MEMORANDUM

  安楽椅子

◆ 安楽椅子などというコトバは、おそらくもう死語なのかもしれない。その代わりに安楽死などというコトバが生まれたが。

◇ 珍しい秋晴れの日に縁側へ出て庭をながめながら物を考えたりするのにぐあいのいいような腰の高い椅子があるといいと思う。しかし近ごろは昔あったような高い籐椅子はもうめったに見当たらない。みんな安楽椅子のような扁平なのばかりである。
寺田 寅彦『柿の種』(青空文庫

◇ ××○○会社には、一脚百何十円とかする鞣皮張(なめしがわばり)安楽椅子が二十脚も並んだ重役会議室があった。が、設備のある医務室というものはなかった。
宮本 百合子『舗道』(青空文庫

◇ あそこに置いて在るボロボロの籐の安楽椅子に身を横たえて、
夢野 久作『少女地獄』(青空文庫

◇ K君の部屋は美くしい絨氈(じゅうたん)が敷いてあって、白絹(しらぎぬ)の窓掛(まどかけ)が下がっていて、立派な安楽椅子とロッキング・チェアが備えつけてある上に、小さな寝室が別に附属している。
夏目 漱石『永日小品』(青空文庫

◇ 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗(しまらしゃ)のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて新聞を読んでいるのを見た。
森 鴎外『沈黙の塔』(青空文庫

◆ ところで、引用した安楽椅子はみな同じものだろうか。そもそも安楽椅子とはなんだろう。辞書を見ると、

◇ ひじ掛けつきで柔らかくゆったりとした休息用のいす。(大辞泉)
◇ ひじ掛けがあり、体をあずけて楽な姿勢で座れる椅子。(大辞林)
体をあずけて楽な姿勢で座れる、休息用のひじ掛け椅子。(明鏡国語辞典)
スプリングのよくきいた、大形のひじかけ椅子。(新明解国語辞典)

◆ 「ひじ掛け」椅子であることは間違いないようだが、なにが「安楽」なのかということについては、それぞれ説明が異なる。「柔らかくゆったりしている」から安楽なのか、「スプリングがよくきいている」から安楽なのか、はたまた「体をあずけて楽な姿勢で座れる」から安楽なのか。さらには、

◇ 安楽いすとは、休息用のひじ掛けの付いた張りぐるみいすの総称である。
『木工工作法』(雇用・能力開発機構職業能力開発総合大学校能力開発研究センター,p.230)

◆ これなどは、ひじ掛け自体が「安楽」の根拠であるように読める。あとふたつ。

〔家具木工用語辞典:安楽椅子とは〕 休息用のひじ掛け椅子。普通の椅子より大きく、スプリングを設け、よりかかりがあるもの。
www.fuchu.or.jp/~kagu/search/regist_ys.cgi?mode=enter&id=33

〔自立訓練法のやり方〕 安楽椅子とは、頭の部分まで支えがある椅子です。
himawari.fem.jp/howtojiritu.htm

◆ これらを読んで、それぞれの安楽椅子の定義から思い浮かべられるイメージは必ずしも一致しないと思う。《Wikipedia》は、

〔Wikipedia:椅子〕 ロッキング機能に加えて、背当て部分が倒れるなどのリクライニング機能が加わった椅子の総称。ときにロッキングチェアと同義で扱われる場合がある。
ja.wikipedia.org/wiki/椅子

◆ と書いているが、これはちょっと特殊な定義ではないだろうか。まあ、ロッキングチェアもまた「安楽」であろうことは、疑いのないところだろうが。

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