MEMORANDUM

◆ アタマのできがあまりよくないからか、ときどき変な仕方で納得をする。

◆ 鈴蘭コーポというアパートがあった。そうして、鈴木蘭々という芸能人がいたことを思い出し、ああ、鈴木蘭々は鈴蘭だったんだなと思うと、すとんと腑に落ちた。ついで、鈴蘭というのは鈴木蘭々のことだったんだなとも思ったが、こちらは、あまり腑に落ちなかった。

◆ さて、その鈴木蘭々はいまごろどうしているのだろうと思った数日後、たまたま入った二番館で観た映画 『それでもボクはやってない』 に出演していて、驚いた。

◆ 元プロボクシングの世界チャンピオン、輪島功一。

◇ 俺はね、ずっと北海道出身と言ってきたけど、本当は樺太の大泊(おおどまり)(現・コルサコフ)生まれなんだ。
「新・家の履歴書 輪島功一」『週刊文春』(1月17日新春特別号)

◆ その後3歳で北海道士別に移住。サハリン(樺太)は、コルサコフ(大泊)、ホルムスク(真岡)、ユジノサハリンスク(豊原)。いつか行きたい。ほかに樺太出身の有名人ってだれかいたかなあ、と思って調べると、《樺太庁 - Wikipedia》に一覧表。

・寒川光太郎(小説家・芥川賞受賞)
・李恢成(小説家・群像新人文学賞受賞・芥川賞受賞)
・綱淵謙錠(小説家・直木賞受賞)
・渋井一夫(画家・二科展奨励賞受賞)
・大鵬幸喜(力士・第48代横綱・一代年寄)
・太田竜(政治運動家・「週刊日本新聞」編輯主幹)
・せんだみつお(お笑いタレント)
・若山弦蔵(声優)
・長瀬隆(評論家)
・福富節男(反戦運動家)
・金子俊男(新聞記者)
・堀達也(第五代北海道知事)
・北川源太郎(ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ・・・ウィルタ(オロッコ)民族)

◆ 半分以上知らない。

◆ 『週刊新潮』(1月3・10日新年特大号)に、こんな記事。

◇  東京・渋谷区にある恵比寿ガーデンプレイス。皇太子ご一家が、クリスマス用のイルミネーションをご覧になるため現地を訪れたのは、さる12月21日の夕方であった。
 この日からちょうど幼稚園が冬休みに入った愛子さまの横で、皇太子さまが写真を撮り始めると、雅子さまも続けてデジタルカメラを構えて撮影されていた(写真)。

◆ この記事で気になったのは、皇室敬語というのはむずかしいなあということでも、「続けて」 は 「続いて」 の間違いではなかろうかということでもなく、写真の雅子さまがデジタルカメラの光学ファインダーを覗いていることだった。

◆ コンパクトデジタルカメラの普及にともなって、カメラの持ち方がすっかり変わってしまった。液晶モニターが従来のファインダーの代わりをするようになって、いまではファインダーを覗いて写真を撮るというこれまでのスタイルは珍しいものとなりつつある。最近の機種には、光学ファインダーがないものまであって、これではファインダーを覗こうにも覗けない。ワタシのデジカメには光学ファインダーがまだ残されているが、一度も使ったことがない。デジカメを使い始めたころは、カメラから顔を離して液晶を見ながら写真を撮るというというポーズにややとまどいもあったが、すぐ慣れた。

◆ というわけで、雅子さまがファインダーを覗いている写真を見て、やや懐かしさも感じ、また奇妙な気もしたのだった。どうしてなのだろう?

◆ あけましておめでとうございます。

◆ 年が明けてから年賀状の作成を始め、さきほど完成した。いつものように、さっぱりデザインのアイデアが浮かばなくて困ったが、困ったときの仁王頼みで、去年の10月に草津温泉に行ったときに撮った、湯畑のそばの草津山光泉寺の仁王様にお出ましいただいた。平成生れの、ごく平凡な仁王様だが(失礼!)、背景の赤が目についたので採用することに。

◆ SMILE! SMILE! なんだか怒りたくなるようなことがたくさんあるけれど、そんなことは仁王様にまかせておいて、SMILE! SMILE! 今年もみなさまにいいことがありますように。

◆ 焦っている。毎年恒例のことだが、この時期になると、焦る。一年の帳尻をなんとか合わせようとして、あがく。年頭に漠然と考えていた、あれやこれやの目標やら予定やらを、いまごろ思い出しては、なんとかならぬものかと思案したりして、さらに時間が過ぎ、残すところあと3日。

◆ いまは冬休み。といってもワタシがではない。生徒・学生が、である。小学校の冬休みに宿題というものがあったものかどうか、ずいぶん以前のことなので忘れてしまったが、夏休みには宿題があって、それをやり始めるのは、いつも8月の25日を過ぎてからだった。仕上がるのは、9月にはいってからだった。そのころは、それで帳尻が合っていたのだったが・・・。

◆ もはや一年の帳尻は3日では合わないだろう。とりあえず、あと本を100冊くらい読んで、映画を50本くらい観て、海外旅行に3回くらい行けば、帳尻は合うのだが・・・。では、人生の帳尻は、80年生きるとして、5年くらいあれば十分だろうか? それとも、もう帳尻合わせのリミットを越えてしまっているのだろうか? そんなことを考えているひまがあったら、と内なる声が聞こえてくる。雨音も聞こえてくる。今年最後の仕事は、ああ雨か! こればかりは焦っても仕方がない。

◆ 寄る年波には勝てず、すっかり老眼になってしまった。と思っていたら、

◇ 三十九で老眼になり、それからずっと老眼鏡をかけている。しかし、これは直ってくるので、近ごろは眼鏡なしでも新聞ぐらいは読める。
小林信彦 「本音を申せば」 『週刊文春』 (2008年1月3日・10日新年特大号)

◆ そうなのか。直ってくるのか。年波というのも波の一種であるから、寄せては返すものなのだろう。寄せては返す年波に勝ったり負けたり。いまのところは負けていて、こんな短文を打つだけでも、目が疲れてしまうのだが・・・。

◆ 夏には暑いと文句を言い、冬には寒いと文句を言う。そういうひとにはなりなくない、と思ってきたが、気がつけば、そういうひとになってしまっているような。異常気象のせいにしておけば、少しは気も楽になるが、やっぱり寄る年波のせいだろうな。あちこち体にガタがきている。