|
◆ 『下流喰い』(須田慎一郎著、ちくま新書) という本を買った。サブタイトルが示すとおり 「消費者金融の実態」 をルポしたものだが、内容はともかく、タイトルに惹かれた。だれがつけたのかは知らないけれども(出版社サイドのような気もする)、その思惑とはおそらくは関係がないところで、このタイトルはワタシを魅了した。 ◆ 加納光於に 「稲妻捕り」 と題されたリトグラフの連作がある。もちろん 「稲妻捕り」 は「下流喰い」 のようにたやすく買うというわけにはいかないので、展覧会の図録でも眺めて満足するほかないけれども、このタイトルも長い間ワタシを魅了し続けた。 ◆ で、ハナシはまったく変わることになるのだが、これらのタイトルをアタマのなかで反響させつつ、ワタシは自分が 「思い出喰い」 ではないかということに、もしくはやや上品に 「思い出捕り」 ではないかということに、ふと思い当たった。獏が他人の夢を喰うように、ワタシは他人の記憶や思い出を食べて自らの栄養としているのではないか? ◆ パソコンでネットサーフィンをする。さまざまなキーワードで検索をし、その検索結果にしたがっていくつかのサイトを訪れる。ブログの流行もあって、個人のサイトであることも多い。そこには intimate な空間が無造作に広がっていて、カギのかかっていない他人の部屋を覗き見るような後ろめたさがないわけでもない。しかし、そんなことさえ気にしなければ、そこで語られる思い出は、けっしてワタシのものではないけれども、もしかするとワタシのものでもよかったはずのものではないか? そんな気がし始めると、もういけない。アカの他人の思い出を、ワタシは自らのものにしてしまおうと不埒な考えがアタマをよぎり、すかさずコピー&ペーストをして、他人の貴重な思い出の数々を無断で掠め取ってしまう。いったい思い出というものに所有権は認められているのだろうか? できることなら、ワタシも、他人の思い出を喰ったり捕ったりしているぐらいには、自らの思い出を他人に提供したい気持はあるのだが、いかんせん、ワタシには、そのような思い出がいちじるしく欠けているように思われて、すこし悲しい。 |
|
◆ 日本のハワイといえば、東日本では福島県の 「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾート・ハワイアンズ)」、西日本では鳥取県の 「はわい温泉」 ということになっているらしいけれども、ワタシは残念ながら、そのどちらにも行ったことがない。というか、日本にハワイがあるということさえ知らなかった。ホンモノのハワイはさらに縁遠い。 ◆ 関西生まれのワタシは、映画 『フラガール』 を観て初めて、「常磐ハワイアンセンター」 なるものの存在を知った。 ◇ 常磐ハワイアンセンターは、現在はスパリゾート・ハワイアンズと名称を変更して営業している。TBS 「ザ・ベストテン」 の中継先だったり、東京ではTVコマーシャルが流れたりと、関東以北の人たちにはなじみがあるようだけど、関西以西の人たちには 「ほら、あの 『常夏のハワイ、常磐ハワイアンセンター』 ってあるでしょう?」 といってもまったくピンとこないことは、大学入学で上京してから知った。 ◇ 「ハワイみたいなとこなのよー」 と、常磐ハワイ体験者でハワイに行ったことのない母は言ってました。本当かよ!と思うのですが私は両方行ったことがないので、何も言えないんですけどね。 ◇ 常磐ハワイアンセンターといえば、私が小学生のころ同級のコが夏休みに常磐ハワイアンセンターに行ってきたいうのを聞いて、仲間何人かと常磐ハワイアンセンターとハワイは同じものなのかどうかを真剣に話し合ったことを思い出します。たとえば日本語は使えるのかとか、飛行機や船で行くのかということをです。私たち仲間は夏休みに出かけるところといっても、精々、お盆に田舎のおじいちゃんおばあちゃんちに行くくらいでした。 ◇ ハワイといえば、ハワイアン常磐センターに一度も行ったことがない。子供の頃、近所おじさんたちがハワイに行くか、と誘ってくれたがなんどなくかっこわるい感じがして行かなかった。 ◇ 栃木県で育った私にとって、子供のころ 「ハワイ」 には二つの意味があった。ある子が 「うちは夏休みに家族でハワイへ行くんさ」 と自慢する。すると周囲の子供が決まって混ぜ返した。「おめえが行くのは、本物のハワイじゃなく常磐(じょうばん)ハワイアンセンターだべ」 (これらは栃木弁)。 ◇ 昔は“ハワイ”という所も今ほど身近ではなく、小さなころ父に「ハワイ行ってみたいなぁ(゚o゚)」と言うと「おっ、連れてってやるぞ(^o^)丿・・いわきのハワイに。」と言われたものでした(笑) ◆ 二十年近く東京に住んでいても、こういったタグイの情報は意外と知る機会がない。関東出身の同僚数人に 「常磐ハワイアンセンターって知ってる?」 と聞いてみると、みな一様に 「ああ、日本のハワイね」 といったコトバのあとに、上記の引用と同じような個人的な楽しいエピソードを懐かしそうに披露してくれるのだった。 |
|
◆ 「たんじゅう」 とは何か? 辞書で 「たんじゅう」 を引けば、複数の語が該当する。 たんじゅう 【胆汁】 ◆ ここでは 【炭住】 のことを書きたいのだが、その響きには常に 【胆汁】 のねっとりした感触がつきまとって離れない。というのはもちろん、ワタシの個人的なイメージに過ぎないのだが・・・。 ◇ たんじゅう 【炭住】 〔炭鉱従業員住宅の略〕 炭鉱で働く人たちとその家族のために会社が建てた住宅。 ◆ 「炭鉱従業員住宅」 の略という解釈にはやや疑念が残る。一般的には、よりシンプルに 「炭鉱住宅」 の略語と見なされているだろう。 ◇ 炭鉱住宅(たんこうじゅうたく)とは、主に炭鉱周辺に形成された、炭鉱労働者用の住宅のことである。往時の石狩炭田や筑豊炭田などの炭鉱都市周辺には数多くの炭鉱住宅が存在した。これらは炭鉱会社により建設され、光熱費を含め住宅費は無料であり、現物給与・福利厚生的な側面も強かった。炭住(たんじゅう)との略称がよく用いられる。 かつては木造の長屋形式が主体であったが、戦後には急速にアパート形式の集合住宅が建てられた。
◆ 以下、炭住に関連する文章をいくつか並べる。 ◆ 五木寛之の旧い対談集を読んでいたら、寺山修司との対談(初出:『情況』 1975年4月号)で、こんなことを言っているのが目に留まった。 ◇ で、なぜ自分が流民に固執するのかと言えば、ぼくは自分の家に住んだことがないんですね、親父が公務員だった関係で、官舎とか公舎とか借家に住んでいたでしょう。自分の家というものがわからない。福岡に帰ってきて、ぼくは筑後のひじょうに豊かな地域に非土地所有者、非家屋所有者として住みつく。で、ぼくは筑豊へ行くことに憧れるわけです。普通は筑後地方では筑豊へ行くということは地獄へ落ちるということを意味するんですがね。にもかかわらずなぜ憧れたかと言えば、あそこには炭住というのがあって、やはり土地を持たない家を持たない人間がどんなに苦しい生活をしていても、ある意味では持たざるもののカタロニアなわけです。だから中農の土地所有者のなかで非土地所有者として紛れ込んでいるよりは、筑豊のような場所の方が憧れだったわけです。 ◆ 《カムイミンタラ》 1984年5月号、伊藤みえ子 「山の神様」 より。 ◇ この山もかつては、ぎっしり炭住の長屋が並び、朝起きて 「何かないかあ」 といえば 「アイヨッ!」 とばかり、つっかけ姿で家の前からワサビをひきぬき、熱いごはんをワサビじょうゆで食べるような生活があったのである。 ◆ 夕張の炭住が舞台の映画 『幸福の黄色いハンカチ』 の山田洋次監督の発言。 ◇ 「炭住ではなく、六本木ヒルズに暮らすことは進歩でしょうか」 ◆ 炭鉱については書きたいこともいろいろあるのだけれど、あれこれ考えが広がってまとまらない。 |