MEMORANDUM

  熱発ふたたび

◆ 集英社文庫のサイトの「今月の新刊ちょっと立ち読みコーナー」で見つけた文章を立ち読み。「熱発」について。

〔宮子あずさ『ナースな言葉 こっそり教える看護の極意』(集英社文庫)〕 夜勤から日勤への申し送りはすべてが早口で、略語・専門用語の嵐。看護学校の一年生なんかが聞いたって、未知の外国語並み。緊張も手伝って、目本語すら聞き取れず、何を言っているかさっぱりわかりません。「今朝」を「ケサ」でなく「コンチョウ」と言っていたのにも、びびりました。医学用語って、古語なのか? 実際、のぞき見た記録には「顔色不良なり」なんて書いてある場合もあります。
 ただでさえ緊張の強い実習生なのに、言葉も通じないのですから、実習生は孤独な留学生みたいなもの。まるで別世界に放り出されたような心細さが募るのです。
 そんな中で、私が唯一わかったのがこの「熱発」のくだりだったんですね。「やっとわかる言葉が出てきた」その安堵感といったらありませんでしたねえ。地獄に仏とはこのことだ、という感じ。それ以来、熱発は、最も身近な「看護用語」として、私の頭にインプットされたのです。
〔中略〕
その後無事就職がかない、新人看護師として内科に配属された時の喜びは、非常に大きかったです。特に、「○○さんが熱発しました!」と先輩に初めて報告した時の不思議な高揚感は、今も忘れられません。その報告を受けて、先輩があれこれ一緒に動いてくれた時のうれしさ。子どもが新しい言葉を覚え、何かと得意そうに使いたがるのと、実によく似ていますね。今思い出すと顔が赤くなります。
〔中略〕
 内科で働いていた先輩たちは、よくこんな申し送りをしていました。
「○○さんが熱発して、ゴンゴン熱が上がっています!」
「××さんが熱発して、ビュンビュン熱が上がりました」
 こういう時の先輩たちは、妙に生き生きしていて、私はそばにいると心から「がんばらなくちゃ」と思ったものです。そして、こんな緊迫した場面では「ネッパツ」という語感が妙にヒットします。「ハツネツ」というとじんわり上がってくる感じ。「ネッパツ」は一気に上がって緊急事態! というイメージ。それを聞く私の頭の中では、緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響き、赤色灯が回り出すのでした。〔下線は筆者〕

bunko.shueisha.co.jp/yomi/0510_10.html

◆ 「今月の新刊」といっても、もう5年前の本だった。それから、宮子あずさというひとは、若いナースにしては(とかってに想像)、妙に上手い文章を書くひとだなと思って調べたら、1963年生まれ(ワタシより年上だ)で、吉武輝子(このひともよくはしらない)の娘で、すでに本を何十冊も書いているベテランだった。

◆ 「立ち読み」している本に線を引くのはよくないことだが、あるコトバにたいする感覚をいきいきと明解なコトバで書き表している好例として、つい線を引きたくなった。

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