|
◇ 人生鳩に生れるべし。 ◆ 林芙美子の『放浪記』には、鳩があちこちに出てくる。というより、彼女が鳩のいるところに出むいているといった方が正確かもしれない。放浪の身を休めるのに最適な場所といえば、公園や神社仏閣。そして、そこには鳩がいる。たとえば、神戸の楠公さん(湊川神社)。鳩だけではなく、鳩豆売りのおばあさんもいて、 ◇ 「もし、あんたはん! 暑うおまっしゃろ、こっちゃいおはいりな……」噴水の横の鳩の豆を売るお婆さんが、豚小屋のような店から声をかけてくれた。私は人なつっこい笑顔で、お婆さんの親切に報いるべく、頭のつかえそうな、アンペラ張りの店へはいって行った。文字通り、それは小屋のような処で、バスケットに腰をかけると、豆くさいけれども、それでも涼しかった。ふやけた大豆が石油鑵の中につけてあった。ガラスの蓋をした二ツの箱には、おみくじや、固い昆布がはいっていて、それらの品物がいっぱいほこりをかぶっている。 ◆ 「アンペラ張り」「五銭の白銅」、それから「東京はもう地震はなおりましたかいな」という老婆のせりふが時代をしのばせる。「虫の食ったおヒナ様」のようなおばあさん、もしかしたら、あの世でも、鳩豆を売っているやもしれぬ。天国には、鳩がたくさんいそうだから。 |
|
◆ 年末、図書館で『「ゲテ食」大全』といっしょに、うしろの書架にあった四方田犬彦の『モロッコ流謫』をいう本も借りてきた。そのなかに、モロッコで三島由紀夫の弟(平岡千之)に出会ったハナシが出てくる。 ◇ NYを立つ直前に、知り合いになった美術商から、もしラバトに立ち寄ることがあれば、ヒラオカに合うといいわ。彼はあの有名なミシマの弟で、モロッコに長く住んでいるからと、電話番号を教えてもらったことがあった。いかにも謎めいた情報だった。これはなにかの聞き違いではないか。日本人、しかも三島由紀夫の弟がいったいどのような理由で日本を長く離れ、モロッコに住んでいるというのか。 ◆ モロッコに着いた著者は、ラバトのホテルから教えられた番号に電話をかけてみる。電話に出たのは女性で、「ただいま大使に交替いたします」と言った。なんのことはない、いや、驚いたことに、と書くべきかもしれないが、その当時、ミシマの弟は大使としてモロッコに赴任していたのだった。 ◆ そもそも三島由紀夫の弟のことなど考えたこともなかった。いや、それをいうなら、兄や姉や妹のことも考えたことはないし、いるのかどうかもしらない。それは当然のことだろう。そもそも三島由紀夫本人のことも書物を通じてしか知らないのだから。 ◆ そういえば、由紀夫といえば、鳩山由紀夫にも弟がいて、こちらは弟も有名だが、こういう例はむしろ少数ではないか。 ◇ 兄弟の間の関係というのは微妙なもので、カインとアベルの往古から、余人には窺いしれない複雑な感情が長い時間のうちに双方に蓄積されているものである。プルーストはかの長大な自伝的小説のなかに、一度たりとも実在した弟のことを書きこんではいないし、中上健次は死ぬまで兄の自殺に拘り続けた。まして平岡千之の場合にはと、わたしは同情した。おそらく日本に留まっているかぎり、彼は生涯を通して彼そのものとして紹介されず、どこまでも三島由紀夫の弟といわれ続けるのではないだろうか。 ◆ 兄弟、あるいは姉妹。ことに同性の「きょうだい」の場合には、それこそ「余人には窺いしれない複雑な感情」があるのだろうと思う。 |
|
◆ 「鳩を食べる」という記事を書いたあと、ちょっとだけ鳩を味見したくなったが、鳩を食べさせてくれる店を探すのも面倒なので、近くの図書館で鳩料理について書かれた本はないかと探してみたら、『「ゲテ食」大全』という本に記載があった。そのタイトルが示すとおり、いかもの食いについての本であるから、ミミズ、フナムシ、ムカデ、ゴキブリ、シロアリ、金魚、セキセイインコ、ハムスター、イヌ、ネコなど、目次をみるだけで、ヨダレのかわりにヘドが出る。かと思ったら、そうでもなく、いろいろとタメになった。 ◇ 虚ろな目をして、前後に首を振り歩き、エサだと見れば寄り集まり、少しでも身の危険を感じれば大慌てでバタバタと飛びすさるのに、数秒後には驚いたことすら忘れてしまい、虚ろな目をして、また首を振る。 ◆ と書かれているのが、ドバト。 ◇ 生き物を外見や頭脳程度で差別したくはないのだが、それにしても、全国の神社仏閣、公園などで、ドバトが受けている好待遇には、少々首をひねらざるをえない。人畜無害だというならまだしも、ダニやホコリを撒き散らしながら飛び回り、所かまわず脱糞し、しかも糞には、髄膜炎などを引き起こす真菌・クリプトコックスが含まれる。エサまで与えて保護しなければいけない理由など全くない生き物なのである。 ◆ と散々な書かれよう。「虚ろな目」をしているかどうかの判断は留保するとして、まあほとんど事実であるから仕方がない。ただ味の評価は抜群で、◎(二重丸)。ドバトは、 ◇ 神社仏閣などに住み着いたことから「だうばと(堂鳩)」「たうばと(塔鳩)」などと呼ばれていたのがドバト(土鳩)の語源ではないかと言われている。
♪ 豆が欲しいか そらやるぞ ◆ というわけにもいかない。鳩にとっては世知辛い世の中になりつつあるが、食べられないだけまだましだというべきか。 |