◆ 十二社温泉のつづき。というか、書きたかったのはむしろコチラのハナシ。風呂上りに大広間でよく冷えた生ビールを飲み、枝豆をつまむ。くつろぎながら、あたりを見回すと、だれも見てないテレビでは大相撲中継。厨房へとつづく襖の鴨居には見事な四つの力士の手形。このなんともステキな組み合わせに思わずうれしくなる。だれのものかと、手形の額に近づいて見てみると、右端のが「旭・・・」と読める。ワタシにとって「旭」のつく力士といえば、大関旭国で、ワタシが相撲を一番熱心に見ていたのは旭国が活躍していたころだった。右端が旭国だとすると、ほかの三つはだれのだろう? なつかしさにうれしくなって、受付にいた若い女性につい質問してみると、
◇ よくわかりませんけど、すっごく古いおすもうさんのらしいですよ。
◆ との答え。近くにいたこれまた若い男性の従業員も、
◇ そうそう、これはずいぶんむかしのひとのものなんです。
◆ と同調する。ともに二十代とおぼしきふたりは、アルバイトではなく、もしかしたらこの温泉の跡取り夫婦なのかもしれない。それはともかく、「むかしのおすもうさん」というコトバが妙に新鮮で、かれらにとって旭国の時代はまちがいなく「むかし」なのだった。
◇ 中村草田男が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだのは昭和6年(1931年)のことである。明治という時代が幕をおろして19年、明治維新からは63年だ。来年2005年は昭和が終わって16年、戦後では60年である。人にたとえれば、還暦だ。
www.nikkei.co.jp/seiji/20040918e1e1800l18.html
◆ たしかに昭和も遠くなった。そんな気がする。さて、というわけで、手形の主は判明しなかったので、写真に撮ってあとでゆっくり調べることにした。じっくり見ると、左から二つ目は北の湖、右から二つ目は若乃花 (若三杉)のようだ。左端がまったく読めないけれど、その隣が横綱北の湖だとすると、時代から考えて横綱輪島だろうか? こうした些細な疑問にネットはありがたい存在で、「輪島 手形」で検索すると、輪島のサインの画像がすぐに見つかって、まちがいなく左端の手形は輪島のものだった。ホントは旭国の国(國)の字も読めなかったが、旭富士では時代も字数も合わない。おともだちの rainer さんもきっぱりこう言っている。
◇ 1978年夏以降の北の湖、若乃花、輪島、旭国でしょう。
◆ 1978年は昭和53年。じゅうぶんすぎるほど「むかしのおすもうさん」たち!