MEMORANDUM

◆ べつに富士山の「さん」と「三日」の「さん」を語呂合わせにしようと思ったわけではないが、三日連続で富士山を見た。東京都新宿区から、神奈川県平塚市から、神奈川県大和市から。遠くから富士山が見えるということは、空がとても澄んでいるということで、冬のそんな日は、とても気持ちがいい。青空の果てに見える富士山。富士山には登ったことがない。一度くらいは登ってみたいとも思うが、富士山は登るより眺めるほうが楽しい山のような気がする。そんなことを考えているあいだに「片山右京さんら富士山で遭難」というニュースがあった。二人が死亡し、一人が自力で下山した。

  4人組

◆ 4人組といえば、やっぱりビートルズかな。あとABBAとか。フォーリーブスとか。SPEEDとか。《Wikipedia》には「四人組」という項目もあって、4人グループのリストが掲載されている。ロックバンドは編成の都合上、4人が多いが、それが4人組として記憶されているかどうかはまた別な事柄だろう。4人のそれぞれがほぼ均等な人気を得ていることが4人組として認知されるための条件だと思うけれども、なかなかそれが難しい。たいていは、主役が1人とその他3人か、主役2人に脇役2人になってしまって、その結果、あれあのグループは全部で何人いたんだっけな、というふうに数え直さなければいけなくなる。これでは4人組とはいえないだろう。

◆ 4人組といえば、こんなのも。お地蔵さんに雪だるま。

◆ 吉田健一の『私の食物誌』を読んでいたら、そのなかに「石川県の鰌の蒲焼き」があって、うれしくなったので、引用する。

◇  これを広く石川県の食べものとして置くのは前に或る特定の町で食べたこの鰌(どじょう)の蒲焼きが実に旨かったと書いた所がそのような下等なものを食べさせたとあっては我が町の名折れであると怒られたことがあるからで、又それはそれで石川県のように土地が肥沃であれば水田の付近ではどこでもこの上等なものが食べられると考えて先ず間違いなさそうである。
 これは恐らく偏に石川県の鰌がそこの土地と同様に肥え太っていて美味だということによっている。初め見た時に鰌とは思わなかった位大きいのだからそういう発育がいい鰌であることは確かであって脂の乗り方も上々であり、それが鰻(うなぎ)の蒲焼きのやり方で焼いてあって鰻とはどこか違った風味があるのだから旨くなければ可笑しい。或は脂が乗っていても鰻程でないのが却ってしつこさが取れていいのかも知れなくてこういう鰌が餌を探して泳ぎ回り、或は泥に潜っている水田というものが蒲焼きの味から何となくその辺に拡がっている感じがする。

吉田健一 『私の食物誌』(中公文庫,p.54)

◆ 上の文章が書かれたのは、1970年くらいだろうか。そのころ「下等なもの」であったドジョウも最近ではずいぶん出世したようで、

〔どじょうの唐揚〕 ドジョウって鍋にするのじゃないの。何て聞こえてきそうですが、ドジョウ本来の美味しさはこちらが上。加賀料理では、串にさして蒲焼にして料理屋さんでもお出しする位の高級品になってしまいましたが、唐揚はまだ誰でも美味しく作れるB級グルメのままで〜す。
www.oishi-mise.com/dojyou-kara.htm

◆ それでも、「高級品」というのは言いすぎじゃないか。身近にドジョウがいなくなり、値段が上がったということはあるのかもしれないが。

◆ ドジョウは、鍋にしたり、唐揚げにしたり。でも、蒲焼きがいちばんおいしい。母の実家が石川のとなりの富山にあって、こどものころ、よく食べた。ドジョウとは思えないほど大きなのは食べたことがないけど。こどもの目には、黒く焦げて正体不明のそのものは、ちょっと不気味ではあったけど、苦くて甘い不思議なたべもので、そのころおいしいと思って食べていたのかは憶えてないけど、いまは大人だから、とってもおいしい。もちろん、酒のツマミ。

◆ 居酒屋の赤ちょうちんに「へ〇ぬ入レ」と書いてある(左)。これは何と読むか?

◆ しばらく考えてみたが、よくわからない。ネットで解答を探すと、《小嶌天天の『天′s Room』》というブログに行き着いた。このひと、若手の俳優さんだそうだ。そこに同じ居酒屋の赤ちょうちんの画像があって(右)、「このチョウチンが伝えたいメッセージは何でしょうか(^O^)/」とクイズ形式。ブログ読者のひとりが、

◇ 「鎌・輪・ぬ・入・レ」「かまわぬ入レ」「構わぬ入れ」「どうぞお構いなくお入り下さい」
blog.livedoor.jp/tenten_no1jp/archives/51224591.html

◆ という解答を寄せ、これが正解らしい。最初の「へ」はよく見ると、たしかに鎌の絵だった。

〔SHY'S ROOM〕 朝、カーテンをそうっと開けて外を見ていたら、バルコニーに置いてあるテーブルに、てんとう虫がちょこんと乗っかってた。雨宿りかな。七星ではなく二星てんとうくんだった。
shy.jugem.ne.jp/?eid=1201

◆ 星が七つあるテントウムシをナナホシテントウというのだから、星が二つなら、フタホシテントウと呼んでもさしつかえないはずで、じっさいそう呼んでいるひとも多いと思われるが、分類学上は、フタホシテントウという種類のテントウムシはいない。ナミテントウという。ナミは並で、ふつうの、ありふれた、という意味。このナミテントウ、

◇ ナナホシテントウとはちがい、黒地に2つの赤い紋、黒地に4つの赤い紋、赤や黄色に多くの紋、赤や黄色の無地など体色に多くの変異がある。
ja.wikipedia.org/wiki/テントウムシ

◆ 上の写真はいずれもナミテントウ。

◇ テントウムシにも種類は多いが、一番ありふれたナミテントウは個体変異の好例で、同じ種類でありながらさまざまな斑紋の変化がある。〔中略〕 初心者はいろんなナミテントウを捕らえ、何種ものテントウムシを蒐(あつ)めたと思いこむが実は同一種なのである。もっとも巨大な宇宙生物がいて人間の標本をこしらえたとしたら、やはりこれと同じことになろう。
北杜夫 『どくとるマンボウ昆虫記』(新潮文庫,p.111)

◆ 同一種ではあっても、あきらかに模様がちがうのだから、コトバで伝えるときには、やはり「二星てんとう」というのが使いやすい。前の記事に引用した堀江敏幸の「蜜を求めてモンシロチョウが舞い、茎には二星てんとうやカタツムリが張り付いて」という文章。モンシロチョウとカタツムリとは異なり、「二星てんとう」だけがカタカナで書かれていないのは、そういった事情によるものだろうか。二紋型のナミテントウとか、黒地に赤い星ふたつのナミテントウとは、書きにくいだろうと思う。

◆ 図書館で、『東京人』という月刊誌の9月号をパラパラめくっていると、フランス文学者で芥川賞作家の堀江敏幸が書いた「世田谷線の踏切をめぐる冒険。」というページが目にとまったので、読んでみた。「全長五キロの東急世田谷線の、下高井戸駅から三軒茶屋駅までにあるすべての踏切を渡る」という企画であるらしい。

◇ 十三時二十五分、その「松原四号」を渡って、上り線路沿いに歩き始める。未来通りと名付けられた将来性の高い通りのコンクリートの柵には、なぜか梅酒の瓶を利用した簡易吸い殻入れがくくりつけられ、濃いコールタールの色をガラス越しに光らせている。線路際には美しいピンクの芙蓉が咲き乱れ、蜜を求めてモンシロチョウが舞い、茎には二星てんとうやカタツムリが張り付いて人口のなかの自然をみごとに演出してくれていたのだが、柵にはまた《眼アポで出会い、裏技でキメる》といういかがわしい張り紙もあって、その惹句にやられたのだろう、鮮やかな緑をまとったカマキリが、切ない出会いを求めてうろついていた。
堀江敏幸「世田谷線の踏切をめぐる冒険。」(『東京人』2009年9月号,p.51)

◆ ワタシもここを歩いたことがある。下高井戸駅そばのこの踏切が「松原四号」で(左)、線路沿いの道には「未来通り」とあり(中)、してみると、このしおれた花は芙蓉だったのだろう(右)。もしかしたら、ちがうかもしれない。作者は松原四号踏切から「上り線路沿い」に歩いたとあるが、ワタシの歩いたのはたしか「下り線路沿い」。「未来通り」とは線路沿い左右ふたつの道の両方をさすのだろうか。まあ、そんな細かいことはどうでもよくて、ほんとうは「二星てんとう」というコトバが気にかかって、そのことを書こうとしていたのだが、すでに、いつものように、回り道をしてしまっているようだ。ここは、誰が名つけたか「未来通り」。

♪ 君を忘れない 曲がりくねった道を行く
  きっと 想像した以上に 騒がしい未来が僕を待ってる

  スピッツ 「チェリー」(作詞:草野正宗)

◆ 今年もあと2週間あまり。無事に年が越せるとよいが、鉄道ではあちこちで「人身事故」のアナウンス。ちんちん電車の世田谷線に飛び込むひとはまれだとは思うけれども。

◆ そういえば、昨日の朝、バスの車内で聞いたこんな会話。「私の実家には、伊予鉄道ってのが走ってるんだけど、これがほんとに遅くて、事故があってもすぐに止まれるくらい」。松山か。

♪ 空がとってもひくい
  天使が降りて来そうなほど

  荒井由実 「ベルベット・イースター」(作詞:荒井由実)

◆ ずいぶん前から、天使の階段を探している。いままさに地上に降り立とうとする天使を力ずくで拉致して天国の秘密を聞き出そう、というわけではない。あるいは、自ら天使に成り代わり蜘蛛の糸よろしく天空へと昇って行こう、というわけでもない。2年近くも前に、おともだちの霧さんからのお便り(BBS)に添えてあった写真(上の左)を見て、「ああ、天使の階段だなあ」と思い、その返事に、自分の撮った「天使の階段」の写真を同じように添えようと思ったまではいいのだけれど、空の写真を探すというのはことのほか難しくて、なかなか見つからなかった。あたりまえだが、空には住所がない。雲は移ろい、日は暮れる。それでも、なんとか1枚探し出したが、あんまりデキがいい写真ではない(上の右)。「天使の階段」を、検索サイトで画像検索をしたほうがましなぐらいで。たとえば、《天使の階段 - Google 画像検索》

◆ 天使の階段(Angel's stairs, Angel's stairway)は、気象用語では「薄明光線」で、天使の梯子(はしご)(Angel's Ladder)ともいう。ワタシはどちらかというと後者の語感のほうが好きなのだが、梯子という漢字が難しく、「はしご」とかなで書くのもなんだか間が抜けている。とりあえず、「天使の階段」が無難な表現かなと思ったので、そうした。梯子ということなら、こんな写真もあるが。これでは、天使も降りてくるのに少々難儀するのではないだろうか。いや、羽根があるから大丈夫か(羽根があるなら、そもそも梯子などはいらないか)。あと、中島みゆきにも「天使の階段」という歌があるらしいが、聞いたことはない。