MEMORANDUM

◇ 名刺と定期とテレビ。これまで一度も持たなかった。たぶん一生、持たずに終わるだろう。
池内紀 「いらないモノ」 『遊園地の木馬』 (みすず書房,p.213)

◆ これを書いたのが元東京大学文学部教授のドイツ文学者であるからといって、ことさら驚いてみせたりするのは、たとえば名刺がいらない理由として、

◇ 人とのまじわりは肩書きで始まったり続いたりしないものだ。
Ibid.

◆ と、ごくふつうに綴ることができる著者に、自分がいかにも俗物であることを思い知らされるようで、あまり気分のいいものではないけれど、正直なところ、不意打ちのように驚いた。でも、考えてみれば、ワタシも似たようなもので、いまのところ、名刺も定期もテレビもない。

◆ 名刺についても定期についても、それらを必要とするような環境にいないので、これまであまり考えたことがなかった。考えてみると、あれこれおもしろいように思うけれども、長くなりそうなので、やめておく。

◆ プレゼントをもらえば、それがなんであれ、たいていは嬉しい。とはいいつつ、実際に嬉しいのは、プレゼントしてくれたひとの気持ちだけのことがほとんどで、プレゼントされたモノ自体を考えてみると、それほど喜ばしいものではないことが多かったりもして、たとえば、結婚式での引き出物とか、・・・以下、列挙してみても、あまり愉快なハナシにはならないだろうから、割愛して、こんなプレゼントはどうか?

◇  おとなというものは馬鹿である、と私自身が大きく成長してから、更(あらた)めて考えた。
 私は造り酒屋の一人息子で、萬事我儘(わがまま)放題に育てられたらしいが、そんな一般の事は別として、幼い頃のおもちゃの中で牛が好きであった。丑歳の生れで、丑の歳であったので、おとな達の方で子供に牛を当てがったから、わけもわからず牛が好きになったのだろう。
 ありありと記憶に残っているのは、京都の北野の天満宮の土焼の黒牛である。何でも大きいのと小さいのと、大小揃っているのが好きだったので、枕くらいの大きさの黒牛と、親指程の小さな黒牛と、それを並べてよろこんだ。
 だれかが京都土産に黒牛の玩具をくれる。それを列(なら)べて遊んでいるなら、それでよさそうなものだが、おとな達、父母はこれを以って足れりとせず、私即ち栄造の栄はあんなに牛が好きだから、おもちゃでなく、本ものの牛を連れて来てやったら、さぞよろこぶだろうと云う事に衆議一決したらしい。
 酒屋だから、酒造米を作る田地がある。そこの小作人に命じて、大きな牛を一頭牽(ひ)いて来させた。田地の在る所から、町なかの私の家までは二里ぐらい離れている。
 牛はなんにも知らないからめえと鳴いて、百姓に連れられてぼそぼそ歩いて来たのだろう。牛歩蹣跚(まんさん)、半日は掛かったのではないか。
 私のところは広い。小作地から来た牛が、仮りの住居とする牛小屋を造る程の余地はいくらでもある。倉と倉の間の片ひさしの下に忽(たちま)ち牛小屋は出来た。それは勿論(もちろん)牛が来る前から用意したのだろう。しかし肝腎の当の栄造の私には何の興味もなかった。
 牛が来てその小屋に這入り、太い声でもうと云ったのは覚えている。しかしちっとも面白くも何ともない。おとなが、そら牛だ、本ものの牛だ、生きた牛だとはやし立てても、北野の天満宮様の大きな黒牛と小さな黒牛を並べた程の興味はない。生きた牛は糞を垂れる。一日や二日はいいけれど、萬事禊斎(けつさい)の酒屋の居候としては迷惑である。
 又小作地へ返す事になったのだろう。再び同じ田舎道を牛歩蹣跚、たどり著(つ)いてもとの牛小屋に戻った後は、私などの知った事ではないが、それ御覧、おとな達の馬鹿騒ぎに終って、栄の情操教育の一助ともならず、動物愛護の精神涵養に寄与するところも無かった。

 内田百閒 「物を貰う」 『内田百閒集成15 蜻蛉玉』 (ちくま文庫,p.327-328)

◆ 子ども時分にプレゼントとしてほんものの牛をもらった経験のあるひとは、めったにいるものではないだろうけど、万が一、もらったとすれば、そのほんものの牛が大好きになる少年というのは少なからずいるだろうと思う。そうして、なかには、かたときもその牛から離れたくない一心で、ついには牛飼いになってしまう少年というのも、あるいはいるかもしれない。

◆ そういえば、七夕の牽牛は牛飼いだった。というより、牽牛とは、もともとが個人の名前ではなくて、「牛を牽(ひ)く」 者、つまりは牛飼いそのものの意味なのだった。ほんものの牛をプレゼントされたのが、ひねくれ坊やの内田栄造ではなくて、牽牛であったなら、さぞ大喜びしたことだろう。

  七夕

◆ おともだちの霧さんが書いている。

◇ 小さい頃から服や装身具には興味がなかったし、欲しいものといえば第一に本だった。何かのお祝いのときにはいつも図書券をもらっていた。(ねだっていたというべきか。)
01.members.goo.ne.jp/home/fog_horn/diary/a/1042.html

◆ なにか欲しいモノがあるという状態は、いつだってなんだって好ましいコトだろう。いま目の前に、なにか欲しいモノをあげる、という奇特なひとが現れたとして、ワタシには、ではこれを下さい、と言える具体的なモノがなにもない。たとえば、七夕だからというので、なにか願いを短冊に書き付けて祈る、という風習に積極的に参加するモチベーションがワタシには、ない。ところで、ふと疑問がわいたのだが、七夕という行事では、短冊に書いた願いをいったい誰がかなえてくれるものなのだろう? 織姫(織女、べガ)と彦星(牽牛、アルタイル)だろうか? それとも、天の川なのだろうか? それとも、どこかの星の裏にでも隠れている神さまだろうか? 織姫と彦星が一年に一度しか会えないというのなら、ぜひとも夜空が晴れて逢瀬がかなえばいいな、とは思うけれども、それに便乗するようなかたちで、ついでにわれわれの願いもかなえらえたら、と祈るというのは、正直なところ、よくわからない風習である。他人が幸せになったからといって、自分も幸せになれるというわけではあるまい。

◆ 欲しいモノがないわけではない。あれも欲しいし、これも欲しい。けれど、あれがなくても、これがなくても、とりあえず困らない。あってもいいが、なくてもいい。思いつくのはそんなモノばかりだ。つくづくつまらない人間だと思う。とくに七夕だからというので、この文章を書き始めたのではなかったが、つい思い出して、こんな文章になってしまった。とはいえ、今日は7月8日。いつだって、乗り遅れてる。

♪ 奇跡は起きなくても ベガとアルタイルが会う 今夜は
  晴れるように祈ろう

  DREAMS COME TRUE 「7月7日、晴れ」 (作詞:吉田美和)

◆ ここで、終わりにしようと思ったのだが、引用したドリカムの歌には、やや大げさすぎるところがあって、「わけもなく高揚した感覚」を導くところがあって、じつのところ、あまり好きではない。というより、小声で言えば、七夕ぐらいでこれほどまでに盛り上がってしまえるような精神性は、ワタシのいちばんキライなタイプなのであった(そんなことなら、わざわざ引用しなければいいではないかという声には、その通り、と答えるほかはないのだが)。というわけで、上記の引用に差し替えて、とはいえ、これは七夕とはなんの関係もないが星つながりということで、ユーミンの歌を。

♪ シベリアからも見えなかったよと
  よく朝弟が新聞ひろげつぶやく
  淋しくなればまた来るかしら
  光る尾をひく流星群

  松任谷由実 「ジャコビニ彗星の日」 (作詞:松任谷由実)

◆ 7月になった。ラニーニャ現象(La Niña)とかで、今年の夏は暑いらしい。さて、どうなることだろう?

◇ 夏じゅうは団扇(うちわ)を使うのと、汗を拭くのとで、両手がふさがっていたから、原稿が書けなかった。
内田百閒 「錬金術」 『内田百閒集成5 大貧帳』 (ちくま文庫,p.54)

◆ と、なんともスゴイ文章を書くひとがいたものである。原稿が書けないとどうなるか?

◇ それで見る見る内に身辺が不如意になり、御用聞や集金人の顔がささくれ立って来た。

◆ そりゃそうだろう。で、しかたなしに百鬼園先生は原稿を書いたかというと、これが書かない。ではどうしたか?

◇ 仕事をする時候ではないけれど、お金はいるので、錬金術を行う事にした。

◆ 錬金術とはなんのことかというと、

◇ 原稿料の前借りをしたり、印税の先払いをして貰ったりした。

◆ それで、こと足りたのかというと、

◇ しかしそうして心を千千(ちぢ)に砕いて見ても、矢っ張り足りない。

◆ ふと、「アリとキリギリス」 の物語を思い出して、ちょっと考える。

〔Wikipedia〕 夏の間、アリたちは冬の間の食料をためるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊び、働かない。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするが、「夏には歌ってたんだから、冬には踊ったらどうだ?」 と断られる。
ja.wikipedia.org/wiki/アリとキリギリス

◆ ワタシにはなんの(錬金術師的)才能もないので、いまさらキリギリスに憧れたりはしない。働きアリでもいいけど、ただ夏と冬を取り換えてほしい。アリだって一年中働いていたわけではない。冬になったら、死にものぐるいで働くから、とりあえず夏はひと休みしたいなあ。とまあ、そんなことを暑い夏が来る前に思ってみたのでした。やれやれ。

♪ 夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る
大黒摩季 「夏が来る」 (作詞:大黒摩季)

◆ 来なくていいよ!

◆ あるアパートのゴミ箱。「モエナイ モエル」 と書いてある。やや唐突に、旧制三高の寮歌を思い出す。「クレナイ モユル」。似てないか? 三大寮歌というものがあるらしい。三大ナントカといえば、そのうちのふたつは固定しているが、残りのひとつは流動的である、というのが常だけれども、この三大寮歌にかんしては、ぶれがない。

◇ 旧制高校の寮では毎年寮歌を作成する伝統がありました。その伝統の中から生まれたのが 「嗚呼玉杯に花うけて(旧制一高)」・「紅萌ゆる(旧制三高)」・「都ぞ弥生(北大予科)」 で、これらは三大寮歌と呼ばれています。
www.geocities.jp/tajimac407/old.html

〔Wikipedia〕 三大寮歌 旧制一高 『嗚呼玉杯に花うけて』、旧制三高 『紅萌ゆる丘の花』、北大予科 『都ぞ弥生』
ja.wikipedia.org/wiki/日本三大一覧

◇ 旧制高校と寮歌は切っても切れない関係にありますが、三大寮歌といえば「嗚呼(ああ)玉杯(ぎょくはい)」 (一高)、「紅萌(くれないも)ゆる」 (三高)、「都ぞ弥生」 (北大予科)というのが定説です。
www.edo-tomo.jp/nsem-s0204.html

〔北大寮歌祭〕 寮歌の中でも一番広く歌われている寮歌、明治四十五年度寮歌 「都ぞ弥生」 は、旧制第一高等学校寮歌 「嗚呼玉杯に」、旧制第三高等学校寮歌 「紅萌ゆる」 と共に日本三大寮歌と言われており、
hokudaioendan.web.fc2.com/hokudairyoukasai.html

◆ 東大、京大、北大。選曲にかんしては、みな一致している。けれど、曲名には少々ぶれがある。東大(一高)は、「嗚呼玉杯」、「嗚呼玉杯に」、「嗚呼玉杯に花うけて」。京大(三高)は、「紅萌ゆる」、「紅萌ゆる丘の花」。考えてみると、これらの 「曲名」 は、もともと曲名として付けられた曲名ではなく、歌いだしの歌詞の一部なのだった。寮歌には、そもそもタイトルを付さない伝統があるようなのだった。《Wikipedia》 も 「寮歌の一覧」 を作成するにあたって、

◇ 歌の題名として、原則として歌い出しの文句を挙げている。
ja.wikipedia.org/wiki/寮歌の一覧

◆ つまりは、寮歌の曲名はどれもみな、「春のうららの」 式の、「インチピット」 (incipit)なのだった。

◇ The incipit of a text, such as a poem, song, or book, is its first few words or opening line. Before the development of titles, texts were often referred to by their incipits. Incipit comes from the Latin for "it begins".
en.wikipedia.org/wiki/Incipit

◆ なお、フランス語の “incipit”は、冒頭の数語(最初の一行)にとどまらず、冒頭の数文、数ページをも指すことがある(そうだ)。

◇ Un incipit est le début d'un texte, en général d'un roman (du latin incipio, is, ere : « commencer »). / À l'origine, on désignait par ce titre la première phrase d'un roman, aussi nommée phrase-seuil. Il est cependant commun de nos jours de le considérer plutôt comme ayant une longueur variable. Il peut ne durer que quelques phrases, mais aussi plusieurs pages.
fr.wikipedia.org/wiki/Incipit

◆ トワ・エ・モワの 「虹と雪のバラード」 のことを書いたついでに、札幌オリンピックの話題をもうひとつ。ジャネット・リンの 「Peace & Love」。

◇ それからフィギュアスケートのジャネット・リン。尻餅をついてしまったのに、その後も笑顔でのびのびと演技し続け三位入賞でしたっけ? 彼女が選手村の自分のお部屋の壁に 「Love & Peace」 って書いたんですよね。そしてそしてトワ・エ・モアの歌うテーマソング。名前が出てこない・・!
blog.so-net.ne.jp/taasan2/2007-01-21#comments

◇ 「妖精」 と呼ばれたフィギュアスケートの脳天気なアメリカ娘ジャネット・リンは選手村の自室の壁に "Peace & Love" と落書きし、70m級ジャンプでは日本の笠谷、金野、青地が生真面目にメダルを独占した。
blog.livedoor.jp/bt54/archives/2006-01.html

◇ 札幌五輪のとき選手村に書き残したジャネット・リンの 「Peace and Love」 (Love and Peaceだったかな)、キリスト教徒としての願いだったと知ったのはだいぶ後になってから。
mitori.cocolog-nifty.com/diary/2007/01/post_61f6.html

◆ 「Love & Peace」 か 「Peace & Love」 か、現物を見てないのでなんともいえないが(画像を探したが見つからない)、「Peace & Love」 と書いているひとが多いので、とりあえずそういうことに。あるいは、「Peace and Love」 「Peace + Love」 「Peace Love」 などであったりしたかもしれないが。

◇ ジャネット・リンは、“Peace & Love”。ジョン・レノン&オノ・ヨーコは、“Love & Peace”。
oshiete1.goo.ne.jp/qa202823.html

◆ 後日、「In Christ」 の文字を書き加えたというハナシもある。

◇ スケート選手のジャネット・リンは札幌オリンピックで競技中に転倒し、金メダルが期待されていたのに銅メダルに終わりました。でも、その時の氷上での彼女の美しいほほえみにより、優勝すること以上に有名になりました。これこそ、彼女の心の中に持っていた神との平和のあらわれだったのです。彼女は宿舎の壁に "Peace & Love(平和と愛)" と書き残して帰国したのですが、帰国後もいつも気にかかることがあったのです。そして一年後の再来日のときには真先に札幌に行き、書き残した "Peace & Love(平和と愛)" のあとに In Christ(キリストにある)を書き加えたというエピソードがあります。
www2.odn.ne.jp/shinsyo/message/2000/S0008.htm

〔高木善之ブログ日記〕 選手村の壁にLOVE&PEACEの落書きを残したフィギア銀メダルのジャネット・リン選手は、こんな未来を望んでいただろうか。
www.chikyumura.org/blog/index.php?mode=res_view&no=80

◆ 「銀メダル」 と書いているひともいるが、これは銅メダルが正しい。

◇ ジャット・リンは、選手村の宿舎を去る際、ちょっとしたいたずらで、落書きを残した。そこにはこう書かれてあった。PEACE & LOVE Janet Lynn
susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_6669.html

◇ ジャネット・リンは、選手村の自分が泊まっていた部屋に大きく "Peace and Love" と落書きをした。大会が終わった後、選手村は分譲住宅として売られ、住人も何度か変わったが、この落書きはいまだ消されずに残っており、どうやら永久保存となりそうである。
www.asahi-net.or.jp/~gr4y-trwk/intro/janet.htm

◆ ところで、この 「Peace & Love」 という落書きはどこに書かれたか?

〔Yahoo!映画 - パッチギ! LOVE&PEACE - 作品ユーザーレビュー〕 「パッチギ」 の時代において 「LOVE&PEACE」 といったら、札幌オリンピックのフィギュアスケートで銅メダルを取ったジャネット・リンが宿舎の天井に書き残していった言葉である。転倒したために銅となったが、その笑顔と愛くるしさで札幌のスターとなったジャネット・リン。そのときの金メダリストは誰だか分からなくても、敗者ジャネット・リンの名前はいまだに忘れられていない。
moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id326745/rid1785/p0/s0/c0/

◇ フィギュアスケートのジャネット・リン選手って知ってますか? 1972年の札幌オリンピックで、彼女は 『Peace+Love愛と平和を!』 と、選手村の自室の鏡に書き残しました。そして、銅メダルを獲得した彼女は日本中の賞賛を浴びています。この頃、ベトナムでは戦争があって、1975年4月まで続けられました。泥沼のような戦争と形容されたベトナム戦争で戦う同世代の若者へ 「平和と愛」 を贈りたい。そんな願いが彼女にはあったのでしょう。
www.myoeiji.com/hitorigoto44.html

◆ 「宿舎の天井」、「選手村の自室の鏡」 などという説もあるが、多くのひとは 「選手村の自室の壁」 と記しているので、おそらく壁だったのだろう。

〔日経新聞:春秋 2006/02/07〕 同じ年の二月、日本では初の冬季五輪が札幌で開かれ、米国の女子フィギュア選手のジャネット・リンが人気を集めた。笑顔が愛くるしい十八歳の少女は選手村の自室に 「Peace & Love」 の落書きを残す。ベトナム戦争で米国の北爆が広がるなかで、反戦と平和が若者の心をとらえていた時代である。
d.hatena.ne.jp/yumyum2/20060207

◆ ベトナム戦争。反戦と平和。当時、街には、こんな 「ニコちゃんマーク」 があふれていたりもした。ジャネット・リンが選手村の宿舎の壁に書いた 「Peace & Love」 の落書きは、その後どうなったか?

〔Wikipedia〕 その愛くるしい笑顔から 「札幌の恋人」 「銀盤の妖精」 と呼ばれ日本中で人気を得、カルピスのCMにも出演。選手村の自室の壁に 「Peace & Love」 と書き残して日本を離れたが、この建物が分譲アパートとなった後もこの落書きは消さずに保存されている。
ja.wikipedia.org/wiki/ジャネット・リン

〔読売新聞(北海道版)夕刊 1997/01/10〕 シェルターに覆われた地下鉄南北線の終点・真駒内駅を降りると、右前方に黒っぽいマンション群が目に入る。今から25年前の札幌冬季オリンピック大会の女子選手村となった五輪団地だ。銀盤の妖精の愛称で人気を集めた、ジャネット・リン選手がその一室の壁に残した 「PEACE LOVE」 の落書きは、その後、部屋の住民が五回以上も変わるうちに風化して読めなくなってしまった。 / 現在室内を改修中で、江別市在住のオーナー藤沢良吉さん(62)は 「落書きは残しておきたかったが、時の流れの前にはしようがない」 と話す。
t-hiromi.moon.ne.jp/yomiuri/yomiuri1.html

◆ 「時の流れの前にはしようがない」。そういえば、最近、アメリカによる原爆投下を 「しようがない」 と発言して辞任した大臣がいた。

◇ While attending Jr. High in Rockford, Janet Lynn became Rockford's second Olympic athlete as she competed and finished 9th in Grenoble France. She went on to become Rockford's first medalist as she won the Bronze Medal in Sopporo, Japan. She was the US Women's National Figure Skating Champion 5 times. In 1973, she became a professional skater with the Ice Follies, which made her the highest paid female athlete in the world.
www.ywca-rockford.org/lynn.htm

◆ ジャネット・リンはシカゴ近郊の町ロックフォードで生まれ育った。ロックフォードのYWCAでは 「ジャネット・リン スポーツ賞」 を制定して、毎年、女性のスポーツ選手ならびにスポーツ関係者にこの賞を授与している。

◆ 小谷野敦のブログにこんな記事。

〔猫を償うに猫をもってせよ〕 佐々木倫子の 『動物のお医者さん』 (単行本は1989-94)は、当時私も楽しく読んだものだが、その中に、二十代後半と思しい院生の菱沼さんが、年下の男と恋愛関係になりそうな時、札幌オリンピックの主題歌で、トワ・エ・モワが歌った 「虹と雪のバラード」 を知っているかどうかを目安にするエピソードがあった。
d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20070302

◆ 『動物のお医者さん』 の 「虹と雪のバラード」 のエピソード。

◇ 札幌の歌も、例えば佐々木倫子 『動物のお医者さん』 で男子高校生に突然求愛された女子大学院生が、その男子が 「虹と雪のバラード」 を歌えないようでは私の相手にはなれない、と突き放す(or諦める)エピソードがあるように、この都市の幸福な過去のシンボルとして生き続けているようだ。
blog.livedoor.jp/bt54/archives/50336670.html

◇ 1972年に開催された札幌オリンピックをご存知ですか? そのテーマソングが 『虹と雪のバラード』 (歌 トワ・エ・モア)です。といっても、どんな曲か私は知らないのですが。コミック 『動物のお医者さん』 (著 佐々木倫子)の中のあるエピソードに登場するので、名前だけは知っていました。昨夜、彼と話をしているとき、なぜか 『虹と雪のバラード』 の話になり、知らないという私に歌って聞かせてくれました。
choco-choco.no-blog.jp/choco/2005/05/post_ab34.html

◇ 札幌オリンピックと言えば、トワ・エ・モアが歌った 「虹と雪のバラード」 が好きだった。希望と明るさと切なさの入り交じった曲だったように思う。佐々木規子の 「動物のお医者さん」 の中で、天然キャラの菱沼聖子が、彼女に憧れる高校生に 「虹と雪のバラード」 を歌えるかと、ジェネレーションギャップのネタにしていたのが笑えたなぁ・・・(笑)。
lmp.blog59.fc2.com/blog-entry-105.html

◇ で、そんな私が、『オリンピック』 と言われて最初に思い浮かべたものは、『虹と雪のバラード』。『動物のお医者さん』 で、菱沼さんが、年齢判定のために某高校生に歌わせようとした、あの歌でございます。私自身、札幌オリンピックは、ジャネット・リンさんが活躍した大会だということくらいしか知らないのですが、(なんか、転倒知らずの彼女が本番で転んでしまって、その後のインタビューで、『転倒した時も、私が笑っていられたのは神様のおかげです』 とか何とかおっしゃったらしい)(ということを、竹宮恵子さんの 『ロンド・カプリチオーソ』 で読んだ)、正直な話、高校生だろうが小学生だろうが、札幌市民なら、あの名曲は知っていて当然だと思ってました、私。
www.boreas.dti.ne.jp/hyoshun/ani1/ani146000/ani1-sub19.html

◇ ひさびさに 「動物のお医者さん」 を読んだら、前に読んだときはせいぜい終盤のハムテルと同年代くらいだったのに、いつの間にか菱沼さんの方が近くなっている。虹と雪のバラードは歌えないが。
s-aki.hp.infoseek.co.jp/history/0409.html

◇ 本を読んでいて音楽が出て来ると気になる。知ってる曲だとイメージしやすい。一つ気になっていた歌がある。「動物のお医者さん」 で菱沼さんが歌う 「虹と雪のバラード」。前後から札幌オリンピックのイメージソングだった事は分かる。札幌オリンピックは1972年。あたしが生まれるずっと前だ。知ってるはずもない(そのくせ違うのはたくさん知ってるがね)。その歌がTVでやっていたのよ。んとね~。知らない方が良かったかも。すごいパワフルな曲調を想像してたんだけど…。普通のフォークだったさ。だから耳リセットして聞かなかった事にします。笑
yicca.realog.jp/569774.html

◇ 「虹と雪のバラード」 トワエモア。北海道冬季オリンピックのテーマ。生きてないがな(笑)。なんで好きになったのかというと、すんごい曖昧な理由が最初で、大好きな漫画の動物のお医者さんの菱沼さんが雪に埋まってしまって助けを求めるシーンで 「あたしは北海道オリンピックのテーマ歌えるんだからね!」 というのがあって、レコードを探した(バカ)。レコードがやっと見つかったのは、其れから5年。途中、合唱でどうしてもやりたいと志願して、楽譜とかは手に入れたが、どうしても聴きたくて。テレビのなつかし系で流れたりはしてたんだけど。ちなみにゲットしたのは、北海道の穴場レコード屋(また行きたい)。
www.tomato.sakura.ne.jp/~itigo/bt/like0-1.htm

◆ 『動物のお医者さん』 の 「虹と雪のバラード」 のエピソードにまつわる個々人のエピソードも数多くあることだろう。数年前、「虹と雪のバラード」 の歌碑が大倉山にできたらしい。

〔Wikipedia〕 2005年9月、札幌オリンピックジャンプ競技の舞台となった大倉山ジャンプ競技場に、歌碑が設置された。除幕式にはトワ・エ・モワの2人も参加してこの歌を熱唱した。
ja.wikipedia.org/wiki/虹と雪のバラード

♪ 生まれかわるサッポロの地に
きみの名を書く オリンピックと

トワ・エ・モワ 「虹と雪のバラード」 (作詞:河邨文一郎)

◆ 余談だが、冒頭の引用は 「もてない男」 の小谷野敦だった。

〔やじうまWatch〕 ベストセラー 「もてない男」 で知られている、評論家の小谷野敦さんは、ネットでも活発に活躍されている。はてなダイアリー 「猫を償うに猫をもってせよ」 は頻繁に更新、「猫猫先生」 との愛称もある。 〔中略〕 その小谷野さんが4月に結婚したというニュースが、ネットを駆けめぐっていた。週刊新潮7月5日号154ページに、おふたりの写真入りで紹介されている。お相手は21歳も年下の東大院生とのことで、きっかけはブログとメールの、典型的なネット恋愛だったという。
internet.watch.impress.co.jp/static/yajiuma/2007/07/02/

◆ 結婚相手が 「虹と雪のバラード」 を歌えるかどうかが、ほんのすこしばかり気にかかる。