MEMORANDUM
2005年04月


◆ 十二社温泉のつづき。というか、書きたかったのはむしろコチラのハナシ。風呂上りに大広間でよく冷えた生ビールを飲み、枝豆をつまむ。くつろぎながら、あたりを見回すと、だれも見てないテレビでは大相撲中継。厨房へとつづく襖の鴨居には見事な四つの力士の手形。このなんともステキな組み合わせに思わずうれしくなる。だれのものかと、手形の額に近づいて見てみると、右端のが「旭・・・」と読める。ワタシにとって「旭」のつく力士といえば、大関旭国で、ワタシが相撲を一番熱心に見ていたのは旭国が活躍していたころだった。右端が旭国だとすると、ほかの三つはだれのだろう? なつかしさにうれしくなって、受付にいた若い女性につい質問してみると、

◇ よくわかりませんけど、すっごく古いおすもうさんのらしいですよ。

◆ との答え。近くにいたこれまた若い男性の従業員も、

◇ そうそう、これはずいぶんむかしのひとのものなんです。

◆ と同調する。ともに二十代とおぼしきふたりは、アルバイトではなく、もしかしたらこの温泉の跡取り夫婦なのかもしれない。それはともかく、「むかしのおすもうさん」というコトバが妙に新鮮で、かれらにとって旭国の時代はまちがいなく「むかし」なのだった。

◇ 中村草田男が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだのは昭和6年(1931年)のことである。明治という時代が幕をおろして19年、明治維新からは63年だ。来年2005年は昭和が終わって16年、戦後では60年である。人にたとえれば、還暦だ。
www.nikkei.co.jp/seiji/20040918e1e1800l18.html

◆ たしかに昭和も遠くなった。そんな気がする。さて、というわけで、手形の主は判明しなかったので、写真に撮ってあとでゆっくり調べることにした。じっくり見ると、左から二つ目は北の湖、右から二つ目は若乃花 (若三杉)のようだ。左端がまったく読めないけれど、その隣が横綱北の湖だとすると、時代から考えて横綱輪島だろうか? こうした些細な疑問にネットはありがたい存在で、「輪島 手形」で検索すると、輪島のサインの画像がすぐに見つかって、まちがいなく左端の手形は輪島のものだった。ホントは旭国の国(國)の字も読めなかったが、旭富士では時代も字数も合わない。おともだちの rainer さんもきっぱりこう言っている。

◇ 1978年夏以降の北の湖、若乃花、輪島、旭国でしょう。

◆ 1978年は昭和53年。じゅうぶんすぎるほど「むかしのおすもうさん」たち!

◆ 3月31日、江東区住吉。歩いているとクリーニング屋さんの店の中にかかっていた日めくりカレンダーがウィンドー越しに目についた。逃げるから苦しくなる。その通り、まったくその通り。身につまされて、その場から一目散に逃げ出した。たしかに息がすこし苦しくなった。体力がつけば苦しくなくなるだろう。

◇ 留守の間に次男がめくった日めくりのカレンダーを「逃げるから苦しくなる」に変えておきました。でも、今の次男にはちょっとストレートすぎやろか?という事で、やっぱり「雨もよし風もまたよし」にしときました。
www.kcat.zaq.ne.jp/aaadd101/ni065.htm

◇ 幻の女/香納諒一:この本は作者の代表作で、賞も受賞してるのね。重厚で読み応えのある話でした。弁護士が殺された彼女の謎を追うという設定。何十にも奥行きがある話。本の中で彼女が「あなたは苦しいから逃げてると思ってるだろうけど、逃げるから苦しくなるんじゃない?」と、主人公に言うシーンがあるのね。胸に沁みる言葉ですねぇ。
www.geocities.jp/sanpei55japan/fcb2003_047.htm

◇ どこかのお寺の掲示板に「苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ」と書いてあるのを目にしたが、「うまいことをいうな」と思った。まさしく、逃げても事は解決しはしないのである。
www.genshu.gr.jp/DPJ/paper/1999/99100102.htm

◆ ウィリアム・ジェイムズの言葉らしい。

◆ 4月1日、朝7時前。寝ぼけたアタマでバスに乗り、窓からぼんやりと中野通りの並木を眺める。もう4月だというのにサクラはまだ咲きそうにもない。うん? あらら! 4月になろうが5月になろうが、咲くわけはないのだった。だって、あれはイチョウだもの。中野通りの桜並木は、中野駅の北側のハナシで、ワタシがバスに乗っているのは駅の南側。毎年、エイプリールフールにはステキなウソをつこうと考えるのだけれど、この時期はいつも忙しくってなかなか実行に移せない。そんなワタシの代わりに寝ぼけたアタマが見事なウソをついてくれ、それにすっかりだまされたのだった。おかげで目が覚めた。

◆ 4月18日付 『日刊ゲンダイ』 の、「この春入学式で見かけたバカ親たち」 というどうでもいい記事に、こんなことが書いてあった。

◇ 「シーズーやミニチュアダックスなど4匹もの犬を入学式に引き連れてきたバカ女がいた。犬は式場に入れないと言われると、“冗談じゃないルシファーちゃんたちだって家族なのよ。入れるのが当然でしょ!” とまくしたてていた」(35歳・父親)

◆ たしかにバカ親には相違ないと思うけれども、それよりも驚いたのは愛犬の名前の方である。おやおや、ルシファーとは悪魔のことではなかったろうか? そのむかし我が子に「悪魔」と名づけて話題になった父親がいたが、いまごろどうしているだろう、とか、もうすぐキアヌ・リーブス主演の 『コンスタンティン』 が公開されるな(もう公開されてる?)、とか、さらにどうでもいいことを思いつくワタシは今年、厄年だそうだから、とにかくこんなイカレタ女性には近寄らないのが賢明だろう。

◆ 2月14日、目黒シネマで侯孝賢監督 『珈琲時光』 を観た。高円寺の古本屋、都丸書店が出てきてちょっとびっくりし、以前ここで岩波文庫の 『クォ ヴァディス』 を仏訳文庫本とともに購入したが、まだ一ページも読んでいないことを思い出し、それから、クレジットに蓮實重彦の名前を見つけ、いったいどこに出演していたのかと不安になったが、そのシーンはカットされたらしいと知って一安心し、あるいは、「珈琲」 を中国語では 「咖啡」 と表記するのだということをいつだかここに書いたことがあり、といったことを除けば、映画自体について言うべきことはとくにない。主演は一青窈と浅野忠信。で、一青窈(ひととよう)のハナシ。父親が台湾人で母親が日本人。一青(ひとと)は母方の姓らしいが、それにしても珍しい苗字だと思っていたら、最近読んだ本にこうあった。

谷川 〔・・・・・・〕 能登の鳥屋町の一青(ひとと)なんていうのはたいへんに心引かれる地名ですね。ヒトトはシトトからきたんですね。シトトというのはホホジロのことでしょう。黒氏(くろじ)もそうですね。能登には鳥の名前の地名が多い。羽咋なんかもそうですが。
谷川健一編 『地名と風土』(思潮社,p.169-170)

◆ ヒトトが鳥のホオジロのことだとしても、なぜ一青と漢字を当てるのかがわからない。気になって調べてみると、谷川健一の別の本にこうあった。少し長いが引用すると、

◇ 北陸地方の日本海沿岸は潟湖や沼沢地が多く、飛来する鳥たちの楽園であった。そこで鳥にちなむ地名も生まれた。一風変わっているのに、能登半島の中央部にある鳥屋町 (石川県鹿島郡) の一青(ひとと)、黒氏(くろじ)という地名がある。シトトはホオジロ、ホオアカ、アオジ、クロジなどのホオジロ類をひっくるめた呼称である。アオジはアオシトト、クロジはクロシトトのことである。アオシトトがアオヒトトに訛って青一(あおひとと)の漢字が宛てられ、それがさらに一青(ひとつあお)に転じ、それをアオシトトの意味で、ヒトトと訓ませたと推考される。
谷川健一 『続 日本の地名』(岩波新書,p.195)

◆ ついでに、浅野忠信。最近あちこちで缶コーヒーの看板を見かけるので、たまたまミュージシャンでもある若い仕事仲間に、なんの気なしに 「このひと知ってる?」 と訊いてみると、

◇ ああ、忠信さん? ともだちが忠信さんのバンドにいてね、こないだ沖縄でライブやってて、電話でしゃべったよ。

◆ おやおや、忠信さん、バンドもやってたのね。