MEMORANDUM

  鸚鵡返し

◆ かつて(1975年)、クアラルンプールのホリデイ・インのロビーにはオウムがいたらしい(あるいは、今もいるかもしれない)。

◇  佐々木さんとの約束の時間が近づいたので、下に降りて、オウムをかまった。ホテルの入口を入ると、すぐオウムの籠があって、高い声を立てている。ボーイの話では、このオウムは、モーズードン(毛沢東)という言葉と、ブキ(マレー語で、女性の性器の呼称)、ダトック(同じくマレー語で祖父さんの意)の三つが言えるというのであった。だが聞いていると、もっぱら、モーズードンと言ってはアハハハと高笑いをしている。モーズードンばかりを繰り返している。そこで、そばに寄って、「ブキ」と言ってみると、オームはブキとは言わずに、アハハハと高笑いをするのであった。もう一度「ブキ」と言ってみると、またもやけたたましい声で笑うのであった。ブキと言って、オウムに笑われているところに、安田火災海上の堀さん夫婦が現われて、私も仲間に入れていただきますと言った。間もなく佐々木さん夫妻も現われた。
古山高麗雄『兵隊蟻が歩いた』(文春文庫,p.146)

◆ 〔引用文中に、ひとつだけ「オウム」が「オーム」と書かれているところがあるが、ワタシのミスではない。それからマレー語で女性器は「ブキ」ではなく「プキ」(puki)らしい。それはともかく、〕このクアラルンプールのホリデイ・インのオウムは、オウム返しをしないオウムなのだった。

◆ オウムといえば、いつだったか、朝、引越現場に向かう途中、とつぜん「おはよう」と呼びかけられて、あたりを見回してみたがだれもいない、ということがあった。よくよく探してみると、床屋の店先に吊るされた籠のなかに声の主がいた。「おはよう」のほかには、自分の名前、たしか「きゅうちゃん」――と、ここまで書いて、ああ、あの籠のなかにいたのは、オウムじゃなくて九官鳥だった、ということに気がついてしまったが、消すのも惜しいので、続けることにする。「おはよう」と「きゅうちゃん」、それから、もうひとつ単語をしゃべっていたが、忘れてしまった。その日は仕事が昼過ぎには終了し、仕事仲間の若い女性といっしょに同じ道を歩いて帰ることになった。その途中には、あいかわらず「きゅうちゃん」がいた。ただし、朝ではないので「おはよう」とは言わず、きちんと「こんにちは」とあいさつをした。それから、朝は聞かなかったコトバを、ワタシにではなく、連れの女性に向かって発した。きゅうちゃんは、「かのじょ」と言ったのだった。まるでナンパでもするかのように。鳥のくせに。

◆ 人間の男女を見分け、一日の朝昼を区別する。そんなことがオウム(いや九官鳥だった)にできるのだとすれば、「オウム返し」というコトバはオウムにはじつに不適当ということになろう。いや九官鳥だった。そもそも「九官鳥返し」などというコトバはないので、九官鳥の場合、なんの問題もないのだった。九官鳥とオウムでは、知能のレベルがずいぶんと違うのだろうか。はあ、オウムの話題のつもりだったのに、途中から九官鳥が紛れ込んてしまったので、はだはだ書きにくい。きゅうちゃんがオウムであればよかったのだが。オウムの「九ちゃん」。やっぱり、これはへんだな。べつな名前をでっちあげておくべきだったか。それとも、べつなオウムのハナシにすればよかったか。

◆ 英語に、日本語の「鸚鵡返し」に意味に近い psittacism というコトバがあるらしい。寺田寅彦が書いている。

◇  この頃ピエル・ヴィエイという盲目の学者の書いた『盲人の世界』というのを読んでみた。〔中略〕 ヴィエイがケラー自叙伝中の記述に対して用いた psittacism という言葉がある。
 私はこのイズムには始めて出会ったので、早速英辞書をあけて調べていると psittaci(シッタサイ)というのは鸚鵡(おうむ)の類をさす動物学の学名で、これにイズムがついたのは、「反省的自覚なき心の機械的状態」あるいは「鸚鵡のような心的状態」という意味だとある。
 私はこの珍しい言葉を覚えるために何遍も口の中で、シッタシズム、シッタシズムと繰り返した。それですっかり記憶してしまったが、それからは何かの拍子にこの妙な言葉が意外な時にひょっくり頭に浮んで来る。このような私の頭の状態もやはりこのイズムの一例かもしれない。

寺田寅彦「鸚鵡のイズム」(青空文庫

◆ どうでもいいが、「ピエル・ヴィエイ」は、フランス人、Pierre Villey (1880-1933)。ピエール・ヴィレ。モンテーニュ研究者。

psittacism (SIT-eh-SIZ-um) noun 1. Relating to or characteristic of parrots. 2. Mechanical, repetitive, and meaningless speech. [Latin psittacinus, from psittacus, parrot, from Greek psittakos.]
grammar.about.com/b/2009/09/30/word-of-the-week-psittacism.htm

◆ psittacism とは、「機械的に反復される意味のない話し言葉」。強いて訳せば、「鸚鵡話法」ぐらいだろうか。「鸚鵡返し」とは微妙に意味がずれるか?

◆ あれこれ検索していて、「オウム返し話法」なるコトバも知った。会話術のひとつとして、営業マン相手のサイトにやたら出てくる。

◆ オウム返しの実例として、3・11以降、またたく間に人口に膾炙することになった金子みすゞの詩「こだまでしょうか」。またたく間に無数の替え詩が生まれた。

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