MEMORANDUM

◆ 川崎競馬場でパンフレットの表紙に「そうだ、川崎競馬へ 行こう!」とあるのを見て、そういえば、この日、川崎競馬場に来たのも、たまたま休みで、そとは晴れているようだし家んなかにいてもつまらないから、なにかいいことないかな、とぼんやり考えていたときに、たまたま思いついたのが、今日は川崎記念の日じゃなかったかな、ということで、スポーツ新聞で確かめて、「そうだ、川崎競馬へ 行こう!」と思って出かけることにしたのだったから、ちょっとおかしかった。

◆ もちろん、この「そうだ、川崎競馬へ 行こう!」というキャッチコピーは、すぐに「そうだ、京都へ 行こう!」というJR東海のそれを思い出させる。パクリだとみなすひともいるだろう。とにかく、不意になにかを思いついたときのちょっとした喜びを、この「そうだ」が巧みに表現していて、見事なコピーだと思う。ところで、JR東海のあのキャンペーンはいつから始まったのだっけ? 《Wikipedia》によれば、

そうだ 京都、行こう。(そうだ きょうと、いこう)とは、東海旅客鉄道(JR東海)が1993年から展開している京都観光キャンペーンの主たるキャッチコピーである。制作はエグゼクティブ・クリエイティブディレクターの佐々木宏による。
ja.wikipedia.org/wiki/そうだ 京都、行こう。

◆ 1993年か、ずいぶんと前からだったんだな。それから、こんなことも書いてある。

◇ 正しいキャッチコピーは『そうだ 京都、行こう。』だが、『そうだ 京都へ行こう。』『そうだ 京都に行こう。』と間違える人もいる。

◆ ああ、ワタシだ。これはご丁寧に。有益な情報をありがとう。ついでに、

◇ テレビCMでは『サウンド・オブ・ミュージック』の曲『私のお気に入り(My favorite things)』を毎回違う編曲をしてBGMとしている。

◆ ああ、これも気がついてなかった。いろいろと役に立つ。

  たら丸

◆ 川崎競馬のマスコットのカツマルくんが「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出たら、だれに電話をするだろうか。本命はやっぱり大井競馬の「うまたせ」くんだろうか。でも、うまたせくんの方が有名だから、先に出演してるかもしれない。大穴で似た名前の「たら丸」くんはどうだらう(思わず、「だらう」になってしまった)。

◆ 「たら丸」くんの本籍は北海道岩内郡岩内町。《岩内町公式HP》にプロフィールが載っている。

〔岩内町公式HP〕 北海道のスケトウダラ延縄漁業発祥の地の岩内町! 前浜に揚がったばかりのスケトウダラからその日のうちに取り出れたタマゴは鮮度抜群!! そこに岩内秘伝の加工技術が加わり岩内産タラコが生まれます。~~~味も、品質の良さも天下一品。~~~ そんなスケトウダラから生まれたキャラクターが「たら丸」。
www.town.iwanai.hokkaido.jp/iwanaikanko/play/other/taramaru/index.shtml

◆ 特徴は、ねじりハチマキ・黒い長靴・タラコ唇。グリーンアスパラを手にしていることも。タラコ唇というのがいい。

◆ この「たら丸」くん、あまり知られていないかと思って、紹介がてら、この記事を書き始めたんだけど、思いのほか有名でなっているようで、

〔北海道新聞:2009/09/08〕 【岩内】後志管内岩内町のマスコットキャラクター「たら丸」が、3年前のテレビ出演をきっかけに、全国的な人気者になっている。各種イベントに招かれ活躍するほか、テレビや雑誌の「出演」依頼も年間30件を超える。愛嬌(あいきょう)のあるたらこ唇と丸い目、赤い鉢巻きに長靴姿が印象的な「ゆるキャラ」。
www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/187493.html

◆ 「3年前のテレビ出演」とは、これだろうか。

〔北海道雑学百科ぷっちがいど〕 2006年4月20日19:30~放送された、テレビ東京系列(テレビ北海道)の番組「TVチャンピオンゆるキャラ日本一決定戦」に、全国各地から、ユニークな着ぐるみのご当地キャラが参加しました。道内からは15キャラクターが北海道予選に参戦し(全国総計161キャラ)、その中で、後志管内岩内町出身の「たら丸」が、見事準優勝に輝きました!
pucchi.net/hokkaido/newstopics/200604tv_champion.php

◆ 2008年9月11日放映の「TVチャンピオン2ゆるキャラ王選手権」にも出場し、たましても準優勝だったとか。

◆ 宗三寺の遊女供養塔を見た帰り、電車のなかのなか。ケイタイで「飯盛女」のことをちょっと調べようかと思って、「めしもり」と打ち込むと、ワタシのケイタイは、変換「予測候補」一覧に、なぜだか「飯盛」ではなく「SEX」と表示してくれた。???、なんなんだ、このケイタイは? 飯盛女だからセックス? いくらなんでも悪フザケが過ぎないか? プログラマーのいたずらなのか? 待てよ、もしかして、以前にワタシが「SEX」と入力したことがあって、それをケイタイが勝手に学習したのだろうか? (これを他人を見られるとマズイな、だれにも貸さないようにしよう) いや、「エロ」と入力したことはあったかもしれないが、「SEX」と打ったことは断じてない(と思う)。そういえば、さいきん、便所や壁の落書きに「SEX」の文字をあまり見ない。もう時代遅れなのだろうか? (こどものころは、この3文字を目にするだけで、どんなに緊張したことだろう) なのに、このケイタイときたら! こりゃ、セックス中毒の治療を受けさせなきゃいかんかな、などと、ワタシの思考は千々に乱れ、念のため、もう一度「めしもり」と入力してみようかと、「めし」まで打って、つぎに「めしま」になったときに、画面をふと見ると、予測候補に「SEP」、「めしみ」で「SEQ」、「めしむ」で「SER」、「めしめ」で「SES」、とここまできて、ようやく気がついた。かなとアルファベットの入力キーが見事に対応していたのだった。「7」のキーを4回押すと、かなでは「め」になり、アルファベットでは「S」になる。同様に、「3」を2回で「し」または「E」。「7」のキーには、かなの「まみむめも」の5文字が割り当てられているが、アルファベットの割り当ては「PQRS」の4文字しかなくて、5回押すと対応する文字がなくなって、アルファベットは一回休み。最後に「9」を2回押せば「り」または「X」となって、めでたく「めしもり」あるいは「SEX」がめでたく完成するという寸法。なるほど。気がついてよかった。はたして、これは他の機種ではどうなのか、さっぱりわからないのではあるが。

◆ 川崎記念を見た帰り、堀之内のソープ街を抜けて、京急川崎駅までのんびり歩いた。駅のすぐわきにお寺の屋根が見えたので、寄ってみた。曹洞宗宗三寺。川崎市による説明板を読むと、その末尾に、

◇ 〔……〕 今、墓地には大阪方の牢人で、元和元年(1615)川崎に土着した波多野伝右衛門一族の墓や、川崎宿貸座敷組合の建立した遊女の供養碑がある。

◆ とあって、波多野伝右衛門はとりあえずどうでもいいが、「遊女の供養碑」というのが気になって、墓地のなかを歩きまわってやっと見つけた。墓地の片隅に、寺の本堂からもっとも離れた角っこに、ひっそりと建っていた。台座には、「川崎貸座敷組合」の文字。目を上げると、塀越しにラブホテルが見えた。

〔川崎市川崎区ホームページ:かわさき区の宝物〕 江戸時代、旅籠には「平旅籠」と「飯盛旅籠」があった。飯盛旅籠は、旅人に給仕をしたり床を共にしたりする飯盛女(めしもりおんな)を置く旅籠のこと。飯盛女とは年季奉公で近郷から売られてきた女性たちで、一般旅行者の増えた江戸後期には旅人を留めて宿場の財政を支える大きな役割を果たしていたが、多くは体を壊し、墓にも入れずに打ち捨てられた。供養塔はそんな女性たちの冥福を祈って、大正初期に川崎貸座敷組合によって建てられたものである。台座には、吉田楼、三浦屋、高塚楼など当時の遊郭楼の名前が刻まれ、また江戸時代の川崎宿の人口が男1080人、女1353人とも記されている。昭和63年(1988)に川崎今昔会によって建てられた供養塔も左側に寄り添っている。
www.city.kawasaki.jp/61/61kusei/kigyoshimin/pdf/01-08.pdf

◆ 1月27日、川崎競馬場に川崎記念を見に行った。

〔ラジオNIKKEI〕 川崎競馬場で行われた2010年最初のGI(JpnI)競走・第59回川崎記念(JpnI・2100m・1着賞金6000万円・11頭)は、逃げた3番人気フリオーソを2番手で終始マークしていた1番人気ヴァーミリアン(武豊騎乗)が粘るフリオーソをゴール前でクビ差捉え、自身の記録をさらに塗り替える史上最多のGI(JpnI)9勝目を挙げた。勝ちタイム2分12秒7は、2004年のこのレースでエスプリシーズがマークした従来のレコードをコンマ1秒上回るものだった。
keiba.radionikkei.jp/keiba/diary/entry-179296.html

◆ 川崎記念を見に行ったのは、エスプリシーズが勝った2004年以来のことで、もう6年も前になる。

◆ 6年前にも、同じような写真を撮っているのがおかしい(上が今年、下が6年前)。誘導馬を撮り、勝利騎手を撮り、カツマルくんを撮った。誘導馬は2頭から3頭に増え、さらにはずいぶんとおしゃれになってはいたが。6年前の勝利騎手は地元川崎所属の森下博、今年は中央の武豊と異なってはいても、どちらも前のひとがじゃまでうまく写真が撮れなかった。カツマルくんはあいかわらず観客に手を振っていた。そして、空は同じように晴れていた。

  ゆめ

〔堺市立南八下小学校学校だより〕 今日、子どもたちの現状は、自分への自信のなさや自らの将来への関心の薄さ・社会の人との人間関係を築く弱さなどさまざまな問題があります。子どもが夢を描きにくい時代ですが、私たち大人が子どもに語れる夢をもち、その姿を見せていきたいものです。
www2.sakai.ed.jp/weblog/data/sakai060/41604/41604.pdf

◆ 「ゆめ」を描くのもむずかしいが、書くのもむずかしい。「ゆめ」が「カめ」になったり「わめ」になったりする。「めめ」になったりもするかもしれない。「夢」と漢字で書くのもむずかしい。ともするとバランスがくずれて、ムカデが這ったみたいになる。

〔朝日新聞〕  石川県七尾市・和倉温泉の癒やし系イメージキャラクター「わくたまくん」の人気が高まっている。携帯ストラップが売り切れ、着ぐるみは記念撮影の希望者が続出、宿泊客向けに「わくたまくん湯たんぽ」の貸し出しも準備中だ。
 「わくたまくん」は、和倉温泉にゆかりのあるシラサギが産んだと言われる「温泉をこよなく愛すエッグ」。ひよこ色のずんぐり体形で、頭にてぬぐい、腰に三つの卵を抱えている。
 デビューは、2008年秋の「温玉グルメ博」だ。和倉温泉名物の温泉卵をモチーフに和倉温泉商店連盟がイメージを考え、七尾市内の印刷会社のデザイナーが作った。

www.asahi.com/national/update/0113/OSK201001130134.html

◆ わくたまくんは温泉卵であるそうだ。温泉だから、わくたまくんの「わく」は「湧く」かとふと思ったけど、温泉は湧いても、卵が湧いたりはしないだろうな。「沸く」ではないかとも思ったけど、湯は沸いても、卵が沸いたりはしないだろうな。そうすると、わくたまくんの「わく」はなんなのかということになるわけだけど、なんのことはない、和倉の「わく」だった。ぼんやりしてた。

◇ 地名の和倉とは「湧く浦」、つまり湯の湧く浦(入り江)であり、海の中から発見された。そのため、潮が退いている時でないと湯を利用することができなかったが、近世には七尾城主の畠山氏、加賀藩の前田氏によって温泉が整備され、共同浴場が置かれた。
ja.wikipedia.org/wiki/和倉温泉

◆ わくたまくんはシラサギの卵であるそうだ。どうしてシラサギかというと、こんな言い伝えが残されているそうで、

〔「月刊おあしす」No.437:白鷺伝説〕 能登の国司・大伴家持が領内を巡行し、和倉の地を訪れてから60年後の大同年間に、薬師嶽の西、円山の湯の谷に温泉が湧き出したのが、和倉温泉のはじまりです。古来、湯の谷では不浄な物を洗ってはいけないという言い伝えがありましたが、漁師の妻が腰巻を洗ったところ、湯の谷に祀られていた少名彦名命の怒りをかい、湯がかれてしまいました。そこで夫婦は毎朝、ほこらに雁をかけると願いが叶い、神様は海に湯を沸せましたが、海面の泡立ちを見て、村びとは不吉なことの現われだと騒ぎ出しました。ところが、白鷺がその海で身を癒しているではありませんか。お湯が再び湧き出したことを知ったのです。これが白鷺伝説です。また、湯が湧きでる浦、ということで地名が「涌浦」とされたのです。
www6.nsk.ne.jp/asuwataxi/wakura1.htm

◆ わくたまくんはシラサギ伝説のご先祖さまの血を受け継いでいるから、温泉が好きなんだな。だけど、わくたまくんはまだ卵だから、のんびり湯につかっているうちに、温泉卵になっちゃったんだな、きっと。

◆ 和倉温泉観光協会・和倉温泉旅館協同組合のサイト《和倉温泉~わくらづくし~》には、「わくたまくん壁紙ダウンロード」なんてページもある。なかなかかわいい。〔でも、1024×768サイズのは、画像のリンク先が間違ってる。「1024-600.jpg」を「1024-768.jpg」に修正しないといけないからご注意。〕