MEMORANDUM

◆ こんなニュースの見出し。

◇ 「そういうことだったのか」…マンションで男女2人刺される

◆ これだけで、なんとなく、そういうことなんだろうな、とわかった気がしまうのが不思議といえば不思議。どんな事件かというと、

〔MSN産経ニュース:2009.7.22 00:37〕 2009.7.22 00:37 21日午後10時35分ごろ、東京都北区豊島のマンション3階で、「男に刺された」と110番通報があった。警視庁王子署員が駆けつけたところ、男女2人が刃物で刺され、病院事務の女性(38)が腹などを刺され重傷、医師の男性(26)が腕を刺されたが、いずれも命に別状はないという。同署は殺人未遂事件として男の行方を追っている。
 同署などによると、男と刺された女性は顔見知りだった。男は室内に入り、「そういう事だったのか」などと言って台所にあった包丁で突然、2人を刺し、そのまま逃走したという。

sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090722/crm0907220039000-n1.htm

◆ いかにもワイドショーが好みそうな情痴事件。「そういうことだったのか」とつぶやいて(あるいは叫んだのか?)逃走した男。以前、「そういうことだったのか」という記事を書いたのを思い出した。その最後にこう書いていた。

◇ 「そういうことだったのか」という納得の仕方には、いつでも深い諦念が畳み込まれているようで、切ない。

◆ あいかわらず、そう思う。

◆ 何年たってもケイタイに慣れない。操作の仕方がわからない、といったことではない。当人にとってはふつうの会話でも、パブリックな空間では、それをたまたま耳にした他人にしてみれば、ひとりごとにしか聞こえない、という状況の異常さにいつまでたっても慣れない。さきほど、風呂屋の帰りに、コンビニの前で、60がらみの女性が、ケイタイで話している声を聞いた。

◇ 「リツ子みたいに性格悪くなきゃいいんだけど」

◆ あるいは、「リツ子みたいに性格悪くないからいいんだけど」と言ったのかもしれない。べつに聞き耳を立てて聞いていたわけではないので、断言はできない。近ごろは、風呂屋の脱衣場でケイタイで会話しているバカもいるくらいだが、風呂上りというのは、日常の緊張状態とは正反対なぐらいに極度のリラックス状態にあるものなので、騒音を遮断せよと脳が指示を出しても身体がなかなか反応しない。それどころか、ふだんより数倍の感度でその騒音が耳に入ってきたりもする。

◆ で、リツ子というのはいったい誰なんだ? 娘なのか? 自分の娘はそんな性格が悪いのか? 育て方が悪かったせいじゃないのか? それとも妹なのか? それとも、息子の嫁なのか? リツ子ってのは? どういう字を書くんだ? 律子なのか? もう、せっかくの風呂上がりも台なしだ。

◆ そんなわけで、家に帰ってから、個人的な思い出として、高校の同級生の律子さんを思い出し、そういえばあの律子さんはいまごろどうしてるかなあ、と考える。性格はまったく悪くなかった。悪かったのはもちろんワタシの方で……。

◆ Madeleine Gilbert Christenson さんの投稿記事からもうすこし。

◇ The distinctions between negroes and whites impress westerners most. In the office in which I worked there was a reception room barely big enough for six chairs, and yet on one side of the room was the neatly lettered sign "colored" and on the other, "white." The streetcars have movable wooden contraptions that clamp on the back of the seats and say: "for colored patrons only." If an unsuspecting northerner fails to notice the sign as did my mother when she was visiting me, the conductor will usually ask that the person move to another seat. A colored passenger never makes this mistake.
Eugene Register-Guard - Jun 24, 1939

◆ 1939年ごろのニューオーリンズの路面電車には、「for colored patrons only」と書かれた木製の移動式表示板が車内中ほどの座席のうしろに付けられていて、それより後ろが黒人用、それより前が白人用と、人種によって座る席が決められていた。そんなルールを知らない北部のひとが表示に気づかずに黒人席に座ると、車掌に席を移るように注意される。わたしの母がそうだった。黒人はそんなミスはしない、云々。

◆ 1955年に時代設定された『エンゼルハート』にも、ニューオーリンズの路面電車が登場して、ミッキー・ロークが座った座席の前に「for colored patrons only」の文字が読める。ということは、ミッキー・ロークは黒人席に座っていることになるが、車掌はなにも言わない。この表示板は1939年のものとは形状が違うようだし、木製ではないかもしれないが、まあ同じようなものだろう。バスにも同様の表示板があった。

〔同志社大学名誉教授・榊原胖夫〕 そのころ〔1955年〕の南部は人種隔離(セグリゲーション)が原則で、ホテルもレストランも学校も公衆便所も白人と黒人は別であった。都市バスは中ほどに「黒人のお客さまだけ」という掛札があり、黒人はそれより後ろの席と決められていた。黒人の乗客が増えると、掛札は前へ、白人が増えると後ろへ移された。東洋人は前か後ろかと聞く同僚の学生もいたが、もちろん前である。黒人は、かつて奴隷だったが故に差別されているのであって、肌の色が黒くても頭にターバンを巻いていれば白人扱いであった。
www.dohkenkyo.com/kikansi/ronhyo/05-12_2.html

◆ もちろん、いまはこんな表示板はない。

◆ 暑い、暑い、蒸し暑い。ニューオーリンズの夏も、とんでもなく蒸し暑いらしい。

◇ 気候は、とにかく蒸し暑い。ジメジメ・ジリジリした空気が、肌にねっとりとくっつく感じ。昼過ぎには、1時間ほど大雨がドカーンと降って、降り止んだあとは更にジメジメ感が増す。とてもじゃないけど、日中は歩き周れやしない。
www.iris.dti.ne.jp/~ntai/travel08.htm

◇ 昨年、真夏のニューオーリンズへ行ったとき、凄まじい湿度に数時間歩いてはホテルへ戻ってシャワーを浴び、着替えてはまた出掛けることを繰り返し、
http://www.jpda.or.jp/friendship/la/la_13.html

◆ 『エンゼルハート』のミッキー・ロークも、ニューオーリンズの駅に降り立つとすぐに、顔をしかめて上着を脱いでいた。その下のYシャツはすでに汗まみれ。

◇ 北緯30度(日本の屋久島と同緯度)にあるニューオリンズは、メキシコ湾の暖流の影響により、4~10月は高温多湿で湿度100%の日もあり、年によっては5月でも気温が摂氏40度近くまで上昇することがある。
www.junglecity.com/travel/neworleans/basicinfo/weather.htm

◆ 以下は、オレゴン州ユージンのローカル新聞《The Register-Guard》の1939年6月24日付の紙面から、Madeleine Gilbert Christenson さんの投稿記事。なかなかおもしろい。

◇ When I started my job in New Orleans on Sept. 1, the thermometer was hovering around 98 degrees and the humidity wasn't far behind. If this happened at home. I thought to myself, we would have sense enough to retire to our basements, or take time off for a swim, but everybody was carrying on with the aid of electric fans just as if nothing were the matter. Unfortunately it doesn't stop with the heat and dampness. Your shoes begin to mould and your pillow takes on a musty smell. Your laundry bill mounts because you can't wear a dress more than one day or a shirt more than half a day. a doctor friend of ours calls it "stewing in your own juice." I always mean not to look at that giant thermometer mounted on top one of the buildings on Canal street, but it has a horrible fascination for me.
Eugene Register-Guard - Jun 24, 1939

◆ 気温が華氏98度(摂氏36.7度)で、湿度も90パーセントはあるのだろう。これがオレゴンの地元だったら、地下室に引っ込むか、泳ぎにでも行くところ。とても仕事ができる環境じゃない。それなのに、ニューオーリンズのひとたちときたら、扇風機を回して涼しい顔で仕事をしてる、云々。エアコンのないワタシは、1939年のニューオーリンズのひとたちに、ぐっと親近感がわく。でも、やっぱり暑い。

◆ 『ペリカン文書』に続いて、これもまたニューオーリンズが舞台の映画『エンゼル・ハート』(監督:アラン・パーカー,1987)のDVDを借りてきて観た。公開当時に観ているはずだが、これもまた、どこの映画館にだれと行ったものやら思い出せない。出演しているミッキー・ロークとロバート・デ・ニーロのふたりが、これもまた左利きらしいのだが、ミッキー・ロークは、手帳にメモをする場面では、万年筆を右手にもっているし、ロバート・デ・ニーロは、字を書く場面がない(『タクシードライバー』では、右手で書いているらしい)。だから、ふたりが左利きであるのかどうかは、この映画からはよくわからない。右利きなのかもしれないし、字だけは右で(も)書くのかもしれないし、もしかすると、画像の右手は、ミッキー・ロークのものではないのかもしれない。ま、どうでもいいんだけど。

◆ 『欲望という名の電車』の舞台であるニューオーリンズのことが気になって、どんな町かとあれこれネットで調べたりもしているのだが、先日、仕事仲間のMくんと映画のハナシをしていて、Mくんが『ペリカン文書』みたいなサスペンスが好きだと言ったので、そういえば、ずいぶん以前にオーストラリアでバスを待つ時間つぶしに観た映画が、たしか『ペリカン文書』だった。そんな気がしたが、なんという町で、いつのことだったのか、を思い出すことができず、そもそも映画の内容にかんする記憶がなにも残ってはいない。で、DVDを借りてきて、観た。それでもやっぱりなにも思い出さないので、もしかしたら、オーストラリアで観たのは別な映画だったかもしれない。それはともかく、DVDを観たことで、『ペリカン文書』の舞台(のひとつ)もニューオーリンズであることを知り、それからジュリア・ロバーツが左利きであることを知った。

◆ 梅雨は明けたが、「ツユ・イズ・オーヴァー」はまだ終わらない。ある国語辞典の「明ける」の項に、こんな解説があった。

◇ 「夜が―/朝が―」「旧年が―/新年が―」のように、古いものと新しいものの両方を主語にとる。前者は現象の変化に、後者は新しく生じた変化の結果に注目していう。同種の言い方に「水が沸く/湯が沸く」などがある。
大修館書店 『明鏡国語辞典』

◆ 梅雨明けを「オープニング・ツユ」と迷訳したMくんのあたまのなかもわからなくはない。「明ける」は「開ける」でもあって、「open」というコトバに直結してもなんの不思議もない。

◆ 「梅雨が明けた!」というのは「夏が来た!」というのとほぼ同義だろう。

◆ 西洋には「王様は死んだ! 王様万歳!」という言い回しもある。(以下、今日の宿題)