MEMORANDUM

  駒場寮

◆ もうひとつ『ムツゴロウの青春記』から。高校を卒業したムツゴロウさんは、東大の理科二類に入学する。

◇  最初、池袋の西口にある親戚の家から通う予定だったが、朝のラッシュには閉口した。電車が混んで、背が小さいので顔が三角になったり四角になったりした。これではいけないと策をめぐらし、大学の構内にある寮にもぐりこんだ。旧制の第一高等学校の校舎をそのまま使っていたので、寮が便利な所にあるのである。かつては、学生がすべて寮に入る全寮制であった。
 寮は鉄筋の三階建てで外観はなかなかしっかりしていたが、中は落書だらけ、ゲーテがこう言ったとか、カントがどうだとか、なつかしい文句が壁にびっしり書いてあった。部屋にはそれぞれ看板がかけられ、「聖書研究会」「ワンダーフォーゲル」「社会主義レアリズム研究会」などなど、同好の士が集まって住んでいた。だが私は遅くもぐりこんだので、欠員があった「科学研究会」の一員となった。
 中には鉄製のべッドが六つ。そのべッドだけが許された自分の空間だった。「科学研究会」と言うからには、七面倒臭い原書の講読会でもやるのかとビクビクしていたら、名目だけで何もしないと聞いて安心した。常時顔をつき合わせている連中と学問の話をするのは真平である。

畑正憲『ムツゴロウの青春記』(文春文庫,p.208-209)

◆ 東大駒場寮。ベッドは鉄製だったろうか? 

◆ 父の本棚から引き抜いたべつな文庫本にも、たまたま東大駒場寮。

◇  朝問研の部屋は駒場寮の中にある。寮と言えば聞こえはいいが、基本的に人の往めるようなところではない。新宿駅の構内のような澱んだ空気が、一様の臭気を持ってたまっている。日もほとんど差しこまない暗くヒンヤリとしたその寮の一室に、私は出入りするようになった。
〔中略〕
 使用ずみの紙コップやら、ワラ半紙やらが散乱している室内。読み合わせをしていると、ゴミの山だと思っていたところからヒョッコリ人が起きあがってきて、
「あーあ、よく寝た。きのうは実験で徹夜だったんだ」
 と、呟いたりする。底辺の環境で朝鮮問題と格闘する。蛍雪の功よろしく、ああ私は頑張っていると、錯覚させるものがそこにはあった。

姜信子『ごく普通の在日韓国人』(朝日文庫,p.76-77)

◆ 著者は、東大に入学してまもなく、日朝問題研究会(朝問研)というサークルの読書会に参加する。そのサークルの部室があったのが駒場寮。

◆ 「落書だらけ」の「人の往めるようなところではない」「底辺の環境」であった駒場寮は、もうない。

関連記事:

このページの URL : 
Trackback URL : 

POST A COMMENT




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)