MEMORANDUM

◆ 12月1日、茨城県水海道市。いかにも元はガソリンスタンドでござい、といった場所に天下一品水海道店があった (通過した)。こんなところにも天一が、といささか驚いた。天下一品とは、知る人ぞ知る(=知らない人は知らない)京都のラーメン屋。しらない間に全国展開し、いまでは北は盛岡から南は博多まで全国に全国に200店舗以上。おまけにホノルル店まであるという。いつの間に・・・。

◇ 「東京で京風ラーメン言うけどなあ、なーんやあれー。おだしの効いた薄口スープに細い麺。あんなん、京都じゃ犬も食わへん。ホンマの京都のラーメンたら、透き通ったスープは邪道やね」
杉浦日向子 『入浴の女王』 (講談社文庫,p.54)

◆ 『入浴の女王』 の杉浦日向子も、知り合いの編集者に連れられて天下一品に行ったそうな。

◇ ホンマの京都のラーメンは、とんこつとも違う、こってりゲル状の、箸が立つ濃厚スープとちりちり麺じゃない、だらだら麺(東京のやわらかめが京都ではかため)で、刷汁と麺の硬さが同じ塩梅で 「ゲロしたラーメン」 (京都人のオスギが言うのだ)が京風なのだと言う。
Ibid.

◆ まさしく、その通り。京都をなめてはいけない。

◇ 京風ラーメンは京懐石を意識した薄味のラーメンで、京都市内では観光客向けの店でみられるほかはほとんど見られない。
www.ht-net21.ne.jp/~terasawa/ramenclub_kinki.htm

◇ ところで、関東の店によく 「京風ラーメン」 なんて言うメニューがありますが。あっさり薄味のラーメンのことを指してそう言っているみたいなんですけどね。その 「京風ラーメン」 なるものに対して、とりあえず一言。「こんなラーメン、京都にないぞ」 (笑)。京都のラーメンと言えば、天下一品と言い第一旭(京都なのか?)と言い日本一ラーメンと言い、こってりこてこてのラーメンばかりなんですけど……ねぇ。(^^; どうも京都の雰囲気への幻想がラーメンの味・名前に現れているような気がしてならないです(笑)。
www.trpg.net/ML/kataribe-ml/16500/16588.html

◇ 誰が始めたか知らないが薄味の京風ラーメンというものがある。これなんか 「だし」 にこだわる文化のイメージをデフォルメしたものだ。現実は本場の味は強烈だ。わかりやすい例では、こってりラーメンの天下一品は京都が発祥の地だ。京都が学生の町だったからこってりしたとの異説もあるが、私は「だし」にこだわる文化の一つの現れと解釈している。食べ方は大阪のお好み焼きと同じでおかずとしてで、「ラーメン」 と注文すると間違いなく 「兄ちゃんご飯は?」 と聞かれる。
www.ne.jp/asahi/mensei/udon/kyoto.html

◆ 京大にもいたことがある東大の先生もこう書いている。

◇ 天下一品といっても、関西以外に住む人にとっては、何のことだかわからないに違いない。天下一品とは、京都を発祥の地とするラーメン屋のチェーン店のことで、京都では 「ぎょうざの王将」 と並び称せされるくらいに有名であり、その天下一品のラーメンこそが、本当の京風ラーメンと呼ぶべきものである。俗に京風ラーメンと呼ばれているアッサリしたラーメンがあるが、あんなものは観光客のための食べ物でしかない。本当の京風ラーメンとは、店ができた頃から煮込み続けたとしか思えないような、ギトギトの油ぎった何が入っているのか見当さえつかない豚骨スープのラーメンであり、しかも、チャーシューが鉢一面を麺が見なくなるくらいに覆っていて、その上、ニンニクまで入っている、というしろものなのである。もちろん、ラーメンだけを食べることは少なく、油ぎった鳥の空揚げか、少なくとも、ぎょうざを注文して、ライスと一緒に食べる。
nicosia.is.s.u-tokyo.ac.jp/pub/essay/hagiya/h/kyoto

◆ ちなみに天下一品のスープは豚骨ではなく鶏ガラ。天下一品については 《超弩級らーめん・天下一品》 にかなり詳しい。ぜひ一読を。

◆ ちょっと前の女湯の情景。たとえば、浅草蛇骨湯のコアラのマーチ。

◇ 髪はショートのチリチリパーマ。顔はすっぴん、なべて丸顔。眉薄く八の字。目小さい。お乳は小振りの滴型。ちょっと左右離れ気味だが、垂れ乳と称す程のボリュームはない。乳頭は色薄くこぢんまり、突起が低い (陥没かと思われる例多し)。尻は丸四角。写植で言うナールの趣。乾パンふたつ並べた景。ウエストが、ない。でも、膝から下が、秋刀魚のようにスリム。方々から寄せ集まったにしては、何故かくも如実に浅草体型が確立するのであろうか。オバチャンが一列に並んで、背中流しっこする様は、コアラのマーチさながらだ。ぱくり一口に頬張りたい位、愛くるしい。
杉浦日向子 『入浴の女王』 (講談社文庫,p.64)

◆ あるいは、早稲田美松浴場のいちご大福。

◇ 「おスモーがはじまるからはやくしなきゃ」 / 白髪、なで肩、色白の八十年配のおばあちゃんが、丈長ズロースをおろしながらつぶやく。ズロースの下には、またズロース。二枚重ねだ。背中はすこしまるいが、肌はすべすべで、仏像顔。いかにも清らかな老い方だ。チコリに似ている。 / でかぱんいっちょう、垂れ乳まるだしで、番台のおかみさんと、立ちのまま世間話している七十年配のばっちゃは、いちご大福に似ている。笑顔が赤ちゃんだ。
Ibid., p.220

◆ これまでアエテ年配の女性の裸体を想像しようとしたことはない。でも、コアラのマーチにいちご大福。案外イケルかも。年をとったということか。

  市章

◆ あれこれ調べものをして、市の公式サイトをあちこち訪れたときに目についたのが、市のシンボルマーク。市章。

◇ 〔国立市〕 国立市のマークは、梅の花です。五弁の花びらをあしらったこの市章は、いろいろな意味をもっています。二重の外側は、「国」 のかまえを表し、内側は、「立」 と文教の 「文」 を示し、図案全体で世界五大州の意味も含んでいます。
www.city.kunitachi.tokyo.jp/~kikaku/01kikaku/01144/01144_1.html

◆ 世界五大州って、いったいなに? 国立市は世界制覇でも目論んでいたりするのか?

◇ 〔水海道市〕 水海道市の 「水と海」 の字を図案化したものです。中央の 「水」 は翼の形で市の発展を象徴し、外の円に波頭を描いて 「海」 を表し、力強く上に向かって伸びてゆくことをしめしています。
www.city.mitsukaido.ibaraki.jp/inform/intro/002.htm

◆ どうみても、セミが飛んでいるところではないだろうか? 波頭が目玉で。

◇ 〔札幌市〕 外側の六角模様は、六つの花、すなわち雪をもって北海道を象徴し、内側円形模様は 「札」 の字を表し、さらに○形全体をもって片仮名の 「ロ」 の字を兼ねています。中央の星型は北斗星にちなみ、北方の意を表すとともに片仮名の 「ホ」 の字をかたどっています。
www.city.sapporo.jp/city/aramashi/

◆ そんなに複雑な意味があったとは。謎解きじゃなんだから。

◇ 〔京都市〕 京都市の紋章は,昭和35年(1960年)1月1日に制定されたもので、「京」 の字を図案化したものに御所車を配し、金色と古都を現す紫色の2色を用いています。
www.city.kyoto.jp/koho/outline/logo.html

◆ 御所車! 紫も使えるし、古都はなにかと便利だな。

◇ 〔東京都〕 昭和18年の東京都制施行の際、東京市のマークを受け継いだもの。このマークは、市参事会員渡辺洪基が発案したといわれ、明治22年12月の東京市会で決定されました。紋章の意味は東京の発展を願い、太陽を中心に6方に光が放たれているさまを表し、日本の中心としての東京を象徴しています。
www.metro.tokyo.jp/PROFILE/mon.htm

◆ これが一番わかりやすい。

◆ いろいろな丸や三角や四角のあつまりに、説明を読んで納得したりしなかったり。

◆ 「立東大通り」、これをなんと読むか? 「立東大・通り」 と読んで、さて立東という大学があっただろうかと考えた。立大も東大もあるけれど、立東大はないだろう。では、「立東・大通り」 と読むのだろうか?

◇ 国立市立東商店会は、国立市北3丁目地区を中心に存在する40数店舗をもって構成されており、国立駅と立川駅のちょうど中間に位置し立東(立川の東の地域の意味)大通りに面した商店街です。創立50年余を経ており、国立では最も古い商店会です。
www.k-shokyo.com/rittoh/

◆ これで「立東(りっとう)大通り」と読むことがわかったけれど、「国立市立東商店会」 というのがまたまた読むにくくはないか? 国立(くにたち)市を知らないひとは「国立・市立・東商店会」と読んでしまうかもしれないし、知っていても 「国立市立・東商店会」 と読んで、公立の商店会なんてものがあるのかと訝しがるかもしれない。そもそも、国立(くにたち)という地名がいかがわしい。

◇ 国立の地名は、大正15年にJR中央線の国分寺駅と立川駅の間に、新駅を設置する際に国分寺の「国」と立川の「立」を一文字づつ取って、「国立」と名付けたと言う。
名付けは、現・西武鉄道の祖「堤康二郎」と言われ、まだ山林地帯であった中央線南部一帯に、理想的な学園都市をつくるための開発が進められ、次第に整然とした街路が造られ現在に至っている。

www.keishicho.metro.tokyo.jp/8/tachikawa/top_right.htm

◆ 最近はやりの市町村合併でこんな地名がまたぞろ増えることだろう。

♪ あの時の歌は聴こえない
  人の姿も変わったよ
  時は流れた

  ガロ「学生街の喫茶店」(作詞:山上路夫)

◆ 写真は南美唄。札幌から行くと岩見沢の先に美唄市がある。

◇ 焼き鳥がおいしいこのまちは、1913(大正2)年に飯田美唄炭鉱(のちの三菱美唄炭鉱)ができたのを最初に、三菱・三井美唄炭鉱といった大炭鉱から中小の炭鉱までがひしめきあっていた。戦後、日本経済復興の主役として巨額の資金が投入され、石炭産業は拡大が続く。まちは活気にあふれた。
www.hokkaido-jin.jp/issue/200303/hhpg2.html

◆ 焼き鳥で有名だとは知らなかったが、東美唄には三菱の、南美唄には三井の財閥系炭鉱があった。三井美唄の操業開始は1928(昭和3)年、閉山が1963(昭和38)年。三井美唄の歴史はわずか35年。三井美唄の歴史は、そのまま街としても南美唄の歴史でもあって、人生よりも短い街の一生とはなんだろう? いや、言い過ぎた。まだ街は死んでしまったわけではない。ただ、

◇ 石炭産業が隆盛だった時代、栄えていた南美唄地区も、現在は人口が激減し、市内でも高齢化率の高い地域となりました。
www.net-bibai.co.jp/bfs/ibe2004.html

◆ ともかく南美唄の街が、人生でいうなら働き盛りのころ、1955(昭和30)年に、三井美唄互楽館という映画館が誕生した。

◇ 炭鉱の街が栄えたころ、いちばんの娯楽は映画でした。多くの炭鉱町に映画館が建てられましたが、この互楽館はそのなかで最大のものです。立ち見席も含めて、1,477名を収容できました。椅子席の下にパイプを通し、蒸気で暖房するなど、最新の設備も取り入れられています。
www.hokkaido-jin.jp/zukan/story/03/15.html

◆ 映画も全盛の時代であったから、思い出はつきないだろう。

◇  互楽館(ゴラッカンと言ってました)には、思い出が沢山ありますね。最も幼い記憶は、母に連れられて化け猫の映画(入江タカ子主演?)を見たこと。目に恐怖が焼け付き、眠れない日がかなり長く続きました。浪曲講演に連れて行かれたこともありました。まあ幼児にとっては退屈の極地でしたね。
〔中略〕
 それにしても互楽館は堂々たる劇場でしたよ。収容人数2千人ということですから、今の札幌にもこれほどの会館は数えるほどしかありません。あれで、座席が木造でなかったら最高でしたが。

mimizun.com:81/log/machi/hokkaidou/1006990777.html

◆ あるいは、両親が南美唄で唯一の純喫茶を経営していたひとの思い出。

◇ 母には「互楽館に公演に来た杉村春子さんの楽屋にコーヒーを届けたことがある」と、よく聞かされたことがあります。
www5b.biglobe.ne.jp/~OOMIYA/vpack20bbs2/

◆ 1963年の三井美唄の閉山とともに互楽館も閉館する。それからすでに40年あまりが経つ。

  菊人形

◆ 大阪の「ひらかた大菊人形」展が今秋かぎりというニュースを最近知った。

◇ 京阪電気鉄道株式会社(本社:大阪市中央区、社長:佐藤茂雄)が経営する遊園地「ひらかたパーク(略称:ひらパー、所在地:大阪府枚方市枚方公園町)」では、今秋をもって96年に及ぶ『ひらかた大菊人形』展の歴史に幕を閉じます。
www.keihan.co.jp/news/data_h17/2005-05-31kiku_doll.pdf

◇ ひらかた大菊人形」 は、明治43年に香里遊園地で始まり、その後、舞台をひらかたパークに移してからは、全国一といわれる美しさや、NHKの大河ドラマをテーマにした大掛かりな演出で、最盛期には80万人を超える観客が訪れる程、人気のあるイベントでした。しかし、ここ数年は菊師の後継者不足や、入場者数の減少などが深刻化するなど、取り巻く環境は年々厳しくなっていました。
www.city.hirakata.osaka.jp/freepage/gyousei/kouhou/top/kiku-last.htm

◆ で、最近は菊人形も見てないなあと思いつつ、最後に見たのはいつだったかと記憶をつらつらとたどっていて思い出したのが、2年前の小諸の懐古園。2003年11月5日、たまたま仕事で小諸に行ったついでに少しばかり街をぶらついていたときにでくわしたのだった。そういえば、その日の写真もまだアップしていなかったことも思い出して、あたふたと写真の編集。で、でてきたのがこれ。それにしても、なんというタイミングのよさだろう、九州場所で朝青龍が優勝を決めたのが今日!

◆ でも、懐古園のは菊人形展ではなくて、ふつうの菊花展。そのなかに朝青龍の菊人形もあったということらしい。

◇ 懐古園の秋の風物詩として知られている菊の祭典 「東信菊花展」。県内各地から出展される約1000点の菊が古城の紅葉に美しく映え、訪れる人々に素晴らしい感動を与えます。
www.kanko.komoro.org/siki/event_kiku.html

◆ 菊人形といえば、「(お)菊人形」のハナシも以前に書いた。

◆ 昨日、モニタを購入した。いままで使っていたのは、Hansol の E15BL という15インチCRT(中古で5,000円)だが、寿命のせいか画面がかなり暗くなってしまい、写真の編集をするのにそろそろ限界だった(というかそもそも最初から画質はよくなかった)。で、新宿の中古ショップで、MITSUBISHI の RDF173H というのを買った。液晶ではなく、CRT。14,800円。17インチ。17.2kgを抱えてバスに乗り、家に帰ってさっそく接続してみると、あたり前だが、かなり明るい。なかなかキレイ。満足。でも、いまは液晶の時代のようで、CRT(ブラウン管)は 「絶滅危惧種」 であるらしい。

◇ PC向けCRTディスプレイは液晶からの置き換えが進み、需要が急減している。2007年には国内出荷が3000台にまで減る見通しだ。
www.itmedia.co.jp/news/articles/0503/11/news084.html

◇ CRTはやはり絶滅危惧種。IDC調査によると、2005年の国内PCディスプレイ市場は液晶が98.7%とほとんどを占めている。
www.itmedia.co.jp/news/articles/0511/09/news030.html

◆ まあよい。これで、少しは写真の編集が楽になる。と思ったら、今度はコンタクトレンズの片方を紛失して、現在片目で作業中。おやおや。