MEMORANDUM

◆ 「かっぽれ」 の語源については諸説あるようで、よくはわからない。司馬遼太郎は 「かっ掘れ」 だろうと書いている。ハナシは江戸時代の赤坂溜池の浚渫工事。以下やや長いが要約するのが面倒なので引用すると、

◇ 話はかわるが、江戸弁というのは母音がみじかく、子音を強く発する。民衆の啖呵(たんか)などでいっそう威勢を出すために、形容詞や動詞のあたまに、「掻(か)っ」 ということばをつけて景気づける。ただし、武家や商家ではつかわない。
 “耳を掻っぽじって聞きやがれ”などという。(中略)スリが財布を 「掻っさらう」 といえばあざやかだし、体がだるいといえばいいのに、“掻ったるい”といえば、小気味いい。いまはふつうの日本語のなかに入って、大阪の球団の応援団の囃子(はやし)言葉なども“掻っ飛ばせ”などというが、こういう言い方は、もとは江戸の職人や人夫のあいだで多用されたのである。
 ともかくも、浚(さら)えのしごとは、全身、泥だらけでやるから、うかうかすると風邪をひく。威勢よく掛け声をかけることが必要で、その掛け声も、「さあ掘れ、さあ掘れ」 ではなまぬるい。
 やはり、
 「掻(か)っぽれ、掻(か)っぽれ」
 といかねばならない。
 江戸の水道は四通八達して土民のいのち水だから、その浚渫は、幕府がおわるまでたえずおこなわれた。そのつど、土工たちは、

  カッポレ、カッポレ、甘茶でカッポレ

 といったであろう。
 その囃子言葉はのちに芸能化された。踊りにまで入った。掘って、土をほうりあげる手つきが踊りにとり入れられた。「カッポレ」 踊りがはじまったのは文政年間(1818~30)ごろだというが、とにかく、見て聞いて溜飲がさがるのである。穴を掘るというのは、いかに原始のよろこびかということがわかる。
 カッポレが爆発的に流行したのは、幕末からだそうである。はじめ願人(がんにん)坊主が大道芸として踊り、明治初年には寄席に出るようになって、豊年斎梅坊主が人気を博したという。それにしても、上水道さらえの土工には甘茶がふるまわれたのだろうか。
司馬遼太郎 『街道をゆく 33』 (朝日文庫,p.285-286)

◆ ここでようやく 「かっぽれ」 のハナシからべつのハナシになる。穴を掘るということについて。

◇ 穴を掘るというのは、いかに原始のよろこびかということがわかる。

◆ 原始のよろこび。単純に、理屈抜きに、穴を掘ることは楽しい。司馬の知り合いの医者は、「ストレスがたまると大きな穴を掘る」 (p.283)。あるいは、司馬自身の軍隊での穴掘り。日本の栃木に戦車を隠すための大きな穴をいくつも掘ったらしい。

◇ 私も若いころ、大穴を掘ったことがある。あまりにばからしいからこのとき家内に打ちあけなかったが、気持がよかったことが、いまでも思い出せる。
Ibid., p.281

◆ 戦時中の穴掘りということで、そういえば、とまたべつなことを思い出した。先日観た映画 『硫黄島からの手紙』 でも二宮和也が、「オレって墓穴掘ってんのかな」 とつぶやきつつ、穴(塹壕)を掘っていた。いや掘らされていた。こちらはすこしも気持よさそうではなかった。いかにも 「掻ったるい」 という風情だった。

◆ 以下、「穴を掘る」 で検索した文章からいくつか。

◇  たとえば、「ここに穴を掘って下さい」 と人に頼むとします。そう言われて、「わかりました」 と穴を掘り出す人はいないでしょう。どうして穴を掘るのかわからないので、その気になれないからです。そこへ、「徳川幕府の埋蔵金が埋まっています」 と告げます。そうしたら人は、にわかに張り切って穴を掘り始めるでしょう。どうして穴を掘るのか、その理由がわかったからです。このように、人に何かをしてもらうためには、「どうしてやるのか」 を説得することが鍵です。
 全く同じことがレポート・卒論にも当てはまります。

hostgk3.biology.tohoku.ac.jp/sakai/ronbun/honR.html

◆ これは 『これからレポート・卒論を書く若者のために』 (酒井聡樹、共立出版)という本の著者による内容紹介文。理由もなく穴を掘る人はいないという。

◇ そもそも人間が穴を掘るという行為には、埋葬、居住・避難、待ち伏せ狩猟(陥し穴)、保存・保管・貯蔵、ゴミ等の廃棄、排泄、飼育・養殖・栽培、取水・水汲み、調理、たき火、柱を建てる、石や碑を立てる・・・など、生活をより充実、便利、快適にする何らかの目的があってのことである。趣味で穴を掘る人はごく稀であろうから、穴を掘ること自体が目的のケースはほとんどない。したがって土坑には何らかの用途があったとみるのが常識的である。
ja.wikipedia.org/wiki/土坑

◆ これはウィキペディア。理由もなく穴を掘る人はほとんどいないという。だが、いるところにはいるらしい。

◇ 何かを掘り起こす訳ではなく、何かを埋める為でもない。何の目的もない穴掘り作業にただ没頭してみたい。説明し難い衝動にかられて穴を掘る。
portal.nifty.com/special03/08/28/

◆ 千葉の成田ゆめ牧場というところでは毎年2月に 「全国穴掘り大会」 を開催していて今年で7回目だったとか。

◇ ゆめ牧場の恒例イベントとなった“穴掘り大会”。年々参加者が増え、昨年は100組を超えるチームがエントリーしました。ルールは単純明快、1チームのメンバーは6名以内、制限時間以内にスコップ、バケツ、ロープのみを使用して一番深い穴を掘ったチームには、現金10万円を進呈します。
www.omoshiro-chiba.or.jp/new/19-2/event.html

◇ 誰もが、耳にしたことのある 「かっぽれ、かっぽれ、甘茶でかっぽれ」 の軽快なフレーズ。聞いているだけでも、楽しいですが、踊ってみるのもまた一興。
www.nenrin.or.jp/nara/sawayaka/life2005natu/02.html

◆ だが、「かっぽれ」 を誰もが耳にしているとは思えない。「かっぽれ」 のことではなくべつのことを書きたいのだが、そのべつのことに 「かっぽれ」 が出てくるので、とりあえず 「かっぽれ」。「かっぽれ」 とはなにか? オンライン辞書によれば、

◇ 〔 「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」 という囃子詞からの名〕 幕末から明治にかけて流行した俗謡と踊り。鳥羽節から願人坊主の住吉踊りに取り入れられて大道芸とされ、豊年斎梅坊主らによって座敷芸となった。
三省堂 『大辞林 第二版』

◆ とあるが、「かっぽれ」 を知らないひとは 「鳥羽節」 も 「願人坊主」 も 「住吉踊り」 も知らないだろうから、あまり参考にはならないかも。それにもっぱらお座敷芸だから、見る機会も少ないかも。ワタシもよくはしらない。

◇ 「かっぽれ かっぽれ 甘茶でかっぽれ ヨーイトナ ヨイヨイ」 と、ねじり鉢巻き尻ばしょりたすき掛けの陽気な踊りを御存知でしょう。ルーツは大阪・堺にあります住吉大社の 「住吉踊り」 が源流で、文化・文政の頃、江戸に流れてきて、浅草観音の境内で大道芸として、初代豊年斉梅坊主の一行が踊ったものが始まりと言われています。
www.tojibi.jp/tokyofrm3.html

◇ 「かっぽれ」 という日本伝統芸能の踊りがあります。今の若い人たちは、ほとんどの方が知りません。「かっぽれ」 とはどこの踊りですか、と聞かれたことがあります。年配の方でも、「ああ、かっぽれ、かっぽれ、甘茶でかっぽれ」 と節をつけて 「あれでしょう」 と言われる方がいます。「そうです。踊りはご覧になったことありますか?」 と聞くと 「無い」 という方が多いようです。中には、「ああ、笊を持って踊る踊りでしょう」 という方もいます。あれは、ドジョウすくいです。ドジョウすくい(安来節)も立派な伝統芸能ですが 「かっぽれ」 とは違います。
d.hatena.ne.jp/namasute06/20070329

◇ 〔神戸市国際交流員・ジェシカ・ラングバインさんは〕 3年生の時、京都・岡崎にあるスタンフォード大学・京都日本研究センターで1年間、日本学を勉強する。「そのころ、日本人のおばさんに英会話を教える代わり、カッポレを習いました」。カッポレは幕末のころに始まった大衆舞踊で 「カッポレカッポレ、甘茶でカッポレ」 とはやしながら踊り、宴席や大道芸でもてはやされた。そのしぐさ、軽妙にして、こっけい。これをまだあどけなさの残るアメリカ人女性が 「あ、カッポレカッポレ」 と踊る。想像するだけで面白いではないか。
www.kippo.or.jp/KansaiWindowHtml/News/2004/20040526_NEWS.HTML

◇ 甘茶といえば、仏教で 「花まつり」 というのがある。この日はお釈迦様のお生まれになった日で、何と、お釈迦様は生まれてすぐに立って歩き 「天上天下唯我独尊」 と言われたそうな。私の興味は、このお釈迦様の賢いデビュー話ではなく、「甘茶でカッポレ」。これって何? 甘茶は分かるとしてカッポレ? むかし祖母さんとゴキゲンな時に 「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」 と踊ったような(恥ずかしい)記憶が。
muemue35.seesaa.net/article/3771684.htmlk

◇ 甘茶でカッポレという文句に憧れて?子供のころかな、どこかのお寺で甘茶口にして、なあんだ、あんまり甘くないわってがっかりした思いでがあるんですよ、ねえ、甘茶でカッポレってどういう意味なんでしょ。??
diary.jp.aol.com/bbs/132937686/25470.htm

◇ かっぽれね、父が組合で集まりあって 家でお酒飲んでいい機嫌になったとき、♪あ~かっぽれ・かっぽれ 甘茶でかっぽれ♪って踊っていたような? だってこの歌の文句 知っているものね(^^)
tomisia.blog49.fc2.com/blog-entry-85.html#comment

◆ というようなことで、知っているよないないよな、花まつりには思い出す、そのようなものが、「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」。一度体験したら忘れられないリズムと踊り。

◇  北海道は広い。
 あたりまえのことなのだが、実際にその土地に立ってみると、しみじみ思う。
 旅は 「電車派」 なので、北海道でもできるだけ電車を使って移動する。けれどこれがなかなか難儀なのだ。

川上弘美 『此処彼処(ここかしこ)』 (日本経済新聞社,p.187-188)

◆ たしかにそれは難儀なことだろう。そもそも北海道には電車が少ない。電化されているのは札幌から小樽、旭川、室蘭をむすぶ路線と青函トンネルにつながる木古内から函館までの路線のみで、それ以外の区間は電気がきてないので、とうぜん電車は走れない。しようがないからディーゼルカー(気動車)が走っている。

◆ 東京で地方出身者が電車のことを汽車といって笑われたというハナシはよく聞くが、東京からの旅行者が地方でディーゼルカーのことを電車といって笑われたというハナシはあまり聞かない。電車のことを汽車と呼ぶのが方言なら、ディーゼルカーを電車と呼ぶのも方言だろう。

◇ 主に東京方面、大阪方面などの都会に住んでいらっしゃる方は、線路の上を走っているものは電車しかいないと勘違いしております。よって、気動車なんかを見ても電車だというし、 ブルートレインなどの機関車が先導する列車も電車だと平気で言います。しかし、列車を電車と言うことはさほど恥とされていません。 問題なのは、田舎方面出身の人が電車のことを 「汽車」 と言ってしまうことです。これは恥ずかしいです。都会の人たちに思いっきり馬鹿にされます。 でも仕方が無いのです。田舎方面の方は電車など見たこと無いのです。線路の上を走るものは、汽車しかなかったのですから。列車とも言いません。なぜならば、1両しかないからです。車両が連なっていないので 「列車」 でもないのです。
homepage3.nifty.com/hne/danger/danger049.htm

◇  今日は美幌町でトレーラーと一両編成の汽車がぶつかるという事故がありましたね。ワイドショーでもニュースでもそのニュースを見たのだけれど。
 その中で怪我をした高校生らしき子がインタビューされていて 「汽車が動いてすぐにぶつかった」 という場面があったのですが、字幕スーパーでは 「列車が動いて」 としゃべっている言葉とは違う内容が表示されていました。たぶん 「汽車」 という呼び方が北海道でしか定着していない言葉だからなのでしょう。
 昔チャットでしゃべっていた時に 「汽車で行く」 と書いたら他の地域の人皆に 「汽車っていつの時代よw」 なんていわれたことが・・・。その時に関東在住の人に 「じゃあそっちではなんていうの?」 って聞いたら 「電車とか、JR」 っていわれたけどこっちでは電車ないし(;´∀`)だから汽車って言葉がずっと残っているのかもしれませんね。

love.mania.daa.jp/?eid=636094

◆ また、汽車と電車をうまく使い分けている(いた)地域も多い。たとえば札幌。

◇ なぜか道産子は、JRの列車をすべて汽車と呼ぶ。札幌市民は、路面電車を電車、JRの列車を汽車と呼ぶ。
www.ne.jp/asahi/ys/namaramuchyo/hougenj/kagyou.html

◆ たとえば熊本。

◇ 余談ですが、熊本では単に 「電車」 と言えば普通、市電のことを さします。JRの列車はたとえ電気で走っていても 「汽車」 といいます(JRで通学することを 『汽車通』 といいます)。
kumamotoben.jp/ja/examples-life1.html

◆ たとえば広島。

◇ それから、広島市内では路面電車を利用することが多いので、JRのことを 「汽車」、路面電車を 「電車」 と区別して言っていました。ついつい 「汽車に乗って」 と話して驚かれたことがありましたね。
hougen.atok.com/column/doc/pc/manga05.html

◆ たとえば長崎。

◇ 他所から来た人が不思議に思うことは、長崎の地元の人々が、JRのことは"汽車"と呼び、路面電車のことを"電車"と呼ぶことだそうです。 それは、長崎市民が、「ちんちん電車」にとても愛着を感じているからに、他なりません。
www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kokusai/gcnews/2006/200606/index.html

◆ たとえば北九州。

◇ かつて北九州では、JRのことは 「汽車」、西鉄北九州線のことは 「電車」 といっていました。ご多分に漏れず私も、子供のころは黒崎の 「井筒屋」 デパートに行くのにも、春の町の 「製鉄病院」 に行くのにも 「電車」 のお世話になっていました。そういえば、幼稚園へは、筑豊電気鉄道の 「電車」 で通ってたっけ…。
www.geocities.jp/express_tsubame/nnr_kit-top.html

◆ そういえば、先日、会津で汽車を見た。あれこれ書いたが、ワタシの汽車のイメージはやはり蒸気機関車が煙を吐いている姿のようだ。

◆ 卓袱台で思い出したが、去年の6月に小金井にある江戸東京たてもの園を訪れたときに、「できゆくタワーの足もとで-昭和30年代のくらし-」 展をやっていて、その展示品のひとつに 「遺跡調査の際に出土した昭和30年代のゴミ」 というのがあった。ありふれた日常つかいの茶碗や丼などの瀬戸物の破片が、貴重な考古学遺産よろしく、ていねいにつなぎ合わされて復元してあった。

◆ これまで博物館で縄文式やら弥生式の土器をながめてみても、古代人の家族がたのしく食事をしている一家団欒の光景など思い描いたことはなかったが、そうした土器の展示品のなかにも、お父さんのものであったりお母さんのものであったりしたものが混じっていたかもしれない。日本の歴史のなかで各自が自分専用の食器をもつようになったのは最近のことかもしれないが、よくはしらない。

◇ ちなみに自分の食器というのは、いつごろから存在したのであろうか。縄文時代や弥生時代に使用された食器が自分専用かどうかを確かめる手段は無いので正直なところわからないのであるが、奈良時代くらいになると、個人所有の土器が発見されている。
www.ka.shibaura-it.ac.jp/kou27ki/gakunentayri3.pdf

◆ と、芝浦工業大学柏高等学校の松原誠司先生が 「学年通信」 に書いている。その松原先生によると、朝日放送のテレビ番組 「探偵!ナイトスクープ」 にこんな依頼があったそうだ。

◇ ある女子大生からの依頼で、子供のころから15年以上も使っている茶碗が割れてしまったので、それと同じ茶碗がほしいというものであった。その茶碗はスーパーで買った子供向けのプリントがしてある安物ではあるものの、今回買いなおそうとして何軒もの店に足を運んだが、見つけられなかったので依頼をしたという。
Ibid.

◆ ワタシはひとり暮らしなので、すべての食器が自分の食器であるわけだから、これは案外つまらないことかもしれない。どの食器を使おうと、おい、それはオレの茶碗だ、と文句をいうひとはだれもいない。それだからか、それぞれの食器に愛着というようなものもあまりない。

◆ 以前、身体障害者のひとが10人くらいで居住する施設でアルバイトをしたことがあったが、それぞれの茶碗とコップと箸を覚えるのに一苦労した。

◇  小さい頃から父のお茶わんやおわんは大きかったし、私のものは小さかった。私の丸くて小さいペコちゃんがついているお茶わん、それで父がご飯を食べるなど考えられなかったし、私が父の長いお箸で食事をできるとも思えなかった。みんなそれぞれ似合ったものを使っていた。
 こういう各自の食器を 「属人器」 というそうだ。いまだに、実家へ帰ると私は高校生の頃から使っていたご飯茶わんを使う。
 日本の一部の地方や朝鮮半島には、その家の娘が結婚をして家を出る時に、本人の茶わんを玄関先で割るという習慣があるそうだ。また、人が亡くなった時も、その人の茶わんを割って別れを遂げる。
 属人器としての茶わんは不思議だ。いくら持ち主がいないからといって、その人の茶わんを使う気にはなれない。毎日毎食使われるその茶わんは、もうその人自身であるように思えるからかもしれない。

平野恵理子 「私のお茶わんあなたのお茶わん」 『和ごころ暮らし』 (ちくま文庫,p.34-35)

  卓袱台

◆ 温泉旅館のテレビを見ていたら、島田紳助司会のクイズ番組で 「卓袱台」 の読みを聞かれた若手のお笑いタレントが 「卓球台」 と答えていた。

◇ そのころ、日本の家庭のおおかたにはちゃぶ台があった。おかずは煮魚焼き魚きんぴらごぼうひじきぬか漬けの類だった。父親の晩酌は二級酒で、つまみはくさやだった。子供は八時には床につくべきものだった。正月には凧をあげて羽根つきをした。ディズニーランドはなかった。プールでは多くの人が 「のし」 で泳いだ。
川上弘美 『ゆっくりさよならをとなえる』 (新潮文庫,p.19)

◆ 川上弘美は1958(昭和33)年東京生まれ。

◇ 卓袱台でご飯を食べると、家族を近く感じる。お互いの呼吸音がすぐそこに聴こえるし、ちょっと手足を伸ばすと、向かいや隣の家族の体に触れることもある。畳を伝わって体温も感じるし、みんなでおなじものを食べている実感もある。いまと違って、茶の間が狭かったのもよかったのだろう。毎晩、六十ワットの電灯の下に体を寄せ合って、ご飯を食べているうちに、わたしは子供心に、この人たちとは一生付き合っていくに違いないと、いつのまにか思い込むようになった。
久世光彦 『むかし卓袱台があったころ』 (ちくま文庫,p.223)

◆ 久世光彦(てるひこ)は1935(昭和10年)東京生まれ。

◆ 大田区立郷土博物館の展示品をみていると、卓袱台があった。その解説。

◇ 「ちゃぶ台」 には、円形と四角があります。どちらも脚が折りたためるものが多く、茶の間で使い、布団を敷くときにはたたみました。

◆ ワタシは1964(昭和39)年京都生まれ。卓袱台の記憶はない。

◆ 先日、こんなニュース記事を目にした。《長岡市の男性が毒草食べ死亡》(新潟日報 2007年4月16日)

◇  県によると、男性は12日、市内の妻の実家の畑で栽培されていたイヌサフランと山菜のギョウジャニンニクを採取。翌日夜にいためたりして食べた後、下痢や嘔吐(おうと)の症状が出た。長岡市の病院に入院したが、16日午後4時すぎ、血液低下と多臓器不全で死亡した。一緒に食べた妻は病院で治療を受け、既に回復している。
 イヌサフランとギョウジャニンニクは形が似ており、隣り合って植えられていた。イヌサフランは観賞用に栽培されていたとみられる。

www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=232060

◆ で、ギョウジャニンニク。北海道ではアイヌネギとも呼ばれる。《北海道雑学百科 - ぷっちがいど》 には、

◇ ヒトビロ、キトピロとも言うものの、それよりも 「アイヌネギ」 と言うのがメジャーな北海道を代表する山菜、それが行者大蒜、つまり 「ギョウジャニンニク」 であります。ちなみに、道産子にとって 「アイヌネギ」 が一番言いやすく使い慣れていることもあって、よく聞きますが、差別用語だと主張する方もいるため、ギョウジャニンニクに統一したいと思います。
pucchi.net/hokkaido/foods/gyozaninniku.php

◆ 2006年4月15日、万字温泉で食した鴨鍋のなかにギョウジャニンニク。その日の PhotoDiary のキャプションは 「アイヌネギ」 としたのだが、その後、もしかしたら不適当なコトバである可能性もあるから、ギョウジャニンニクに訂正したほうがよいのだろうか、などとあれこれ考えてはみたが、結論が出ぬままそのままにしてある。

◆ 北海道観光連盟の 《アイヌ文化理解の手引き》 には、

◇ 正式名称はギョウジャニンニク。「中国茶」 「タイ米」 のように国や地域の付いた呼び名は多く、その意味ではアイヌの人々の長年の食材のひとつをアイヌネギと呼ぶこと自体は、本来は悪いことではない。しかし、「アイヌは汚い、くさい」 などと差別を受けてきた人々の中には、強い匂いをもつものをアイヌネギと呼ぶことに対して差別の意識をもっての発言であるとして不快感を持つ人が多い。従って、こうした差別が解消されるまでは、アイヌネギという言葉は避け、ギョウジャニンニクと呼ぶ方が良い。なお、北海道内のスーパーなどでは 「きとびる」 「ひとぴろ」 等の名称で売られていることもある(どちらも日本語の 「祈祷びる」 からきている)。
www.visit-hokkaido.jp/soshiki/data/ainu/ainu.pdf

◆ ワタシも 「中国茶」 「タイ米」 のような組み立てのコトバとしてアイヌネギを理解していたが、考えてみれば、アイヌは地名ではない。エゾネギではどうだろう? 蝦夷も蔑称か? 関係ないが、支那そばにシナチク。

◆ 2006年9月16日、旭岳温泉の食堂で注文したキトピロラーメン。PhotoDiary には 「キトピロとはアイヌ語でギョウジャニンニクのこと」 と書いたが、これは間違っているかもしれない。上記の引用では語源を日本語としている。が、「祈祷びる」 というのもよくわからない。「ひる」 は蒜(ひる)だが、祈祷とはなんだろう?

◆ アイヌ語にはプクサというコトバもある。

◇ ギョウジャニンニクのことを沙流川ではプクサといい、旭川や阿寒のアイヌはキトというが、プクサという言い方でもわからないことはないし、二風谷アイヌもキトという言い方は知っている。
萱野茂 『アイヌ歳時記』 (平凡社新書,p.43-44)

◆ 面倒だから、とりあえずは標準和名のギョウジャニンニクを用いておけばなんの問題もないのだが、それでもひっかかるのは、この山菜が、

◇ ニンニクと言うよりは、ネギとニラを足しような感じ。
yama.jpn.org/right/plant/gyouja/

◆ であるところ。ニンニク、ネギ、ニラ。これも考えてみれば、どれも似たような植物で、食用にする部分が、ニンニクとネギ・ニラでは違うというだけのこと。そういやニンニクの茎も喰うもんなあ。とやっぱり結論は出ない。とりあえず、食中毒にはご用心。

◆ 電柱の貼り紙。「セキセイインコを探しています」 と書いてある。名前はビジュー。フランス語で宝石の意。いい名前だ。背中が水色、頭が黄色。ビジューは、

◇ 良く慣れた手乗りです。「むかし、むかし・・・」 と言うと、興味津々に寄って来ると思います。

◆ 「むかし、むかし・・・」 とビジューがお話するのかと思ったら、そうではなくて、お話を聞くのが好きなインコであるらしい。インコにもいろんなのがいる。

◆ そういえば、ちょっと前に、《逃げたインコ戻った! 飼い主の老夫婦大喜び》(高知新聞)というニュースがあった。

◇ インコのピーちゃん、無事生還――。高岡郡越知町内の駐車場で2月、1羽のセキセイインコが保護された。飼い主が分からなかったがある日、インコが 「越知町1区、西川ピーちゃん」 と “自己紹介”。これを手掛かりに地元郵便局長らの協力もあり、10日ぶりに飼い主の元に届けられた。愛鳥がいなくなって落胆していた老夫婦は 「本当によかった」 と、笑顔を取り戻している。 〔中略〕 西川さん夫妻は昨年からインコを飼い始め、いろいろな言葉も教えてきた。自分の住所や名前のほか、「1足す1は2。2足す2は、分からん」 「好き好き大好き」 と軽快にしゃべるピーちゃんは、2人の “家族” だった。
www.kochinews.co.jp/0703/070331headline05.htm

◆ ビジューが、西川ピーちゃんみたいに 「むかし、むかし・・・」 としゃべってくれるのなら、手がかりとしては十分で、発見するのもたやすかろうが、こちらが 「むかし、むかし・・・」 と語りかけなければいけないとなると、少々やっかいな気がする。

◆ もしそれらしき水色黄色のセキセイインコをみかけたときには、そっと近づいて、「むかし、むかし・・・」 と言えばいい。けれど、そのあとどうすればいい? 「むかし、むかし、あるところに・・・」、その続きは? 浦島太郎のハナシをすればいいのか、桃太郎のハナシをすればいいのか、それともかぐや姫のハナシ? あれこれ昔話を思い出してはそのあらすじをアタマのなかでちゃんとつながるようにと努力してみるが、ほとんどの場合はうまくいかない。

◆ よけいな心配をした。もしビジューを見かけたら、「むかし、むかし」 と言えばいい。どのみち、それしか言えないのだから。それでも、そのコトバに興味津々近寄ってきたインコを前にして、お話の続きをうまく話してやれないのは、申し訳ないことだろう。「ごめんね、つづきはしらないんだ」、そう言うと、がっかりして、またインコは逃げていくかもしれない。