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◇ 〔まちBBS:☆長野県の方言~四言目~☆〕 この間、関東の方にもろこし(とうもろこし)と、うり(きゅうり)と言ったら、何で略してるのぉ~w って笑われたんです。もろこしとうりは方言なんですかね? ◇ えっ、「もろこし」って方言だったんですか? 知らなかった。両親の実家が山梨なこともあって、普通に「もろこし」って言ってました。 ◆ 方言といっても、かたちの上ではトウモロコシの語頭のトウを省略しただけに思えるので(語源的な経緯はしらない)、その場合はくだけた俗語として長野・山梨にかぎらず全国的に用いられもするだろう(スナック菓子の「もろこし村」とか「焼きもろこし」とか)。 ◇ 〔ほぼ日刊イトイ新聞-みうらじゅんに訊け! ──この島国 篇:山梨県〕 みうら ぼくは、とうもろこしが好きなことで家では有名です。じゅんはとうもろこしが好きだ、とうもろこしが入っていれば苦手なものも食う、と、評判でした。例えば、ぼくはサラダは好きじゃないですけど、とうもろこしをプラスしてもらえればとうもろこしだと思ってサラダも食べるぐらいとうもろこしが好きです。ですから、とうもろこしを焼いて売っているところでは、当然、買います。前回、富士山の5合目に車で近づいたときもそこでもろこしを焼いてることは、すぐに発見しておりました。
◇ 札幌の大通公園は、トウキビの立ち食い風景の名所のひとつで、紳士淑女でも、だれはばからず、黄金のかぶりつきが見られる。 ◆ さっき引用したみうらじゅんのモロコシ談義がおもしろいので、もう少し。 ◇ みうら ところでぼくは、「1もろこし、ひとり」という考えで、これまでやってきました。1本のもろこしをふたつに割って人に与えるほどの余裕はないです。もろこしは、1本まるまる自分が食う、という考えです。でも、必ず「ちょっと食べさせて」という人がいるでしょ? ぼくは「ちょっと食べさせて」がいちばん嫌いです。だったら1本買えばいいじゃないか、と思うんです。しかしどうやら、特に東京の人は、「ちょっと味見」が好きなようで、ちょっと食べる人、多いです。
しんとして幅広き街(まち)の |
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◇ 〔朝日新聞〕 大阪市西区で幼い姉弟が自宅に置き去りにされ死亡し、母親の****容疑者(23)が死体遺棄容疑で逮捕された事件は6日未明に遺体発見から1週間となる。現場マンション前には連日100人以上が訪れ、手を合わせている。〔中略〕 ジュース、お菓子、おにぎり、おもちゃ、絵本、子ども服、「気付かずにごめんなさい」と書いた手紙……。飲み物の多くはストローが挿され、食べ物の箱やふたは開けられている。「幼い子でも飲みやすいように」との思いからだ。マンション前を訪れた人は3日に約150人、4日はさらに増え、5日も正午までに30人以上を数えた。
◆ このニュース記事が気になっていたので、とりあえず記事にしておこうと思って、さいしょに考えたのが、小林秀雄の「人形」というエッセーと並べてみるということだった。作者が急行列車の食堂車のテーブルで相席することになった老夫婦。妻は大きな人形を抱えている。人形は、「背広を着、ネクタイをしめ、外套を羽織って、外套と同じ縞柄の鳥打帽子を被っていた」。 ◇ 妻は、はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き、自分の口に入れる。それを繰返している。 ◆ 飲み物にストローを挿すという行為は、スプーンで人形の口元にスープを運ぶ老婦人の行為と関連がないわけではないだろう。見えない人形。でも、すっきりしないし、とんでもなくあさはかな理解の仕方であるような気がして、記事にするのをやめにした。
◆ この光景を見て、気になっていたニュース記事のストローが挿された飲み物のハナシをまた思い出した。それで、どうせまとまりのない記事を書くのなら、人形のハナシなんかよりは、こちらの金魚すくいをする少女の浴衣の袂のハナシのほうが、たんじゅんでふさわしいような気になった。母親であるというのは偉大なことだ、とあいかわらずほとんど理解できないながらも、そうつぶやきなくなった。 |
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◇ 吾輩は我慢に我慢を重ねて、ようやく一杯のビールを飲み干した時、妙な現象が起った。始めは舌がぴりぴりして、口中が外部から圧迫されるように苦しかったのが、飲むに従ってようやく楽になって、一杯目を片付ける時分には別段骨も折れなくなった。もう大丈夫と二杯目は難なくやっつけた。ついでに盆の上にこぼれたのも拭うがごとく腹内に収めた。
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◆ 腰が痛いので、パソコンのディスプレイを台から下ろして床に置き、寝そべりながら画面を見ている。ついでに、同じ姿勢でビールを飲んでいる。寝そべっているのは、ワタシだけではない。式根島の民宿のジイさんも寝そべっているらしい。 ◇ 壁ぎわに民宿のジイさんが片肘ついて寝ころんでいた。昨日とまったく同じ姿勢である。当人の言い分によると、人間にとってこれが一番ラクな姿勢で、若いころからこんなふうにしてきた。夜はいつも寝そべっている。酒もこのままチビチビやる。 ◆ 寝そべっているのは、式根島の民宿のジイさんばかりではない。蓮實重彦によると、夏目漱石の小説の主人公はみな寝そべっているらしい。 ◇ 「生憎主人はこの天に関して頗る猫に近い性分」で、「昼寝は吾輩に劣らぬ位やる」と話者たる猫を慨嘆せしめる苦沙彌の午睡癖いらい、「医者は探りを入れた跡で、手術台の上から津田を下した」という冒頭の一行が全篇の風土を決定している絶筆『明暗』の療養生活にいたるまで、漱石の小説のほとんどは、きまって、横臥の姿勢をまもる人物のまわりに物語を構築するという一貫した構造におさまっている。『それから』の導入部に描かれている目醒めの瞬間、あるいは『門』の始まりに見られる日当りのよい縁側での昼寝の光景、等々と逐一数えたてるまでもなく、あまたの漱石的「存在」たちは、まるでそうしながら主人公たる確かな資格を準備しているかのごとく、いたるところにごろりと身を横たえてしまう。 ◆ でも苦沙弥先生は架空の存在だから、実在の人物で寝そべっているのが似合いそうなひとといえば、先月亡くなった森毅先生だろうか。 ◇ 〔産経新聞大阪本社版夕刊:関西笑談(2002年5月24日)〕 森 〔……〕 僕は不器用やから、実験なんかするとガスをつけっ放しにするから危なっかしくてね。一番安全なのが数学なのよ。ガス管爆発せえへんから。数学は寝そべってたらいいからね。ものぐさの勉強好きが行くのが理学部やね。 ◇ 実際に氏の講義を受けた人から聴いたことがあるのだが「XXXX(西洋の哲学者だったか?失念)は寝て話したんや」と言いながら、実際に壇上に寝っころがって講義したりしていたという。 ◆ どこまでホントかしらないが、寝そべっている姿がサマになるひとはそうはいないだろう。 ◇ 数学者で社会問題にも独特な視点で論評し、「よろず評論家」として活躍した京都大名誉教授の森毅(もり・つよし)さんが24日、敗血症性ショックのため大阪府内の病院で死去した。82歳だった。2009年2月、自宅で料理中に重いやけどを負って入院していた。葬儀は行わない。〔中略〕 09年2月27日、1人でフライパンを使って昼食を作っていたところ、コンロの火が服に燃え移り、体全体の30%以上に重いやけどを負って大阪府内の病院に搬送された。そのまま入院し、治療を続けていた。 ◆ この訃報を読むと、「実験なんかするとガスをつけっ放しにするから危なっかしくてね」と、自らの不器用を自覚して危険のない数学を専攻するにいたった若きの日の判断が、ほら正しかったやろ、と自らの最期に証明したようでもあって、悲しくも可笑しい。あの世では、好きなだけ寝そべっているだろうか。 ◆ いや、寝そべっていると腰は楽だが、首が痛い。とかくこの世はままならぬ。 |
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◆ ご当地検定といえば、「京都検定」(京都・観光文化検定)が有名で、2004年に行われた第1回3級(いちばん下のランク)の問題をチラリと見てみると、 ◇ 問題98:京都駅前のシンボルとなっている、京都タワーが竣工したのはいつか。 ◆ 問題98、これは、ワタシにとって、「アナタが生まれたのはいつか」と問われているのと同じ。京都タワーの竣工は、1964(昭和39)年。問題99、「東海道の出入口」とあるので、これは粟田口しかない。「京の七口」というコトバを知らなくても、正解できる。じっさいワタシが「京の七口」というコトバを知ったのは、(忘れていたのでなければ)つい先日のことだった。 ◇ 「京に七口あり」 ◆ と、ワタシが「京の七口」というコトバを知った文章を引き写していると、読んだときには気にならなかったが、「白河口」なんてあったっけ、これは(京には白川という川があるから)「白川口」の誤植じゃないのか、という気がしてきて、《Wikipedia》を見てみると、 ◇ 京の七口(きょうのななくち)とは、京(京都)につながる街道の代表的な出入口の総称として用いられる。七口として示される出入口の場所および名称は史料によっても異なり、定まっていない。 ◆ とあり、「現代において七口の一つとよく称される代表的な口」として挙げられているのは、「鞍馬口」「大原口」「荒神口、今道の下口」「粟田口、三条口」「伏見口、五条口」「竹田口」「東寺口、鳥羽口」「丹波口」「長坂口、清蔵口」で、「白河口」も「白川口」も見あたらない。どうも、この「白河口」というのは、京都とは関係がなくて、戊辰戦争時の「白河口の戦い」で知られる福島県白河市の白河口のことであるようだ。どうして、この白河口が京の七口に紛れ込んだのか。ちなみに「白川口」のほうも、京都にはないようだが、岐阜県に高山本線の駅名として白川口というのがある。駅名といえば、山陰本線の駅に丹波口があって、これは京の七口のひとつ(だった)。 ◇ 丹波口の駅で乗り降りする客の誰もは、みな島原のこの遊郭を歩くのだった。律儀なつとめ人も、学校の子らも、この土地にうまれて、列車を利用する者は、みな、遊郭のけしきを見ながら歩いたのだ。 ◆ この「遊郭を駅前通りとする駅」も、いまはない。 ◇ 〔wikipedia〕 1976年(昭和51年)3月16日 - 高架駅化・北へ500メートル移転。 |