のように
  ひとはみな遠ざかり 夢は褪せようと
  花は咲く 春が来れば 地の果て続く限り

  五木ひろし 「明日の愛」(作詞:山口洋子,1974)

◆ アンデルセンの『裸の王様』を、

◇ 王様が裸ということに周囲の大人は皆、気づいているのに、怖いからか、バカだと思われるのが嫌だからか、口に出せない。それを言えたのは子供だけ。
ビートたけし 『裸の王様』(新潮新書,p.3)

◆ というハナシとして理解しているひとが多いだろうが、

◇ この童話では、王様が裸だということは、一人一人には、そう見えているのですが、そのみんながみんな、そう見えているのは自分にばかりで、ほかの人間には服が見えていると思っているため、そのことを人には黙っているのです。そういうことがあるため、一人の男の子が「王様は裸だ」というと、その声があっという間にひろがり、王様もそれを聞いて、具合の悪い思いをするという話なのです。
加藤典洋 『日本の無思想』(平凡社新書,p.4)

◆ と考えるひともいて、この違いはことのほか大きいだろうと思う。

◆ 稲荷鬼王神社の富士塚で見かけた亀岩。そこに刻まれた「龜」の字に見とれている。パソコンの字体とは、ちょっと違う。

◇ やっぱり、漢字は象形文字だと思った瞬間があります。それは「亀」の旧字を見たときです。
www.asahi-net.or.jp/~HI5K-STU/bbs/bbs9903.htm

◆ なんでも、左側の上下に重なったふたつの「ヨ」が足だそうで、この「龜」は横から見たものらしい。右側の「メ」のあたりが甲羅。でも、なんで、カメをわざわざ横から見るのだろう。なんだか、幼稚園児の絵みたいだ。

【追記:2010/11/29 23:37】
◆ 写真の整理をしていたら、こんなのも出てきた。川越の「亀屋」。

◆ だれも土星のことなんか気にしてはいないだろう。

◇ その後何年かして友達の兄に三脚つきの本格的な天体望遠鏡を覗かせてもらったことがあったが、その時も土星は見つからなかった。友達の兄は大きな木の箱の中に沢山のレンズを持っており、どのくらいの倍率のものがあるか、ということをうるさいほど説明していたが、惑星をあまり捜そうとはせず、月の噴火口ばかりを「どうだすごいだろう、あのひとつひとつのクレーターが後楽園の球場ぐらいあるんだぞ」といって何度もそれを見せるだけであった。
椎名誠 「土星を見るひと」(『土星を見るひと』,新潮文庫,p.179)

◆ さいきんは、経済不況やら新型インフルやらでいそがしいので、星空を眺める余裕のあるひとはおそらく少ないだろう。個人的にも、なんにもいいいことはないので、いや、コンパクトデジタルカメラで小さなものを撮るのがおもしろいので、下ばかり向いて歩いている。ときには、「星を踏む」ことぐらいはしているだろうが、夜空を見上げることがめっきり少なくなった。まあ、東京で夜空を見たところで、おもしろくもなんともないんだけど。

◆ ニューヨークのアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)で、「土星:カッシーニ・ホイヘンスからの画像」(Saturn: Images from the Cassini-Huygens Mission)という特別展示が開催中らしい。カッシーニ、ホイヘンスというのは、土星探査機の名前。7月26日まで。おヒマなかたはぜひどうぞ。土星に行くことを考えれば、ニューヨークなんて目と鼻の先だから、ちょっと行ってみようか。でも、新型ウィルスがなあ。

◆ カッシーニ&ホイヘンスは、とても勤勉で、土星のステキな画像を休むことなく地球に送り続けている。たとえば、こんなの。

◆ な、わけないか? 上の画像は《NASA Jet Propulsion Laboratory》からでした。

◇ 「あすは檜(ひのき)になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって! それであすなろうと言うのよ」
 と、多少の軽蔑をこめて説明してくれたことが、その時の彼女のきらきらした眼と一緒に思い出されてきた。

井上靖 『あすなろ物語』(新潮文庫,p.42)

◆ 上の文章の「あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ」のところを、なぜだか、「あすは檜になろうと一生考えている」と読んでしまい、ヒノキになることを「一生」考え続けているアスナロの「人生」にいいようのない救いのなさを感じてしまった――。けれど、アスナロはほんとに「永久に」ヒノキになれないのだろうか? 長嶋茂雄の名セリフ「わが巨人軍は永久に不滅です」じゃあるまいし(それにジャイアンツだって、滅亡しかかってるんじゃないのか?)。

◆ たとえば、「永久」の一歩手前くらいには、こんなことだってあるかもしれない(ワタシが土星に帰るよりは可能性があるだろう)。

◆ その1。新型ウィルスの影響で、地球上からヒノキが絶滅してしまう。そうすれば、ヒノキの名前が空くので、アスナロはどうどうとヒノキを名のれるだろう。

◆ その2。絶滅しないまでも、地球環境のなんらかの変化にともなって、ヒノキの材木としての品質がいちじるしく低下してしまう。そうすれば、ひとびとは「こんなのヒノキじゃない!」といって、ヒノキからその名前を取り上げてしまうだろう。昨日まではヒノキだったかもしれないが、いまはそうじゃない、ということで、ヒノキを「モトヒノキ」とか「ムカシヒノキ」とか「キノウハヒノキ」とか「キノウマデ」とか「ヒノキノナレノハテ」とか呼ぶようになって(もしかしたら、もう一度チャンスを与えるうえで、「アスナロ」と呼ぶかも?)、アスナロをヒノキと呼ぶようになるだろう。

◆ このことに関連して、アカシアとニセアカシア、また、パンダと「レッサーパンダ」などのことも書こうと思ったが、長くなりそうなので、またいずれ。

◆ もうすぐアカシアの白い花が咲くだろう。もう咲いているかもしれないが、行って見なければわからない。北海道のアカシア。ニセアカシアっていうひともいるけど。

◇ 明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んでいた。後に本来のアカシア(ネムノキ科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり区別するためにニセアカシアと呼ぶようになったが、今でも混同されることが多い。たとえば、札幌のアカシア並木も、札幌松坂屋開店時のキャッチコピー『アカシアの花白くいま開く松坂屋』も、アカシア蜂蜜として売られているものも、西田佐知子のヒット曲『アカシアの雨がやむとき』、石原裕次郎のヒット曲『赤いハンカチ』や北原白秋の『この道』に歌われる "アカシアの白い花" や、2000年代に入ってからは松任谷由実の『acacia(アケイシャ)』やレミオロメンの『アカシア』もすべてニセアカシアを歌った曲である。
ja.wikipedia.org/wiki/ニセアカシア

◆ (あとで、もちょっと付け足すつもり)

◆ 朝、手近な文庫本を適当に手にとって、トイレに入る(わがボロアパートのは和式で便所というべきか?)。それで、いましがた、ちくま文庫の『太宰治全集』のなかの「千代女」を数ページ読んだ。

◇ 十二の時に、柏木の叔父さんが、私の綴方を「青い鳥」に投書して下さって、それが一等に当選し、選者の偉い先生が、恐ろしいくらいに褒めて下さって、それから私は、駄目になりました。あの時の綴方は、恥ずかしい。あんなのが、本当に、いいのでしょうか。どこが、いったい、よかったのでしょう。「お使い」という題の綴方でしたけれど、私がお父さんのお使いで、バットを買いに行った時の、ほんのちょっとした事を書いたのでした。煙草屋のおばさんから、バットを五つ受取って、緑のいろばかりで淋しいから、一つお返しして、朱色の箱の煙草と換えてもらったら、お金が足りなくなって困った。おばさんが笑って、あとでまた、と言って下さったので嬉しかった。緑の箱の上に、朱色の箱を一つ重ねて、手のひらに載せると、桜草のように綺麗なので、私は胸がどきどきして、とても歩きにくかった、というような事を書いたのでしたが、何だか、あまり子供っぽく、甘えすぎていますから、私は、いま考えると、いらいらします。
太宰治 『千代女』(青空文庫

◆ 柏木、煙草屋のおばさん、バット、桜草。それぞれに書きたいことが見つかって、

♪ 何から伝えればいいのか わからないまま時は流れて
  浮かんでは消えて行く ありふれた言葉だけ

  小田和正 「ラブ・ストーリーは突然に」(作詞:小田和正)

◆ これで今日一日、あれこれ考えて、たのしく過ごせることだろう。とりあえず、バットでも買ってみようか。

◆ 太宰治の『千代女』のつづき。『千代女』の語り手である和子が12歳のときに書いた「お使い」という作文(綴方)。父のお使いでゴールデンバットを買いに行ったときのエピソードを綴ったもの。

◇ 煙草屋のおばさんから、バットを五つ受取って、緑のいろばかりで淋(さび)しいから、一つお返しして、朱色の箱の煙草と換えてもらったら、お金が足りなくなって困った。おばさんが笑って、あとでまた、と言って下さったので嬉しかった。緑の箱の上に、朱色の箱を一つ重ねて、手のひらに載せると、桜草のように綺麗なので、私は胸がどきどきして、とても歩きにくかった、〔…〕
太宰治 『千代女』(青空文庫

◆ この文章を読んで、「バット」の緑のパッケージが見たくなり(いまも売っているのだ)、昨日、3軒の煙草屋をはしごしたが、そのうち2軒は取り扱っておらず、残りの1軒はあるにはあったが、カートンでしか売らないというので、あきらめて帰った。なんでも、フィルムで梱包してないので、ばら売りはできないということらしい。

◆ イエに帰って、ネットで検索すると、《All Japan Golden Bat Party 》という「ゴールデンバット党」のサイトがあり、ゴールデンバットが購入できる煙草屋リストなどという便利なページもあったが、それより「旧バット再現」というページがあって、これは専売公社時代のゴールデンバットのパッケージを、ページを印刷してハサミとノリで再現するというもの。

◆ 『千代女』は昭和16(1941)年に発表されたようで、当時のパッケージを確かめたくて、《たばこと塩の博物館》の「ゴールデンバットの移り変わり」というページも見てみたが、画像があまりに小さすぎて、色もよくわからない。おまけに、

◇ 太平洋戦争前後の1940年(昭和15年)から戦後の1949年(昭和24年)までは、「ゴールデンバット」という名称が敵性語とされたため、神武天皇の神話に基づいた「金鵄(きんし)」に名称変更され、デザインもそれに従って変更されていた。
ja.wikipedia.org/wiki/ゴールデンバット

◆ ということもあったりしたそうでややこしい。パッケージの変遷をみるなら、《懐かしい日本のタバコ歴史博物館》がより詳しい。

◆ 太宰治は自らが熱烈なバット党で、

◇ 甲府へ行つて来て、二、三日、流石(さすが)に私はぼんやりして、仕事する気も起らず、机のまへに坐つて、とりとめのない楽書をしながら、バットを七箱も八箱も吸ひ、また寝ころんで、金剛石も磨かずば、といふ唱歌を、繰り返し繰り返し歌つてみたりしてゐるばかりで、小説は、一枚も書きすすめることができなかつた。
太宰治 『富嶽百景』(青空文庫

◆ 「バットを七箱も八箱も吸ひ」とあるが、その当時は10本入りだった。

◆ この写真ではよくわからないだろうから、説明をくわえると、天袋にネコが隠れているのである。この天袋のふすまがまるで廃屋のようなありさまであるのは、コイツのせいなのかどうか? とにかく、このぼろぼろになった天袋のすきまからネコが顔を出しているのである。引越なんてネコにはあずかり知らぬことで、むさくるしい男たちがずかずかと上がりこんできたのだから、不安になるのもいたしかたないだろう。というような状況の写真。ストロボまで光らせて、いや申し訳なかった。

◆ 天袋をお気に入りの場所としているネコは多そうで、《Google 画像検索》で「天袋」を検索すると、1ページ目に表示される20の画像のうち、なんと7匹もネコがいる!

◆ 天袋のなかのネコでは、山寺の和尚さんもさすがに蹴鞠の代わりにするわけにはいかないだろう。

♪ 山寺の和尚さんは 毬は蹴りたし毬はなし
  猫をカン袋に押し込んで ポンと蹴りゃニャンと鳴く

  「山寺の和尚さん」(作詞:久保田宵二,1937)

◆ 久保田宵二による歌詞では、ネコを押し込んだ紙袋(カン袋)を「蹴る」ことになっているが、これを「つく」と覚えているひとも多い。

◇ 童謡で「山寺の和尚さんはマリはつきたしマリはなし」とある山寺とは山形県にある立石寺のことでしょうか?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1013440925

◇ 大学生になるまで、あの手まり歌の「やま寺の和尚さんが、・・・・」を「あま寺の和尚さんが、・・・」だと信じていました。大学の研究室で「鞠つきするんだから、絶対尼さんだよ。」とがんばったら、翌日教授が、お嬢さんの童謡の本を持ってらっしゃいました。さすが、検証と実証をモットーとする心理学者です。「鞠はつきたし」じゃなくて、「鞠は蹴りたし」だったのねぇ・・・・。
www2.wind.ne.jp/ocarina/mokuji/kantigai.html

◆ 尼寺と立石寺というおまけまでついてきてハナシがややこしい。「つきたし」か「蹴りたし」にかんしては、どちらが正解というわけでもないような気もするが、これはもっと調べてみなければわからない。

◇ 猫を紙袋に入れて、ちょいとつけばニャンと鳴かせる、山寺の和尚さんも、鼠には困った。
泉鏡花 『半島一奇抄』(青空文庫

「天袋のなかのネコ」の記事中、

◇ 天袋のなかのネコでは、山寺の和尚さんもさすがに蹴鞠の代わりにするわけにはいかないだろう。

◆ と書いて、あとからちょっと気になった。なんのことかというと、ここで「蹴鞠(けまり)」を、「鞠を蹴って遊ぶこと」の意味ではなく、「(蹴って遊ぶための)鞠」の意味として使ったのだが、そんな風にこの「蹴鞠」というコトバを使用していいものやら、自信がなくなったのだった。さいわい、辞書(のひとつ)には、

◇ 昔、貴族社会で行われた遊戯の一つ。数人が鹿革製のまりをけり、地面に落とさないように受け渡しするもの。また、それに使うまり。しゅうきく。
大修館書店「明鏡国語辞典」

◆ とあって、安心した。ついでだから、もう少し続けると、たとえば、「野球」というコトバは、スポーツの名称であって、ボールの名前ではない。野球に使うボールを「野球」とは呼べない。ボールのことは、面倒なことに、「野球の球」と重ねて言わなければならない。「ソフトボール」はどうなんだろう? 「ソフトボールのボール」? ソフトボールのボールは「ソフトボール」?

◆ では、「跳び箱」はどうか。これは「(跳ぶための)箱」のことだろうか。それとも「箱を跳ぶこと」だろうか。

◇大岡史直 『子どもはなぜ「跳び箱」を跳ばなければならないのか?―幼稚園児を持つ親必読の「ジャック式」教科書必読の「ジャック式」教科書』(小学館,2008)

◆ という本があるようだ。ワタシは「幼稚園児を持つ親」に該当しないので、読むことも永久にないだろうが、「ジャック式」というコトバには多少の興味を抱き・・・なんかすると、いつものようにハナシが脇道に逸れて行くはめになるので、「ジャック式」はどうでもいいことにして、このタイトルからすると、「跳び箱」は「跳ぶ」のだった。ということは「跳び箱」は箱らしい。とはいえ、「跳び箱をする」と言うひともいるはずで、この場合の「跳び箱」は箱ではない(「野球をする」の「野球」が球ではないのと同様)。

◆ また、こんなのはどうか。「落葉」。「ラクヨウ」と読めば、「葉っぱが落ちること」だろうし、「おちば」と読めば、「落ちた葉っぱ」のことだろう。

◆ とまあ、どうでもいいことをあれこれ考えているが、楽しいのは、いろいろなコトバに思いをめぐらせているときで、それからしばらくして、なんとなくパターンが見えてきて、理屈で説明がつきそうになると、とたんにおもしろくなくなって冷めてしまう。

◆ というわけで、ちょっと飽きてきたので、もうひとつだけ。お馬さんのハナシ。今はなき高崎競馬場で騎手だった赤見千尋が、かつて騎乗した思い出の競争馬「オンワードクウガ君」に再会する。

◇ そのクウガ君、無事に現役生活を終え、この度、乗馬になる訓練を受ける事になり、早速会いに行って来ました! 〔中略〕 乗馬になるためには、まず「キョセイ」をしなければなりません。男子の、男子たる由縁を取るんですね。クウガは昔から、馬っけ(性欲ですね)を出す馬ではないので、「取らなくていいんじゃない?」と言うと、そういう問題ではないそうで・・。〔中略〕 もし、乗馬になれなければ、死んでしまう。私が世話をする訳ではないけど、責任重大! 競走馬から、乗馬になれる確率は、10頭に1頭くらいだそうで。まぁ、クウガ君の気性を考えたら、きっと素晴らしい乗馬になって、初めて馬と接する人の手をペロペロ舐めたりして、馬の優しさを伝えてくれるんじゃないかな。競走馬は、引退すると、悲惨な末路を辿る事が多い。でもクウガ君のように、馬主さんに恵まれ、第二の馬人生を歩む馬もいる。引退した騎手と競走馬が、再び出会えるなんて・・騎手冥利に尽きますね☆
blog.oddspark.com/akami/2006/09/post_63.html

◆ 「乗馬になる」という表現に妙な感じがした方もおられることだろう(「馬っけ」というコトバが気になったひともいるかもしれないが、自分で調べてください)。「乗馬」を辞書で引くと、

  (1) 馬に乗ること。
  (2) 人が乗る馬。また、乗っている馬。

  三省堂 「大辞林」

◆ とあり、「乗馬に乗馬する」といってもなんの問題もない。

◆ またまた、『西の魔女が死んだ』から。野イチゴでジャムをつくるエピソード。

◇ そこまでぼんやりと歩いてきて、まいは思わず、あ、と小さく声をあげた。木のまばらなその林の床一面、真っ赤なルビーのような野いちごの群生で覆われていたのだ。
梨木香歩 『西の魔女が死んだ』(新潮文庫,p.39)

◇ 赤い野いちごの緑の茎には、ひっきりなしに黒い蟻が登ったり降りたりしている。その実を口に入れると日向臭い甘味があって、プチプチと何か舌に触る。
Ibid., p.40

◆ 「真っ赤なルビーのような野いちご」のうえの「黒い蟻」。宝石を食べる。赤と黒。この野イチゴの場面のリアリティーを支えているのは、おそらくアリだろうと思う。アリがいなければ、(コブクロの歌詞とかわりはない?)

◆ 探しものをしていたら、その途中にべつなものが見つかって、そのうちにもともと探していたものがなんだかわからなくなってしまう、そんなことがよくあって、今日はべつなものとして文庫本の『魯山人味道』が見つかった(部屋のかたすみに転がっていた)。ちょっとまえに、「山椒魚」の記事で、

◇ すくなくとも魯山人はそう書いている〔らしいが、未読(だと思ったが、買ったような気もしてきた。部屋のどこかに転がっているかもしれない)。以下の引用はとりあえずネットからのコピペ。近日中に確認予定〕

◆ と、他人にはどうでもいいことを、まわりくどく書いてしまっていたが、これですっきりした。上記の文章から〔亀甲括弧〕の内側を晴れて削除。

♪ 探しものは何ですか?
  まだまだ探す気ですか?

  井上陽水 「夢の中へ」(作詞:井上陽水)

◆ さいしょに「探しものをしていたら」と書いたが、この「探しもの」と陽水の「探しもの」。「蹴鞠と乗馬」のハナシのように、意味が違う。「ものを探すこと」と「探しているもの」の違い。

さがしもの【捜し物/探し物】 見当たらない物をさがすこと。また、さがしている物。「―をする」「―が見つかる」
小学館 「大辞泉」

◆ また、先日、テレビで「探す」と「捜す」の違いについてのクイズがあったが、正解は、

◇ ◆ふつう、見えなくなったものをさがす場合には「捜」、欲しいものをさがす場合には「探」を用いる。
小学館 「大辞泉」

◆ のようなことだっただろうか。この区別にしたがえば、ワタシの用例も陽水の歌詞も「捜しもの」と書くべきなのだろうが、辞書に「ふつう」と言われるのもおもしろくないので、そのままにしておく。

◆ 梨木香歩『西の魔女が死んだ』の文庫本には、同じ主人公まいの登場する「渡りの一日」という短篇も収録されていて、ワタシにはこちらの方が楽しめたりもしたのだが、ちょっと気になったのは、

◇ その女の人の車というのは、驚いたことに大型のダンプカーだった。女の人は軽やかに運転席に上がった。西部劇で馬に乗る人みたいだ、とまいは思った。
「さ、乗って」
 女の人は内側から助手席のドアを開けた。

梨木香歩 「渡りの一日」(『西の魔女が死んだ』,新潮文庫,p.213)

◆ 「楽々二人座れる助手席」側のドアを、まるで乗用車みたいに運転席側から開けたというのが、やや気にかかる。無理ではないが、かなり面倒だろう。それはいいとして、まいと友人ショウコが乗せてもらったダンプカーの女性運転手が向かった先は、なぜだか美術館。

◇ 「絵の搬出が今日の仕事よ。今日が展覧会の最終日なのよ」
Ibid.,p.218

◆ いくらなんでも、ダンプに美術品を積みはしないだろう。ゴミじゃないんだから。作者は大型のトラックはすべてダンプカーだと思っているのだろうか? でも、ダンプってのは、こんなんだよ。土砂とか運ぶやつ。荷台がすべり台みたいになるやつ。

◆ またまた『西の魔女が死んだ』から。「真っ赤なルビーのような野いちご」があたり一面に群生しているのをはじめて目にした主人公まいは、

◇ 何だか本当に宝石のようだった。みずみずしく柔らかな、傷つきやすい宝石。
梨木香歩 『西の魔女が死んだ』(新潮文庫,p.40)

◆ と思う。宝石にはこれまであまり関心がなかったので、「ルビー」と聞いても、寺尾聰の「ルビーの指環」を思い出すくらいで、

♪ そうね誕生石ならルビーなの そんな言葉が頭にうずまくよ
  あれは八月まばゆい陽の中で 誓った愛の幻

  寺尾聰 「ルビーの指環」(作詞:松本隆,1981)

◆ それで、ルビーは8月の誕生石かと思ったら、7月の誕生石だった。なにしろ誕生石の指輪をプレゼントした経験など一度もないので、まったくわからない。小学生のころには、たしか図鑑を見て誕生石を覚えたような記憶もあるが、すぐに忘れてしまったらしい。憶えているのは、自分の誕生石のエメラルドのほかには、4月のダイアモンドに12月のトルコ石くらいか。なぜだかトルコ石が好きだった。

◇ 今日の誕生石は1912年に米国宝石商組合で定められたものを基にして、1952年にアメリカ宝石小売商組合など複数の団体によって改訂されたものが基準となっている。誕生石の種類は国によって若干の違いがある。日本では1958年に全国宝石卸商協同組合が制定した誕生石が古く、サンゴ(3月)・ヒスイ(5月)が追加されている。
ja.wikipedia.org/wiki/誕生石

◆ 日本では5月の誕生石として、エメラルドにくわえてヒスイ。これは知らなかった。ヒスイといえば、富山県朝日町の宮崎・境海岸は「ヒスイ海岸」と呼ばれていて、ここで何度か遊んだことがある。

〔富山県朝日町〕 ここヒスイ海岸には砂がありません。日本でも珍しい小石の海岸です。しかし、ブルーやグリーン、そしてコバルト色に輝く五色の小石が海岸にちりばめられ、海岸の小石が全て宝石と言っても過言ではありません。でも、何と言っても青緑色に輝く翡翠(ヒスイ)の原石があるのがうれしいのです。そのためか、海水までエメラルドグリーンに輝いて見えるのです。
www.town.asahi.toyama.jp/site/nature/hisuikaigan.shtml

◆ 宝石ということでもうひとつ思い出すのは、おともだちのめめさんの書いた「小石とランドセル」という小文。以下に一部を引用するが、できれば全文を読んでほしい。

◇ ある日、学校帰りに、すばらしい拾い物をした。歩道に面したマンションの、コンクリートの階段の隅に、数個の小石が転がっていた。見た瞬間に、きゅうっと胸が痛くなった。それまでもわたしの「ポケット博物館」には、たくさんの石がしまわれては母の怒りを誘ってきたのだが、いままでの石を全部あわせてもかなわないほど、この数個の小石は特別だった。半透明のピンク、金色と茶色の縞々、深い緑、うすい紫色。わたしは息を詰めてしゃがみこみ、小石たちを見つめた。ほんとうに石? ほんとうに拾っていいの? 意を決して拾ってみると、つまらないプラスチックのかけらなんかじゃなくて、紛れもなく、ほんとうの石だった。汗ばんだ手のひらに小石をにぎりしめ、ときどきそうっと開いてまじまじと見つめながら、家まで帰った。ポケットの中にしまうのが惜しかった。たからもの。ほうせき。

◆ たからもの。ほうせき。文章全体がまるで無数の宝石のようで、ワタシには梨木香歩のルビーより輝いてみえる。

〔シネマトゥデイ映画ニュース:2009年5月25日 7時54分〕 第62回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の受賞結果が現地時間24日に発表され、〔中略〕 優秀女優賞には物議を醸したラース・フォン・トリアー監督『アンチクリスト』(原題)で自慰行為はおろか、性器まで見せる熱演をしたフランスの女優シャルロット・ゲンズブールに。
cinematoday.jp/page/N0018199

◆ 3月のある日、仕事で西新宿界隈をぐるぐる回っていると、とある雑居ビルの2階のガラス窓に「小さな泥棒」(La Petite Voleuse)のポスターが貼ってあるのにたまたま気がついた。シャルロット・ゲンズブール主演、1988年のフランス映画。もう20年も前だ。あのころはよく映画を観に行ったものだった、などとこのポスターを見上げながら、しばしもの思いに耽ったりもしたのだったが。この映画以降、彼女の映画は観ていないので、ワタシのなかの彼女のイメージは16歳のまま。それが突然、目の前に37歳の彼女が現れてすこしばかりうろたえた。でもあんまり変わってない。「なまいきシャルロット」の面影はまだまだじゅうぶん残っている。それでちょっと安心。まあ、恋人だったわけでもあるまいし、どうでもいいんだけど。

◆ それにしても、引用した記事の「自慰行為はおろか、性器まで見せる熱演をした」なんて書き方はどうにかならんのかな。

◇ Charlotte Gainsbourg et Willem Dafoe font l'amour dans la salle de bain. Pendant ce temps, leur fils de 3 ans tombe par la fenêtre... Le film est un huis clos à deux acteurs. L'actrice est mise à nu dans tous les sens du terme.
www.teva.fr/actualite/277938-cannes-2009-charlotte-gainsbourg-recoit-prix-interpretation-feminine.html

◆ 「女優はあらゆる意味で素肌をさらしている」。せめて、これぐらいの表現ができんものかな。

◇  北海道で生まれ育った私にも北見という道東の町はあまりピンとくるものがなかった。網走ならば番外地や原生花園があるし、釧路には湿原や丹頂鶴がある。摩周湖や阿寒湖や知床など修学旅行で近くには何度も行ったのだが、北見という町には一度も足を踏み入れたことがなかった。
 寒いという以外はかろうじてハッカを思い浮かべるだけで、その他には何のイメージもわいてこない。

大崎善生 『将棋の子』(講談社文庫,p.244)

◆ 北海道で生まれ育ったわけではないワタシには、なおのこと。北見工業大学があるせいか、なんとなく地方の工業都市というイメージがあったが、かつて世界有数のハッカの生産地であったこと、いまはタマネギの生産が日本一であることなど、なにも知らなかった。

◆ 国道39号線を層雲峡を抜け石北峠を越えると、そこはもう北見市である。と、「平成の大合併」でこういうことになったが、北見の中心部まではさらになお69kmくるまを走らせなければならない。

◇ 2006年(平成18年)3月5日、旧・北見市と常呂郡留辺蘂町・端野町・常呂町が合併し、新・北見市はオホーツク海に面することとなった。市町村としての面積は北海道一となり、全国でも岐阜県高山市、静岡県浜松市、栃木県日光市に次いで第4位である。市の西端である石北峠から東端のオホーツク海までの道路延長は大手町−芦ノ湖を結ぶ箱根駅伝のコースにほぼ等しい110kmに達し、自治体の「長さ」では日本最長である。
ja.wikipedia.org/wiki/北見市

◆ 去年の年末に北見を訪れたときには、オホーツクの海を見ることはなかった。見ていれば、北見市の「常呂(ところ)というところ」というタイトルの記事を喜んで書いていたことだろう。

◆ 北見市のことをヒマにあかせてあれこれ調べていたら、北見市民憲章にでくわした。平成19年3月5日制定、「平成の大合併」後の新北見市の市民憲章。

◇ わたくしたちは、澄みきった青い空のもと、大雪連峰とオホーツク海にいだかれたみのりの大地に、幸せを求めて生きる北見市民です。わたくしたちは、風雪に耐えきびしい大自然を切りひらいた、先人のたくましい開拓精神と文化を受けつぎ、より美しく豊かな未来をきずくために、この憲章を定めます。

◆ これを読むと、市町村合併とは、武力を用いないにせよ、ある意味、「帝国主義」のようなものだなあという気がする。北見市は留辺蘂町と常呂町を併合することで、山と海、「大雪連峰とオホーツク海」を手に入れたのだった。ちなみに旧北見市の市民憲章はというと、

◇ すみきった明るい北見の空、それはわたしたちの心のしるべです。かって父祖が北国のきびしさに耐えて、原始の林にいどみ土に生きぬいてきた開拓のたましいは、今なおわたしたちにうけつがれています。わたしたちは、このまちの市民であることに誇りをもち、この地方に住む人びとと手をたずさえながら、北見市をより豊かに、よりうつくしく、発展させるねがいをこめて、この憲章を定めます。

◆ 旧北見市の誇りうる唯一のものは、すみきった明るい空! とはいえ、これは、たんなる美辞麗句ではなくて、

◇ 日照時間が長く、1年の半分以上が「快晴、晴れ」であり、「雨」の日は平均25日前後と、雨量が日本で最も少ない地域です。
www.sfen.jp/sporttown/st_0011.html

◆ という裏づけのある立派な、それだけでじゅうぶんに誇りうる事実にもとづくものではあるけれど、「大雪連峰とオホーツク海」というメジャーな地名をまえにすれば、「みのりの大地」の端野町とともに、いささか霞ががってしまうのも仕方がない。新北見市による「市民憲章の趣旨解説」にしたがえば、

◇ 「澄みきった青い空」は旧北見市、「大雪連峰」は旧留辺蘂町、「オホーツク海」は旧常呂町、「みのりの大地」は旧端野町と、各地域の特色を表現した言葉がちりばめられており、新市の自然環境及び地理的な位置が分かるようになっています。
www.city.kitami.lg.jp/650-07/kensiyou.htm

◆ ということだそうで、まあ、これはこれで、ひじょうにうまくできたパッチワークだろうとも思ったりもするのだが。

◆ 北見の市民憲章のことを書いたついでに、全国の市民憲章も検証してみようかと思ったが、めんどうなのでやめにして、北海道内からいくつかを拾い出すだけにしておこう。まずは札幌市。

◇ わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です。

◆ これはおそらく、さしたる確証はなんにもないが、全国で一番有名な市民憲章ではないだろうか? 市民憲章は、「わた(く)したちは、○○の市民です」という前文で始まるものが多いけれども、道内で、そのパターンのものを選んでみると、

〔函館市〕 わたくしたちは、北海道の文化発祥の地、函館に住む市民です。

〔室蘭市〕 わたしたちは、白鳥湾の美しい自然のなかで、たくましく発展している港湾と商工業のまち、室蘭の市民です。

〔釧路市〕 わたしたちは 、広野に丹頂が舞い、夕焼けが太平洋を染める釧路の市民です。

〔夕張市〕 わたしたちは開基以来石炭とともに生き きびしい自然環境に立ち向かつてきた夕張の市民です

〔岩見沢市〕 わたしたちは、生き生きとした緑の中の岩見沢市民です。

〔網走市〕 わたしたちは、母なるオホーツクの海に抱かれ、湖と森の美しい自然にかこまれた網走の市民です。

〔留萌市〕 わたくしたちは美しい日本海と留萌川にそう山々の緑にかこまれた留萌の市民です。

〔苫小牧市〕 わたしたちは 樽前山のふもと 水烏が舞い 太平洋の潮かおる勇払原野に たくましくひらけた苫小牧の市民です

〔稚内市〕 わたくしたちは、氷雪の門のあるところ秀峰利尻富士と樺太を望む、日本北端の都市稚内の市民です

〔美唄市〕 わたくしたちは たくましい開拓者精神をうけつぐ美唄市民です

〔赤平市〕 わたくしたちは、空知川にはぐくまれ石炭によって発展した赤平の市民です。

〔江別市〕 私たちは、屯田兵によってひらかれた江別の市民です

〔士別市〕 わたくしたちは、天塩川の源流にはぐくまれた士別市民です。

〔名寄市〕 私たちは、秀峰ピヤシリを望み、天塩川の恵みに育まれた美しい緑と樹氷きらめくまち、名寄の市民です。

〔三笠市〕わたしたちは、先人が大地を拓き、石炭を掘り、鉄道を敷き、北海道開拓の先べんを担った誇りをもつ三笠の市民です。

〔根室市〕 わたしたちは、太平洋とオホーツク海に望む日本の東、白鳥の群れとぶ美しい自然のなかに生きる根室市民です。

〔滝川市〕 わたしたちは、母なる石狩川と空知川の寄り合う自然に恵まれた誇りある滝川の市民です。

〔富良野市〕 わたしたちは、北海道の中心標が立つ富良野の市民です。

〔登別市〕 わたしたちは 古い歴史と美しい自然に恵まれた登別の市民です。

〔恵庭市〕 わたくしたちは、恵庭岳のそびえる、恵庭の市民です。

〔伊達市〕 わたしたちは、先人の築いた遺産と伝統を受け継ぎ、悠久の大地と豊かな自然の中で、たゆみなく歩みつづける伊達市民です。

〔北広島市〕 わたしたちは、「青年よ大志をいだけ」のこころを受けつぐ、北広島市の市民です。

〔石狩市〕 わたしたちは、母なる川にサケがのぼる石狩の市民です。

〔北斗市〕 わたしたちは 豊かな大地と歴史に結ばれた夢と希望をふくらませ ともに喜び感じるまちをつくる 北斗市民です

◆ 以上、《市民憲章情報サイト》を参考に、北海度で、行政区分上の「市」である自治体の「市民憲章」のうち、その前文が、「わた(く)したちは、○○(の)市民です」というパターンをもつものを列挙してみた。まるで、マンホールの蓋の図柄を文字で表したような感じの文章がずらりと並んで、なんたる壮観。

◆ そもそも「市民憲章」とはなんだろう? この「市民」とは、もともとは英語 citizen の訳語だったのだろうから、行政区分上の市町村の区別はあまり意味をなさないはずで、町民憲章も村民憲章も、「市民憲章」の範疇に含めて同列に扱うべきだと思う。けれど、参考にした《市民憲章情報サイト》でも、町民・村民にはあまり出番がないのが残念といえば残念。