◇ この看板の第一印象は、おそらくだれもがそうであるように、せやからどない注意せえちゅうねんというものであった。
木下直之『ハリボテの町 通勤篇』(朝日文庫,p.205)
◆ 「この看板」とは「落石注意」(正式には「落石のおそれあり」と読むものらしい)の交通標識のこと。この標識を見て、「せやからどない注意せえちゅうねん」と思うひとはたしかに多いようで、
◇ しかし、運転中に上から落ちてくる石をどうやって注意するのか。がけ沿いの細い道で上を見ながら運転するなど自殺行為だ。うーむ、どうすればいいのでしょうか。
www5b.biglobe.ne.jp/~k-hassy/20091022.html
◇ そこを通る人に何をせよと言いたいのか分からない。山を見上げながら運転したら危ないぞ。車のほうが渓谷に落ちてしまう。
hecota.blog.so-net.ne.jp/2008-05-31
◇ 実際に落石があったとして、どうやって気をつければいいのか分かりませんよね。
aym.pekori.to/koneta/archives/2004/06/post_8.html
◆ などなど。ワタシには「どのように注意すればいいのかわからない」という意味がよくわからない。注意のしようはいくらだってあるだろう。道路の先に「落石のおそれあり」というのであれば、思い切って引き返すとか、ラジオを消して耳をすますとか、ここ数日の天候を思い出してみるとか。もしかして、そういうハナシではないのだろうか? と、ここまで書いて、しばらく時間がたった。そうしたら、なんとなくわかるような気もしてきた。「どのように注意すればいいのかわからない」というひとは、「落石注意」の標識を、例えれば、(気象庁の)「注意報」ではなくて「警報」のようなものとして受け取っているのではないか。「落石のおそれ」にたいする注意ではなくて、「落石そのもの」にたいする注意として捉えているのではないか、どうもそんな気がする。だが、標識は「ただいま落石中につき注意」ではない。
◆ 《Yahoo!知恵袋》にこんな質問。
◇ 〔Yahoo!知恵袋〕 落石注意の標識は既に落ちている落石に注意するのですか??? それともこれから落ちてくる落石に対して注意をするのですか???
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112362581
◆ この質問の意味も、これまたワタシにはよくわからない。お手上げである。質問者は「落石注意の標識」を見ないで「落石注意の標識」の質問しているのだろうか? 標識に描かれているものを見てもなお、疑問に思うのだろうか?(下手くそな絵なのでなにが描かれているかわからない?) それとも、標識そのものとは関係なしに、たんに「落石注意」というコトバのみを問題にしているのだろうか? それにしても、どうして「既に落ちている落石」と「これから落ちてくる落石」を区別する必要があるのだろう。両方に決まっているではないか。「既に落ちている落石」のみの状況は想像しづらい。その場合、「既に落ちている落石」は、すぐに撤去されるだろうから。「これから落ちてくる落石」のみの状況も想像しづらい。「これから落ちてくる落石」は、数秒後にはかならず「既に落ちている落石」になるだろうから。ちなみに、国土交通省道路局の解釈はこうだ。
◇ 〔国土交通省道路局〕 この先に路側より落石のおそれがあるため車両の運転上注意が必要であることを指します。なお、「落ちてくる石(岩)」もしくは「道路に落ちている石(岩)」の一方のみに対して注意が必要であるということではありません。
www.mlit.go.jp/road/sign/sign/douro/road-sign-topics.htm
◆ 後半の「なお~」の一文は、まるで「Yahoo!知恵袋」の質問にたいする回答のようでもあり、おそらくそのような疑問をもつひとが多いということなのだろう。
◆ そもそも「落石」とはなんだろう? 落石には「既に落ちている石」と「これから落ちてくる石」、あるいは「落ちてくる石(岩)」と「道路に落ちている石(岩)」の二種類がある、のだろうか? そう思っているひとが多いのだろうか? 落石とは、まず「石が落ちること」であり、また、その結果として「落ちた石」も指す、そう理解していたワタシには、これはちょっと奇妙で新鮮な二分類で、「(これから)落ちてくる石」をはたして日本語で「落石」と呼べるのかどうか、ということが気にかかる。
◇ 〔いさぼうネット〕 「落石」の定義とはなんだろうか?国語辞書の「広辞苑」によれば、「山などで、上から石が落ちてくること。また、その落ちた石」と定義されている。一方、専門図書の「落石対策便覧」(日本道路協会)では、「落石とは、岩盤の不連続面(岩盤中に発達する節理、片理、層理等の割れ目)が拡大して、岩塊や礫がはく離したり、表層堆積物、火山噴出物、固結度の低い砂礫層の中の岩塊、礫が表面に浮き出して斜面より落下する現象をいい、落下した岩塊等も落石ということが多い」と、さすがに詳しく説明されている。
ちなみに、道路上でよく見かける「落石注意」の標識は、「落ちてくる石に注意という意味ではなく、路上に落ちている石に注意してくださいということを促している」と言う意見がある。
isabou.net/theme/03-01_rakuseki/knowledge/index.asp
◆ しかし、「落石に当たって死亡した」などというニュース記事を目にすることもある。
◇ 〔MSN産経ニュース〕 11日午後2時45分ごろ、長野・岐阜県境の御嶽山(3067メートル)で、横浜市保土ケ谷区仏向町、無職、****さん(36)の上半身に1メートル大の落石が当たった。**さんは頭を強く打ち、死亡した。
sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100712/dst1007121114002-n1.htm
◇ 〔読売新聞〕 11日午前10時半頃、山梨県南アルプス市の北岳の標高2700メートル地点の岩壁で、落石に当たって負傷していた岐阜県高山市桐生町、会社員****さん(42)を県防災ヘリが発見したが、**さんは内臓損傷による出血性ショックで死亡した。
www.yomiuri.co.jp/national/news/20101011-OYT1T00391.htm
◆ 結局、落石とは「石が落ちること」(fall of rocks)および「落ちている石」(falling rocks)または「落ちた石」(fallen rocks)の3つの意味があるということになるのだろう。
◆ 冒頭に引用した文章は、「第二印象は、」とつづき、書きたいのは、この「第二印象」のほうだったが、長くなったので、次回。