MEMORANDUM

◆ 『さみしいシロクマ』のつづきを楽しく考えながら、もしシロクマがペンギンに会ったら、やっぱり食べちゃうかなあ? と、ふと思ったり。いかん、いかん、こんな結末は。

◆ "Do polar bears eat penguins?"(シロクマはペンギンを食べるんですか?)とか、"Why don't polar bears eat penguins?"(どうしてシロクマはペンギンを食べないんですか?)とかいった質問がネット上のあちこちで見つかる。たとえば、

◇ Do polar bears eat penguins? my little sister says they dont but i think they do
〔シロクマはペンギンを食べますか? 妹は食べないと言ってますが、私は食べると思います。〕

answers.yahoo.com/question/index?qid=20080301092439AAaKjjB

◆ こうした質問にたいする回答の大半は、もちろん、「シロクマは北半球に、ペンギンは南半球に住んでいるので、シロクマはペンギンを食べられません。安心してください」といったものだが、こんなのも。

◇ But as everyone in the UK knows, the real reason polar bears don't eat penguins is because their paws are too big to get the wrappers off
〔イギリスならだれでも知ってるけど、シロクマがペンギンを食べない本当の理由は、シロクマの手(paws)が大きすぎて、包み紙を破れないから。〕

everything2.com/title/Why+don%2527t+polar+bears+eat+penguins%253F

◆ なんでも、イギリスには、ペンギンというチョコレートビスケットがあるのだそう。ということになると、シロクマはペンギンを食べないけど、ニンゲンはペンギンを食べてるということになって、それならば、ニンゲンはシロクマも食べている。とても美味しい。

◆ 天然温泉の大型健康ランド「テルメ金沢」にシロクマ。おまけに、アデリーペンギン。そこに、こんな注意書き。

◇ しろくま(北極熊)は名前の通り北極周辺の陸地およびおよび氷上に生息しています。そして、ペンギンは南半球の広い緯度範囲に生息しています。と言う事は、実際にはこのように一緒になる事は無いのです。でも、しろくまがさみしそうだったので、一緒にさせていただきました。

◆ おおよそこのような内容。語句の正確さは保障しかねる。撮った写真を拡大して見てみたが、細かい漢字までははっきりと読めなかった。《Wikipedia》に似たような文章があったので、それを参考にした(原文もそれを参考にしたのだろう)。

◆ ところで、なぜこのような注意書きがあるのだろう。だれか利用客が「シロクマとペンギンがどうして一緒にいるんだ」とクレームをつけたのだろうか。教育上の配慮によるものだろうか。よくわからないが、「しろくまがさみしそうだったので」というところがいい。『さみしいシロクマ』という童話でも書きたくなる。

◇ 北極にひとりぼっちのシロクマがいました。シロクマは絵本を読むのが好きでした。あるとき、いつものように絵本を読んでいると、北極と似たような風景のなかに、とってもかわいらしい動物がよちよち歩いている絵がありました。それがペンギンでした。シロクマはひと目でペンギンが好きになりました。あたりをいっしょうけんめい探してみましたが、ペンギンには出会えません。いったいどこにいるのだろう? アザラシなら知っているかもと思って、アザラシに近づくと、アザラシはこわがって逃げてしまいました。しようがないので、出版社に手紙を書きました。手紙を書くなんて、うまれて初めてです。「このてがみをペンギンさんにとどけてください。ともだちになりたいです。それから、いちどあいたいです。シロクマ」。首を長くして返事を待っていたシロクマのもとに、ある日、郵便やさんのキョクアジサシがやってきて、一通の手紙を届けました。ペンギンからでした。「シロクマさん、こんにちは。ぼくたちもあいたいです。できれば飛んであいにいきたいのですが、ぼくたちは飛べません。地図を書いたので、あいにきてください。まってます。ペンギン」。シロクマはさっそく旅支度を始めました。はるばる南極までの長旅です。

◆ つづきはどうなる?

◆ 金沢市野町、犀川大橋のほど近くに神明宮はあった。

〔るるぶ.com〕 樹齢1000年の大ケヤキがそびえる神社。前田家の手厚い保護を受けた金沢旧五社の一つで、地元の人には「おしんめさん」の愛称で親しまれている。詩人・中原中也が子供の頃、境内で開かれたサーカスによく出かけたとか。5月と10月に行われるあぶり餅祭は、300年以上続く厄除けの伝統特殊神事。一家揃ってお祓いの火であぶった餅を食べ、厄を祓う。
www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=A3200720

◆ そもそも中原中也が金沢にいたことさえ知らなかったのだが、「サーカス」という詩は、幼少時にこの神明宮で見たサーカスの光景がモチーフになっているらしい。

  頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れた木綿の屋根のもと
  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

  中原中也 「サーカス」(『山羊の歌』所収,青空文庫

◆ たしか国語の教科書にも載っていたが、中学だったか高校だったか。神明宮の境内の隅には摂社の蛭児太神宮。エビスと読むのかヒルコと読むのか。五体満足な体に生まれなかったため、葦船に載せて流されたという蛭児の神話。そういえば、中也も長男をわずか2歳で亡くしている。「亡き児文也の霊に捧ぐ」という副題が付された詩集『在りし日の歌』の「この小児」という詩。

  地球が二つに割れゝばいい、
  そして片方は洋行すればいい、
  すれば私はもう片方に腰掛けて
  青空をばかり ――

  中原中也 「この小児」(『在りし日の歌』所収,青空文庫

◆ ワタシが神明宮を訪れたのは11月1日。朝はまだ青空も見えていたが、午後から土砂降りになった。

◆ 2009年11月1日の写真の編集をいま終えた。金沢に半日。その半日分の写真を編集するのに、ほぼ1週間かかった。まるで、ジョイスの『ユリシーズ』を読んでるみたいだった。この日を要約すると、朝、09:40、金沢寺町の本長寺で石のカエルを見て、夜、22:04、東京に戻ってきて、ゴミ置き場のそばにいるヒキガエルを見た、ということになるだろうか。金沢のカエルの横には「雨の夜はヒキガエルに注意」と書かれた看板があり、東京でヒキガエルを見たのは、たしかに雨の夜だった。まさか、金沢からはるばるやって来たわけでもあるまいが。

◆ 2003年2月19日の「PhotoDiary」を編集しなおした。編集前、この写真には「生きている」というタイトルと、

◇ 帰りのバスには狂女。無言のバス内での一人舞台。彼女が降りてしばらくのち、運転手がこう云った。「御迷惑をおかけしました。運転手よりお詫び申し上げます」。なんと見事なアナウンス。それにしても、これも黒猫のせいか? 写真の色までなんだかおかしい。

◆ という文章が添えてあった。そんなことがあったのだろう。もちろん、憶えてはいない。なんとなくなら、ああ、そんなこともあったな、という気がしないでもない。

◆ 「狂女」などということばを使ってもいいものかどうか。とにかく、仕事帰りのバス(渋谷駅発中野駅行)の車内でのできごと。どこかのバス停で、とある女性が乗車してきた。年は30ぐらいだったか、60すぎだったか、まったく記憶にないので、書くことができない。その女性が、みな疲れておしだまっている乗客を挑発するかのように、大声でなにやらぶつくさひとり言をいい始める。なにを言っていたのかも記憶にないので、書くことができないが、休むことなく、「呪い」のことばをがなりてている。乗客はあいかわらずおしだまったままだが、空気がややピリピリしてきているようでもある。だれもが「早く降りてくれないか」と願っていたことだろう。こんな緊張感にいつまで耐えねばならないのか。もしかしたら、バスを乗り換えたひともいるかもしれない。とはいえ、長距離バスではないから、もう少しの辛抱だ。どこかのバス停でその女性が下車する。とたんに、バスのなかの空気が緩んで、バスの運転者がこう言った。「御迷惑をおかけしました。運転手よりお詫び申し上げます」。

◆ そのようなことがあったのだろう。その日、バスを降り、ウチに帰って、パソコンで「PhotoDiary」の編集をしたときに、そのことを書いておきたくなったのだろう。黒猫とはなんの関係もないのに、そのことをそこに書いておいた。「生きている」という思わせぶりなタイトルはネコにたいしてのものだったか、バスの女性にたいするものだったか。それも憶えてはいないのだが。

◆ 気がつけば、もう10月も下旬で、酉の市も近い。浅草田圃の鷲神社でも準備が進んでいる。先に、船の前後を舳艫というということを書いたが、では船の左右はなんというか。左舷右舷がふつうだろうが、これではここでハナシが終わってしまうので、べつな言い方として、「とりかじ」「おもかじ」。ほんらいはそれぞれ、船が左に進路をとること、右に進路をとることを意味するが、船の左右の意味でも使う。釣具メーカーのダイワのサイトの《DAIWA:釣り用語事典》から、

〔DAIWA:釣り用語事典〕 おもかじ(面舵):船の右舷。(左舷は、取舵)
all.daiwa21.com/fishing/dyfc/dictionary/

◆ 釣り人のグログからの用例をひとつ。

◇ 右のおじさん、激しくシャクル。浮いたビシは艫に流れる。私とオマツリ。左のおじさん、ひたすら送り込む。船が流された時にビシ置いてかれる。私とオマツリ。うーん、シュールだ。今日は釣りにならないぞっ♪ しかも、船中本命の上がった様子無し(結局面舵大艫で1) 他は黒鯛が面舵の舳で少し上がった位、取り舵はまったくのダンマリで納竿でした。
86ta093.blog.so-net.ne.jp/2006-05-31

◆ シャクル、ビシ、オマツリに納竿など、独自な用語たっぷりなのが、たのしい。わからない語は《DAIWA:釣り用語事典》で調べることにして、「面舵の舳」は「船の右側前方」ということ。

◆ この「面舵」と「取(り)舵」の語源はというと、こんな説が知られている。

〔独立行政法人 航海訓練所〕 「おもかじ(面舵)、いっぱい!」テレビ等でよく聞く船の用語の一つですね。これは、操船のときのオーダーの1つで『舵を右に一杯にきりなさい』という意味です。一杯というのは、通常最大舵角の約35度まで舵をきることです。逆に左に曲がりたいときは、面舵にたいして“ 取舵(とりかじ)” というようになります。この呼び方は、十二支に由来しています。船首方向を12時の子(ね・ネズミ)として時計方向に十二支を配置すれば、右側の3時方向は卯(う、ウサギ)、左側の9時方向は酉(とり)になります。そこで右側を卯面(うも)と呼び、左側を酉(とり)と呼ぶようになりました。そのことより、卯面(右)に舵をきることを“面舵”(おもかじ)、酉(左)に舵をきることを“取舵”(とりかじ)になりました。
www.kohkun.go.jp/knowledge/navigation/kihon/kihon_5.html

◆ あれこれ調べて、これがいちばんわかりやすいと思ったので引用したが、ほんとうは、もっとややこしいハナシらしくて、

〔通信用語の基礎知識〕 面舵の名前の由来は、和船で用いられていたコンパスにある。コンパスには十二支(逆針)が描かれていた。逆針なので北になる子の方向に船首を向けると、左舷方向は卯となる。そのため、左に舵を取ることを「卯面舵(うむかじ)」と呼んでいた。これが転化して「面舵」となった。
www.wdic.org/w/GEO/面舵

〔日本財団図書館:船の科学館ものしりシート〕 日本語で行われる操船号令の「おもかじ」と「とりかじ」も、この十二支によって生まれました。航海用としては逆針で、西を表わす右舷正横(うげんせいおう)が酉、東を表わす左舷(さげん)正横が卯であったので、右舷を酉の側・左舷を卯の側としました。舵柄(かじづか)を右へ取るときは「酉の舵」=「とりかじ」、左へ取る時は「卯面舵(うむかじ)」転じて「おもかじ」となったといわれています。
nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/00200/contents/071.htm

◆ 船の仕組みについて詳しくないので、よくわからないままつづけると、ハナシの順序としては、(むかしの船では)船を右に向けるには左に舵を取る必要があって、そのためにコンパスも左右が逆になった「逆針」のものを用いていたということを、あいだにひとつはさむ必要があるらしい。けれども、結局はほぼ同じことになって、面舵というのは右に進路を取ることである。ただ、その場合、右舷が酉、左舷が卯となって、ほんらいの方位とは逆になる(ということらしい)。(時間切れ、つづきはそのうち)

◆ 「舳」という漢字はなんて読むか? えっ? 答えが書いてあるって? 「みよし」? それはそうなんだけど、聞きたかったのは、この字にはいろいろ読み方があるけれど、ぱっと見たときになんて読むか、ってこと。えっ? こんな漢字は初めて見た? そんなひとはほっといて、「へさき」か「みよし」か。「へさき」は「舳先」とも書く。「みよし」と読むひとは、海釣りが好きなひとかなあ、と思ったり。いや、釣りが好きな知り合いが「みよし」やら「とも」やら言ってたもので。「舳」は、船の前の部分、船首のこと。船の後の部分、船尾は「艫」。これは「とも」としか読まないようだ。「舳」という漢字。「舟」の部分は「ふね」のかたちをしてるんだろう。「由」の部分も前(上だけど)を向いてる感じがする。だったら、いっそのこと、「とも」の漢字も旁(つくり)を「甲」にして、「舟甲」という字にすれば、ペアになってわかりやすかったのに。そうなってない。

♪ なんでだろ~ なんでだろ~

◆ 「舳」といえば、能登半島輪島の50キロ沖に舳倉島(へぐらじま)。輪島市海士町(あままち)という住所が示すように、海女(あま)で知られる。