MEMORANDUM

◇ 「豆は、お豆のままでイイですか?」と、コーヒー豆買うときに言われて、なんだかおかしかった^^
na2meg.exblog.jp/8036115/

◆ とブログに書いているひとがいて、「なんだかおかしかった」理由についてはふれていないので、想像するしかないのだが、たぶん「お豆」という言い方が「なんだかおかしかった」のではないかと思う。

2010/08/13◆ ワタシがさいきんコーヒー豆を買っている店でも、女性の店員が「挽きますか? お豆のままですか?」と聞くので、つられて「お豆のままで」と繰り返しそうになるのをがまんして「そのままで」と答えると、店員がもう一度ていねいに「お豆のままですね」と復唱してくれる(してないか)。その「お豆のままで」という台詞を聞くのが楽しみで、また豆を買いに行く。豆、お豆、お豆さん。

〔かんでんe-Patio〕 京都や大阪では豆のことを親しみを込めて「お豆さん」と呼びます。古くから私たちの生活と関わってきたお豆さんには植物の命がぎゅっと詰まっています。
www.kepco.co.jp/e-patio/category/living/1202182816/

2009/07/11◆ ワタシも関西出身なので、「お豆さん」と言い方に違和感はない。だけど、この「お豆さん」にコーヒー豆を仲間入りさせていいものやら。舶来の豆だからって仲間はずれにするほうがおかしいと反省すべきなのかも。だけど、「お豆さん」と聞くと、和食でないものをなかなか想像できない。《フジッコのおまめさんシリーズ》にもコーヒー豆はないしなあ(あるわけないか)。

2010/08/17◆ 関西方言の「お豆さん」はともかく、豆に「お」をつけて「お豆」と言うのは、ほとんどが女性で、「お」をつけることで、上品に聞こえるかはともかく、少なくともやわらかく聞こえる。敬語の一種になるのだろう。同じ女性でも「お」をつけたりつけなかったり。

〔Webマガジン幻冬舎:甲斐かずえ「おいしい珈琲をごいっしょに」第11回〕 お豆の販売をする時には、必ず「豆のままでいいですか? 粉にしますか?」と聞いています。その時のお客さんはこの質問に「んっ?」と一瞬ためらいながらも、「いやぁ、実はこの前、人から頂いた珈琲はあまり良くなかったみたいで、お湯をかけても色が出ないんですよ」と言うのです。〔中略〕 よくよく聞くと、その方は、「豆のままの状態にお湯をかけていた」のでした。
webmagazine.gentosha.co.jp/coffee/vol133_coffee.html

◆ 敬語の使い方にかんして、ビールやコーヒーなどの外来語に「お」をつけて「おビール」「おコーヒー」というのは間違い、などということがよく言われる。もしかすると、コーヒー豆を買うときに「お豆」と言われると、「おコーヒー」と言われたのと同じ違和感を感じるのかも。外来語そのものでなくても、外来のものに「お」がついているのがちょっと引っかかるのかも。そんな気もする。

YouTube◆ 「お豆のままで」という歌は聞いたことがないけど、「素顔のままで」という歌なら聞いたことがある。ビリー・ジョエルの「Just the Way You Are」。太ったビリー(「ビリー・ジョエルは60歳」)のすてきな歌声を聞きながら、さて、コーヒーでも飲むことにするか。まずはマンデリンのフレンチローストのお豆をミルで挽いてから。

2010/06/22◆ つくづく安上がりな生活(人生)だと思う。もちろん、ワタシ自身の生活のことだ。とくに欲しいものも思いつかないので、消費者と名のるのが気恥ずかしいほど、モノを買わない。一日を過ごすのに、たいしたモノはいらない。たとえば、こんなイメージがひとつあればこと足りる。一日、それどころか一週間、あるいは一ヶ月を過ごせるかもしれない。ちょっとした曲がり角の隙間にはめ込むようにして作られた小さな公園。一本の木の周りに木の座布団を載せた円い石の椅子が七つ。手前には、もうひとつ椅子が置けそうな空間がある。本来は八つ椅子があったのだろうか? その痕跡のようなものもある。だが、他の椅子の根元のようには、舗石が円形に切り取られてはいない。やはり、元々七つしかなかったのだろうか。だとすると、この隙間はなにを意味するのか。などというどうでもいいことを考えていれば、あっという間に一日が過ぎる。

◆ ひとつ足りないもの、たとえば、皿屋敷のお菊さんの皿。10枚あるべき皿がなぜか9枚しかない。ひとつ余っているもの、たとえば、萩尾望都の「11人いる!」という漫画。10人いるべき宇宙船になぜか11人いる!

◇ 宇宙大学受験会場、最終テストは外部との接触を絶たれた宇宙船白号で53日間生きのびること。1チームは10人。だが、宇宙船には11人いた! さまざまな星系からそれぞれの文化を背負ってやってきた受験生をあいつぐトラブルが襲う。疑心暗鬼のなかでの反目と友情。11人は果たして合格できるのか? 萩尾望都のSF代表作。

◆ 10-1=9、10+1=11。日常生活においては、ほとんどの場合、誤差として処理されてしまうだろうような些細な数の不一致が人生を左右してしまうことも時にはある。

◆ そういえば、大学入試の点数が友人と2点差だったことがあった。ワタシは合格し、友人は不合格になった。その2点差がその後の人生を左右する、ということもあるいはあったかもしれない。ワタシはその大学には進学しなかったので、なんともいえないのだが。

◆ それから、じっとこのイメージを眺めていると、キノコに見えないでもない。円形に生えたキノコ。それで、フェアリーリングということばを思い出す。つづく。

◆ 雪が降っている。本のなかでは雪が降っている。林芙美子の『放浪記』。十二月×日。

◇ 雪が降っている。私はこの啄木の歌を偶(ふ)っと思い浮べながら、郷愁のようなものを感じていた。便所の窓を明けると、夕方の門燈(あかり)が薄明るくついていて、むかし信州の山で見たしゃくなげの紅(あか)い花のようで、とても美しかった。
林芙美子『新版 放浪記』(青空文庫

◆ 「この啄木の歌」というのが、

 さいはての駅に下り立ち
 雪あかり
 さびしき町にあゆみ入りにき

◆ で、ズレてないひとならば、当然、この歌の「さいはての駅」とはどこの駅なのか、「さびしき町」とはどこの町なのか、ということに思いをめぐらせることだろう。はやりのご当地検定のひとつに「道産子検定」というのがあるようで、その過去問のひとつに、

◇ ●第4回上級より
「さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」。歌人・詩人の石川啄木が1908年1月21日21:30ころに降り立ったとされる、ある駅の情景を詠んだものである。その「さいはての駅」とはどこのことか。
 A.稚内駅
 B.根室駅
 C.釧路駅
 D.網走駅

2007/09/09◆ 答えは、Aの稚内駅だろうか? 駅前には「さいはて」という旅館もあったから。と、以前に撮った写真を載せたいばかりに、とりあえず、そう答えてみようかとも思ったが、わざとらしいのでやめにする。根室と網走は載せたい写真もとくに思いつかないので、パス。正解はCの釧路駅。正解率は48.4%。

◆ 林芙美子は、後年(1935年ごろ?)、じっさいに釧路を訪れている。駅に着いたのは夜の八時ごろ。釧路の写真も載せたいところだが、まだないので、おともだちの霧(笛)さんからのいただきもの、幣舞(ぬさまい)橋に飾られた本郷新の彫刻作品とカモメの画像をこっそり借用(このカモメもさいはてのカモメと呼ぶべきか?)。

◇  釧路へ着いたのが八時頃で、驛を出ると、外國の港へでも降りたやうに潮霧(がす)がたちこめてゐた。雨と潮霧で私のメガネはたちまちくもつてしまふ。帶廣から乘り合はせた、轉任の鐵道員の家族が、町を歩いて行つた方が面白いですよと云つて、雨の中を子供を連れた家族達が私を案内してくれた。
 山形屋と云ふのに宿を取る。古くて汐くさいはたご屋であつたが、部屋には熊の毛皮が敷いてあつた。――町を歩いてゐても、宿へ着いても、三分おきに鳴つてゐる霧笛の音は、夜着いた土地であるだけに何となく淋しい。遠くで霧笛を聽くと夕燒けの中で牛が鳴いてゐるやうな氣がする。

林芙美子『摩周湖紀行』(青空文庫

◆ 夕焼けの牛の鳴き声のような霧笛、か。翌日(六月十六日)、

◇ 山形屋の拂ひを濟ませて道路へ出ると、宿の前がさいはての驛であつた。山形屋へ泊つたこともいゝではありませんかと、いまは肥料倉庫のやうなさいはての舊驛を眼前にして、私は啄木の唄をまるで自らの唄のやうにくちずさんでゐた。
「さいはての驛に降り立ち雪あかり、淋しき町に歩ゆみ入りにき」さいはての驛の前は道が泥々してゐて、雪の頃のすがれたやうな風景を眼の裏に思ひ出す事もできた。

Ibid.

◆ 1908年に啄木の降り立った釧路駅は、旧駅。

〔Wikipedia〕 1917年(大正6年)12月1日 - 現在地に移転、貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)。旧駅は貨物駅の浜釧路駅となる。
ja.wikipedia.org/wiki/釧路駅

◆ 真夏の東京で、もしかしたら少しはこの灼熱も和らぐのではないかと、林芙美子に倣ってワタシも「雪の頃のすがれたような風景」を「眼の裏」にイメージしてみようとしたが、能力不足でいっこうに涼しくはならない。どうしたものか? 真冬の南半球にでも行くしかないか? そうしよう。しかし、

〔朝日新聞〕 冬の南半球。南米各地では、寒波で少なくとも200人以上の死者が出ている。ボリビアでは過去に降雪記録がない地域で雪が降り、チリでは各地で吹雪による停電で交通が止まり、町が孤立した。アルゼンチンでは寒さで少なくとも14人が死亡、ホームレスの人を屋内に収容するなどの対策に追われ、ガス需要が増えたため炭で料理するレストランもあるという。ペルーでも、標高3千メートル以上の地域で零下24度を記録し、政府が緊急事態宣言を出した。
www.asahi.com/national/update/0725/TKY201007240512.html

◆ そうか、大寒波か。こりゃ大変だな。じっさいに行くのはやめにして、お手軽にネット旅行。こんな画像はどうだろう? これは南米パタゴニアの氷河。撮影は、おともだちの rororo さん。皆既日食を見るために、はるばる地球の裏側のさいはての地まで!

◆ 納涼気分で、rororo さんのブログ《忍法火遁の術:パタゴニア旅行記》を読んでいると、世界最南端の都市、アルゼンチンのウシュアイアの西に広がるフエゴ島国立公園には「世界の果て列車(El Tren del Fin del Mundo)」が走っているそうで、これは廃線になっていた木材輸送のための森林鉄道を観光客向け鉄道として復活させたものらしい。この鉄道の始発駅が「世界の果て駅(Estación del Fin del Mundo)」だそうで。こんなところにも「さいはての駅」はあったのだなあ、と感慨深い。思わず啄木を連れて行きたくなる。

◆ ところで、フエゴ島は過去に流刑地であった歴史があり、島の中心都市ウシュアイアも囚人たちの労働によって建設された。というようなコトを知ると、思わず口ずさんでしまうのは、

♪ 遥か 遥か彼方にゃ オホーツク
  紅い真っ紅な ハマナスが
  海を見てます 泣いてます
  その名も 網走番外地

  高倉健「網走番外地」(作詞:タカオ・カンベ)

◆ となると、さっきの道産子検定に戻って、答えは、Dの網走駅でどうだろう?

2005/08/19◆ 「さいはての駅」とはなんの関係もないけど、最初に引用した林芙美子の『放浪記』の文中に、「しゃくなげの紅い花」、最後に引用した「網走番外地」の歌詞のなかに、「紅い真っ紅なハマナス」。たまたま、紅い花ふたつ。と書いて、またまた不安になる。高倉健の歌う「紅いハマナス」は花なのか? それとも実なのか? まさか道産子検定の問題になってはいないだろうな。

◆ 週刊誌の連載エッセーで、劇団ひとりが実家の飼い犬(コロ)の死のハナシを書いていた。

◇  コロの訃報を聞いて実家に帰り、手を合わせたその日の夜、出張専門のペット火葬業者がきた。トラックの荷台には火葬設備が整っており、神々しい光と音楽に包まれて皆で泣きながら別れを告げる。一時間ほどして、すっかり骨になってしまったコロを見つめる僕ら家族に向かって業者の人が言った。
「お年の割に骨はしっかりしています。きっと、いっぱい可愛がってもらえた証拠です」
 その一言を聞き、庭を元気に走り回っていたコロを思い出して皆で再び泣いた。そしてずべてを終え、去っていく火葬車を見て、母が涙を拭きながら言った。
「ほんと便利な世の中になったね」
 その瞬間、空気が止まる。
 確かにそうだ。家まで業者が来てくれて、見送るセレモニーも火葬も、その場で済んでしまうのだから便利である。ただ、それを言うタイミングではない。そして、さらに追い打ちの一言。
「人間にも、こういうのがあったら便利なのにね」
 本気なのか冗談なのかも分からない。皆で聞こえないふりをして家に帰った。

劇団ひとり「そのノブは心の扉」(『週刊文春』2010年8月5日号,p.70)

◆ ワタシ自身は、できることならあまり他人とズレないように、人並みにふつうに生きたいと思っているけれど、ズレているひとのハナシを聞くのは好きだ。このハナシもおもしろく読んだ。そう書いて、いや待てよ、このハナシを「おもしろく」読むこと自体がズレていたりはしないだろうか、とちょっと不安になった。どうなのだろう? ところで、このコロの葬儀の場で、ズレているのはいったい誰? 劇団ひとりのお母さん? 火葬業者の人? それとも、劇団ひとり自身? やっぱり、一番ズレているのは、こんな文章でさえ気軽に読み飛ばせないワタシかなあ。

◆ 雨が降っている。本のなかでも雨が降っている。だから、アタマのなかでも雨が降っている。松浦寿輝の『花腐し』の冒頭。

◇ どうしてそんなに濡れるの、肩も背中もずぶ濡れじゃないのとずいぶん昔にほんの二年ほど一緒に暮らしていた女がよく言ったものだった。変なひとねえ、ずっと傘をさしていたのにさあ、いったいどうしてこんなにぐしょぐしょになるのよ、傘のさしかた知らないの。
松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫,p.60)

◆ 場末のラブホテルの駐車場でひとり雨宿りをしながら、むかしの女を思い出している中年男、栩谷(くたに)

◇ あんたは傘のさしかたも知らないのねえという祥子の呆れたような声がまた耳元に響き、そうだ、見よう見真似で人並みになろうと懸命にやって来たつもりで、結局俺は傘のさしかたも箸の持ちかたも覚えずにこんな歳まで来てしまったのかもしれない、こんなどんづまりに行き着いてしまったのかもしれないと栩谷は思う。
Ibid., p.62

◆ そうだ、見よう見真似で人並みになろうと懸命にやって来たつもりで、結局俺は傘のさしかたも箸の持ちかたも覚えずにこんな歳まで来てしまったのかもしれない、とワタシも思う。傘の差し方、これは考えてみたことがなかったが、箸の持ち方は、(ほとんどのひとにはばれてないと思っているが)自己流だ。狭い歩道での人の避け方もよくわからなかったし(「とっさに右?あるいは左?」)、エスカレーターでの前のひととの間隔の開け方も理解するのに時間がかかった(前のひとの直後の段に乗ってしまって、窮屈な思いをしたことが何度もある)。そういったひとつひとつのことを、見よう見まねで人並みになろうと努力してきたつもりだが、けっきょくのところ、根本的なズレはどうにもならないのだろう。そろそろあきらめようか。

◆ とっくに雨は止んでいる。降っているのは、本のなかだけ、アタマのなかだけ。でも雨が止んでよかった。とりあえず傘の差し方に悩まずにすむ。

  

〔河北新報〕 第92回全国高校野球選手権宮城大会最終日は26日、仙台市のクリネックススタジアム宮城で決勝が行われ、仙台育英が気仙沼向洋に28―1で大勝し、2年ぶり22度目の甲子園出場を決めた。
www.kahoku.co.jp/news/2010/07/20100726t14030.htm

2006/07/24◆ こんな小さなニュース記事をたまたま目にしていなかったら、気仙沼向洋(旧・気仙沼水産)という高校の名を知ることはなかっただろう。この名にふと目が止まってしまったのは、数年前、気仙沼に一泊することになったとき、市内には「観洋」というホテルと「望洋」というホテルがあって、どちらにしようかと迷ったことがあるからで、観洋に望洋に向洋と並べてみると、太平洋に臨む気仙沼の町のイメージがすこしは浮かび上がりもするだろうか。

2010/06/12◆ 観洋に望洋に向洋と並べてみて、いまさら気がついたというのもウカツなことだと思いつつ、洋、洋、洋、「洋」という漢字には「羊」がいるのだなあ、とはじめて気がついた。気仙沼の海に眠れない夜の羊がぷかぷか浮んでいる。羊、羊、羊。キミたちは泳げるのか? もしかして太平洋を横断できたりもするのか? なぜ「洋」という漢字に「羊」がいるのかは知らない。ちょっと調べてみたが、はっきりしない。熊楠もこう書いている。

◇ 曠野に無数の羊が草を食いながら起伏進退するを遠望すると、糞蛆の群行するにも似れば、それよりも一層よく海上の白波に似居る。近頃何とかいう外人が海を洋というたり、水盛んなる貌を洋々といったりする洋の字は、件(くだん)の理由で羊と水の二字より合成さると釈(と)いたはもっともらしく聞える。しかし王荊公が波はすなわち水の皮と牽強(こじつけ)た時、東坡がしからば滑とは水の骨でござるかと遣(や)り込めた例もあれば、字説毎(つね)に輒(たやす)く信ずべきにあらずだ。
南方熊楠『十二支考 羊に関する民俗と伝説』(青空文庫

◆ 「水の皮」(=波)というのもあったか。これもたやすく信じてしまいそうになるな。

◇ 「駅前旅館」と聞くと、井伏鱒二の小説『駅前旅館』を思い出すのは、だいぶ年配の人だ。多くの若い人にとっては、「駅前旅館」と聞いてもイメージがわかないのではないだろうか。〔中略〕 この小説『駅前旅館』は森繁久彌主演の喜劇映画としてもヒットした。
大穂耕一郎『駅前旅館に泊まるローカル線の旅』(ちくま文庫,p.9)

◆ 「駅前旅館」と聞くと、ワタシなどはどちらかと言えば、映画のほうが先にアタマに浮かぶけれども、小説のほうが先に浮かぶひとももちろんいるだろうし、同時にセットで思い出すひとも多いだろう。たまたま読んでいた本にも「駅前旅館」が出てきて、これは映画のほう。

◇ 「じいさん、これからどうする。俺は、ブラザーといっしょにダウンタウンに行って、日本の映画でも見ようかなと思っている。羅府新報に広告が出ていた。森繁久彌ゆうムービースターの『駅前旅館』と、加山雄三ゆうのの若大将なんとかと、石原裕次郎の映画をやっているらしい。正月の三本立てだ。裕次郎ゆうんは、ジャパンのトップスターよ。じいさんも、たまにはジャパンの映画でも見ればいいのによ」
石川好『ストロベリー・ロード(下)』(文春文庫,p.33)

◆ これは60年代のカリフォルニアの話。それにしても、なんと豪華な三本立てだろう。ちなみに、「ストロベリー・ロード」も映画化されているらしいが、「ストロベリー・ロード」と聞いても、映画のほうはまったくアタマに浮かばなかった。映画化されていることを知ったのは、ついさっきなのだから、これはしかたがない。ちなみに、「羅府新報」というのは、《Wikipedia》によると、

◇ 1903年にカリフォルニア州ロサンゼルスで創刊された。第二次世界大戦下で日米間で開戦したことを受け、日系人の強制収容が行われたことから1942年以降数年間強制的に休刊させられたものの、その後復刊し、2003年には創刊100周年を迎えた。現在は毎日45,000部発行されており、アメリカ国内で最も多く購読されている邦字新聞である。また、ウェブサイトでも記事を閲覧することが可能である。本社はロサンゼルス中心部のリトル・トーキョーにある。「羅府新報」の名前は、中国語でロサンゼルスのことを言う「Rashogiri」の最初の文字「羅」、日本語で 地域行政(県など)を表す「府」、新聞を表す「新報」を合わせて命名された。
ja.wikipedia.org/wiki/羅府新報

◆ しかし、カリフォルニアで「駅前旅館」の映画を観るというのも、考えてみると、とんでもない贅沢ではないだろうか。アタマがちょっとくらくらする。暑さのせいかもしれないが。