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◇ 撮影は機械的操作だから、なぜ写るかはいちおう科学的に説明できる。だが何か説明しきれぬ不思議さを感じさせるものがあった。写ることのなかに不可思議な力を感じていたのであろう。写真を撮ると影がうすくなり、それだけ寿命が短くなるというような考えをもつ人びとがいた。今でも三人でいっしょに写真をとると、一人が死ぬなどという。それを避けるために一人に人形をもたせたりする。人形を人のうちにかぞえて四人とするためか、それとも死ぬ役割を人形に負わせるためかは知らないが、とにかく、人びとのなかに古い気分が残っていて写ることに何かを感じるのである。 ◆ そういえば、そうだった。三人で写真を撮ると中央のひとは早死にする、などともいった。だれが言いだしたのかはしらないが、それを信じる 「古い気分」 がワタシのなかにもたしかにあった。 ◇ 幼い頃、おじいちゃん子だった私は写真にうつると寿命が縮むとか、3人で写真にうつる場合は早死にするから真ん中は避けなさいだとか、写真にまつわる迷信を懇々と聞かされ続けた。そのため、私は写真を撮られるということにもの凄く抵抗がある。 ◆ つぎの引用は、NHK高校講座 「理科総合B 第9回 遺伝子はどのように子に伝わる?」 の番組制作裏話から。 ◇ 気づかなかった人も多かったと思いますが、浦野さんの長女がお嫁にいってから、息子さんがお嫁をもらうまでの3年間、家族3人で映っている足元にぬいぐるみが置いてあります。スタッフは 「お嫁にいった娘さんの代わりに置いたのだ」 と思ったのですが、違いました。このぬいぐるみはカメラマンの安河内さんが置いたもので、古くから 「3人で写真を撮ると、真ん中の人が早死にする」 という言い伝えがあるそうです。おじいさん世代の人には、常識かもしれません。それを避けるため、3人で撮る時は、ぬいぐるみや人形を小道具として置くのだそうです。そう思って一番最初の3人の写真に戻ってみると、確かにお人形を抱いています。一枚の肖像写真の中にもいろいろな心配りがされているのだと感じました。 |
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◇ うまづら 【馬面】 馬のように長い顔。顔の長い者をあざけっていう語。うまがお。 ◆ 馬面といっても、人間の場合、耳が顔の上にあるわけではないし、目が顔の真横にあるわけでもない。顔のパーツの配置が馬に似ているということが馬面なのではなくて、顔が縦に異様に長いことを馬面というようである。だが、顔が長いというだけでは、馬面というわけにはいかない。たとえば、七福神の福禄寿は馬面だろうか?
◆ なるほど、あの顔は目や鼻が 「ずり落ちた」 結果であったか。まったく百鬼園先生はいろんなことを教えてくれる。明治初期のジャーナリストとして著名な成島柳北、それから福地源一郎(桜痴)。このふたりが、ある年、馬に乗って隅田川の花見に行った。ところで、この成島柳北というひとはまさしく馬面というにふさわしい顔立ちだったらしい。馬上の柳北の姿をしげしげと眺めた桜痴は、「感にたえて一首詠んだ」。 さてもさても ◆ 《国会図書館》 の 「近代日本人の肖像」 というページの成島柳北の写真を見てみると、たしかに立派な馬面である。さぞかし馬も面食らったことだろう。 |
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◆ 万字温泉の思い出をもうひとつ。万字温泉の名物は鴨鍋だった。行くたびに鴨鍋を食べた。「最後の客」 になったときも食べた。鴨鍋を食べたのは大広間。正面には舞台があって、カラオケの設備やらないかが雑然と並べられていたが、一番目立つのは赤い大漁旗だったろう。とはいえ、すぐにでも目についていたはずの大漁旗の存在に気をとめたのは、「最後の客」 になったときが初めてだった。
◇ 祝 大漁 第六十八北雄丸 紋別市・・・ ◆ ワタシは 「こんな山奥の温泉にどうして大漁旗?」 と、思っただけだったが、Kさんは違ったらしい。というのも、Kさんの出身は紋別だったから。それだけではなくて、Kさんの父親の勤める水産会社が所有する漁船が北雄丸だったから。それはさぞ不思議な気がしただろう。後日、Kさんは紋別の実家に帰省したさい、父親に大漁旗のハナシをしたらしい。こんなメールをくれた。
◆ ちなみに万字温泉にはこの第六十八北雄丸の大漁旗とはべつに、第六十八北雄丸および第八十二北雄丸の進水旗もあった。おそらく北雄丸関係者に知り合いがいたのだろう。紋別とも北雄丸ともなんの縁もないワタシだが、ちょっと興味をそそられて、ネットで検索してみると、たとえば、こんな文章が・・・。 ◆ 《北海道大学関西同窓会》 の会報 《関西エルム会新聞 vol.56》 (2006年9月)に掲載された、「元北大低温研究所流氷研究施設長・現道立オホーツク流氷科学センター所長」 青田昌秋さんの 「海は母、流氷は友」 と題された講演記録から。 ◇ さて、これとは別に紋別にはもう一つの 「海明け」 がある。流氷を避けて回航して来た、あるいは陸に揚げられていた漁船が紋別港の赤灯台、白灯台を結ぶ線を通過した時刻を 「海明け」 と決め、その時刻を当てる 「クイズの海明け」 がある。今年の流氷接岸初日は、平年より34日も遅い3月5日、ところが翌6日には流氷は離れ、午後2時43分、紋別港所属の沖合底引き船、第8北雄丸が船団の先頭を切って回航先の室蘭から帰港した。ガリンコ号が停泊しているステーション前の特設時計の針が動きを止めた。「クイズの海明け」 時刻が確定した瞬間だ。クイズには全国から9,000通を超す応募があり、今回、初めて時分までぴたりの応募者が居た。 ◆ 紋別といえば、流氷。流氷といえば、観光砕氷船ガリンコ号。それから 「海明け」 というコトバも魅力的。 ◇ 一昔前まで、浜の男たちは、冬、出稼ぎに出た。浜の子供たちにとって 「海明け」 は、待ちに待った父が戻る日でもあった。「海明け」 という言葉には、オホーツク海の春の明るさとともに、浜の人々の思いが込められているようだ。書店で20数冊の国語辞典を片っ端から調べてみた。「海明け」 の項を載せているのは2冊しかなかった。「海明け」 は単なる浜言葉かもしれないが、美しい日本語だと思う。 ◆ つぎは、函館地方海難審判庁の裁決記録から、「漁船第八十六北雄丸機関損傷事件」。 ◇ 第八十六北雄丸(総トン数160トン)は,北海道紋別港沖合の漁場で操業中,主機(6M28H4C型,860キロワット)のシリンダライナに生じた掻き傷が進展していたころ,平成15年8月18日12時00分紋別灯台から026度31.9海里の地点において,潤滑油こし器に金属粉が捕捉され,同こし器前後の圧力差が上昇した。 ◆ もちろん技術的なことは皆目わからないが、ともかくここにも北雄丸。北雄丸の大漁旗はいまでも万字温泉の大広間に掲げられているだろうか? |