MEMORANDUM
2011年08月


◆ああ、なんてきれいな曇り空だろう。電車の窓から目にした光景に、思わずはっとする。そうして、今しがた読んでいたばかりの本のこんな一節を思い起こして、ちょっとがっかりする。

◇ 「曇る」という日本語の動詞がある。これに対する英語を考えてみたのだが,どうも適当な動詞はないようだ。強いていってみれば,be cloudy か become cloudy ではなかろうか。もっとも,「曇る」という動詞は,ふだんあまり使い道がないので,そんな動詞がなくても別に不自由ではないだろう。
久保田博南『科学のことば雑学事典 語源からさぐる英単語』(講談社ブルーバックス,p.48)

◆ 「あまり使い道がないので、なくても不自由ではない」だって? こういう言い方をされると、ついつい「曇る」という動詞の肩を持ちたくなる。「曇る」という動詞に肩があるのかどうかは知らない。知らないけれども、おまえなんかイラナイ、いなくても困らない、なんて言い方をされたら、だれだっていい気はしないものだ。だから、この本を外で読むのはもうやめよう。なぜって、「曇る」という動詞に読まれてまうといけないから。そう思って、いそいで本をかばんにしまう。ああ、でもすこし遅かったようだ。すでに「曇る」という動詞に読まれてしまったらしい。ほら、窓の外、みるみるうちに「曇る」という動詞の顔が悲しみで曇ってゆく。そうして、すっかり薄暗くなった空が、とつぜん雷る。

◇ 「雷る」という日本語の動詞はない。

◆ とだれかが言った。でも、あるんだよ。あのジョン万次郎が『英米対話捷径』という本のなかで、書いてる。

◇ It thunders. イータ サンダス それ かみなる
archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_c0733/bunko08_c0733_p0020.jpg

◆ かみなる。神鳴る。空で神さまが鳴いている。

◆ 英語はラクちんだ。thunder は「雷」という名詞。そうして、そのまま「雷る」という動詞。cloud は「雲」という名詞。そうして、そのまま「曇る」という動詞。「曇る」という動詞は英語にもちゃんとある。チェコ(The Czech Republic)の夏にも、「曇る」という動詞はある。

◇ All of sudden the sky clouds over, it gets dark and cools down, a breeze changes into a strong wind. Then there is a crash of thunder and a flash of lightning and heavy downpour. Sometimes it starts hailing. After the storm a rainbow may appear a sky. You can see pools of water and puddles everywhere.
hnipirdo2.ic.cz/aj10.pdf

◆ 英語はラクちんだ。rain は名詞。あるいは、動詞。It rains.

◇ 英語では「rain」という単語は動詞にもなる。これに対する日本語は「雨」だが、どうにも動詞にはならない。強いて「雨る」と言ってみても、こんなことばは日本語にはない。もっとも「雨る」という動詞がなくてもワタシはこまらない。なぜって、雨はきらいだから。

◆ 月曜日の朝、外は雨が降っている。はやく止まないかな。

◆ 「It thunders. イータ サンダス それ かみなる」「It thunders. イータ サンダス それ かみなる」、ジョン万次郎の訳した英会話の教科書(『英米対話捷径』)のコトバを舌の上で転がしていたら、つられて転がり出てきたコトバがある。You're rollin' thunder, ah! この「ah!」の部分(歌詞カードには書かれていないが)をカラオケで楽しく真似るのが好きなひともたぶん多いだろう。なつかしいアリスの「冬の稲妻」だ、ah!(夏なのに)。

♪ You're Rollin' Thunder 突然すぎた
  You're Rollin' Thunder 別れの言葉

  アリス「冬の稲妻」(作詞:谷村新司,作曲:堀内孝雄,1977)

◆ この "rolling thunder" は、ゴロゴロと「転がる雷鳴」ではなくて、ゴロゴロと「轟(とどろ)く雷鳴」。もしかしたら、転がるゴロゴロも轟くゴロゴロも、もとはひとつのゴロゴロに由来するのかもしれないが、そのへんは調べてないのでなんともいえない。それはとのかく、Ah! いま気がついた。歌いだしの「あたなは稲妻のように」は、直訳すれば、"as if you were a lightning bolt" か。すくなくとも、"rolling thunder" ではない。稲妻は雷鳴ではない。なにもいまごろ気づくようなことではなかった、ah!。

◇ 英語で言うと稲妻は『lightning』で雷は『thunder』になるようです。ですから、正確に言えば冬の稲妻な訳ですから歌詞は『You're Rollin' Lightning』になるのでしょうか?何だか迫力がない歌になってしまいますね。
neoretro.blog96.fc2.com/blog-entry-451.html

◆ 稲妻はゴロゴロしないと思うが、ゴロゴロとまたべつな歌が転がってきた。ユーミンの軽快な曲、「稲妻の少女」。

Lightning Bolt♪ She's a lightning lightning Lightning Bolt.
  松任谷由実「稲妻の少女」(作詞・作曲:松任谷由実,1979)

◆ こんどはちゃんと夏の曲。"Lightning Bolt" は稲妻だけれども、これはサーフィンの歌だから、とうぜん、サーフボードのブランドの「Lightning Bolt」が意識されているわけで、

♪ 白いしぶきが雲ならば hum
  あの娘のボードは閃く稲妻

Lightning Bolt◆ と歌詞にもある(この「hum」を「冬の稲妻」の「ah!」と比較してみるのもおもしろいかも)。ワタシも「Lightning Bolt」のサーフボードをもって海水パンツをはいて、湘南は遠いので近くの琵琶湖で泳いだものだった。

◆ とあれこれ書きつつも、よくわかっていないのが、日本語の「雷」。これは音(雷鳴)と光(稲妻)を合わせたコトバという理解でいいのだろうか。

かみ‐なり【雷】 《「神鳴り」の意》  電気を帯びた雲と雲との間、あるいは雲と地表との間に起こる放電現象。電光が見え、雷鳴が聞こえる。一般に強い風と雨を伴う。いかずち。なるかみ。「―が鳴る」「―に打たれる」《 夏》「―に小屋は焼かれて瓜の花/蕪村」
小学館『大辞泉』

◆ それでいいようだ。《気象庁》の「予報用語集」によると、「雷」とは「雷電(雷鳴および電光)がある状態」で「電光のみは含まない」とあり、「用例」として、

◇雷が発生する。雷が鳴る。落雷。
www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kori.html

◆ が挙げられている。つまり、気象庁の天気予報では、「雷が(光をともなわずに)鳴る」ことはあっても、「雷が(音をともなわずに)光る」ことはない。一般的に考えても、雷の語源は「神鳴り」だから、どちらかというと、光よりは音のほうが重要な要素なのだろう。どうしてこんなことが気になるのかというと、英語のことを考えてしまったからで、日本語の「雷」を" thunder" と訳すと、これは音のことであって光は含まれない。だから、正確に訳そうとすると、"thunder and lightninng" ということになって、ちょっと面倒だなと思ったわけ。"thunder" と "lightninng" をひとつにしたコトバはないのかというと、あるにはあって、"thunderbolt" がそうかもしれない。

◇ thunder は「雷鳴」のみを意味し, 「稲光」lightning とは別. a thunderbolt は音と光の双方を伴う.
研究社『新和英中辞典』

◆ と、とりあえずはそういうことになるのかもしれないが、この先は面倒なので、まだいずれ。

♪ エンジン・フードで卵が焼けるほど
  あの娘はとばして浜辺についた
  ゆうべ天気図にたくさん線ひいて
  台風の位置を確めたのさ

  松任谷由実「稲妻の少女」(作詞・作曲:松任谷由実,1979)

◆ 先に引用したユーミンの「稲妻の少女」(じつはタイトルをいましがた知ったばかりだ)の歌詞について、とんでもない思い違いをしていたことに気がついたので、そのハナシ。歌われる「あの娘」はサーファーで、台風の接近にともなうビッグウェイブを逃してはなるものかと、車をとばして浜辺に駆けつける。「エンジン・フードで卵が焼けるほど」という部分がなんとも秀逸だ。

◆ それから、「あの娘」は、自慢の「Lightning Bolt」の稲妻マークのはいったボードを自在に操ってサーフィンを楽しむことになるのだが、以下サーフィン用語が頻出するので、じつのところ、よく理解していなかった。たとえば、

♪ 今日をのがしたらお目にかかれない
  逆巻くチューブに鳥肌がたつ

◆ の「チューブ」。ネット上でサーフィン用語集もいくつか見ることができるが、そのひとつ《サーフィン用語大辞典(namidas)》によれば、

◇ tube 波が巻いている状態。(歌のTUBEはサーファーではないそうだ)
www.namidas.info/namidas-ta.html

◆ と書いてあって、なるほど、「夏をのがしたらお目にかかれない」バンドとして有名な「TUBE」の由来は、これだったのか。あるいは、

♪ 今日をのがしたらお目にかかれない
  バレーのようなカット・バックに

◆ の「カット・バック」。《サーフィン用語百科事典》によれば、

◇ テイクオフを覚えて、ボトムターン~トップターンが出来るようになってきたらこの”カットバック”に挑戦したい!という流れになってくるでしょうか。”切替す”という意味合いを持つ言葉どおり、ライディングの途中に切替すことで波のパワーゾーンに戻る”鋭角のターン”をいいます。
www.nmtk.net/cutback.html

◆ なるほど。わかったようなわからないような。また、あるいは、

♪ コーラの空びん並べるみたいにさ
  あの娘は男をスラロームする

◆ の「スラローム」。《サーフィン基礎知識(波通)》によると、

すらろーむ【スラローム slalom】 カーブを入れながら、連発ターンをしまくること。
www.i92surf.com/basic.php?c=5-12

◆ なるほど、そうか「しまくる」のか。これだ、ワタシがカン違いしていたのは。30年もの長きにわたって、ワタシはこの「スラローム」を、どうしたわけだか、「スワローにする」だと思っていたのだった。

◆ 解説しよう、「スワローにする」とはなんなのか? 「スワロー」は英語の "swallow" で、「燕(つばめ)」のことだ。ツバメは、「スズメ目ツバメ科の鳥」であるのはもちろんだが、俗語として、

年上の女性にかわいがられる若い男。「若い―」
小学館『大辞泉』

◆ の意味もある。たぶん、この歌を聞いたころ、どこかで「若いツバメ」というコトバを聞きかじっていたのだろう。てっきり、歌の「あの娘」は「コーラの空びん並べるみたい」に次々と若い男を「ツバメ」に「しまくって」いたのかと思ってしまったのだった。「ツバメ」では露骨すぎて下品だから、英語にして「スワロー」にしたのかと。われながら、実にすばらしい解釈だった。ちなみに、「若いツバメ」というコトバの由来は平塚雷鳥(の5つ年下の奥村博史という愛人)にあるそうで、《Wikipedia》によれば、

◇ 「相手の女性よりも年下の恋人」をつばめと呼ぶのは、奥村がらいてうと別れることを決意した際の手紙の一節、「静かな水鳥たちが仲良く遊んでいるところへ一羽のツバメが飛んできて平和を乱してしまった。若いツバメは池の平和のために飛び去っていく」を、らいてうが『青鞜』上で発表し、一種の流行語になったことに由来する。
ja.wikipedia.org/wiki/平塚らいてう

◆ なるほど、いい勉強になった。

◆ 「稲妻の少女」はアルバム『OLIVE』に収録されているが、このなかには、そういえば、「ツバメのように」という曲もあった。これは飛び降り自殺した女性のことを歌ったもので、「若いツバメ」とはなんの関係もない。

♪ 誰かが言った あまり美人じゃないと
  ハンカチをかけられた白い顔を

  松任谷由実「ツバメのように」(作詞・作曲:松任谷由実,1979)

◆ 30年前、この箇所の「リアルさ」には衝撃を受けた。救急車のことを「哀しいリムジン」と表現するのもユーミンらしいセンス。

◆ せっかくの機会だから、『OLIVE』の他の曲の歌詞もざっと読んでみたところ、「スラローム」以外にもカン違いして箇所がいくつかあった。あと、「稲妻の少女」に戻って、ひとつだけ。

〔2ch〕 あとこのOLIVEの中に入ってる、稲妻の少女の歌詞でも一箇所おかしい所がある。それは、バレーのようなカットバックにってところが。これもバレエだと思うんだわ、あたしは。バレーだとバレーボールになっちゃうwww ここ絶対、バレエだとおもう。
yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gaysaloon/1306828434

◆ 歌詞ひとつとってみても、ずいぶんむずかしくて、キリがない。