♪ 相変らず僕は待っている ◆ 踏切でひとはいったいなにを待っているのだろう。遮断機には「しばらくお待ちください」の文字。踏切でひとは「しばらく」いったいなにを待てばいいのだろう。もう一度、中谷美紀のインドの踏切体験の記述を引用する。 ◇ 空と道と砂漠だけというのが3、4時間続いた頃に、踏み切りで足止めを食らった。トラックやバスが連なり、象までもが順番待ちをしていた。それも、5、6分の話ではなく、正確な通過時間のわからない電車のために20分も待ったのである。踏み切りポイントには、足止めを食らう車目当てにアイスクリーム屋、お菓子屋、果物屋が群がり、さらに混雑を来していた。 ◆ さいしょに読んだときには、「電車はディーゼル車」というのが気になっただけだった。ディーゼル車も電車の一部であるかのような書きっぷりに、「これだから、女性は」と、思っただけだった。けれど、読みなおしてみると、彼女の「電車はディーゼル車」という書き方にもある種の「理屈」があるような気がしてきて、それだから困ってしまった。 ◆ 見知らぬ土地を旅しているときには、たいていの場合、踏切は唐突に出現する。よほど地図を丹念に見ているひとでなければ、その踏切がどんな鉄道路線であるのかを気にすることはないだろう。なんとなく、不意に踏切に出くわして、それが「開かずの踏切」でもないかぎり、踏切というものは開いているのが常態なので、なんとなくそのまま通りすぎてしまう。たまたま遮断機が下りていたりすると、運が悪かったのだ。しかたがない。しばらく待つことにしよう。 ◆ 運悪く踏切で「しらばく」待つはめになった鉄道路線が、たとえば、京王電鉄であれば、相模鉄道であれば、小田急電鉄であれば、そしてそのことを知ってさえいれば、その踏切を通過するのは、電車しかありえないのだから、こころおきなく「電車」を待つことができる。たとえ、それが「正確な通過時間のわからない電車」だとしても、あるいは、そこが「開かずの踏切」であっても、「電車」が通過するのをただ待っていればいい。そのうちに踏切は開くだろう。 ♪ 次々と電車がかけぬけてゆく ◆ しかし、それがどんな鉄道路線なのかわからない場合には、いったいなにを待てばいいのだろう。まあ、「踏切が開くのを」待つ、あるいは「時間が過ぎるのを」待つ、とでも書いておけばいいのかもしれない。けれど、「(線路の上を通過する)◯◯を」待つと書きたくなってしまったひとは、ちょっと困るのではないだろうか。まだ来ない「◯◯」のことをなんと書けばよいのか。無難なのは「列車」だろうが、英語の「train」ほどの一般性はないように思える。 ◆ ハナシが逸れるが、「赤信号の横断歩道で待っているものはなにか」ということを考えると、これも人によって2種類の回答に分かれるだろう。「信号が青に変わるのを」待っているひとと「通過する車の波が途切れるのを」待っているひと。後者のタイプのひとは、信号が青に変わらなくても、車の波が途切れれば、すたすたと横断歩道を渡り始めてしまうだろう。 ◆ ハナシを戻すと、中谷美紀がインドの踏切で、まだ見ぬ「◯◯」が通過するのを20分も待って、ようやくやってきた「◯◯」は「ディーゼル車」だった、という体験をしたとき、その「◯◯」のところを「電車」と書いてしまうことは十分に理解できる。日本の踏切で待っているとき、通過するのはいつも「電車」だったから、踏切というものは「電車」が通過するのを待つところなのだから、このインドの踏切でもやはり「電車」が通過するのだろう。そう思って待っていたら、不意打ちのように「電車」でないものが通過した。あれは「ディーゼル車」というものだろうか。 ◆ そういうことはワタシにもある。踏切待ちをしていたら、やってきたのは「蒸気機関車」だった。このときの状況を正確に文章で表現することはむずかしい。ワタシはその踏切が属する鉄道がなんなのか知らなかった。ただ「踏切が開くのを」待っていたような気もするし、「電車かなにか」が通過するのを待っていたのような気もする。すくなくとも、「電車かなにか」に「蒸気機関車」は含まれてはいなかっただろう。まったくの想定外。ワタシが日記をつけていれば、 ◇ ある踏切で、電車が通過するのを待っていたら、通過した「電車は蒸気機関車」だった。 ◆ と、そう書いていたかもしれない。こんな動画を見つけた。 ◇ 〔らばQ〕 ごく普通の踏切を待つ車。当然ながら、ごく普通に電車が通り過ぎると予想される場面ですが、何やら様子がおかしいんです…。〔中略〕 たしか電車と言うのは電動機の力で走るから電車と呼ぶ気がするのですが、人力で動いている場合は何と呼ぶのでしょうね ◆ 踏切というのは、おもしろい場所だ。ときとして予期せぬものがやってくる。少なくともその可能性はいつもある。 |
このページの URL : | |
Trackback URL : |