MEMORANDUM

◆ さいきん、お寺の門前にある掲示板が気になって、見つけると写真に撮っている。

◆ 2009年6月14日、世田谷区桜丘。「南照山」久成院。上の枠に「一隅を照す」(最澄)とあるので、天台宗であることがわかる。ついで達筆で「巧言令色鮮矣仁」。これはもちろん論語から。仏教の天台宗と孔子の論語とのあいだにどんな関係があるのだろう? あまりに知識がないので、さっぱりわからない。署名(落款?)はと思って、画像を拡大してなんとか解読してみると、どうやら「妙門主 大僧正 信海」と書かれているようだ。大僧正というのは、兵隊さんの位でいうと、大元帥みたいなものかな。とにかく偉いんだろう。さっそく検索してみると、

菅原 信海 すがわら しんかい
1925年、栃木県日光市生まれ。51年、早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒業。現在、京都妙法院門跡門主。天台宗勧学院副院長。大僧正。望擬講。早稲田大学名誉教授。文学博士。京都古文化保存協会理事長。

www.shunjusha.co.jp/writer/23526/

◇ 菅原信海(すがはら・しんかい) 三十三間堂本坊妙法院門跡門主
 1925年、栃木県生まれ。東洋哲学、日本宗教思想史の研究家で、長く早稲田大で教べんを取った。早大文学部長、早大東洋哲学会会長などを歴任。現在、早大名誉教授、京都古文化保存協会理事長。

osaka.yomiuri.co.jp/university/ritsumei/rs51125a.htm

◆ 「すがわら」なのか「すがはら」なのか、それともどっちでもいいのか、よくわからないが、やっぱり偉いひとのようだ。とここまで調べて満足し、もういちど写真を見てみると、書のしたにカレンダーのようなものが写っているのに気がついた。拡大したら、このカレンダーのようなものはやっぱりカレンダーだった。うん? そうなのだ、この信海の書はカレンダーの一部で、掲示板にはその6月のページ(と右には7月のページ)がそのまま貼られていたのだった。現物を見たときに、印刷物であったことに気がつかなかったとは、いくらなんでも情けない。ついでに、このカレンダーも検索してみると、すぐに見つかった。《楽天市場》に「高級掛軸風カレンダー(大判)2009年版【一隅を照らそう染筆日暦】」、税込2,415円。

◇ 書が和紙に印刷されているので使用後も和紙を台紙からはずして、掛軸にしたり額にはめて楽しめる人気商品です。年末年始のご挨拶や和風インテリアに、また外国のお友達へのプレゼントに最適です。
www.rakuten.co.jp/senshin/497277/1062072/

◆ 製作しているのは、京都の《千眞工藝》

「一隅を照らそう」 染筆 日暦
宗祖伝教大師の教えを今に伝える天台宗心の暦。天台座主をはじめ高僧の方々の染筆でその教えの神髄を訴えます。

www.zengift-senshin.co.jp/onlineshop/nichireki/ichi.html

◆ 買おうかしらん。

◆ 6年も前の写真だから、この電話ボックスはもうないのかもしれないが、まあまあ。電話ボックスのうえに、電電公社のマーク、それから「ダイヤルは途中休まず最後まで」という標語。電話ボックス自体がなつかしく思える日もそう遠くはないような気もするが、とりあえずはまだあるのだろう。電電公社はもうないし、ダイヤル式電話は、あるところにはあるのかもしれないが、さっぱり見かけない。《Wikipedia》によると、電電公社のマークは「TTSマーク」というのだそうで、

◇ 電電公社の公式マーク(公社章)は、「電報(Telegraph)と電話(Telephone)」の頭文字の2つのTで円を作り、中央にサービス(Service)の頭文字Sを据えてデザインしたものであった。国土地理院制定の電話局の地図記号にも使われたが、民営化翌年の1986年(昭和61年)に廃止された。
ja.wikipedia.org/wiki/日本電信電話公社

◆ 真ん中に「S」の文字まであったとは。まあ、「T」がふたつあったのさえ気がついていなかったんだけども。なるほど。シンプルでいいデザインだった。ついで、標語。「ダイヤルは途中休まず最後まで」。途中で休んでしまうとどうなるか?

♪ ダイヤル回して 手を止めた
  I'm just a woman, fall in love

  小林明子 「恋におちて」(作詞:湯川れい子,1985)

◆ そう、恋におちるのである。そうそう、この英語の部分、歌詞サイトをあれこれ見ても、「fall in love」と書いてあるけど、どうして「falling in love」ではないのだろう。よくわからない。「ダイヤル回して 手を止めた」の部分も「ダイヤル(を途中まで)回して 手を止めた(ので、相手には発信されなかった)」という意味なのか、「ダイヤル(を最後まで)回して (発信音を相手に残してから)手を止めた」という意味なのか。まあ、ダイヤルを最後まで回せば、それで相手につながるのだから、だれだって手を止めるほかないわけで、ダイヤルを途中まで回して切ったということなんだろうけど、なにしろこれは「歌詞」だから、油断はできない。相手に発信音を残してから電話を切ったという可能性もないではない。するとどうなるか。

♪ 夜更けの電話 あなたでしょ
  話すことなど 何もない
  Making good things better
  愛は消えたのよ 二度とかけてこないで

  杏里 「オリビアを聴きながら」(作詞:尾崎亜美,1978)

◆ いまなら発信者の番号が表示されて、繰り返すとストーカーと呼ばれ、警察の世話になることだろう。

♪ ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド 食事もリバーサイド
  井上陽水 「リバーサイドホテル」(作詞:井上陽水)

◆ リバーサイドホテルなら全国各地(いや、世界各地に)にあるだろうが、グレイブサイドホテルとなるとどうだろう? 念のためざっと検索してみたが、そう簡単には見つかりそうもない。

♪ HOTELはGRAVESIDE 墓沿いGRAVESIDE 食事もGRAVESIDE

◆ 谷中霊園沿いに「HOTELニューさつき」はある。部屋の窓を開ければ、墓地が見えるだろうが、だれも窓を開けないだろう。食事も墓沿いになるはずだが、レストランはないだろう。

◆ 知らず知らずのうちに同じ被写体を同じアングルで撮っていたということが時々ある。たとえば、谷中霊園のラクダ。

◆ たとえば、哲学堂の妖怪門。

◆ たとえば、狸小路7丁目。

◆ ほかにもまだまだあるだろうと思う。

  さなぎ

◆ テントウムシ(ナミテントウ)の幼虫(左)、蛹(中)、成虫(右)。

◆ 完全変態をする昆虫は「卵→(孵化)→幼虫→(蛹化)→蛹→(羽化)→成虫」という過程を経て成長するわけだけれども、特にさなぎ(蛹)。やっぱり人間にとって、さなぎの段階というのはまったく不思議なものだ。

さなぎ 【蛹】 完全変態をする昆虫が幼虫期と成虫期との間に経過する特殊な発育段階。幼虫器官の退化と成虫器官の形成が起こる。はね・胸脚などを備えるがほとんど機能しない。普通は移動せず、食物もとらない。蛹虫(ようちゆう)
三省堂 「大辞林」

◆ 「普通は移動せず、食物もとらない」とあるのは、なかには移動するものもいるからで、

◇ ほとんどの蛹は運動性がなく、じっとしているか、刺激を受けるとひくつくような動きを見せるだけだが、激しく運動するものもある。ヘビトンボの蛹は多少は歩いて噛み付いたりする。トビケラ類の蛹は水中にあり、羽化時には蛹が足を動かして水面に泳ぎ上がり、そこで羽化する。また、カやユスリカの蛹も泳ぐことができる。カの蛹はその姿からオニボウフラと呼ばれる。ツリアブなどの蛹は、穴を掘って体の上半身を空中に出して羽化する。
ja.wikipedia.org/wiki/蛹

◆ なるほど。ちょっと、びっくり。蛹のなかでは「幼虫器官の退化と成虫器官の形成が起こ」っているらしいけれども、もちろん目にしたことはない。

◇ 蛹は成虫の大まかな外部形態だけが達成された鋳型であって、その内部は一部神経、呼吸器系以外はドロドロに溶解し、幼虫の体から成虫の体への造り変えが進行している。〔中略〕 蛹を解剖すると、中身はペースト状の液体しかない。
Ibid.

◆ 「ドロドロに溶解」「ペースト状の液体」。なるほど。かなり、びっくり。もし機会があっても、さなぎの解剖はしたくない感じ。

〔ほぼ日刊イトイ新聞:虫博士たち。〕 ところで同僚と虫の話をしていたら、「虫は宇宙人に違いない」ということになりました。やつら、幼虫から成虫になるとき、サナギの皮(?)一枚残して、中で「自らの肉体を一度とかして作り直す」っちゅうんです。
www.1101.com/dr_insect/2005-11-06.html

◆ 宇宙人かあ! 不思議すぎますね。

◆ となりに抜け殻があるから、コイツがさなぎから抜け出てきたんだろう、と思っただけで、羽化の瞬間を見ていたわけではないのだけれど。正面からカメラのレンズを間近に寄せても動かないので(左)、これさいわいと写真を撮り続けていたら、さすがにうっとうしくなったのか、一歩、また一歩、前進し始めた(右)。それで、ああ、はじめの一歩だなあ、とちょっと感動したのだったが、よく考えると、コイツは幼虫からさなぎを経て成虫になったわけで、いま生まれたわけではない。幼虫のころも、さんざん歩き回っていたのだろうから、はじめの一歩というわけにはいかないだろう。そもそも、さなぎという状態が人間には理解しがたいもので、さなぎから出てくるものを見れば、どうしたって「誕生」といった内容のことを思ってしまうのではないだろうか? それで、この写真のタイトルも「生まれたてのテントウムシ」にしようかと思ったりもしたのだが、やっぱり、いま生まれたわけではないしなあ、とまあ、あれこれ思案していたら、こんなコトバに出会った。

◇ できたてのテントウムシ。テントウムシの羽化は初めて見ましたが、感動的でした。また、テントウムシを見て「美しい」と思ったのも初めてでした。
blog.goo.ne.jp/hotarimo/e/944f52b367e1d0fd5d76bbdd8a190ddf

◆ できたてのテントウムシ! こりゃいいな、と思って、この表現を拝借した次第。

〔朝日新聞:天声人語(2009/06/01)〕 名前の響きで損をしているが、ドクダミはかれんな花である。毒々しい「ドク」から、だみ声の「ダミ」と続く。だが花(実際は苞(ほう))は白い十字形をし、木(こ)の下闇(したやみ)などに星を散らしたように咲く。
www.asahi.com/paper/column20090601.html

◆ この「天声人語」の文章、「名前の響き」について書こうと思って用意したのだが、そのまえにべつなことを書いておきたくなった。「星を散らしたように咲く」ドクダミの花(実際は苞)。薄暗がりに白く光るドクダミの星座。そんな風にドクダミを見たことがなかったので、それからしばらくのあいだ、あちこちに群生するドクダミを見かけては、昼間の地上に星を見ようと努力してみたのだけれど、ワタシの目はふしあななのか、いかなる星座も映りはしないのだった。星に喩えるには、ドクダミの花(実際は苞)は、少々大きすぎるのではないだろうか。

◆ ドクダミのつぎにはテントウムシ。さいきんテントウムシがやたらに目につく。そういう時期でもあるのだろうし、これまで目にはいらなかったのが、なにかのきっかけで目にはいるようになったのかもしれない。そういえば、テントウムシにも星がある(のがいる)のだった。テントウムシの星、あれは地上の星と呼んでもいいだろうか? 羽があって飛ぶこともできるものにたいして、「地上の」という形容は失礼ではないだろうか? そう思いもしたが、飛んでいるときには、その星は見えないわけで、われわれがテントウムシに星を見るのは、きまって地上においてなのだから、やっぱり「地上の星」でいいんだろう。それから、「地上の星」といえば、やっぱり中島みゆきでいいんだろう。

♪ 風の中のすばる 砂の中の銀河
  〔中略〕
  草原のペガサス 街角のヴィーナス
  〔中略〕
  崖の上のジュピター 水底のシリウス

  中島みゆき 「地上の星」(作詞:中島みゆき)

◆ ヴィーナスとジュピターがあって、サターンがないのがちょっと残念。糸井重里が、とりあえずはといった調子で、「たしかに、ぼくもこの歌、この詩はすごいなぁと思う」と書き、つづけて、

〔ほぼ日刊イトイ新聞:ダーリンコラム〕 風のなかにすばるという星座を、砂の中に銀河を、草原にペガサス座を、街角にヴィーナスという火星を見る視線。
www.1101.com/darling_column/archive/2005-04-04.html

◆ と書いているが、ヴィーナスは火星じゃないよ。もうひとつ、さいきん出会った地上の星があって、それは『欲望という名の電車』の登場人物ステラ(Stella)。ステラはラテン語で星。そういえば、6月7日(日曜日)、引越の仕事で行った調布駅そばのアパートの名前が「メゾン・ステラ」だったが、写真を撮り忘れた。