◆ 「風呂桶」のハナシを書いた次の日に、こんな文章に出くわすのは、とってもウレシイことだ。 ◇ おひろお婆さんはひどくおっとりした老婆であった。自分の夫がおかのお婆さんという二号さんと同じ村の同じ宇に住んでいるのを黙って許していたくらいであるから、おっとりしていない筈はなかった。従って、このおひろお婆さんは、血は通っていないが、私にとっては正式の曽祖母であった。私が小学校へ上がって間もなく六十七歳で他界したが、本家でも、親戚でも、それから村の人たちも、何となくこのおひろお婆さんという女性を特別な眼で見ていた。沼津藩の家老であった五十川(いかがわ)という家の娘に生れ、十何歳かの時潔のもとに嫁いで来たが、嫁入支度の中に朱塗りの風呂桶と薙刀(なぎなた)がはいっていたことが、最初に村人を驚かせた。風呂桶は納屋に仕舞われ、薙刀は本家の二階の座敷の長押(なげし)に掛けられ、そしてそのまま、おひろお婆さんの長い生涯を通じて、この二つの物はその位置を移動することはなかった。 ◆「 おひろお婆さん」の嫁入支度のなかにあったという「朱塗りの風呂桶」。さて、この風呂桶は、 ◇ ふろおけ【風呂桶】 [1] 木を桶状に組んで作った湯舟。浴槽。[2] 浴場などで用いる小さな桶。 ◆ どちらの意味? ◆ たとえば、銭湯でよくみるケロリンの桶。
◆ このケロリンの桶も風呂桶であるなら、「朱塗り」の桶は、「朱塗り」であることによって、いまではかなりの高級品であると判断されるだろうから、いまなら驚く村人もなかにはいるだろう。この朱塗りの桶が小さな湯桶ではなく、そこでひとが入浴する大きな桶のことであるなら、当時の村人が驚くのも無理はない。 |
このページの URL : | |
Trackback URL : |