MEMORANDUM

養老 飛行機から見るかぎり、緑が続いているのは東北地方だけ。あとはもうズタズタですね。
奥本 ゴルフ場が昔の水田ぐらいある。
養老 ひどいよ。あれは。何を馬鹿なことをやっているんだ、といつも思う。
池田 僕はゴルフをやらないから言うけど、ほんとうにひどいよね。ゴルフやれば別のことをいうかもしれないけど。

養老孟司・奥本大三郎・池田清彦 『三人寄れば虫の知恵』 (新潮文庫)

◆ ゴルフはやらない。これまでも、たぶんこれからも。やればおもしろいとみながいう。だが、おもしろいことはほかにもある。

◆ 最近のこと。実姉の再婚相手と従妹の結婚相手の趣味がゴルフだそうで。そういえば、これまでまわりにゴルフ好きは奇跡的にひとりもいなかった。

◆ よく晴れた日に飛行機に乗って、たとえば北関東の上空から地面を見下ろせば、わざとらしいグリーン色をした細長い腸のようなものがあちこちにのたうっていて、気持ちが悪い。

◆ さらに気持が悪いのは、どこのだれがひねくりだしたのか、陳腐な美辞麗句をこれでもかというくらいに貼り合わせただけのゴルフ場の宣伝文句。

◇ 美しい日本の四季の移ろいのなかで、ジャパンエースゴルフ倶楽部は静かに年月を重ね、彩りを深めています。大いなる自然に溶けこみ、そして自然と語らう、そんなゴルフの魅力を思う存分楽しんでいただきたいと思います。自然を大切に愛する心は、私たちが創設当初から願ってやまない思いです。
www.ayaha.co.jp/jace/

◇ 豊かな自然を手の内にする新潟で、ひときわ雄大な丘陵に包まれた、ここ安田の地。この丘に、ゴルフを愛してやまぬプレーヤー達のための聖地があります。自然と闘うのではなく、対話するゴルフ本来の歓びを鮮やかに見つけださせてくれるロケーション。
www11.ocn.ne.jp/~easthill/

◇ ゴルフの真髄は自然を満喫しながらプレイを楽しむこと。日本三名山の1つ霊峰白山を遙かに眺め、日本海を眼下に一望できる辰口丘陵地に格好のゴルフコースがある。
www.incl.ne.jp/golf/haku/haku1.html

◇ 高原を吹き抜ける風、緩やかなアンジュレーション。朝一番のナイスショットを心に描き、スタート前のはやる心を富士山が静めてくれる。この地にこだわり、ここにしかない倶楽部を大自然の中で、充実した時間を…。
www.ajirospa.com/golf/index.htm

◇ 四季折々に豊かな表情をみせてくれる信楽の里・朝宮には、一千年の歴史の時空を越えて今もゆったりとした時が流れています。自然をこよなく愛し、その自然に溶け込みながら親しい友とゴルフを楽しむ、そしてコースが一望できる落ち着いた雰囲気のクラブハウスで過ごす心豊かなひととき・・・。
www.ayaha.co.jp/gr-asamiya.htm

◆ ふたたび養老・奥本・池田による鼎談にもどって、

池田 ゴルフ場というのは、一見緑に見えるから、かえっていけないんだ。巨大なコンクリートの建物だったら、誰が見てもこれは自然にとってはヤバイというのがわかるんだけど。
奥本 ゴルフをしながら、「自然はいいなぁ」 なんて言っていたりするけど、ひどい勘違いですね。
池田 ほんとうですね。生えてる木も、もとからあった木ではなくて、全部外から持ってきた木でしょう。一回緑を全部剥がして、そこに違うものを植えてるわけですから、どうしようもないですよ。剥がしてそのままにしておいたほうが、まだマシです。すると勝手に雑草が生えてきますから。ゴルフ場は雑草をとにかく全部除草剤で枯らしてしまいますしね。
奥本 日本人の潔癖症というか、目の細かさが災いしてますよね。その点、アメリカ人なんかはもう少し大雑把でしょう。日本人はどんな下手クソでも、プロ並みのきれいなゴルフ場でないと満足しない。
養老 オリジナリティというのが全然ないんですね。僕は、「雑木林でススキの生えてるところでやれるようなゴルフをかんがえろ」 とよく言うんです。

養老孟司・奥本大三郎・池田清彦 『三人寄れば虫の知恵』 (新潮文庫)

◆ とある街を歩いていたら、こんな求人募集の看板があった。

フロアレディ ¥1800~
バニーガール ¥1800~
ホール係   ¥1500
時間 7:00~12:00
時間、曜日、時給、応相談

◆ なんとなく気になったので、写真に撮っておいたら、おともだちのタネさんがコメントをくれた。

◇ この7~12時って当然午後ですよね (笑)
いえ、なんだか時給がさほど、って感じがしたから もしや・・
バニーガールのあの服って 女の子も密かに「着てみたい」ってあるですよ、たぶん

◆ ワタシが気になったのもおおよそそのようなコトで、フロアレディ(というのも何をする係なのかよく知らないが)とバニーガールが同じ時給っていうのはどうなんだろうとか、いずれにしても安すぎやしないかとか、ほんとに朝からやってるのかもしれないなあとか、時給まで相談に応じてくれるとは奇特な店だなあとか。あるいは、バニーガールのいるような店には行ったことがないので、そもそもバニーガールというのは店で何をしているんだろうとか。とりあえず、辞書を引いてみると、

◇ キャバレーやクラブなどで、ウサギの耳と尾を模した衣装をつけて働くホステス。
小学館 『大辞泉』

◇ 酒場で、うさぎをかたどった水着ふうの服装で給仕する女性。
三省堂 『デイリーコンサイス国語辞典』

◇ クラブやキャバレーなどで、うさぎをかたどった衣装をつけて、タバコを売ったり、注文を取り次いだりして、客の接待をする女性。
三省堂 『大辞林 第二版』

◆ まあそういうことなんだろう。辞書を作るのもたいへんなことだな。スピッツに「バニーガール」という曲がある。

♪ 寒そうなバニーガール 風が吹いた
  意地悪されて 震えていた

  スピッツ 「バニーガール」(作詞:草野正宗)

◆ ほんとかどうか知らないけれども、

◇ バニーガールは欽ちゃんの仮装大賞を見ていた時にバニーガール寒そうなだな~って思った事から、この曲ができたらしいです。
citrus.lv3.net/test/read.cgi/spitz/1134293420/

◆ バニーガールについて、草野正宗がどこかでこんな発言をしているらしい。

◇ やっぱりあれは男の幻想を満たすような格好ですよね。欽ちゃんの仮装大賞で、あれ家族揃ってみる番組で、しかも子供とかが仮装してるんだけど、そのアシスタントの女性がバニーガールの格好だってのが、もうすっごい、いかがわしいような気がしちゃって。(笑)
www4.ocn.ne.jp/~jamboree/kotoba.html

◆ いつのまにか、日本でバニーガールといえば、「欽ちゃんの仮装大賞」ということになってしまっているようで、

◇ どうも自分はバニーガール見ると、「欽ちゃんの仮装大賞」思い出してしかたがない。
comic6.2ch.net/test/read.cgi/cosp/1071952601/

◇ いや、普段生活しててバニーガールを見る機会なんて、欽ちゃんの仮装大賞のメダル渡す人くらいですから(笑)。
www113.sakura.ne.jp/~kotatsuga/cgi-bin/anews/a-news.cgi?date=2006.01.16

◇ そういやバニーガールも見たことないなぁ。あるとすれば欽ちゃんの仮装大賞の時に見たくらいか。
rikizo.blog.shinobi.jp/Entry/32/

◇ なかにいるのは噂のバニーガール!! まだ存在したんですね。バニーガールって。欽ちゃんの仮装大賞くらいでしか見かけないと思ったら、こんなところにもいたのか。
homepage3.nifty.com/poptrip/gourmet/costume.html

◇ 欽ちゃんの仮装大賞を見ていて、普通に見ているのが子供。ネタに感心して見ているのが普通の大人。気がつくと出演者そっちのけでバニーガールしか見ていないのが本当のオトナ。
www.maruten.com/digest/20010922.html

◇ 巫女さんのいない神社なんか、バニーガールのいない欽ちゃんの仮装大賞じゃねえかよ。
urawa.cool.ne.jp/hiskondo/diary0107.htm

◇ バニーガールに憧れ、終に面接に行った。欽ちゃんの仮装大賞で微笑むバニーガール。高級クラブで分厚い絨毯を音もなく歩くバニーガール。サテンの耳とバニーコートを着て真っ白なカフスをつけてみたい。
plaza.rakuten.co.jp/kubire/diary/200501170000/

◇ さて、バニーガールといえば「欽ちゃんの仮装大将」。あれってもう全然見てないけど、まだいるの? 多分いないと思うんだけど、女性の権利なんたらの会の圧力で。〔中略〕 僕はあんまりコスプレには造詣も理解もあまりない為、あの特異な服装の魅力が解らない。露出度の高いあの服はそれはそれでいいと思うが。
www.deztec.jp/x/03/0119/kosupure.htm

◆ ワタシも同意見。特に耳とシッポはどうもいただけない。

◆ 『下流喰い』(須田慎一郎著、ちくま新書) という本を買った。サブタイトルが示すとおり 「消費者金融の実態」 をルポしたものだが、内容はともかく、タイトルに惹かれた。だれがつけたのかは知らないけれども(出版社サイドのような気もする)、その思惑とはおそらくは関係がないところで、このタイトルはワタシを魅了した。

◆ 加納光於に 「稲妻捕り」 と題されたリトグラフの連作がある。もちろん 「稲妻捕り」 は「下流喰い」 のようにたやすく買うというわけにはいかないので、展覧会の図録でも眺めて満足するほかないけれども、このタイトルも長い間ワタシを魅了し続けた。

◆ で、ハナシはまったく変わることになるのだが、これらのタイトルをアタマのなかで反響させつつ、ワタシは自分が 「思い出喰い」 ではないかということに、もしくはやや上品に 「思い出捕り」 ではないかということに、ふと思い当たった。獏が他人の夢を喰うように、ワタシは他人の記憶や思い出を食べて自らの栄養としているのではないか?

◆ パソコンでネットサーフィンをする。さまざまなキーワードで検索をし、その検索結果にしたがっていくつかのサイトを訪れる。ブログの流行もあって、個人のサイトであることも多い。そこには intimate な空間が無造作に広がっていて、カギのかかっていない他人の部屋を覗き見るような後ろめたさがないわけでもない。しかし、そんなことさえ気にしなければ、そこで語られる思い出は、けっしてワタシのものではないけれども、もしかするとワタシのものでもよかったはずのものではないか? そんな気がし始めると、もういけない。アカの他人の思い出を、ワタシは自らのものにしてしまおうと不埒な考えがアタマをよぎり、すかさずコピー&ペーストをして、他人の貴重な思い出の数々を無断で掠め取ってしまう。いったい思い出というものに所有権は認められているのだろうか? できることなら、ワタシも、他人の思い出を喰ったり捕ったりしているぐらいには、自らの思い出を他人に提供したい気持はあるのだが、いかんせん、ワタシには、そのような思い出がいちじるしく欠けているように思われて、すこし悲しい。

◆ 日本のハワイといえば、東日本では福島県の 「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾート・ハワイアンズ)」、西日本では鳥取県の 「はわい温泉」 ということになっているらしいけれども、ワタシは残念ながら、そのどちらにも行ったことがない。というか、日本にハワイがあるということさえ知らなかった。ホンモノのハワイはさらに縁遠い。

◆ 関西生まれのワタシは、映画 『フラガール』 を観て初めて、「常磐ハワイアンセンター」 なるものの存在を知った。

◇ 常磐ハワイアンセンターは、現在はスパリゾート・ハワイアンズと名称を変更して営業している。TBS 「ザ・ベストテン」 の中継先だったり、東京ではTVコマーシャルが流れたりと、関東以北の人たちにはなじみがあるようだけど、関西以西の人たちには 「ほら、あの 『常夏のハワイ、常磐ハワイアンセンター』 ってあるでしょう?」 といってもまったくピンとこないことは、大学入学で上京してから知った。
diary.jp.aol.com/zhggn3z/198.html

◇ 「ハワイみたいなとこなのよー」 と、常磐ハワイ体験者でハワイに行ったことのない母は言ってました。本当かよ!と思うのですが私は両方行ったことがないので、何も言えないんですけどね。
www.enpitu.ne.jp/usr2/bin/month?id=23547&pg=200303

◇ 常磐ハワイアンセンターといえば、私が小学生のころ同級のコが夏休みに常磐ハワイアンセンターに行ってきたいうのを聞いて、仲間何人かと常磐ハワイアンセンターとハワイは同じものなのかどうかを真剣に話し合ったことを思い出します。たとえば日本語は使えるのかとか、飛行機や船で行くのかということをです。私たち仲間は夏休みに出かけるところといっても、精々、お盆に田舎のおじいちゃんおばあちゃんちに行くくらいでした。
www.geocities.jp/maki_and_ryo/papa/papa01.html

◇ ハワイといえば、ハワイアン常磐センターに一度も行ったことがない。子供の頃、近所おじさんたちがハワイに行くか、と誘ってくれたがなんどなくかっこわるい感じがして行かなかった。
sendagipanda.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/collon_from_haw_e1ce.html

◇ 栃木県で育った私にとって、子供のころ 「ハワイ」 には二つの意味があった。ある子が 「うちは夏休みに家族でハワイへ行くんさ」 と自慢する。すると周囲の子供が決まって混ぜ返した。「おめえが行くのは、本物のハワイじゃなく常磐(じょうばん)ハワイアンセンターだべ」 (これらは栃木弁)。
www.mainichi-msn.co.jp/chihou/miyazaki/hyouron/news/20061002ddlk45070091000c.html

◇ 昔は“ハワイ”という所も今ほど身近ではなく、小さなころ父に「ハワイ行ってみたいなぁ(゚o゚)」と言うと「おっ、連れてってやるぞ(^o^)丿・・いわきのハワイに。」と言われたものでした(笑)
www.daitokumaru.com/mail-magazine/m39.htm

◆ 二十年近く東京に住んでいても、こういったタグイの情報は意外と知る機会がない。関東出身の同僚数人に 「常磐ハワイアンセンターって知ってる?」 と聞いてみると、みな一様に 「ああ、日本のハワイね」 といったコトバのあとに、上記の引用と同じような個人的な楽しいエピソードを懐かしそうに披露してくれるのだった。

◆ ある夜ネットで炭鉱関連のことをあれこれ調べていて、とある 「炭鉱まち」 を舞台にした映画がいつの間にか製作され、しかもその映画がロードショーの真っ最中であることを知り、なんだかタイムリーなことだなとは思いつつも、そのうち二番館に流れてきたら観てみようかと記憶の片隅に留めて寝てしまったその翌日、仕事が意外に早く終わり、しかも直帰できる状況にあり、さらには仕事が終わった府中という街でたまたまその映画を上映している映画館があったので、早速 『フラガール』 という映画を観た。

◇ 昭和40年代初め、斜陽化する炭鉱の町を救おうと、炭鉱の娘たちが必死にフラダンスに挑戦した--そんな実話を基にした映画 「フラガール」 (李相日(リサンイル)監督)が話題だ。モデルとなったのは 「常磐炭礦(たんこう)」 (現常磐興産)と、同社設立の 「常磐ハワイアンセンター」 (現スパリゾートハワイアンズ)。産業構造変化の大波のなか、炭鉱の人々はどのように転身をはかったのか……
www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/news/20060927dde012040029000c.html

◆ 日本の産炭地といえば、北海道か九州。常磐炭田の存在も(地理で習ったかもしれないが)知らなかった。

◇ 最初に開発されたのは、筑豊、三池などの九州の炭鉱である。明治29年には官営八幡製鉄所が創業し、日本一の製鉄会社に成長していく。北海道の炭鉱は、九州に遅れて開発され、昭和20年の終戦までは九州の産炭量に遠く及ばなかったが、戦後は小規模炭鉱が多く生産量にかげりの見えた九州に代わって、道内の石炭生産が急速に増加した。大正元年から平成11年までの累積生産量の構成比を見ると、北海道43%、九州50%となっており、両地域で国内産出量の大半を占める。常磐や宇部など他の地域は、合わせても1割に満たない。
www.hokkaido-jin.jp/heritage/17.html

◆ もちろん、北海道と九州を除いてしまえば(!)、常磐炭田を日本有数の炭田だと言うこともできる。

◇ 富岡町付近から茨城県北部までの範囲にわたり、石狩、筑豊炭田に次ぐ日本有数の大炭田だった。最盛期には130余りの炭鉱が稼働していた。1976年8月までにすべて閉山した。
www.minyu.co.jp/omoide/0528om.html

◇ いわき市は炭坑の街だった。福島県富岡町からいわき市を経て、茨城県日立市付近までに広がる炭田は常磐炭田と呼ばれ、本州では最大、日本でも北海道の石狩、九州の筑豊に次ぐ大規模な炭田であった。
www.f-banchan.net/fukushima/onahama/onahama2.htm

◇ 昭和30年代の福島県いわき市は、本州最大の規模を誇った常磐炭田があり、そこで採掘された石炭は、常磐線を経由して京浜工業地帯に送られ、日本経済を支えていました。
www.iwaki-fc.jp/hulagirl/

◆ ともかく、常磐という産炭地があって、その炭鉱から石炭の代わりに掘り出されたのが 『フラガール』 のモノガタリ。

◇ 常磐興産は、炭鉱の斜陽化による収益の悪化を観光業に転換することで生き残りを図った。かつては炭鉱の坑道から温泉が湧出し、労働者を悩ませただけでなくいわき湯本温泉を湯枯させてしまったが、その温泉を利用して常磐ハワイアンセンター(現スパリゾート・ハワイアンズ)を建設し成功を収めた。また鉱床をボーリングしていわき湯本温泉の安定した源泉を確保している。また地場の大企業である日立製作所関連企業が石炭産業従事者の大部を吸収し、自治体としての基盤の維持に貢献した。他の産炭地域の人口の激減・地域振興策の失敗による無惨な状況に鑑みれば、奇跡的とすらいえる。2006年公開の映画 『フラガール』 は、閉山前後のこの地域を描いている。
ja.wikipedia.org/wiki/常磐炭田

◆ 映画はといえば、適度におもしろかった。

◇  私の場合、ブラジャーとパンツは必ずセットで買うんですよね。上下がバラバラだとなんだか落ち着かないから、毎日絶対 「上下セット」 なんですよ。
 ところが先日、会社のみんなで下着の話になった時、他のコが 「ブラは3回使ってからじゃないと洗わない」 とか 「ブラ1枚に対してパンツは3枚の割合で買う」 とか 「ウチの彼氏はブラとパンツがバラバラの方が生活感があるからイイって言う」 とか言い出したから驚いちゃって。

「OLの告白」 『日刊ゲンダイ』 (2006年11月2日付25面)

◆ って記事を読んだから、驚いちゃって。だってワタシ、ブラとパンツをセットでなんて一度も買ったことがないんです。っていうか、ブラを買ったことさえ一度もないんですけど。

◇ 自分の場合、上下セットの下着は一応何組か持ってはいるが、セットになるのは 「偶然」。というのも、新しくパンツをはくのは夜、風呂上りのとき。いっぽうブラは翌朝、トップスの色や襟ぐりの形などに合わせて選ぶため、パンツとそろえることまでは考えてあげられないのだ。たまたま揃ったときに 「ビンゴ!」 と、一人ほくそえむ程度のもの。
www.excite.co.jp/News/bit/00091140974471.html

◆ こういうのが一般的かと思ったら、そうでもないらしい。

◇ 下着もブラジャーとパンツが同じ種類じゃないと嫌です。だからパンツ3Pいくらみたいなのとかブラジャー単一買いみたいなことは出来ません。
gobuffalo.exblog.jp/272729/

◇ 私は、必ずセット買いして、セットで身に付けます。片方が傷めば、もう片方も一緒に処分します。バラバラに身に付けることは、ありません。20代前半。女
knowledge.yahoo.co.jp/service/question_detail.php?queId=1582383

◆ ううん、もったいない。水着じゃあるまいし、セットで着用しても他人に見えるわけでなし、どうでもいいように思うのだけれど、これは最近の風潮でしょうか? 下着メーカーの巧妙な戦略の結果でもあるのだろう。セットで売れば、下着屋は確実に儲かるのだから。

◇ 以前、旅行に行ったとき、大浴場で脱いだときの友達の下着が、上は赤、下は黒 で、ギャッ!!ってなりました。 衝撃でした。 バラバラにも程がある。
applecider.exblog.jp/4234287

◆ たしかにここまでバラバラだと、?っていう気にもなるか。あまり関係ないけど、先日、引越作業終了後、トラックのコンテナ内の掃除でもしようかと思って、ホウキを探したら、見つからなくて、代わりにチリトリだけが見つかった。ホウキのないチリトリもなんだかなあ、と思った。それを思い出して、パンツのないブラジャーみたいなものかと考えてみたけれど、やっぱり関係がない。

  炭住

◆ 「たんじゅう」 とは何か? 辞書で 「たんじゅう」 を引けば、複数の語が該当する。

たんじゅう 【胆汁】
たんじゅう 【炭住】
たんじゅう 【短銃】

◆ ここでは 【炭住】 のことを書きたいのだが、その響きには常に 【胆汁】 のねっとりした感触がつきまとって離れない。というのはもちろん、ワタシの個人的なイメージに過ぎないのだが・・・。

◇ たんじゅう 【炭住】 〔炭鉱従業員住宅の略〕 炭鉱で働く人たちとその家族のために会社が建てた住宅。
三省堂 『大辞林 第二版』

◆ 「炭鉱従業員住宅」 の略という解釈にはやや疑念が残る。一般的には、よりシンプルに 「炭鉱住宅」 の略語と見なされているだろう。

◇ 炭鉱住宅(たんこうじゅうたく)とは、主に炭鉱周辺に形成された、炭鉱労働者用の住宅のことである。往時の石狩炭田や筑豊炭田などの炭鉱都市周辺には数多くの炭鉱住宅が存在した。これらは炭鉱会社により建設され、光熱費を含め住宅費は無料であり、現物給与・福利厚生的な側面も強かった。炭住(たんじゅう)との略称がよく用いられる。 かつては木造の長屋形式が主体であったが、戦後には急速にアパート形式の集合住宅が建てられた。
ja.wikipedia.org/wiki/炭鉱住宅

◆ 筑豊炭田の九州と並んで、日本の主たる産炭地であった北海道に住んだことがありながら、学生だった当時のワタシは 「タンジュウ」 というコトバを耳にしたことがなかった。「炭鉱住宅」 と言われれば、そのコトバ自体は 「炭鉱」 というコトバと 「住宅」 というコトバを知っていさえいれば、その意味するものを想像するのになんの困難もないので、たとえば富良野にクルマで遊びに行く途中、止まることもなく通過した歌志内や赤平や芦別あたりに、そういえば古びた一群の長屋住宅が点在していたことを思い出し、ああ、あれのコトかと理解はできただろうけれど、それは 「ケイタイ」 というコトバが 「携帯電話」 の略語であることを知ってからでないと 「ケイタイ」 の意味するモノがわからない、といったような一種迂遠な理解の仕方であって、いまの若者にとって 「ケイタイ」 といえば、それはダイレクトに 「ケイタイ」 なので、いちいち 「携帯電話」 の 「電話」 が省略されたコトバだとはだれも考えはしないだろう。実際の 「タンジュウ」 を知るひとにとっては、「タンジュウ」 はあくまでも 「タンジュウ」 にほかならず、けして 「炭鉱従業員住宅」 の略語というようなものではなかった。ワタシがこの 「タンジュウ」 というコトバが話されるの聞いたのは、わずか数年前のことで、そのときワタシのアタマは 「タンジュウ」 の音にまず 「胆汁」 の意味を重ね合わせ、それが間違いであることに気がついて、そののち 「炭鉱住宅」 という用語をなんとか導きし、その略語が 「タンジュウ」 というコトバである、という道筋をたどって、ようやくこのコトバを理解したのだった。〔なにを言っているのかよくわからないと思うので、アタマをもう少しすっきりさせて書き直したいと思います。〕

◆ 以下、炭住に関連する文章をいくつか並べる。

◆ 五木寛之の旧い対談集を読んでいたら、寺山修司との対談(初出:『情況』 1975年4月号)で、こんなことを言っているのが目に留まった。

◇ で、なぜ自分が流民に固執するのかと言えば、ぼくは自分の家に住んだことがないんですね、親父が公務員だった関係で、官舎とか公舎とか借家に住んでいたでしょう。自分の家というものがわからない。福岡に帰ってきて、ぼくは筑後のひじょうに豊かな地域に非土地所有者、非家屋所有者として住みつく。で、ぼくは筑豊へ行くことに憧れるわけです。普通は筑後地方では筑豊へ行くということは地獄へ落ちるということを意味するんですがね。にもかかわらずなぜ憧れたかと言えば、あそこには炭住というのがあって、やはり土地を持たない家を持たない人間がどんなに苦しい生活をしていても、ある意味では持たざるもののカタロニアなわけです。だから中農の土地所有者のなかで非土地所有者として紛れ込んでいるよりは、筑豊のような場所の方が憧れだったわけです。
五木寛之他 『視想への旅立ち』 (河出文庫,p.166)

《カムイミンタラ》 1984年5月号、伊藤みえ子 「山の神様」 より。

◇ この山もかつては、ぎっしり炭住の長屋が並び、朝起きて 「何かないかあ」 といえば 「アイヨッ!」 とばかり、つっかけ姿で家の前からワサビをひきぬき、熱いごはんをワサビじょうゆで食べるような生活があったのである。
kamuimintara.net/detail.php?rskey=2198405z02

◆ 夕張の炭住が舞台の映画 『幸福の黄色いハンカチ』 の山田洋次監督の発言。

◇ 「炭住ではなく、六本木ヒルズに暮らすことは進歩でしょうか」
www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/archive/news/2006/07/20060718dde012040034000c.html

◆ 炭鉱については書きたいこともいろいろあるのだけれど、あれこれ考えが広がってまとまらない。