|
◇ 「豆は、お豆のままでイイですか?」と、コーヒー豆買うときに言われて、なんだかおかしかった^^ ◆ とブログに書いているひとがいて、「なんだかおかしかった」理由についてはふれていないので、想像するしかないのだが、たぶん「お豆」という言い方が「なんだかおかしかった」のではないかと思う。
◇ 〔かんでんe-Patio〕 京都や大阪では豆のことを親しみを込めて「お豆さん」と呼びます。古くから私たちの生活と関わってきたお豆さんには植物の命がぎゅっと詰まっています。
◇ 〔Webマガジン幻冬舎:甲斐かずえ「おいしい珈琲をごいっしょに」第11回〕 お豆の販売をする時には、必ず「豆のままでいいですか? 粉にしますか?」と聞いています。その時のお客さんはこの質問に「んっ?」と一瞬ためらいながらも、「いやぁ、実はこの前、人から頂いた珈琲はあまり良くなかったみたいで、お湯をかけても色が出ないんですよ」と言うのです。〔中略〕 よくよく聞くと、その方は、「豆のままの状態にお湯をかけていた」のでした。 ◆ 敬語の使い方にかんして、ビールやコーヒーなどの外来語に「お」をつけて「おビール」「おコーヒー」というのは間違い、などということがよく言われる。もしかすると、コーヒー豆を買うときに「お豆」と言われると、「おコーヒー」と言われたのと同じ違和感を感じるのかも。外来語そのものでなくても、外来のものに「お」がついているのがちょっと引っかかるのかも。そんな気もする。
|
|
◆ 雪が降っている。本のなかでは雪が降っている。林芙美子の『放浪記』。十二月×日。 ◇ 雪が降っている。私はこの啄木の歌を偶(ふ)っと思い浮べながら、郷愁のようなものを感じていた。便所の窓を明けると、夕方の門燈(あかり)が薄明るくついていて、むかし信州の山で見たしゃくなげの紅(あか)い花のようで、とても美しかった。 ◆ 「この啄木の歌」というのが、 さいはての駅に下り立ち ◆ で、ズレてないひとならば、当然、この歌の「さいはての駅」とはどこの駅なのか、「さびしき町」とはどこの町なのか、ということに思いをめぐらせることだろう。はやりのご当地検定のひとつに「道産子検定」というのがあるようで、その過去問のひとつに、 ◇ ●第4回上級より
◇ 釧路へ着いたのが八時頃で、驛を出ると、外國の港へでも降りたやうに潮霧(がす)がたちこめてゐた。雨と潮霧で私のメガネはたちまちくもつてしまふ。帶廣から乘り合はせた、轉任の鐵道員の家族が、町を歩いて行つた方が面白いですよと云つて、雨の中を子供を連れた家族達が私を案内してくれた。 ◆ 夕焼けの牛の鳴き声のような霧笛、か。翌日(六月十六日)、 ◇ 山形屋の拂ひを濟ませて道路へ出ると、宿の前がさいはての驛であつた。山形屋へ泊つたこともいゝではありませんかと、いまは肥料倉庫のやうなさいはての舊驛を眼前にして、私は啄木の唄をまるで自らの唄のやうにくちずさんでゐた。 ◆ 1908年に啄木の降り立った釧路駅は、旧駅。 ◇ 〔Wikipedia〕 1917年(大正6年)12月1日 - 現在地に移転、貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)。旧駅は貨物駅の浜釧路駅となる。 ◆ 真夏の東京で、もしかしたら少しはこの灼熱も和らぐのではないかと、林芙美子に倣ってワタシも「雪の頃のすがれたような風景」を「眼の裏」にイメージしてみようとしたが、能力不足でいっこうに涼しくはならない。どうしたものか? 真冬の南半球にでも行くしかないか? そうしよう。しかし、 ◇ 〔朝日新聞〕 冬の南半球。南米各地では、寒波で少なくとも200人以上の死者が出ている。ボリビアでは過去に降雪記録がない地域で雪が降り、チリでは各地で吹雪による停電で交通が止まり、町が孤立した。アルゼンチンでは寒さで少なくとも14人が死亡、ホームレスの人を屋内に収容するなどの対策に追われ、ガス需要が増えたため炭で料理するレストランもあるという。ペルーでも、標高3千メートル以上の地域で零下24度を記録し、政府が緊急事態宣言を出した。
◆ ところで、フエゴ島は過去に流刑地であった歴史があり、島の中心都市ウシュアイアも囚人たちの労働によって建設された。というようなコトを知ると、思わず口ずさんでしまうのは、 ♪ 遥か 遥か彼方にゃ オホーツク ◆ となると、さっきの道産子検定に戻って、答えは、Dの網走駅でどうだろう?
|
|
◆ 週刊誌の連載エッセーで、劇団ひとりが実家の飼い犬(コロ)の死のハナシを書いていた。 ◇ コロの訃報を聞いて実家に帰り、手を合わせたその日の夜、出張専門のペット火葬業者がきた。トラックの荷台には火葬設備が整っており、神々しい光と音楽に包まれて皆で泣きながら別れを告げる。一時間ほどして、すっかり骨になってしまったコロを見つめる僕ら家族に向かって業者の人が言った。 ◆ ワタシ自身は、できることならあまり他人とズレないように、人並みにふつうに生きたいと思っているけれど、ズレているひとのハナシを聞くのは好きだ。このハナシもおもしろく読んだ。そう書いて、いや待てよ、このハナシを「おもしろく」読むこと自体がズレていたりはしないだろうか、とちょっと不安になった。どうなのだろう? ところで、このコロの葬儀の場で、ズレているのはいったい誰? 劇団ひとりのお母さん? 火葬業者の人? それとも、劇団ひとり自身? やっぱり、一番ズレているのは、こんな文章でさえ気軽に読み飛ばせないワタシかなあ。 |
|
◆ 雨が降っている。本のなかでも雨が降っている。だから、アタマのなかでも雨が降っている。松浦寿輝の『花腐し』の冒頭。 ◇ どうしてそんなに濡れるの、肩も背中もずぶ濡れじゃないのとずいぶん昔にほんの二年ほど一緒に暮らしていた女がよく言ったものだった。変なひとねえ、ずっと傘をさしていたのにさあ、いったいどうしてこんなにぐしょぐしょになるのよ、傘のさしかた知らないの。 ◆ 場末のラブホテルの駐車場でひとり雨宿りをしながら、むかしの女を思い出している中年男、栩谷(くたに)。 ◇ あんたは傘のさしかたも知らないのねえという祥子の呆れたような声がまた耳元に響き、そうだ、見よう見真似で人並みになろうと懸命にやって来たつもりで、結局俺は傘のさしかたも箸の持ちかたも覚えずにこんな歳まで来てしまったのかもしれない、こんなどんづまりに行き着いてしまったのかもしれないと栩谷は思う。 ◆ そうだ、見よう見真似で人並みになろうと懸命にやって来たつもりで、結局俺は傘のさしかたも箸の持ちかたも覚えずにこんな歳まで来てしまったのかもしれない、とワタシも思う。傘の差し方、これは考えてみたことがなかったが、箸の持ち方は、(ほとんどのひとにはばれてないと思っているが)自己流だ。狭い歩道での人の避け方もよくわからなかったし(「とっさに右?あるいは左?」)、エスカレーターでの前のひととの間隔の開け方も理解するのに時間がかかった(前のひとの直後の段に乗ってしまって、窮屈な思いをしたことが何度もある)。そういったひとつひとつのことを、見よう見まねで人並みになろうと努力してきたつもりだが、けっきょくのところ、根本的なズレはどうにもならないのだろう。そろそろあきらめようか。 ◆ とっくに雨は止んでいる。降っているのは、本のなかだけ、アタマのなかだけ。でも雨が止んでよかった。とりあえず傘の差し方に悩まずにすむ。 |
|
◇ 〔河北新報〕 第92回全国高校野球選手権宮城大会最終日は26日、仙台市のクリネックススタジアム宮城で決勝が行われ、仙台育英が気仙沼向洋に28―1で大勝し、2年ぶり22度目の甲子園出場を決めた。
◇ 曠野に無数の羊が草を食いながら起伏進退するを遠望すると、糞蛆の群行するにも似れば、それよりも一層よく海上の白波に似居る。近頃何とかいう外人が海を洋というたり、水盛んなる貌を洋々といったりする洋の字は、件(くだん)の理由で羊と水の二字より合成さると釈(と)いたはもっともらしく聞える。しかし王荊公が波はすなわち水の皮と牽強(こじつけ)た時、東坡がしからば滑とは水の骨でござるかと遣(や)り込めた例もあれば、字説毎(つね)に輒(たやす)く信ずべきにあらずだ。 ◆ 「水の皮」(=波)というのもあったか。これもたやすく信じてしまいそうになるな。 |
|
◇ 「駅前旅館」と聞くと、井伏鱒二の小説『駅前旅館』を思い出すのは、だいぶ年配の人だ。多くの若い人にとっては、「駅前旅館」と聞いてもイメージがわかないのではないだろうか。〔中略〕 この小説『駅前旅館』は森繁久彌主演の喜劇映画としてもヒットした。 ◆ 「駅前旅館」と聞くと、ワタシなどはどちらかと言えば、映画のほうが先にアタマに浮かぶけれども、小説のほうが先に浮かぶひとももちろんいるだろうし、同時にセットで思い出すひとも多いだろう。たまたま読んでいた本にも「駅前旅館」が出てきて、これは映画のほう。 ◇ 「じいさん、これからどうする。俺は、ブラザーといっしょにダウンタウンに行って、日本の映画でも見ようかなと思っている。羅府新報に広告が出ていた。森繁久彌ゆうムービースターの『駅前旅館』と、加山雄三ゆうのの若大将なんとかと、石原裕次郎の映画をやっているらしい。正月の三本立てだ。裕次郎ゆうんは、ジャパンのトップスターよ。じいさんも、たまにはジャパンの映画でも見ればいいのによ」 ◆ これは60年代のカリフォルニアの話。それにしても、なんと豪華な三本立てだろう。ちなみに、「ストロベリー・ロード」も映画化されているらしいが、「ストロベリー・ロード」と聞いても、映画のほうはまったくアタマに浮かばなかった。映画化されていることを知ったのは、ついさっきなのだから、これはしかたがない。ちなみに、「羅府新報」というのは、《Wikipedia》によると、 ◇ 1903年にカリフォルニア州ロサンゼルスで創刊された。第二次世界大戦下で日米間で開戦したことを受け、日系人の強制収容が行われたことから1942年以降数年間強制的に休刊させられたものの、その後復刊し、2003年には創刊100周年を迎えた。現在は毎日45,000部発行されており、アメリカ国内で最も多く購読されている邦字新聞である。また、ウェブサイトでも記事を閲覧することが可能である。本社はロサンゼルス中心部のリトル・トーキョーにある。「羅府新報」の名前は、中国語でロサンゼルスのことを言う「Rashogiri」の最初の文字「羅」、日本語で 地域行政(県など)を表す「府」、新聞を表す「新報」を合わせて命名された。 ◆ しかし、カリフォルニアで「駅前旅館」の映画を観るというのも、考えてみると、とんでもない贅沢ではないだろうか。アタマがちょっとくらくらする。暑さのせいかもしれないが。 |