|
◇ ものすごい速さで移動するので、写真撮影には苦労しました。カメラを構えて追いかけながら、フラッシュを焚いてみたり、マクロモードにしてみたりと。20枚くらい撮って、ちゃんと写ってたのはわずかに3枚。 ◆ この虫はアオオサムシ Carabus insulicola。関東ではごくふつうに見られるオサムシの仲間だそうだ。 ◇ 肉食性で、ミミズ類やネズミなどの死骸も食べます。色彩は、緑、緑銅色、金色、黒色などさまざまです。後翅は退化して飛ぶことはできません。 ◆ 飛べない? だから、ちょこまか逃げ回っていたんだな。理由も分からず人間に追い回されて、そのときコイツは、オレにも羽があったらなあ、と思ったかどうか? ◇ これらのオサムシの仲間は、昼間は落ち葉や石の下などに隠れていて夜になると活動を開始する。このため私達のごく身近に生息しているにもかかわらず、見たことが無い方が多いようである。最も普通に見られるアオオサムシは緑色の金属光沢を持つ美しい甲虫で、主にミミズを食べると言われ、時には地面に接して噴き出しているクヌギの樹液を吸っていることもある。冬期は後述するように、朽ち木や土の中で成虫で越冬する。 ◆ このアオオサムシ、キノコ好きにも有名らしい。オサムシタケ Tilachlidiopsis nigra というキノコのホスト(寄生主)が関東ではおもにアオオサムシ。 ◇ 甲虫の一種オサムシに寄生する冬虫夏草の一種です。冬虫夏草の中では比較的一般的で、都内の公園で数十個見つけたこともあります。写真のきのこはオサムシの成虫に寄生していますが、幼虫に寄生することもあります。 ◇ 冬虫夏草はその気で捜すとクモタケやオサムシタケは明治神宮でも代々木公園でもけっこう見つけられます。 ◆ ワタシはその気になったことがないので、オサムシタケ、いや冬虫夏草そのものをまだ見たことがないが、画像を見るだけでもびっくりする(《オサムシタケ - Google イメージ検索》)。 |
|
◆ 東京浴場組合の 《最新銭湯マップ発行後の廃業浴場》 のリストによると、今年の11月9日現在で、「最新銭湯マップ発行」 以降、都下の銭湯が215軒廃業したということだ。なるほど。いやいや、最新の銭湯マップがいつ発行されたかがわからないとハナシにならなので、調べてみると、どうも2002年版が最新であるようだ。ということは、この4年間で一度も銭湯マップの改訂がされていないのか・・・、とコチラの事実に驚いている場合ではない。驚くべきなのは、4年間で200軒以上の銭湯が廃業に追い込まれていることで、これは、風呂なしアパートに住んでいるワタシにとっては、死活問題である。とは、ちと大げさと思われるかもしれないが、内風呂がないということは、ワタシのアタマのなかでは、即 「銭湯はみなワタシのものだ」 ということを意味するので、少しも大げさなハナシではない。ワタシの資産がつぎづぎと勝手に減じていくのは、実に腹立たしい限りである。少なくとも、ワタシの許可を取ってからにしてほしい。
◆ とはいえ、この光月湯には一度しか入ったことがない。2005年3月15日 のことだ。なかな気に入ったので、それ以降も訪れようとしたが、道に迷ってたどり着けなかったこと数回。なんとかたどり着いたが時間がなくなってしまい、下足箱を写しただけで帰ったこと一回(2005年10月18日)。それくらい目立たないところにあるのである。そもそも初めて行ったのも、この辺りをぶらついていてたまたま見つけたのだった。そして入るのには多少の勇気が必要だった。 ◇ マンションも目立つ下町に、ひっそりと忘れ去られたように佇むレトロな銭湯。周りの喧騒の中で、ここだけ時間が止まっているようである ◆ そして、ほんとうに時間が止まってしまった。今年の8月27日のことらしい。 ◇ もうすぐ廃業という話を聞いて、今回は何かのついでではなく、光月湯に入るために、入谷までやってきました。(中略) 好きだった銭湯がなくなるというのは、本当に寂しいものです。私とて日常的に通っていたわけではないのですが、かっぱ橋あたりに来るたびに寄っていたので、かなり愛着のある鉱泉銭湯でした。これも時代の流れで仕方のないものなのかもしれません。最後にご主人と女将さんにお礼を言うことが出来てよかったです。今まで本当にお疲れ様でした。そして、度々の入浴、本当にありがとうございました。光月湯の建物はなくなっても、この近くに来るたびに思い出すことでしょう。
◇ ここの銭湯を訪問した最大の理由は、正六角形の白い亀甲タイルがあるから。床は亀甲タイル。男女境側の入浴道具を置く台には竹割タイルもある。いずれも新しい銭湯では見ることができない。 ◆ 亀甲タイル? 写真を見直すと、たしかに正六角形の白いタイルが写っている。撮ったときには、もちろん亀甲タイルの存在に気がついていたはずもない。まったく写真というのはおそろしいものだ。 |
|
◆ キノコについてはなにも知らなかった。あの幻のキノコが気になって、あれこれ調べてみると、どうもヒトヨタケ科の一種であるようだが、正確にはわからない。ヒトヨタケ、あの雨の夜の幻のキノコにはいかにもふさわしい・・・。 ◇ ヒトヨタケの仲間の菌糸はどれも成長が早く、きのこが大きくなるのも、とけるのも早い。ヒトヨタケというのはきのこが一晩で育ち、消えてしまうことろからきた名前である。もっとも、ヒトヨタケそのものは一日半ほどでとけ、ネナガノヒトヨタケは朝開いて、数時間でとける。種類やその時どきの条件で、きのこののび方やかさのとけ方が変わる。 ◆ 溶けるキノコがあるなんてことも知らなかった。自己消化というらしい。 ◇ 成熟した子実体の傘は周縁より中心部に向かって自己消化により次第に液化し、ついには柄のみ残し、一夜で溶けて黒色の胞子(担子胞子)を含んだ黒インクのような液と化してしまう。これがヒトヨタケの名の由来である。 ◆ また、ヒトヨタケ科にはイヌセンボンタケという種もある。このキノコの傘は液化しないようだが、千本茸というだけあって、群生の数がすごいらしい。もしかしたらこれだったかもしれない。 ◇ 「千本」の名を冠する菌類には何かと群生するものが多いが,イヌセンボンタケはそんな手合いの中では極めつけともいえる存在である。比較的遭遇しやすい上に,群生の規模が桁違いに大きいからだ。数百本程度のまとまりは本種としては珍しくも何ともない。 ◇ 切り株や杭の根元などで、湿り気のあるときに発生します。小型の菌ですが、いっせいに何百何千本と出現するので幻想的です。 ◇ 群生のすごさで言えば、このきのこはかなり上位に位置することでしょう。ただし、ヒトヨタケの仲間なので短命。ものすごい群生に出会うためには、余程日ごろの行いを良くしないとダメかもしれません。 ◆ イヌセンボンタケの群生の画像には、どれも圧倒される。《イヌセンボンタケ - Google イメージ検索》
|
|
◆ 去年のいまごろ、「ギンナン」 にまつわるエピソードを書いたことがあったが、ギンナンのハナシふたたび。 ♪つま先たてて海へ モンロー・ウォークしてゆく
◇ うあっ もったいない! 大好きなのにぎんなん 誰も拾いにこないのかしら 勝手に拾ったらダメって書いてあるのかなあ ◆ とはタネさんのコメントだが、ワタシもまたそう思ったのだった。もしかして、神社でのギンナン拾いは禁忌(タブー)なのかしら? そんなことが気になって、ネットでギンナン拾いならぬ思い出拾いをしてみると、あるわあるわ。 ◇ その神社の境内のギンナン、とってもたくさん採れるんです。そして、境内の一部が駐車場になっていたため、落ちたギンナンを車が踏んで、それはもう、臭いました~~!歩き始めた頃の息子と 「ギンナン、ホイーホイ!」 と言いながら拾い集めたこと、今でも時々思い出します。 ◇ 昨年の秋、奥津温泉に行った時、道の駅の真後ろに小さな神社がありました。神社の側を歩いていると、小さな境内を埋め尽くすように銀杏が落ちていました。最近では拾う人もいないのでしょうか。同行した友人達が大喜びで拾って帰りました。珍しい光景でした。こんなにたくさんの銀杏を見たのは初めての事でした。 ◇ 子どもの頃よく神社の境内のギンナンを拾ってきて、土に埋め、外皮が取れたところで掘り出し、火鉢で焼いて食べました。食料難のころのよいおやつでした。東高の校庭にも大きな銀杏があり、落ちたギンナンを教職員の方が集めておられた記憶があります。今、飲み屋で注文するとけっこう高価です。 ◇ 街路樹から落ちたギンナンを拾ってきた。拾いながら、子供の頃台風の後にバケツと火バサミをもって近くの神社へ拾いに行った事を思い出した。近所のばー様たちと早起きの競争をして拾ったものだ(苦笑)。 ◇ 幼い頃の秋というと、母に連れられて神社の境内にギンナンを拾いに行ったのは懐かしい想い出の一つです。当時はギンナン独特の匂いなどを気にすることも無く、ゴミ袋一杯に詰めて持ち帰ったものでした。 ◇ 私は今でも苦手です。というのも、小学生のころ。私の通っていた小学校の児童会には 「保健委員会」 や 「図書委員会」、「給食委員会」 といった委員会とまったく同じレベルで 「資金調達委員会」 という謎の委員会が存在し、その委員会がやることといえば、「秋のぎんなんの収穫」 だったのです。秋の日の放課後は、委員会の子どもたちが学校のすぐ東側にある神社に乱入し、ぎんなんをひろってひろってひろいまくる! 私の記憶では、神社のイチョウの木に向かって先生が校舎から、サッカーボールを投げてぎんなんを落としていたような・・・子どもは 「きゃっきゃ」 と喜びながら、当然ぎんなんまみれ。壮絶です。私もどういうわけか、その委員会に所属していてえらい目にあいました。 ◇ ちょっと前の話ですが、火曜日は校内写生大会でした。2年生は、とある神社に描きに行きました。その神社はギンナンが多く、とても臭いです。僕が絵を描いていると、とある男子生徒が潰したギンナンを投げてきました。僕の顔面に当たって、跳ね返って僕の絵にもあたりました。思わずこう言いました。「ちょ来いや!」 (ちょっと来いや。) ◇ むかーし、私が七五三のお参りに行った時にも、神社にギンナン落ちてまして、凄い臭いの中、伯母と母が拾いまくってました。私も手を出そうとしたら 「あなたは着物が汚れるからやめなさいッ」 と怒られ、おかーさんだって着物じゃーん(・3・)と思った記憶があります…… ◇ 近くの神社が抜け道になっていてよく通る。今の時期境内はギンナンの臭いがすごい。境内には何本もあるので、ものすごい臭いだ。決められた日にギンナン拾いがあるそうで、たくさんの人が集まり賑やかになる。あんなにたくさん拾ってみんなどうするんだろうか?食べるのかな。 ◇ 西津屋から帰宅して、ついでに山の幸もと、近くの神社に 「ギンナン」 を拾いに行ってみました。小さい頃は親父に言われて、よく拾いに行った(親父の酒の肴)ものでしたが、本当に何十年ぶりのことでした。とりあえず100個ほど拾ってきましたが、これからが大変です。しばらく水につけ実の部分を腐らせてからの種取りです。 ◆ みんな神社でギンナンを拾っているようだから、大丈夫なんだな。今度また行って拾ってくることにしよう。まだ残っていれば。 |
|
◆ はらたいらが63歳で亡くなった。宇崎竜童は60歳で阿木燿子は61歳だそうだ。今日のスポーツ新聞に阿木燿子のインタヴュー記事が載っていた。 ◇ 怒涛(どとう)のように押し寄せる加齢症候群。これを次から次へ受け入れるってことはかなりつらい。年齢なんか聞かれても、ある時から、あんまり言いたくない。 ◆ ついでに松任谷由実は52歳で中島みゆきは54歳だそうだ。中島みゆきの歌にこんなのがある。 ♪としをとるのはステキなことです そうじゃないですか ◆ 夭逝に憧れた過去があるわけでもなし、近頃の自殺の方法のハヤリはどうして首吊りなのだろうということが気になったりはするけれど、特に死ぬべき理由もないので、なんとなく生き続けてきて、はや四十余年。歳をとるのがステキなことだと思えるのは、以下のようなときだったりもする。 ◆ ある朝、ワタシは玄関の外で、なぜだか財布から120円を出していたのだった。しばらくその120円で自分がなにをしたいのかが理解できなかった。ワタシがいま玄関の外にいるのは、仕事に出かけるためで、と自分の行動をいま一度復習してみると、アパートの部屋から出たのだから、しなければいけないのはカギを閉めること。だから、財布からカギを出して・・・、ああカギ出してないや。カギを出さずに120円を出してるや。なにやってんだか。でも、どうして120円。ああ、缶コーヒーを買おうとしたんだな。でも玄関の前には自動販売機はない。ちと順番を間違えた。ただそれだけのこと。ははは。 ◆ 先日(10月17日)逝去された西洋史学者の木村尚三郎の講義は、ナニがナニしましてですね、といった調子の固有名がいちじるしく欠如したハナシが延々と続くので、ナニがナニやらさっぱりわからなかったとか。 ◆ アイルランドの詩人イエーツに “Men Improve with the Years” という詩があって、それを大江健三郎がどこかの小説の引用していたのを読んだ記憶があるけれど、どこだか思い出せない。「人間は歳月とともによくなっていく」 のだとしても、ワタシは土星人だからどうだかなあ! |