MEMORANDUM

◆ 12月25日(クリスマス)、埼玉県蓮田市愛宕神社。本殿だか拝殿だかを覗いてみると、「健康標語」 なるものが目についた。25日の 「一日一言」 は、

妊娠中絶は生涯の不健康と、不幸の原因と知るべきである。 受胎調節、家族計画、優生保護などの美名によって妊娠中絶が盛んに行われたのは、最も破廉恥な行為である。そのため心臓を病む者(これ本人にしか分からぬ) 眼を病む者、足を病む者(本人またはその子が病む) 腰から足にかけての神経痛に悩む者、わが子が憂うつになって、親の苦痛の種になる者等が無数であるが、その因果解消の道を知らぬのは憐れむべきである。[拡大画像

◆ この 「健康標語」 なるもの、いったいだれがどこで印刷・出版しているのか知らないが、なんともいえず後味の悪さが残る文章である。覗きこんだワタシが悪いといえば悪いのは承知のうえで、なんだか見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がする。

◆ 「受胎調節」 「家族計画」 「優生保護」 と、みごとに並列された四文字熟語がはたして 「美名」 になるのかどうかは知らないが、「破廉恥」 というコトバはもはや死語ではあるまいかと思って、ネットで検索してみると、「里谷多英」 という固有名が頻出してしまい、そういえばそんな事件もあったのだなぁと・・・。

◆ この種の文章にワタシは弱い。弱いというのは苦手という意味だが、文章のクセがありすきて、すなおに文意をたどれない。宗教がらみの人物が書きそうな文章だ。そういえば、ここは神社だったけれども・・・。

◆ ホントに見なきゃよかった。

◇ 優生保護法 第1条: この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。

◇ 母体保護法第1条: この法律は、不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的とする。

◆ 1996年(平成8)、優生保護法は一部の優生思想にもとづく文言を変更のうえ、母体保護法に法律名が変更された。第2条第2項(定義)はどちらも変らず、

◇ この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。

◆ どうでもいいけど、ちかごろネットであれこれ検索していると、《Yahoo!知恵袋》 という質問サイトがやたらにヒットする。で、その内容を読むたびに、これまた後味の悪さといったらない・・・。

◇ 優生保護法がなくなって障害児が多くなりますよね? 色々なところでバリアフリーが蔓延して日本人の体力の低下を招き、高齢化が進む中どんどん寝たきり老人が増え、若い人は障害児がどんどん増えて、国家を揺るがしかねない問題と私は考えるのですが皆さんどう思いますか?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1310385343

◆ 「健康標語」 の日本語に似ていないこともない。

◆ 鎌ヶ谷大仏のことをネットで調べていたら、《ほぼ日刊イトイ新聞-ジモティーズ観光案内》「おらの大仏じまん。千葉県鎌ヶ谷市から」 というスタッフの金澤さんが書いた文章があった。なかなかおもしろい。新京成電鉄の鎌ケ谷大仏駅付近には、「大仏不動産」 に 「きそば大仏庵」 に 「大仏整形外科」 に 「大仏内科クリニック」 に 「ヘアーサロン大仏」、と見事なまでの大仏づくし。

◆ 大仏というコトバにはかなりのインパクトがあるのだろう、ワタシも高岡大仏のそばに大仏旅館があるのを発見して思わず写真を撮ってしまった。

◆ もちろん、鎌ヶ谷にしても高岡にしても、ワタシはただの通りすがりだから、そこでの暮らしを知っているわけではない。たとえば、ヘアーサロン大仏が、

◇ 散髪がおわって支払いのとき、さりげなくセブンスターを1本すすめてくれるサービスに、少年時代の私は、ちょっと大人の気分を味わったものです。
www.1101.com/village/2000-02-29.html

◆ というマスターのいるような店だというようなことは、外からではわからない。

  お釈迦

◆ ドラえもんはのび太にこう言った(《ことばの中のお釈迦様探し》)。

◇ のび太:「また0点だ。」
ドラえもん:「君の努力もお釈迦だったね・・・。」

www.shopro.co.jp/dora/tanken/index2-2.html

◆ 「お釈迦(になる)」 というコトバがある。その民間語源。

◇ 物が壊れたとき、ダメになった時に 「おしゃか」 「おしゃかになった」 と言いますが、これは昔 「仏様を作ってくれ」 と頼んだのに出来上がったものはお釈迦様だったため、「お釈迦じゃねーか」 と言ったのが語源だとか。
oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2034920

◆ ? これは意味不明。辞書を引くと、

◇ 〔もと鋳物職人の隠語で、地蔵を鋳るのに誤って釈迦を鋳たことからという〕出来損ないの品。役に立たない品。「―を出す」 「―にする」 「―になる」
三省堂 『大辞林 第二版』

◇ 作り損ねた製品。不良品。また、使いものにならなくなったもの。「―にする」 「傘が―になる」 ◆阿弥陀像を鋳るはずが、誤って釈迦像を鋳てしまったことから出た語とされ、鋳物・製鉄工場などで使われ始めたという。
小学館 『大辞泉』

◆ 地蔵? それとも阿弥陀?

◇ (地蔵や阿弥陀の像を鋳るのに誤って釈迦像を鋳てしまったことからいう) つくりそこなうこと。つくりそこなったもの。不良品。「―にする」 「―になる」
岩波 『広辞苑』

◆ 地蔵や阿弥陀? 『広辞苑』 はちょっとズルイ。阿弥陀だとしても、

◇ よく、物が壊れることを 「お釈迦になる」 って言いますが、あれの元ネタは、「阿弥陀像(後光付き)を作るつもりが、失敗して(後光が欠けて)釈迦像になっちゃった」 って意味ですから。
ufcpp.net/memo/2006/07.html

◆ ? これは意味不明。

◇ 平安末の末法時代に阿弥陀如来による、来迎と往生にあこがれ救われたいと、裕福者は阿弥陀如来の造立を思い立ち、仏師に依頼しました。仏師は指先で輪を作る阿弥陀印にしなければならないのに、指を広げた釈迦の定印に作ってしまったので、依頼主に像の引き取りも製作料も断られてしまいました。そこから、阿弥陀を頼んだのにお釈迦様にしてしまったと、目的を間違えて駄目になってしまったことを 「お釈迦になった」 と言うようになりましたとさ。
homepage2.nifty.com/katohjuk/bukkyou-main.htm

◆ これならありそうだ。また、まったく別の説もある。

◇ 余談ですが 「お釈迦になる」 という言葉がありますがこれには色んな説がありその一つに江戸時代、飾り細工の制作行程で半田付けをする場合こてを温める火の温度を調節しないと半田が金銀の材料にうまく溶着しないだけでなく貴重な材料まで駄目にしてしまうことがあります。その失敗の原因は 「火が強かった」 のでありますが江戸っ子は 「ひ」 が 「し」 と訛るので 「火が強かった」 が「しがつよかった」 「しがつようか」 「四月八日」 となりました。その 「四月八日」 は釈迦如来の誕生日であたりますのでそれになぞらえて物が不良品になることを 「お釈迦になる」 といわれるようになったらしいです。
www.eonet.ne.jp/~kotonara/syakanyoraino.htm

◇ 「おシャカにする」 とは、もともと鋳物師が失敗作を作ったときに使う職人言葉。鋳物が失敗するのは鉄を溶かす温度が高すぎた、つまり 「火が強かった」 時。江戸っ子は 「ヒ」 を 「シ」 と発音する事から、「シがつよかった」 となり、これが 「四月八日」 に転じた。四月八日はお釈迦様の誕生日で、ここから 「おしゃかになる」 と言う表現が生まれた。つまり江戸っ子のダジャレから生まれたようだ。

◆ なんともよくできたハナシである。少なくとも、お釈迦様の誕生日を覚えておくのに役に立つ。4月8日は 「花まつり」。

◇ 紀元前565年の4月8日、お釈迦様がご誕生されました。その時、竜王が天から甘露の雨を降らせ、その雨で梵天・帝釈天がお釈迦様を洗い、地面からは花の香がしたと説話にあります。花まつりはこれにならい、お堂を花で一杯に飾り花御堂として、その中に水盤に乗せた誕生仏を置き、竹の柄杓で甘茶を掛け祝います。
www.kusatsu-onsen.ne.jp/event/

◇ 「花まつり」 は第二次大戦後に広まった名前で、本来は灌仏会かんぶつえ仏生会(ぶっしょうえ)浴仏会(よくぶつえ)降誕会(こうたんえ)竜華会(りゅうげえ)などと言います。
www.tctv.ne.jp/members/tobifudo/newmon/gyoji/hanamaturi.html

◆ 千葉県鎌ヶ谷市で 「鎌ヶ谷大仏」 なるものを見た。大仏とは言い条、かなり小さい。鎌ヶ谷市指定文化財第1号。

◇ 安永5年(1776)、鎌ケ谷宿の大国屋(福田)文右衛門が、祖先の供養のために、江戸神田の鋳物師に鋳造させたもの。高さ1.8mの露坐の大仏である。豪勢な開眼供養の様子が伝えられ、鎌ケ谷宿の盛時の有り様がうかがえる。
www.city.kamagaya.chiba.jp/kakuka/kakuka-kyoikuiinkai/bunka/bunkazai.html

◇ 大仏と言っても高さ1.8mしかない、本来の大仏の規定をはるかに下回る小さな像であるため、地元では 「鎌ヶ谷ミニ仏」 とも呼ばれることもある。また、鎌ヶ谷大仏駅まで延長した当時の新京成電鉄が行楽客の呼び込みのポスターを張り出したところ、実物を見た行楽客に非難を浴びせられたというエピソードもある。
ja.wikipedia.org/wiki/鎌ヶ谷大仏

◆ では、「本来の大仏の規定」とは?

だいぶつ【大仏】 丈六(高さ1丈6尺、すなわち約4.8メートル)以上の大きな仏像。奈良東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)、鎌倉高徳院の阿弥陀如来などが有名。
小学館 『大辞泉』

daibutsu 大仏 Also jourokubutsu 丈六仏. The term used to describe a very large statue of Buddha. Originally any statue more than twice life-size was referred to as daibutsu. The size expressed the greatness and superhuman quality of the Buddha. The height of the statue was measured in traditional Japanese units of length; the shaku 尺 (30.3cm) and the jou 丈 (10shaku). A daibutsu was higher than 1 jou 6 shaku, or 4.85m, known in Japanese as jouroku 丈六. This figure was used because it was said to be the actual height of Buddha.
www.aisf.or.jp/~jaanus/deta/d/daibutsu.htm

◆ あれこれ調べると、お釈迦様の身長が一丈六尺(約4.8メートル)であるとされており、仏像としては等身大のものが標準で、これを丈六仏というが、この丈六仏より大きいものを大仏と呼ぶらしい。奈良の大仏は10倍(NHKの 「その時歴史が動いた」 のサイト参照)。

◇ 当時、仏像の大きさの基準は、立像で一丈六尺(いわゆる丈六仏、1尺は約30cmなので高さ4.8m)、座像の場合はその半分の八尺(高さ2.4m)とされていました。華厳経では 「10倍の大きさ」 を無限大とされ、その場合大仏の高さは24m(座像の場合)に設定されるべきですが、巨像を制作する際には1尺が約20cmの「周尺」を使うこととされていました。そのため、16mに定められたといわれます。(香取忠彦 『奈良の大仏』 p.15)
www.nhk.or.jp/sonotoki/2006_05.html

◆ ところで、お釈迦様の身長は一丈六尺だったかもしれないが、奈良の大仏も鎌倉の大仏も(それから鎌ヶ谷の大仏も)、お釈迦様ではない。奈良の大仏は盧舎那(毘盧遮那)仏だし、鎌倉(と鎌ヶ谷)の大仏は阿弥陀如来で、お釈迦様とは別人(仏)。もしかすると、阿弥陀様は背が低かったのかもしれない。

◇ 「民族浄化」 という言葉がなければ、ボスニア紛争の結末はまったく別のものになっていたに違いない。
高木徹 『戦争広告代理店』 (講談社,p.88)

ethnic cleansing 民族浄[純]化《ボスニア‐ヘルツェゴビナ紛争(1992‐95)でセルビア人がボスニアからのモスレム人やクロアチア人の武力追放を図ったことなど》.
大修館書店 『ジーニアス英和辞典』

民族浄化【みんぞくじょうか】 複数の民族集団が共存する地域において一つの多数派民族集団が他の少数民族集団を同化・強制移住,また大量虐殺によって抑圧する行為。エスニック-クレンジング。
〔1990 年代前半,ボスニアの外務大臣の依頼により,セルビア非難の語としてアメリカの広告会社が造語。マスコミを通じて広く用いられ,コソボ空爆への道を開いた〕

三省堂 『デイリー 新語辞典』

◇ 次に第二の定義の意味における 「民族浄化」 は、ボスニア=ヘルツェゴヴィナおよびコソヴォで、諸集団により相互的に行なわれた。ボスニア=ヘルツェゴヴィナで最初の引き金を引いたのはセルビア人勢力だったかもしれないし、暴行の正確な規模の確定と比較は難しいが、ともかく大きな構図としては、ここにおける暴行の数々は一方的というよりは相互応酬的である。ところが、ある時期、欧米のマスメディアは専らセルビア人によるものとして 「民族浄化」 を概念化した。その後、そうした一面性への批判も次第に増大したが、《民族浄化=セルビア人による暴行》 という一面的図式も今なお完全に消えてはいない。
《塩川伸明:「民族浄化」 という言葉について》
www.j.u-tokyo.ac.jp/~shiokawa/ongoing/notes/ethniccleansing.htm

◆ 「やられたらやり返すという考えを持っています」 と小学校の卒業文集に書いた 「とても勝ち気な女の子」 がいた。

◆ わからないことにコメントはできない。

◆ 中島みゆきの 「クレンジングクリーム」 という歌を思い出す。

♪クレンジングクリームひと塗り 醜い女現われる
クレンジングクリームひと塗り 汚れた女現われる
クレンジングクリームひと塗り 卑しい女現われる

◆ クレンザーを使うたびに、その威力に驚く。ちょっと暴力的な洗剤だとも思ったり。

◆ ウマのハナシを書いていて、思い出した。「生き馬の目を抜く」 という表現がある。

◇ 生き馬の目を抜くほど、素早く事をするさま。他人を出し抜いて素早く利を得るさま。生き馬の目を抉(くじ)る。生き牛の目を抉る。
三省堂 『大辞林 第二版』

◆ 来歴は知らないが、どうして生きたウマの目を抉(えぐ)り出さなければならないのかがわからない。

◇ 証券会社のメッカである兜町と北浜は、生き馬の目を抜く街と言われており、他人を出し抜いてでも儲けようとする人たちがひしめき合っており、情報とガセネタ、嘘と真、人情と非情、幸運と不運、明と暗が渦巻いております。何の世界でも人一倍金儲けしようとする人は、生き馬の目を抜くようなすばしっこさ、ずるさ、せちがらさがあるだけに、それだけの覚悟を持って挑まなければなりません。
www.nagareboshi.jp/form/kakugen.php

◇ しかし、そんなことでは生き馬の目を抜くような小売業界ではとうていやっていけない!という、著しく極度に危機感を激しくもった私は、こうやって、陸軍中野学校生徒の如く、日夜人知れず販売促進に奮励努力をしております・・・
niftystore.moe-nifty.com/eokaimono/2006/12/post_4837_1.html

◇ 今まで自分に作品を与えてくれて、育ててくれたエージェンシーから離れるのは日本では恩知らずだと思われるが、生き馬の目を抜くハリウッドでは、その様な事は美徳とはされない。
ja.wikipedia.org/wiki/芸能人

◇ 「生き馬の目を抜くような ファッション雑誌の業界」 「生き馬の目を抜くようなスピード感や情報の鮮度が求められる金融や不動産業界」 「生き馬の目を抜くような熾烈な競争環境にある中国企業」 「生き馬の目を抜くようなアメリカの一般民間テレビ局」 「生き馬の目を抜く600万人アクセス400万アイテム市場のヤフオク」 「生き馬の目を抜く受験戦争」 「生き馬の目を抜くような動きの速い厳しいゲーム業界」 「生き馬の目を抜く観の長距離トラック運転手の世界」 「首都圏という生き馬の目を抜く厳しい環境」 「生き馬の目を抜くといわれる香港の映画業界」 「生き馬の目を抜くような国際弁護士の世界」 「生き馬の目を抜く飲食業界」 「生き馬の目を抜く総合商社」 「生き馬の目を抜くブログ界」 「生き馬の目を抜くような東京砂漠」 「生き馬の目を抜くような、システム半導体業界」 「生き馬の目を抜くサッカーワールドカップ」

◆ どうしてこんなにまで生き馬の目が抜かれる必要があるのだろう? 世界はそんなに血に飢えているのだろうか? 以前、おともだちのめめさんが、

◇ 生き馬の目を抜くような緊張感やスピードに満ちた職場
04.members.goo.ne.jp/home/meme_dans_le_metro/diary/a/205.html

◆ と書いたとき、ワタシは思わず、

◇ 生き馬の目を抜いてはいけない。痛いから。馬の好きなワタシはまずそう思ってしまったのでした。比喩であるとわかってはいても、こんなコトバはワタシには使えない。生々しすぎるので。もしも現実がそんな風であったなら、生き馬の目を抜かねばならないなら、そんな社会とはおさらばしたい。(あるいは、生き馬の目を抜かなくてもすむように努力するか?) 2004 12/05 19:04

◆ というピントはずれなコメントを(いくぶんは皮肉を込めて)寄せてしまった。いつも冷静なめめさんには、

◇ まさに、その、生々しさや痛ましさを感じるが故に 「生き馬」 を使うのです。残酷な表現でしか、表現できないものもありますよね。

◆ とやさしく諭されてしまったのだが・・・。

◆ ワタシの住むところからほど近い場所で、続けて2件のバラバラ殺人事件が起こった。血まみれの世界は遠いようで近い。

◆ 競馬における 「予後不良」 とは、「安楽死」 を婉曲的に表現したものである、と書いた。けれど、あるいは、この「安楽死」 という表現もまた一種の婉曲語法かもしれなくて、より明確に書くとすれば 「薬殺」 になるだろうか。

◆ 生物の死にかんして、「死ぬ」 とか 「殺す」 とかいったコトバは生々しすぎるので、しばしば婉曲的な別のコトバに置き換えられる。「あの世へ行く」 あるいは 「あの世へ送る」、「永眠する」 あるいは 「永眠させた」などなど。

◆ 性(器)にかんするコトバや排泄にかんするコトバも、また同じ。「下腹部」 というコトバにはいまだに慣れない。山では、「雉撃ち」「お花摘み」などというコトバもある。

◆ 死や性や排泄に関連するコトバを遠回しに表現するのは、なにも日本語だけにかぎらない。英語ではその種の婉曲語法を euphemism と呼ぶ。オンライン辞書 Encarta World English Dictionary [North American Edition] に、euphemism の少し詳しい説明があった。ほどよくまとまっているので、やや長いが引用(euphemism の実例をグリーンで強調した)

◇ Euphemisms make the unpalatable more palatable. People use euphemisms chiefly to conceal feared things, for example, death; to conceal the reality of unthinkable crimes; to conceal references to sex, body parts and fluids, and excrement; and to elevate otherwise lowly sounding or derogatory occupational titles and institutional names. For instance, there are hundreds of euphemisms used daily for to die, a few of which are pass on/away, go to one's final rest, and depart/depart this life. Similarly, water landing is often used by airlines in lieu of the terrifying on-water ditching. Two of the most notorious euphemisms for genocide are, of course, the Final Solution and ethnic cleansing. Euphemistic references to sex and physiology are legion: sleep with for have sex with and break wind for fart are typical, as is social disease for sexually transmitted disease. Euphemisms that elevate the language of occupational titles include, for example, sanitation engineer for garbage collector, and those that elevate rather harsh-sounding institutional names include correctional facility for prison. The capacity of a euphemism to conceal tends to diminish over the years, as it becomes more and more closely associated with its referent, and if the taboo against talking about the referent remains in force, a fresh euphemism needs to be found for it. For instance, toilet was once a euphemism (it had previously referred to a dressing room with washing facilities), but it has long since become a plainly understood term for "a place of urination and defecation," a term now needing its own euphemism: rest room and powder room for the room itself, and commode for the plumbing fixture.
encarta.msn.com/dictionary_1861609379/euphemism.html

◆ 近年は、politically correct (PC) の影響もあって、euphemism が著しく増えている。garbage collector (ゴミ屋)のことを sanitation engineer (公衆衛生専門家)、prison (牢屋)のことを correctional facility (矯正施設)。

◆ 婉曲語法の極めつけの例は、ジェノサイドの言い換えとしての、「最終解決」 (Final Solution) と 「民族浄化」 (ethnic cleansing)だろう。ナチスドイツとユーゴ紛争で生まれたこれらふたつのコトバの見事なまでの白々しさ!