◆ 以前「電車と汽車」という記事を書いた。都会に住むひとは、ことに女性は、機関車が牽引する客車列車や電化されていないローカル線のディーゼルカーのことまで含めて「電車」と呼ぶ傾向にある。都会にはほとんど電車しか走っていないのだから、それもしかたのないことだろう。
◇ 空と道と砂漠だけというのが3、4時間続いた頃に、踏み切りで足止めを食らった。トラックやバスが連なり、象までもが順番待ちをしていた。それも、5、6分の話ではなく、正確な通過時間のわからない電車のために20分も待ったのである。踏み切りポイントには、足止めを食らう車目当てにアイスクリーム屋、お菓子屋、果物屋が群がり、さらに混雑を来していた。
そして、ようやくきた電車はディーゼル車らしく黒煙を撒き散らしながら通り過ぎ、車両はといえば、乗車率300パーセントのようで、屋根の上にまで乗客が乗っていた!
中谷美紀『インド旅行記1 北インド編』(幻冬舎文庫,.p.253-254)
◆ 踏切待ちの車の列に象が並んでいるところなど、いかにもインド的な風景だなあ、と思いつつ、けれども、「電車はディーゼル車」って、なんじゃそりゃ? インドの田舎と日本の都会が微妙に奇妙に交錯する。「屋根の上」に注目すると、こんなニュースも。
◇ 〔デジタルマガジン(2010/02/19)〕 インドでは当たり前のように行われている電車の屋根の上への乗車。これを乗車と言って良いのか分からないが、今日も多くの人々が屋根の上に乗って移動している。そんな中、インド政府がこれを禁止しようと動き出した。
当局の発表によれば今月末、つまり2月28日から人々が電車の屋根の上に乗ることを禁止し、もし“ひとり”でも乗っている人がいれば、ただちにその電車の運行を停止させるという。
インドではおもにお金のない人々が電車の上に乗って移動することが当たり前になっており、このために多くの死亡事故が起きている。記録によれば、2008年度では毎週17もの命がさまざまな鉄道事故により散ってしまっている。
最大の死因は次の3つ。1つめはドアが閉まっていないため、他の乗客から押し出されてしまい落下して死亡。2つめは過密状態の電車から身を乗り出しているため、鉄柱などと激突して死亡。そして最後の3つめが屋根に乗った乗客が電線に触れての感電死だ。
digimaga.net/2010/02/india-moves-to-ban-passengers-travelling-on-top-of-trains
◆ これもほんとに「電車」なのかアヤシイものだと思ったが、鉄道死亡事故の原因として最後に「電線に触れての感電死」とあるので、やっぱり「電車」なのか。とはいえ、添付されている画像は「電車」ではなく、ディーゼル機関車が牽引する「客車列車」であったのだが。このニュースの出典は、明示されていないが、これだろうか? 《India moves to ban passengers travelling on top of trains - Telegraph》。
◇ 〔Telegraph(2010/02/18)〕 Western Railway, one of the government-owned groups that runs Mumbai's local railway network, has pledged that from the end of the month its trains will stop running if "even a single person" is seen travelling on the roof.
The crackdown, which will coincide with the introduction of more powerful overhead cables, will be implemented on February 28 and the authorities are bracing themselves for resistance and disruption.
〔中略〕
In Mumbai, brave commuters can often be spotted on top of carriages, sitting cross-legged and serene only feet from electric wires.
But the practice is deadly. In 2008 a record 17 people died every weekday on the city's suburban railway network.
The figures, which were obtained for The Times using India's Right to Information Act, show that most deaths were people being run over while trespassing on the tracks. The next biggest cause of death - equivalent to more than three every working day - was of passengers who fell (or were pushed) from carriages that travel at 64km/h, have no doors and are often dangerously full.
Another 41 people perished after being bludgeoned by trackside poles while hanging out of overcrowded trains. Twenty-one were electrocuted by power cables when they sat on the roof.
www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/india/7260838/India-moves-to-ban-passengers-travelling-on-top-of-trains.html
◆ この The Telegraph の記事に添付されていた画像も、ディーゼル機関車が牽引する「客車列車」だった。おそらく、中谷美紀が踏切で見たのも、こんな列車だったのだろう。先頭のディーゼル機関車が「黒煙を撒き散らしながら通り過ぎ」、あとに続く客車の「車両はといえば、乗車率300パーセントのようで、屋根の上にまで乗客が乗っていた!」。
◆ The Telegraph の記事によると、「電車の屋根の上への乗車」を厳格に取り締まるというのは、インド全体のことではなくて、ムンバイ(旧ボンベイ)通勤圏にかぎったことのようだ。このあたりは電化されているらしく、もう一度引用すると、
◇ In Mumbai, brave commuters can often be spotted on top of carriages, sitting cross-legged and serene only feet from electric wires.
◆ ムンバイに通勤するひとのなかには、車両の屋根によじ登って、「頭上の電線のすぐ真下であぐらをかいて静かにすわっている」ひともいるそうだ。うかつに立てば、もちろん感電死(electrocuted)は免れない。最近では、架線が「more powerful」なものになっているらしいから、これに触れれば命がいくつあっても足りないだろう。不注意で、《YouTube》にアップされていたそのような映像も見てしまったが、瞬時に黒こげだ。
◆ ついでに、「デジタルマガジン」の記事中の「毎週17もの命が」とあるのは、誤訳だろう。The Telegraph の記事では、「17 people died every weekday」とある。「毎週」ではない。「(週末をのぞく)毎日」17人がムンバイ通勤圏の鉄道事故で亡くなっているらしい。いやはや。