MEMORANDUM

◆ あるブログのコメントにこんなのがあった。ある夫婦のエピソード。

◇ 大宮の氷川神社近くの駐車場で 「銀杏(ぎんなん)」 が売られていたのですが、都会育ちの主人は 「落ちてるもん売ってんの?」 と買う気まんまんの私を反対してました。銀杏てもともと落ちてるもんじゃないのかしら? スーパーの銀杏は販売用に栽培してるのですか???
yumidesu.exblog.jp/5984862

◆ これが全文なので、詳しい事情はわからないが、あれこれ想像してみるのは楽しい。

都会育ちの主人は 「落ちてるもん売ってんの?」 と買う気まんまんの私を反対してました。

◆ 主人は 「都会育ち」 とわざわざ記していることを考えれば、妻は都会育ちではないということになる。その都会育ちではない妻が、神社のイチョウから収穫した(=落ちているものを拾った)ギンナンを買おうとしている。どちらが都会人な発想だろうか? それにそもそもイチョウ自体が都会の木である(自生種ではない)。主人が 「あちこちに落ちているものをなにもお金を出して買う必要はない」 と思ったのだとすれば、それを買おうとしている妻の方がより都会的だということにならないだろうか?

◆ おそらく妻は 「落ちてるもん売ってんの?」 という主人の発言の趣旨を誤解している。妻は主人がギンナンという食べ物がイチョウの木から落ちるものであることを知らないとでも思ったのではないか? 主人は 「都会人」 だから。でも私は自然に親しんでいたから、ギンナンがイチョウから生ることも知っているし、秋になると、イチョウの木からギンナンが落ちて、その果肉を落とせば、食べられるギンナンになることも知っている。主人は都会育ちだから、なんにも知らない。

◆ たしかに主人は大宮の氷川神社の境内でギンナンがたくさん落ちているのを見て驚いたかもしれない。知識では知っていたが、実際にこんな光景を見るのは初めてだ。ここに落ちているのが、あの焼き鳥屋で食べているものなのか? そう思ったかもしれない。その落ちているものが近くの駐車場で売られているのを見て、拾えばタダなのにと思ったかもしれない。

◆ 妻の 「銀杏てもともと落ちてるもんじゃないのかしら?」 という発言によって、さらにもうひとつの誤解の可能性を読み取れる。妻は、食品として販売されているギンナンが、自然に生えているイチョウから自然に落ちてきたものを拾い集めて売っているのだと思っているらしい。

◇ スーパーの銀杏は販売用に栽培してるのですか???

◆ もちろん、販売用に栽培しているのである。

◆ お客さんチの玄関のそばにこんな虫がいた。写真を撮ろうとして近づくと、うろちょろ地面をはいずりまわるので、ピント合わせがむずかしい。こちらも疲れたが、虫の方も疲れたのだろう、一休みしたところを、なんとか撮ることができた。みな苦労しているようで、

◇ ものすごい速さで移動するので、写真撮影には苦労しました。カメラを構えて追いかけながら、フラッシュを焚いてみたり、マクロモードにしてみたりと。20枚くらい撮って、ちゃんと写ってたのはわずかに3枚。
sorairo-net.com/insect/osamushi/001.html

◆ この虫はアオオサムシ Carabus insulicola。関東ではごくふつうに見られるオサムシの仲間だそうだ。

◇ 肉食性で、ミミズ類やネズミなどの死骸も食べます。色彩は、緑、緑銅色、金色、黒色などさまざまです。後翅は退化して飛ぶことはできません。
www.chiba-muse.or.jp/UMIHAKU/shizen/risokyo/08-aug/8-aoosamusi.htm

◆ 飛べない? だから、ちょこまか逃げ回っていたんだな。理由も分からず人間に追い回されて、そのときコイツは、オレにも羽があったらなあ、と思ったかどうか?

◇ これらのオサムシの仲間は、昼間は落ち葉や石の下などに隠れていて夜になると活動を開始する。このため私達のごく身近に生息しているにもかかわらず、見たことが無い方が多いようである。最も普通に見られるアオオサムシは緑色の金属光沢を持つ美しい甲虫で、主にミミズを食べると言われ、時には地面に接して噴き出しているクヌギの樹液を吸っていることもある。冬期は後述するように、朽ち木や土の中で成虫で越冬する。
michibatashizen.sakura.ne.jp/mushiniki-55.htm

◆ このアオオサムシ、キノコ好きにも有名らしい。オサムシタケ Tilachlidiopsis nigra というキノコのホスト(寄生主)が関東ではおもにアオオサムシ。

◇ 甲虫の一種オサムシに寄生する冬虫夏草の一種です。冬虫夏草の中では比較的一般的で、都内の公園で数十個見つけたこともあります。写真のきのこはオサムシの成虫に寄生していますが、幼虫に寄生することもあります。
yokohama.cool.ne.jp/benitengu/osamusi.htm

◇ 冬虫夏草はその気で捜すとクモタケやオサムシタケは明治神宮でも代々木公園でもけっこう見つけられます。
isao.web.infoseek.co.jp/zukanall/fnpi07-4.html

◆ ワタシはその気になったことがないので、オサムシタケ、いや冬虫夏草そのものをまだ見たことがないが、画像を見るだけでもびっくりする(《オサムシタケ - Google イメージ検索》)。

  光月湯

◆ 東京浴場組合の 《最新銭湯マップ発行後の廃業浴場》 のリストによると、今年の11月9日現在で、「最新銭湯マップ発行」 以降、都下の銭湯が215軒廃業したということだ。なるほど。いやいや、最新の銭湯マップがいつ発行されたかがわからないとハナシにならなので、調べてみると、どうも2002年版が最新であるようだ。ということは、この4年間で一度も銭湯マップの改訂がされていないのか・・・、とコチラの事実に驚いている場合ではない。驚くべきなのは、4年間で200軒以上の銭湯が廃業に追い込まれていることで、これは、風呂なしアパートに住んでいるワタシにとっては、死活問題である。とは、ちと大げさと思われるかもしれないが、内風呂がないということは、ワタシのアタマのなかでは、即 「銭湯はみなワタシのものだ」 ということを意味するので、少しも大げさなハナシではない。ワタシの資産がつぎづぎと勝手に減じていくのは、実に腹立たしい限りである。少なくとも、ワタシの許可を取ってからにしてほしい。

◆ 先日も、ふらりと別荘にでも行く気分で、台東区入谷にある光月湯に赴いたところが、開いていなかった。定休日が変わったのかとも思ったが、「次の定休日は」 のあとに文字はなく、してみると、永遠に定休日になってしまったのだろう。その下の 「さわやかに・・・今日の疲れを・・・流しましょう・・・」 というコトバが白々しい。

◆ とはいえ、この光月湯には一度しか入ったことがない。2005年3月15日 のことだ。なかな気に入ったので、それ以降も訪れようとしたが、道に迷ってたどり着けなかったこと数回。なんとかたどり着いたが時間がなくなってしまい、下足箱を写しただけで帰ったこと一回(2005年10月18日)。それくらい目立たないところにあるのである。そもそも初めて行ったのも、この辺りをぶらついていてたまたま見つけたのだった。そして入るのには多少の勇気が必要だった。

◇ マンションも目立つ下町に、ひっそりと忘れ去られたように佇むレトロな銭湯。周りの喧騒の中で、ここだけ時間が止まっているようである
www21.ocn.ne.jp/~spa-mich/todofuken/tokyo/063_kogetsuyu.htm

◆ そして、ほんとうに時間が止まってしまった。今年の8月27日のことらしい。

◇ もうすぐ廃業という話を聞いて、今回は何かのついでではなく、光月湯に入るために、入谷までやってきました。(中略) 好きだった銭湯がなくなるというのは、本当に寂しいものです。私とて日常的に通っていたわけではないのですが、かっぱ橋あたりに来るたびに寄っていたので、かなり愛着のある鉱泉銭湯でした。これも時代の流れで仕方のないものなのかもしれません。最後にご主人と女将さんにお礼を言うことが出来てよかったです。今まで本当にお疲れ様でした。そして、度々の入浴、本当にありがとうございました。光月湯の建物はなくなっても、この近くに来るたびに思い出すことでしょう。
yudetako.com/kougetsuyu.html

◆ さいわい建物自体はまだなくなってはいないので、運がよければ(?)、中に入れて、浴場床の亀甲タイルを見ることができるかもしれない。

◇ ここの銭湯を訪問した最大の理由は、正六角形の白い亀甲タイルがあるから。床は亀甲タイル。男女境側の入浴道具を置く台には竹割タイルもある。いずれも新しい銭湯では見ることができない。
www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/kougetsuyuiriya.html

◆ 亀甲タイル? 写真を見直すと、たしかに正六角形の白いタイルが写っている。撮ったときには、もちろん亀甲タイルの存在に気がついていたはずもない。まったく写真というのはおそろしいものだ。

◆ ここ最近で(といってももう半年前になる)、一番驚いたのがキノコだった。6月16日の夜のこと。仕事を終えて電車に乗り、渋谷駅に着いたのは9時くらいだったろうか。西口バスターミナルに向かう。あとは家まで中野駅行のバスに乗るだけだ。あいにくバスはまだ到着していなかった。いや、すでに停車していたのかもしれない。その辺の記憶はあいまいだが、その場合でも、バスはここが始発なので、空席がなさそうな場合には、つぎのバスを待つことにしているのだ。ともかく、タバコを一服することにして、東急プラザ前の喫煙所(灰皿が置いてあるだけだが)に行く。小雨が降っていた。先客が数人いたので、灰皿の間近の混雑を避け、となりの植え込みの縁石あたりで、傘をさしながらタバコを吸うことにする。そこには雑草潅木のたぐいが勝手気ままに生い茂り、本来植えられているはずの樹木はない。代わりに切り株が無残な姿をさらしている。病気のせいで切られてしまったのだろうか? 観察していたわけではない。ぼんやり眺めていただけだ。さらにしばらくぼんやり眺めていると、ふと不意に、潅木のほの暗い茂みの陰に、なにやら妖しいものがはびこっているのに気がついた。酔っていたのだろうか? 電車に乗る前に缶ビールを飲んだような気もする。いや、茂みの陰だけではない。よく見ると、縁石で囲われた二畳くらいの方形の土壌の上ををほとんど覆うようにして、青白く得体の知れないものが群生していた。これまで幾度もここでタバコを吸ってきたというのに、こんな光景は見た記憶がない。近づいて見てみる。何百いや何千の小さなキノコが窮屈そうに寄り添って傘を広げていた。こんな街中のひどく限定された空間に、道行く人間たちとはまったく無関係に傘を広げている幾千のキノコ。それを見ているのはワタシしかいない。しばらく茫然としてその光景に見とれていた。写真を撮ろうと思ったが、あまりに暗すぎるので諦めて、タバコの火をもみ消しその場を離れた。

◆ その翌日、キノコの写真を撮りに同じ場所を訪れてみると、なんたることか、そこにあったはずの無数のキノコは跡形もなく忽然と消えうせていた。そんなことがあるだろうか? 昨夜見た光景は幻だったのだろうか? ああそうだ、電車に乗る前に飲んだのは缶ビールではなかった。駅前の居酒屋で少なくとも中ジョッキを二杯・・・。でも二杯くらいで酔っ払うわけはない。疲れていたせいかもしれない。などと訝しく思いながら、諦めきれずに、よくよく見てみると、「跡形」 は少しだけ残っていた(ここには何種類ものキノコが生えているようでもあり、昨夜のキノコがこれだったという確証はないが)。けれど、その残骸は昨夜の光景には比べるべくもなかった。

◆ キノコについてはなにも知らなかった。あの幻のキノコが気になって、あれこれ調べてみると、どうもヒトヨタケ科の一種であるようだが、正確にはわからない。ヒトヨタケ、あの雨の夜の幻のキノコにはいかにもふさわしい・・・。

◇ ヒトヨタケの仲間の菌糸はどれも成長が早く、きのこが大きくなるのも、とけるのも早い。ヒトヨタケというのはきのこが一晩で育ち、消えてしまうことろからきた名前である。もっとも、ヒトヨタケそのものは一日半ほどでとけ、ネナガノヒトヨタケは朝開いて、数時間でとける。種類やその時どきの条件で、きのこののび方やかさのとけ方が変わる。
小川真 『きのこの自然誌』 (築地書館,p.90)

◆ 溶けるキノコがあるなんてことも知らなかった。自己消化というらしい。

◇ 成熟した子実体の傘は周縁より中心部に向かって自己消化により次第に液化し、ついには柄のみ残し、一夜で溶けて黒色の胞子(担子胞子)を含んだ黒インクのような液と化してしまう。これがヒトヨタケの名の由来である。
ja.wikipedia.org/wiki/ヒトヨタケ

◆ また、ヒトヨタケ科にはイヌセンボンタケという種もある。このキノコの傘は液化しないようだが、千本茸というだけあって、群生の数がすごいらしい。もしかしたらこれだったかもしれない。

◇ 「千本」の名を冠する菌類には何かと群生するものが多いが,イヌセンボンタケはそんな手合いの中では極めつけともいえる存在である。比較的遭遇しやすい上に,群生の規模が桁違いに大きいからだ。数百本程度のまとまりは本種としては珍しくも何ともない。
www.geocities.jp/primulakisoana/mushrooms/inu1000.html

◇ 切り株や杭の根元などで、湿り気のあるときに発生します。小型の菌ですが、いっせいに何百何千本と出現するので幻想的です。
park18.wakwak.com/~fungiman/urayama/inusenbo.htm

◇ 群生のすごさで言えば、このきのこはかなり上位に位置することでしょう。ただし、ヒトヨタケの仲間なので短命。ものすごい群生に出会うためには、余程日ごろの行いを良くしないとダメかもしれません。
babu.com/~gyu_suke/inusenbontake.html

◆ イヌセンボンタケの群生の画像には、どれも圧倒される。《イヌセンボンタケ - Google イメージ検索》

◆ あの幻のキノコを見てからというもの、バスに乗る前には切り株のそばで一服しながら、キノコを見ている。あの夜の群生キノコにふたたびお目にかかることはないけれど、いつでも数種類のキノコに会うことができる。相変わらず名前はわからないままなのだが・・・。

◆ そんなふうにして、しばらくのあいだ、つかの間のキノコ観察がちょっとした日常の楽しみだったのだが、先日(10月15日)、ここを訪れてみると、雑草はきれいさっぱり引っこ抜かれ土も新しく入れ替えられて、キノコはもう見当たらない。でも、キノコのことだから、またすぐに顔を出すのではないのかなあ、と思ったり。

♪ 燃え殻つぶしのモク拾い
  年老いたというには早すぎるけど
  僕達はつかれてしまった

  小椋佳 「モク拾いは海へ」(作詞:小椋佳)

◆ ギンナン拾いのことを書いていて、ギンナンとはなんの関係もないが、モク拾いというコトバを思い出した。路上に捨てられたモク、つまりタバコ(の吸殻)を拾う行為、さらにはその行為者を指すコトバだが、なんのために拾うのかによって、かなりニュアンスが異なってくる。近年はこんなふうに使うらしい。

◇ 木住野社長は、地元の五日市で「ゴミを拾って歩こう会」を6年前よりたった独りからはじめ、小中野から五日市橋まで、ゴミ拾いやモク拾いの奉仕活動を毎週実践している。
www.akiruno.com/repo/wshop/wshopwoodman.htm

◇ 私は以前から、自宅から駅まで毎日100本の吸殻拾いをしてきたが、いくら拾ってもきりがないので、お茶やジュースの空き缶を針金を通して100個ぶらさげた。そうしたら、歩き喫煙者が協力してくれて、路上にポイステが減った。1日100本拾うことは珍しくなり40~50本以下になった。(中略) まだまだ元気なので、モク拾いはこれからも続けたい。
www.koganei.com/bikai/kaihou13.htm

◆ 拾ったモクはどうなるか? もちろんゴミとして捨てられるのだろう。

◆ また、自分で吸うためにモクを拾う場合もあるだろう。

◇ その先生は煙草が好きで好きで、しかしあまりお金が無かったので、思うように煙草が買えなかった。で、その先生がどうしたかというと、野球の試合が終わった後の野球場へ行って、落ちている煙草を沢山拾い、その吸いさしを家に帰ってからばらして一つにまとめ、そうやって吸っていた、というんですね。いわゆる「モク拾い」ですな。
plaza.rakutenco.jp/professor306/diary/200510070001/

◇ タバコが切れるとシケモク拾いに行きます。シケモクだったら、コインランドリーがお薦めですよ。灰皿をめったに取り替えないので、イイのが残ってるんですよ(そんなレクチャーいらん)。
mimi33.exblog.jp/2546976

◆ けれども、この「モク拾い」というコトバのよりスタンダードと思われる用法は、その目的が街の清掃でも自らの喫煙でもなく、現金を得るための生活手段としてのものであって、その場合の「モク拾い」は一種の歴史用語といえる。

◇ 終戦直後、道に捨てられた吸い殻を拾い集める「モク拾い」という商売があった。拾った吸い殻をほぐして巻き直し、また、新しいたばこに再生させるのである。こうして作られたたばこは「シケモク」と呼ばれ、味は悪かったがたばこ不足の折柄、ヤミ市などでよく売れた。篠竹の先に針をつけた「モク拾い」専用の道具も登場した。
www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventDec/sikemoku.html

◇ 売札のおばさんから、こんな話を聞いたことがあります。戦後、上野には浮浪児がいっぱいいました。モク拾いや靴みがきをやってて、食べるためとはいえ、評判は悪かった。その子たちは動物園に行きたいけど、お金がないから隠れて入って行く。それを見た古賀さんは売札場のおばさんに、黙って入れてやりなさいとおっしゃった。お母さんと一緒にキリンを見ている子どもたちの目と、真っ黒に汚れた浮浪児たちが夢中になってキリンを見ている目とは同じだと。そして、「この子たちのために」という古賀さんの思いが、上野動物園のいち早い復興につながるんです。
www.1101.com/fujin-ido/13.html

◇ 終戦後、浮浪児などがやっていたモク拾い(タバコの吸い殻拾い)は吸い殻三本で一本のタバコになり1円20銭で引き取られ、月収3000円(当時)にもなった。そのメッカは後楽園球場。
tanu2sfiles.gozaru.jp/knowledge10.html

◇ 当時の内職にモク拾いというのがあった。棒の先に釘の尖ったほうを先にして、落ちている外国製のたばこ、すなわち洋モクを拾っては、家でカミを破いて煙草の葉を集め、インディアン紙でくるんで売買するのだ。
www.tamagawa-np.co.jp/machinohi/78.html

◇ こうして集めた吸い殻はどうするかと言うと、全部ほぐして、新しい紙に巻き換えるのである。その頃は政府もモク拾いを奨励していたのかどうか知らないが、煙草の粉を簡単に紙に巻ける機械を専売局が作って、煙草屋で売っていた。紙も専売局のを売っていた。併しそんなのを買っては高く付くから、紙はその時々の手に入り具合で各種のものを使用した。極上は、昔の三省堂の英和辞典を破いたものであるが、字引き一冊分の紙は直ぐになくなる。白水社の仏和辞典は、これに較べれば少し質が落ちる。併し何もなければ、古い障子の紙を使っても、その客は文句を言わなかった。
吉田健一 『三文紳士』(講談社文芸文庫)

◇ 瓢箪池の前には、モク(タバコ)売りが並んでいる。ピースや光の箱を並べてあるが、中味は云わずと知れた手巻き、それもモク拾いから買った吸殻をバラして捲いたものだ。そのわきで三十五、六の乞食パンスケが胸をはだけ、ダラリと垂れ下がった乳房もあらわに、しきりにシラミとりをやっていた。
平野斗史「浅草の朝から夜まで」(山田太一編 『浅草 土地の記憶』,岩波現代文庫)

◆ こんなのもある。昭和25年4月、第7回国会参議院本会議における日本共産党の参議院議員・岩間正男(北原白秋に師事した歌人でもあった)の発言。

◇  数千がモクを拾いて生きており
    一人が安定をうそぶけるとき
 最近は文芸の領域にも、このような失業苦と税金によるところの苦しい生活を歌つた、そういうような素材を主題にしたところの作品が非常に多くなつている。私は歌を毎月見ておりますが、その中の一首に今のような歌があつたのであります。モクというのは、これは政府の諸公は御存じないかも知らんけれども、煙草の吸殻のことである。上野や浅草に行けば、モク拾いが群がつているのであります。数千がモクを拾つて生きており、一人が安定をうそぶくとき、安定をうそぶいている池田蔵相に対して、予算委員会において、あなたはこれに対してどういう御感想をお持ちになるかということを聞いた。ところがこれに対して蔵相は答えることができなかつたことは当然でありましよう。じたばた論議であの物議を醸した蔵相としては、当然この歌に対して答えることはできなかつた筈であります。併しながら、このような姿が現在の吉田内閣、安定をうそぶいている吉田内閣の足許に起つているところの実情であるということをはつきり申上げなければならないのであります。(拍手)

kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/007/0512/00704030512037c.html

◆ そうそう、これは前にも書きましたが、

◇ タバコをモクと言うのは、かつては煙がモクモク出るからと思っていましたが、雲の倒語であるそうです。煙を雲に見立てたのです。
www.nikkoku.net/ezine/asobi/asb19_02.html

◆ 去年のいまごろ、「ギンナン」 にまつわるエピソードを書いたことがあったが、ギンナンのハナシふたたび。

♪つま先たてて海へ モンロー・ウォークしてゆく
南佳孝 「モンロー・ウォーク」 (作詞:来生えつこ)

◆ 今月7日、台東区下谷の小野照崎神社の境内にはだれもいない。イチョウの葉はまだ青々としているけれど、地面にはすでに無数のギンナン。この日は風の強い日で、ポタポタと音を立てて次から次から落ちてくる。踏むと臭いが面倒なので、地面のギンナンを巧みなステップでよけながら、歩く。歩きながら、ふと疑問が湧いた。こんなにたくさんギンナンが落ちているのに、なぜだれも拾いにこないのか?

◇ うあっ もったいない! 大好きなのにぎんなん 誰も拾いにこないのかしら 勝手に拾ったらダメって書いてあるのかなあ

◆ とはタネさんのコメントだが、ワタシもまたそう思ったのだった。もしかして、神社でのギンナン拾いは禁忌(タブー)なのかしら? そんなことが気になって、ネットでギンナン拾いならぬ思い出拾いをしてみると、あるわあるわ。

◇ その神社の境内のギンナン、とってもたくさん採れるんです。そして、境内の一部が駐車場になっていたため、落ちたギンナンを車が踏んで、それはもう、臭いました~~!歩き始めた頃の息子と 「ギンナン、ホイーホイ!」 と言いながら拾い集めたこと、今でも時々思い出します。
echo-art.seesaa.net/article/26600828.html

◇ 昨年の秋、奥津温泉に行った時、道の駅の真後ろに小さな神社がありました。神社の側を歩いていると、小さな境内を埋め尽くすように銀杏が落ちていました。最近では拾う人もいないのでしょうか。同行した友人達が大喜びで拾って帰りました。珍しい光景でした。こんなにたくさんの銀杏を見たのは初めての事でした。
www2.kct.ne.jp/~monohito/ginnan.html

◇ 子どもの頃よく神社の境内のギンナンを拾ってきて、土に埋め、外皮が取れたところで掘り出し、火鉢で焼いて食べました。食料難のころのよいおやつでした。東高の校庭にも大きな銀杏があり、落ちたギンナンを教職員の方が集めておられた記憶があります。今、飲み屋で注文するとけっこう高価です。
harumi-sunrise.g-1.jp/archives/2006/01/post_153.html

◇ 街路樹から落ちたギンナンを拾ってきた。拾いながら、子供の頃台風の後にバケツと火バサミをもって近くの神社へ拾いに行った事を思い出した。近所のばー様たちと早起きの競争をして拾ったものだ(苦笑)。
www.himawarinet.com/blog/kamecha/my_top.cgi?article_id=1574

◇ 幼い頃の秋というと、母に連れられて神社の境内にギンナンを拾いに行ったのは懐かしい想い出の一つです。当時はギンナン独特の匂いなどを気にすることも無く、ゴミ袋一杯に詰めて持ち帰ったものでした。
(中略)
いつしか私は、ギンナンの匂いに鼻をつまみながらイチョウの樹の下を歩くようになりました。

www.k2.dion.ne.jp/~half/pastHP/kon/031128.htm

◇ 私は今でも苦手です。というのも、小学生のころ。私の通っていた小学校の児童会には 「保健委員会」 や 「図書委員会」、「給食委員会」 といった委員会とまったく同じレベルで 「資金調達委員会」 という謎の委員会が存在し、その委員会がやることといえば、「秋のぎんなんの収穫」 だったのです。秋の日の放課後は、委員会の子どもたちが学校のすぐ東側にある神社に乱入し、ぎんなんをひろってひろってひろいまくる! 私の記憶では、神社のイチョウの木に向かって先生が校舎から、サッカーボールを投げてぎんなんを落としていたような・・・子どもは 「きゃっきゃ」 と喜びながら、当然ぎんなんまみれ。壮絶です。私もどういうわけか、その委員会に所属していてえらい目にあいました。
blog.honeyrockets.com/?eid=564743

◇ ちょっと前の話ですが、火曜日は校内写生大会でした。2年生は、とある神社に描きに行きました。その神社はギンナンが多く、とても臭いです。僕が絵を描いていると、とある男子生徒が潰したギンナンを投げてきました。僕の顔面に当たって、跳ね返って僕の絵にもあたりました。思わずこう言いました。「ちょ来いや!」 (ちょっと来いや。)
wind.ap.teacup.com/applet/iyotyu/20061022/archive

◇ むかーし、私が七五三のお参りに行った時にも、神社にギンナン落ちてまして、凄い臭いの中、伯母と母が拾いまくってました。私も手を出そうとしたら 「あなたは着物が汚れるからやめなさいッ」 と怒られ、おかーさんだって着物じゃーん(・3・)と思った記憶があります……
castelha.blog69.fc2.com/blog-entry-92.html

◇ 近くの神社が抜け道になっていてよく通る。今の時期境内はギンナンの臭いがすごい。境内には何本もあるので、ものすごい臭いだ。決められた日にギンナン拾いがあるそうで、たくさんの人が集まり賑やかになる。あんなにたくさん拾ってみんなどうするんだろうか?食べるのかな。
kitaarupusu-hakuba.cocolog-nifty.com/kitayatsu3/2006/10/post_4343.html

◇ 西津屋から帰宅して、ついでに山の幸もと、近くの神社に 「ギンナン」 を拾いに行ってみました。小さい頃は親父に言われて、よく拾いに行った(親父の酒の肴)ものでしたが、本当に何十年ぶりのことでした。とりあえず100個ほど拾ってきましたが、これからが大変です。しばらく水につけ実の部分を腐らせてからの種取りです。
tsushima-anbow.cocolog-nifty.com/shizen/2005/11/post_39d8.html

◆ みんな神社でギンナンを拾っているようだから、大丈夫なんだな。今度また行って拾ってくることにしよう。まだ残っていれば。

◆ はらたいらが63歳で亡くなった。宇崎竜童は60歳で阿木燿子は61歳だそうだ。今日のスポーツ新聞に阿木燿子のインタヴュー記事が載っていた。

◇  怒涛(どとう)のように押し寄せる加齢症候群。これを次から次へ受け入れるってことはかなりつらい。年齢なんか聞かれても、ある時から、あんまり言いたくない。
 「そう。わたしも、パキスタンを旅したことがあって。その時、地元の子供たちと一緒になって。そしたら、ワタシを囲んだ子供たちが、すぐ聞いてくるの。“いくつ、いくつ。おばさん、いくつ” って」
 ――言えました?
 「言えなかった。なんだか向こうの人って、私ぐらいの年だと、本当にお年寄りって感じなのね。そんなこともあって。言えなかった。言いたくない気持ち、よーくわかる。でも、本当は自分の年を肯定するというか、受け入れるようになりたい」

「日曜日のヒロイン:阿木燿子」 『日刊スポーツ』 2006年11月12日付30面

◆ ついでに松任谷由実は52歳で中島みゆきは54歳だそうだ。中島みゆきの歌にこんなのがある。

♪としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか

  中島みゆき 「傾斜」(作詞・作曲:中島みゆき)

◆ 夭逝に憧れた過去があるわけでもなし、近頃の自殺の方法のハヤリはどうして首吊りなのだろうということが気になったりはするけれど、特に死ぬべき理由もないので、なんとなく生き続けてきて、はや四十余年。歳をとるのがステキなことだと思えるのは、以下のようなときだったりもする。

◆ ある朝、ワタシは玄関の外で、なぜだか財布から120円を出していたのだった。しばらくその120円で自分がなにをしたいのかが理解できなかった。ワタシがいま玄関の外にいるのは、仕事に出かけるためで、と自分の行動をいま一度復習してみると、アパートの部屋から出たのだから、しなければいけないのはカギを閉めること。だから、財布からカギを出して・・・、ああカギ出してないや。カギを出さずに120円を出してるや。なにやってんだか。でも、どうして120円。ああ、缶コーヒーを買おうとしたんだな。でも玄関の前には自動販売機はない。ちと順番を間違えた。ただそれだけのこと。ははは。

◆ 先日(10月17日)逝去された西洋史学者の木村尚三郎の講義は、ナニがナニしましてですね、といった調子の固有名がいちじるしく欠如したハナシが延々と続くので、ナニがナニやらさっぱりわからなかったとか。

◆ アイルランドの詩人イエーツに “Men Improve with the Years” という詩があって、それを大江健三郎がどこかの小説の引用していたのを読んだ記憶があるけれど、どこだか思い出せない。「人間は歳月とともによくなっていく」 のだとしても、ワタシは土星人だからどうだかなあ!