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◆ 「クモとカニ」にかんして、もうひとつ。「ささがにの」という枕詞があるらしい。たとえば、衣通姫(そとおりひめ)の、 ◇ わが背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひ予(か)ねてしるしも〔古今〕 ◆ 蜘蛛が糸を張っているのを目にして、今宵はあのひとが来るにちがいない、と胸をときめかすといった内容の歌。ここで「ささがにの」は蜘蛛に掛かる枕詞だが、漢字で書けば「細蟹の」で、「細蟹」とは蜘蛛の異称。 ◇ ささ‐がに 【細蟹】 〔補説〕 クモが小さいカニに似ていることからクモのこと。また、クモの網(い)。 ◇ ささ‐がに 【細蟹/笹蟹】 蜘蛛(くも)の古名。また、蜘蛛の糸。 ◆ と語源にかんしては諸説あるが、 ◇ “ささがに” は蟹が八本足で蜘蛛に似ているからなど ◆ となると、どうだろう? タラバガニか? あるいは、蛸も蟹に似ているか? |
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◆ 痴漢電車、痴漢電車、痴漢電車、それから、ああ、そうだ、『おくりびと』の監督だったんだ。 |
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◆ 広くディベートといった類のものが好きではない。もちろん、狭い意味でのディベートも嫌いである。「ディベート甲子園」なるものもあるらしい。 ◇ ディベートは、議論の仕方を学ぶための教育的なゲームで、「ことばのスポーツ」とも言われます。高校野球の"甲子園"が強い身体と鍛えられた技の闘いだとすれば、ディベート甲子園はしなやかな頭脳と練り上げられた論理の競い合いです。ディベートも若い情熱を燃やすに値するチャレンジングなゲームなのです。 ◆ ワタシにはゲームであろうが、とても楽しめそうにない。どうでもいいが、「強い身体と鍛えられた技」? 鍛えるのは身体で、技は磨くものだろう。 ◇ 若いころはそうでもなかったのだが、歳を重ねるごとに議論というものが嫌いになった。争論に勝とうとするかけひきも、知識のひけらかしもうんざりする。 ◆ とは、他人のコトバだが、まったく同感する。ワタシももう若くはない。 ◇ きょうび、いいよどまずに語れることなど、全体、世界のどこにあろう。ありゃしない。おそらく、そのように心の底で私は確信しているのだと思う。 ◆ これにも、まったく同感する。できるかぎり、うだうだと、いいよどみつつ、わからないと何度もつぶやきながら、あれこれのことを、これからも書いていくことになるだろう、と思う。 |