◇ 元来僕は何ごとにも執着の乏しい性質である。就中蒐集と云ふことには小学校に通かよつてゐた頃、昆虫の標本を集めた以外に未嘗熱中したことはない。従つてマツチの商標は勿論もちろん、油壺でも、看板でも、乃至古今の名家の書画でも必死に集めてゐる諸君子には敬意に近いものを感じてゐる。時には多少の嫌悪を交へた驚嘆に近いものを感じてゐる。 ◆ 「就中」「未嘗」「乃至」はそれぞれ、「なかんずく」「いまだかつて」「ないし」と読むというようなコトは漢文の授業で習ったはずだが、いまではひらがなで書くので、読めなくても仕方がない。「未」には否定の意味が込められているので、「いまだ~ない」と否定文中で使う。例文を見てみよう。 ◇ これと反対に、私は未だかつて男でも女でも、紀子さまを好きだという人に会ったことがない。あの喋り方に、どうしても異和感を持つというのだ。そして女性たちは最後に、 ◆ ワタシは、これと反対に、未だかつて男でも女でも、紀子さまを嫌いだという人に会ったことがない。そもそも皇室のついての世間話をしたことがない。いったい「世評」というのはどこで作られるものであろうか。 ◆ 油壺のハナシでも書いたほうがおもしろかったかと思う。あ、上の引用の著者を書き忘れた。 ◇ 私は未だかつて、林真理子を好きだという人に会ったことがない。 |
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