MEMORANDUM
2012年04月


♪ “ありがとう” って伝えたくて
いきものがかり「ありがとう」(作詞・作曲:水野良樹)

◆ 「ありがとう」を伝えたくて、「ありがとう」と言ったら、「ありがとう」が伝わらなかった、ということもあるのではないかと思う。

◆ 先日(この写真を撮ったその日)、山手線の電車内でロングシートに座っていて、混んできたので席をつめたら、空いた席に「ありがとう」と言って座った女性がいた。その「ありがとう」がワタシにはうまく伝わらなかった。その「ありがとう」の言い方になにか横柄な、尊大な、傲慢なニュアンスを感じてしまったからである。それで、いまさらながら、「ありがとう」にも無数の言い方があるのだなあということに思い当たった。その女性の言った「ありがとう」をうまく説明できないが、強いて言えば、昭和天皇の「ありがとう」に似ていたような気もする。抑揚の少ない平坦な言い方だった。

◆ よもや天皇級の方が山手線に乗ってくるわけもなし、もしかして、外国人? そういう気がして、ちらと横をうかがったが、アジア人であることしかわからなかった。でも、しばらくして英語の会話が聞こえてきたので、たぶん外国人(か、それに近い人)なんだろう、ということで納得をした。

◆ 電車内で席を譲られたとき、ネイティブの日本人が「ありがとう」と礼を言うことはことのほか少ないのではないかと思う。ありがちなのは無言(で会釈のみ)の場合だろうが、これを別にすれば、ほとんどの人は、「ありがとう」ではなく、「どうも」とか「すいません」とか言うような気がする。丁寧な人なら「ありがとうございます」というかもしれない。ワタシだけかもしれないが、横柄さ・尊大さ・傲慢さを響かせずに「ありがとう」と発語することは意外に難しい。口のなかでモニョモニョ練習してみたが、なかなかうまくいかなかった。

◆ 「ありがとう」を歌った歌はたくさんあるが、その歌詞の「ありがとう」が実際に口に出されたものかどうかは歌詞だけではたいてい判断がつかない。たんに感謝の気持ちという意味を表すにすぎなくて、現実の場面で発語されるときには、照れもあって「サンキュー」とか「どうもどうも」に化けてしまうケースも多いのではないか。とそんなことを考えて、アタマのなかでいろんな曲を検索していたら、聞こえてきたのは、Styx の Mr.Roboto

◆ 山手線の車内にこんなロボットが座っていて、親切にも席をつめてくれたなら、やっぱり言ってしまうだろうな。

♪ ドモアリガット ミスターロボット (ドモ ドモ)

◆ 『その英語、ネイティブにはこう聞こえます SELECT』という文庫本を読んでいたら、"My name is Akiko Tanaka." というのがネイティブには「余の名前はア・キ・コ・タ・ナ・カなり」に聞こえると書いてあって、笑ってしまった。ちょっとやりすぎだろう。せいぜい「田中明子と申します」ぐらいのものだと思うが、ネイティブもいろいろ。著者によると、"I'm Akiko, Akiko Tanaka." というのが正解らしい。

◇ I'm と短縮形で始める。最初にファーストネームを言い、ひと呼吸おいてから、改めてファーストネームとファミリーネームを告げる。
David A. Thayne, 小池信孝『その英語、ネイティブにはこう聞こえます SELECT』(主婦の友社,p.9)

◆ すると、"My name is Bond, James Bond." なんてのは、二重に不正解なわけだろう。それはともかく、

〔映画.com (2010年4月19日 11:52)〕  米映画サイトMoviefoneが、引用されたり真似されたりすることの多い映画のなかの名台詞・決め台詞のベスト10を発表した。
 単に名台詞というだけでなく、「Overused(使い古された)」キャッチフレーズという切り口のランキングの第1位に輝いたのは、「ターミネーター」シリーズでアーノルド・シュワルツェネッガーが口にする「I'll be back(アイル・ビー・バック)」。日本でも大流行したフレーズだ。第2位には、ジェームズ・ボンドの決め台詞がランクイン。

eiga.com/news/20100419/7/

◆ 第2位とはスゴイな。せっかくだから、《Moviefone》の原記事も見てみると、

〔The Moviefone Blog : The 10 Most Over-Used Movie Catchphrases〕 When you hear this phrase, the person is most likely making a fake gun using their pointer finger and thumb.
insidemovies.moviefone.com/2010/04/08/most-over-used-movie-catchphrases/

◆ "you" に "the person" に "their" ときて、わけのわからなくなる英語だが、"... Bond. James Bond." というセリフを耳にすると、思わず体が反応して、人差し指と親指でピストルを作ってしまう、なんてヤツは世界中のどこにでも転がっているというわけなのだろう。すばらしい。

◆ あるいは、この名セリフを聞いて、またべつの名セリフを即座に思い浮かべるヤツもいることだろう。ただし、こちらは日本にしか転がっていないが。

◇ >[名前は]ボンド。ジェームズ・ボンド
「外れるのはカズ、三浦カズ」はこれが元ネタだったのか!

tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1271655667/ 

◇ >「…Bond, James Bond」(ボンド、ジェームズ・ボンド)「007」シリーズ
「外れるのはカズ、三浦カズ」みたいなものか。

yutori7.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1271653633/

◆ これまたすばらしい。それから、こんな記事もあったが、いささか旧聞で、その後どうなったのかはよくしらない。

〔映画.com (2008年9月24日 12:00)〕007シリーズで悪役などに名前を聞かれたジェームズ・ボンドは決まって姓から名乗り、「ボンド、ジェームズ・ボンド」と答える。過去にボンド役の6人の俳優が言ってきたこの名フレーズが、最新作「007/慰めの報酬」(11月14日全米公開、09年1月日本公開)から消えるようだ。
eiga.com/news/20080924/3/

◆ 最新作では、復活したのだろうか?

◇ ぼくは中国大陸の旅の最後に、北朝鮮との国境にある小さな町、集安へと出かけた。〔中略〕 道路にはタクシーがわりの自転車式リクシャやオートバイを改造したリクシャ、さらにロバの馬車も行き交っている。通りの看板には漢字に混じってハングル文字が見える。
斉藤政喜『東方検便録』(文春文庫,p.65-66)

◆ リクシャを知らないひとは調べてもらうことにして、この文章で気になったのは「ロバの馬車」。日本でロバの馬車というと、やはりロバのパン屋ということになるだろうか?

◇ ロバのパン屋をご存知でしょうか。 私は話には聞いているのですが、本物は見たことがありません。友達によると昔、本物のロバが馬車(ロバが引くのに馬車とは変な感じですが、ロバの引くのはなんと言うのでしょう)を引いてパンを売りにきたそうです。
www.eonet.ne.jp/~nanno/pagenikki0003.html

◆ 世界を回れば、まだあちこちにロバの馬車が走っていることだろう。

◇ キルギスの田舎ではまだまだ馬車が活躍! 荷物載ってないときは気軽にヒッチハイクして載せてもらえます! ちなみにこいつは馬じゃなくてロバです。
kyrgyzstan.blog24.fc2.com/blog-entry-19.html

◆ たとえば、西アフリカのブルキナファソ。

◇ ここ第4の都市ワイグヤにはタクシーが無い。タクシーの変わりとしては子供が引いているロバ馬車(ロバにリアカーのようなものを付けたもの)である。
www.pref.fukushima.jp/kokusai/wwt/burkina/kurobane/burkina_3.html

◆ たとえば、インドネシアのロンボク島。

◇ 一番大きな違いは、ロバの馬車(変な言い方)が残っていて、普通に カポカポと、街の中を走り回っているトコです。
www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/9420/Data/indonesia/bali3.htm

◆ 「ロバの馬車」あるいは「ロバ馬車」という言い方になにか違和感を感じるひとは、「ロバ車」と表現するかもしれない。ドイツのネッセンドルフ(Nessendorf)という町には、「ロバ・パーク(Eselpark)」があるらしい。

◇ ですが、何と言ってもロバ・パーク一番の目玉は、乗馬ならぬ「乗ロバ」とロバが引く「ロバ車」でしょう。
www.newsdigest.de/newsde/regions/reporter/kiel/3605-864.html

◇ カシュガルの郊外に出て、わざわざロバ車の写真を撮って来ました。ロバ車だけではなく馬車も混じっていますが、圧倒的に多いのはロバ車です。
4travel.jp/traveler/beijing-niujie/album/10184972/

◆ カシュガル(喀什)は、新疆ウイグル自治区にある中国最西端の都市。

◆ ロバを漢字で書けば「驢馬」、つまりはロバも馬の一種だから、「ロバ車」は「驢馬車」で、ロバが馬車を引いても一向にさしつかえないかもしれない。

◆ あるいは、「馬車」というのは、引かれる車のことを指すコトバなのだから、馬が引こうがロバが引こうが、馬車は馬車だ、と考えるひとも多いだろう。

◆ 英語で馬車に対応する語は種類によって、「carriage」とか「coach」とか「cart」とか「wagon」とか、いろいろあるが、それらの語に「馬」は含まれておらず、馬を含めて馬車と言う場合には、「horse and carriage」とか「horse and cart」などと言う必要があるようだ。

◇ 紀元前3000年ごろのメソポタミア文明の頃にはじめて車輪の付いた荷車が発明され、紀元前2500年ごろのシュメール文明の頃には、馬やロバ、そして牛などに引かせる荷車が開発された。馬車は長い間輸送の手段として重要な役割を果たしてきたが、その後、蒸気機関車による鉄道網が整備されて大量輸送が確立されると、一時的に荷馬車は衰退するが、鉄道の駅では商品の輸送量が増え、かえって荷馬車の需要は多くなった。
blog.goo.ne.jp/yousan02/e/8cd0b046b2973fa716d94143260bd44b

◆ ↑の文章で、「馬やロバ、そして牛などに引かせる荷車」=「馬車」と読んでいいものかどうか、ちょっと迷う。

◆ 日本語では、牛が引くのは馬車ではなく「牛車」というのがふつうだろう。牛車を「ぎっしゃ」と読めば、さらに歴史的重みが加わる。もし日本に馬がいなければ、ロバの牛車という表現になっていたかもしれない。

◆ 馬車を引くのは馬がふつうだが、ロバでもよい。牛はだめだろう。では、ラクダはどうか?

◇ アフガニスタンの馬車は馬の代わりにラクダを使用 ― と云う訳で、過酷な労働を強いられるラクダちゃんですが、そもそも馬・ロバが車を引くから馬車なのであって、ラクダの場合はラクダ車と呼んだ方が良いのかどうか解らん。まぁ、どうでも良いんだけど。
skmwin.net/archives/002759.html

◆ では、トナカイはどうか?

♪ Snow-white トナカイの馬車に乗り あなたの家めざすの
松田聖子「雪のファンタジー」(作詞:松本隆)

◇ 札幌大通りにサンタの乗った馬車を引くトナカイが・・・!
www.recruit-hokkaido-jalan.jp/blog/2008/12/post-499.html

◆ 札幌にトナカイの馬車? ちょっと気になって調べてみると、

〔2008/12/19 05:56 【共同通信】〕 クリスマスはサンタの馬車に乗りませんか-。札幌市の大通公園周辺で、角を付けてトナカイに扮した馬をサンタクロースが操る観光ほろ馬車が子どもたちの人気を集めている。〔中略〕 馬車を引くのは元ばんえい競馬のばん馬「銀太」(雄、7歳)で、白い息を吐きながら約1・7キロの行程をゆっくりと30分かけて周回する。
www.47news.jp/CN/200812/CN2008121901000005.html

◆ なんのことはない、トナカイに扮した馬の馬車だった。もしかして、コイツがトナカイ「銀太」だったのか? 写真まで撮っていたとは、われながらびっくり。

◆ ロバからトナカイ。なんだかよくわからないけど、満足満足。

♪ 馬車は走る とても遅く だってロバが引いてるんだもの
  JUDE「ロバの馬車」(作詞・作曲:浅井健一)

◆ Google で「ロバの馬車」を検索すれば、いちばん目につくのが JUDE の「ロバの馬車」。JUDE は、どうしたわけだか、「ユダ」と読むらしい。《Wikipedia》によると、

〔Wikipedi:JUDE〕 JUDE(ユダ)は元BLANKEY JET CITYの浅井健一が2002年2月に新しく結成したスリーピースロックバンドである。「ジュード」と読み間違える人が多いが、正しくは「ユダ」である。
ja.wikipedia.org/wiki/JUDE

◆ とりあえず、聴いてみた。

◆ とくに感想はないが、歌詞のなかに

♪ 未来の事なら僕に任せて 決して淋しい思いさせたりしない
  毎週部屋を衣替えするし

◆ という部分があって、「部屋を衣替え」というのは「部屋を模様替え」の間違いではなかろうかと思ったが、カーテンを夏用に替えたりするのは、衣替えでもいいのだろうか?

◆ 馬車に似ているコトバに汽車がある。汽車に似た意味のコトバに蒸気機関車があるが、汽車と蒸気機関車は同じではない。ふつうのひとは汽車には乗れるが、蒸気機関車には乗れない。乗れるのは機関士と機関助手だけだ。

♪ 僕等をのせて シュッポ シュッポ シュッポッポ
「汽車ポッポ」(作詞:富原薫、作曲:草川信)

◆ 馬車も、ふつうのひとが乗るのは馬車であって、馬車馬ではない。馬車の「機関士」である御者も、馬車馬ではなくて馬車(の前部)に乗る。そういうものだと思っていたら、御者が馬車馬に乗ることもあるらしい。

〔Wikipedia:キャリッジ〕 英国やフランスのコーチ〔大型4輪馬車〕には、コーチボックスという前方の高いところに置かれた御者台にコーチマンとよばれる御者が座って運転した。スペインでは御者は車両側に乗らず古くから変わらずに引き馬の中の一匹に乗り馬を御していた。1939年にカナダでおこなわれたパレードの画像でこの様子が見ることができる。
ja.wikipedia.org/wiki/キャリッジ

◆ 汽車にハナシを戻すと、

〔読売新聞:編集手帳(2010年8月23日)〕 松田聖子さんが歌った1982年のヒット曲『赤いスイートピー』は若い男たちに少なからぬショックを与えた。<春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ>。作詞家・松本隆さんが描いた女性は彼氏にそう願い「デートの定番はクルマ」という若者神話をさりげなく否定してみせたからだ。
www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20100822-OYT1T00749.htm

◆ 松田聖子は「トナカイの馬車」にも乗るが、「春色の汽車」にも乗る。1982年といえば、ワタシも若い男だったはずだが、ショックを受けた記憶はない。当時はまだ免許を持っていなかったから、まだ「若い男」でさえなかったのかもしれない。「赤いスイートピー」の作詞は↑にあるように松本隆だが、作曲は「呉田軽穂」で、これは松任谷由実のペンネーム。ユーミンといえば、「中央フリーウェイ」が好例だと思うが、「デートの定番はクルマ」という若者の思考(嗜好・指向)の定着に貢献した側の人間で、「汽車」とは縁遠い感じがする。

◆ 逆に、汽車が似つかわしいのが、中島みゆきで、たとえば「ホームにて」がよく知られているだろう。

♪ 振り向けば 空色の汽車は
  いま ドアが閉まりかけて
  灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う

  中島みゆき「ホームにて」(作詞・作曲:中島みゆき)

◆ あるいは、「ヘッドライト テールライト」はどうか?

♪ ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
  中島みゆき「ヘッドライト・テールライト」(作詞・作曲:中島みゆき)

◆ 歌詞に「汽車」の文字はないが、これはまちがいなく夜汽車のイメージだろう(根拠はない)。

〔Yahoo!知恵袋〕 「♪旅はまだ終わらない」ってくらいですから、夜行列車のイメージなんでしょうね。
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1047870800

◇ 最初この歌詞を読んだとき、レールを「自分の人生」に、列車を「今生きている自分」に例えているのだと考えました。ところが、コンサートの時、この歌を歌う前に、中島みゆきさんが言った言葉は、違ったものでした。レールを「人類のあゆみ」に、列車を「今生きている我々」に。
nako.cocolog-nifty.com/nakolog/2003/12/_5152no_.html

◆ ところが、信じられないことに、この歌詞から車をイメージするひともいる。

◇ 普通の人には、「ヘッドライト・テールライト旅はまだ終わらない」という一文をつくることはできない。いままで車のヘッドライトあるいはテールライトをテーマに歌をつくった人はいない。
blog.livedoor.jp/wordsworthworld/archives/1318426.html

◇ 最近になってふと思いついたのが、「夜の道を、車が行きかうのを眺めてるイメージなんじゃないか」ってこと。最初に見えるのは、ヘッドライト。遠くのほうから近づいてくるけど、どんどん追いついてきて、最後には抜かれて。そしてテールライトが見えて。その車を見送って。暗闇のなかに潜ってしまう。ぼくはその情景から、ライバルにどんどん先に行かれるような、虚しさ、時間が過ぎていくことの残酷さを感じる。それでも、夢を追って、足跡が残らなくったって、誰も見守ってくれなくても、歩き続けて、ただひたすら歩き続けて、そんな姿に心が打たれる。
blog.goo.ne.jp/kegrn/e/34ec59628583cdbef890e75a3d07375a

◆ そうして、信じられないことに、ワタシもつい昨日まで「信じられない」ひとのひとりであったのだった。このハナシを書く前に、ふとこの歌を思い出して、あれっ、もしかして、あれは夜汽車のイメージだったのかも、ということに、ふと気がついた(そういうこともあるのだ)。ワタシが思い描いていたイメージは、高速道路をまたぐ橋の上から眺める、上り下りと行き交う自動車の無数のライト。流れ行く前と後の無数のライト。

◆ 馬車のあるものは汽車へと進化し、またあるものは自動車へと進化したのだろう。どちらが馬車の正統な後継者だろうか? ひまなときに、そんなことを考えてみるのもおもしろいかもしれない。

♪ 春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ
  松田聖子「赤いスイートピー」(作詞:松本隆、作曲:呉田軽穂)

◆ 「赤いスイートピー」のこの歌詞で思い出したが、横光利一に「春は馬車に乗って」という短篇がある。

◇ 「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ」
横光利一『春は馬車に乗って』(青空文庫,1926

◆ この短篇の最後、「胸の病気」を患い痩せ衰えた妻に、夫が花束をプレゼントする場面。この花もスイトピーだった。ただし、色は書かれていない。

〔Wikipedia:スイートピー〕 スイートピーを題材とした歌に『赤いスイートピー』があるが、この歌が世に出た1982年1月当時に、赤色の花をつけるスイートピーは存在していなかった。しかし、写真にもあるように、その後、品種改良によって赤色のスイートピーも誕生した。
ja.wikipedia.org/wiki/スイートピー

◆ 「写真にもあるように」とあるが、同ページの画像のスイトピーはどうみても、赤ではなくてピンクだろう。それはさておき、松田聖子のスイートピーが赤いのは、青いバラと同じく、この世のものではないことを表しているのだろうか。「心の岸辺に咲いた」ともあるから、そんな気がしないでもないが、「線路の脇のつぼみは」ともあるから、たんに赤系の(たとえばピンクの)スイトピーを歌っただけという気もする。

◇ Like the blue rose, the yellow sweet pea remains elusive, and a true yellow is unlikely ever to be achieved without genetic engineering.
en.wikipedia.org/wiki/Sweet_pea

◆ 青いバラと同じく、遺伝子組換えなしに、この世に存在しないのは、赤いスイトピーではなくて、黄色のスイトピーらしい。

◆ 横光利一の「春は馬車に乗って」の舞台は、作中に地名が出てくるわけではないが、自伝的要素からは三浦半島の西側の付け根にある逗子だということになる。

〔神奈川近代文学館:神奈川文学年表〕 1926年6月24日、横光利一(28)、妻キミが逗子小坪の湘南サナトリウムで死去する。
www.kanabun.or.jp/0f16.html

◆ そうして、

◇ 切り花としての日本でのスイートピーの栽培は、明治末期に神奈川県の三浦半島で始まりました。
sweetroom.dreamlog.jp/archives/985198.html

◆ ということらしいから、小説を読んだときには、1926年の日本におけるスイトピーの位置づけがよくわからなくて、少々ハイカラすぎる気もしたが、そういうことであれば、

◇ 或る日、彼の所へ、知人から思わぬスイトピーの花束が岬を廻って届けられた。

◆ という箇所にも十分納得がいったわけなのだった。

◇ 維新後三十年とはいえ文明開化の底はまだ浅い。
 たとえば、機関車そのものの呼び名である。
 ナスミス・ウイルソン社という横文字にさえ目を白黒し、なんだかむずかしい事柄だと尻込みする気風は鉄道の現場に根強かった。そのため、機関車に日本名を与え、いくらかでもなじみやすいものにしようとすることは、それが少しばかり合理的思考のかたまりである機関車という機械にそぐわないにしても、認めるべき策なのだった。だから、関西鉄道が、機関車の形式名に日本名を与えている慣習を、島は変えるつもりはなかった。その方が機関車を相手にする現場の連中の気持ちにあっているのである。
 その慣習によって命名されたナスミスーウイルソン社製造のタンク機関車のニックネームは、なんとも古風に「磨墨」といった。つまり「磨墨型機関車」というわけである。関西鉄道にはなかなか趣味人が多い。ほかの形式名称は次のようになっている。
池月」「雷」「駒月」「小鷹」「友鶴」「隼」「鵯」「千早」「春日」「三笠」「飛龍」「鬼鹿毛」「雷光」「早風」「追風」。
 日本人は猛々しく動くものを前にすると誰でも連想するイメージが似てくるらしく、のちの軍艦や戦闘機の名そのものである。
 この名前をイギリス人が知ったら、どうだったろうか

橋本克彦『日本鉄道物語』(講談社文庫)

◆ 磨墨に池月といえば、とくに「趣味人」でなくても、「宇治川の先陣争い」の駿馬の名を思い起こすひとは多いだろう(ワタシは最近まで知らなかったが)。

〔Wikipedia:磨墨塚〕 磨墨は梶原景季の愛馬であり名馬として知られた。磨墨に乗った景季は、1184年(寿永3)の宇治川の戦いで、やはり名馬の誉れ高い池月(いけづき)に乗る佐々木高綱と先陣を争った(宇治川の先陣争い)。磨墨を葬った場所と称する所は日本各地にあり、東京都大田区南馬込3-18-21 にも磨墨塚と称す塚がある。
ja.wikipedia.org/wiki/磨墨塚

〔Wikipedia:磨墨塚〕 なお、東京都大田区の洗足池周辺(洗足池公園大田区南千束2-14-5)には、名馬池月の伝説も伝えられている。石橋山の合戦敗北後の源頼朝が、池の付近に投宿した際、池の水面に映える美しい駿馬が現れたので捕らえ、池月と命名したという。

◆ それで、ワタシの自慢は、「大田区南馬込3-18-21」と「大田区南千束2-14-5」のあたりの両方を、たまたまなにかのついでに歩く機会があって、そこでたまたま「磨墨」と「池月」を見かけて、このようなハナシを書くことがいずれあるかもしれないと、そのときは両者の関係などなにも知らないままにとりあえず写真を撮っておいた、ということなのである。なにを自慢しているんだかよくわからないが、とにかく、ぜんぜん違う日に出会ったモノたちをなにかのきっかけで、ようやくこうしていっしょに並べてあげられたことがうれしい。

◆ ちなみに、「鬼鹿毛」というのは、武田信玄の父、武田信虎の愛馬の名だそうだ。

◆ 「馬車」というのは「馬+車」だから、英語では「horse+car」=「horsecar(horse car)」となるのではないかと考えたひとがいても不思議ではないし、まんざら間違いというわけでもない。だた、「horsecar」はふつうの意味での「馬車」ではない。「horsecar」を英英辞典で引くと、たとえば Merriam-Webster's Collegiate Dictionary (1)によれば、2つの意味があって、

1 : a streetcar drawn by horses
2 : a car fitted for transporting horses

◆ 英和辞典では、たとえば『新グローバル英和辞典(三省堂)』(2)によれば、

1 : 鉄道馬車(軌道上の車両を馬に引かせる;昔日本にもあった).
2 : 馬匹(ばひつ)輸送車.

◆ 上記の(1)の1、「a streetcar drawn by horses」をなんと訳せばよいのか。「馬が引く路面電車(市街電車)」? 「ロバが引く馬車」が許されるのであれば、「馬が引く路面電車」も許されるのではないかと思うけれども、よくわからない。「路面馬車」というコトバは聞いたことがないが、あるいはあるかもしれない。ふつうは(1)の1にあるように「鉄道馬車」という。それから、鉄道馬車が走っている鉄道が馬車鉄道。

◆ (1)の2は「馬を運搬するのに適した車両」と訳してなんの問題もないが、(2)の2の「馬匹輸送車」という日本語はワタシにはなじみがない。ワタシなら「馬運車」と言いたいところだが、これはひょっとして競走馬に限る用語なのだろうか。

◆ (2)の1の注記に「昔日本にもあった」とあるが、そのとおりで、ワタシも見たことがある。といっても、もちろん復元されたものにすぎないが。

Encyclopædia Britannica によれば、horsecar は、

◇ street carriage on rails, pulled by horse or mule, introduced into New York City's Bowery in 1832 by John Mason, a bank president. The horsecar, precursor of the motorized streetcar, spread to such large cities as Boston, New Orleans, and Philadelphia, then to Paris and London, and later to small cities and towns in the United States. A common variety of horsecar held 30 passengers and had one open compartment with transverse seats, a centre aisle, and front and rear platforms for the driver and conductor. There were also enclosed and double-decker horsecars. Small, low cars without a rear platform were called bobtails.

◆ で、最初の「street carriage on rails, pulled by horse or mule」は「馬またはラバが引く軌道上の市街馬車」とでも訳す他ないと思うが、ここでまた、ラバ(mule)が引くのも、mule car ではなくて、horse car なのだということを知って、またひとつ世界共通の常識を身につけた思いがする。ロバが引いても馬車。mule が引いても horsecar。これからはもう、ロバが引いている馬車はもしかしたらロバ車というべきではないか、ラバが引いている鉄道馬車はもしかしたら鉄道ラバ車というべきではないか、などという不安に悩まされずにすみそうで、少しだけ気が楽になった。とはいえ、ラバというのは半分はウマだしなあ……