◇ 六、七間先に犬の糞が落ちているのが見えた。だが、傍らへよけることはできない。よけたのでは歩数がふえてしまう。ではぽんと飛び越えることは? それもできない。「二歩で一間」 という物差しをこっちから狂わせるようなものである。 ◆ さて、この 「犬の糞」 の 「糞」 という漢字は、なんと読むべきだろう? フン? それともクソ? と、またまたどうでもいいようなコトが気になってしまったのである。以前、「伊勢屋稲荷に犬の糞」 のことを書いた。 ◇ 諺ニ江戸ニ多キヲ云テ伊勢屋稲荷ニ犬ノ糞ト云也 ◆ これはトウゼン、犬のクソと読むものとばかり思っていたが、犬のフンと読むひともいるらしいことを知って、ちょっとびっくりしている。 ◇ 〔朝日放送:歴史街道〕 これらの店の多くが 「伊勢屋」 の屋号を掲げていたので 「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞(ふん)」 と、含みのあるはやり言葉が生まれたほどだった。 ◆ テレビではクソという読みは下品なので、フンにしたのだろうか、とも思ったが、 ◇ 〔落語・講談によく出ることば 話芸“きまり文句”辞典〕 (火事に喧嘩に中っ腹、)伊勢屋、稲荷に犬の糞(いせや、いなりにいぬのふん):【意味】江戸の市中で多く目についたものの代表をいうことわざ。 ◇ 〔Wikipedia〕 又江戸では伊勢出身の商人はかなり多かったらしく 「江戸名物は伊勢屋、稲荷に犬のふん」 と言われていた。 ◆ というふうに、それ以外でもあちこちにフンが見つかるので、なにか根拠があるのかもしれない。けれども、その根拠がワタシには皆目わからない。やはり、クソという読みを “four-letter word” (忌み言葉)のようなものとして無意識のうちに避けたのではという気がする。 ◇ 火事と喧嘩は江戸の華、といわれます。こんなものがしょっちゅうあったんでは、たまったものではありませんが、その他にも江戸に多かったものを表す言葉が残っています。いわく、「伊勢屋 稲荷に 犬の糞」。都築道夫氏によると、最後のは、「いんのくそ」 と発音するのが正しいそうです。 ◆ 都筑道夫は江戸っ子らしいから、あるいはこれが正しいのかもしれないが、そうすると、また別なコトが気にかかる。イヌのクソではなくて、インのクソ。それではと、「いんのくそ」 を調べてみると、 ◇ 例えば 「大工調べ」 という落語の中で切る啖呵に 「犬のくそでかたきをとる(卑劣な手段で復讐するという意味)」 という台詞があります。これを 「いぬのくそ」 ではなく 「いんのくそ」 と発音するのが江戸訛りなんですね。 ◆ 志ん朝もそう発音したらしいから、 江戸弁では 「いんのくそ」 なのだろう。けれども、インノクソと発音するのは江戸だけではないようで、モノモライのことをインノクソと呼ぶ地域(九州)があるらしい。 ◇ 佐賀弁では、「ものもらい」 のことを、「いんのくそ」 といいます。 なんで犬なのかは残念ながらわかりません。 ◇ 一昨日から、「おひめさん」 ができている。左目に。ちなみに 「おひめさん」 とは 『ものもらい』 のことです。うちの近所では 「おひめさん」 と言います。ただ、「おひめさん」 と呼ぶと、頭にのってどんどん大きくなるので、「いんのくそ」 と呼ばなきゃいけないと近所のばあちゃんは言います。 ◆ 二番目の引用文の筆者は熊本のひと。長崎にはインノクソ横町が。 ◇ 〔「ナガジン」発見!長崎の歩き方〕 犬の糞横町(いんのくそよこちょう)/これはどこか一定の場所の地名ではなく、ある条件が当てはまるとこう呼ばれるというニュアンスのもの。西浜町や銅座町、江戸町などにこう呼ばれる道筋があったといわれるが、その条件とは、道が狭くしかも不潔な感じの横町ってことらしい。各町でそう呼び合ったというが、決して自分の町のことは言わなかったところらオモシロイ。 ◆ などなど。探せばまだまだあるだろう。 |
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