◆ あるコトバをいつどこで覚えたかなんてことは、たいていの場合、憶えていない。もちろん、例外もある。
◆ その例外のひとつが、スズカケノキ。このコトバを初めて知ったのは、小椋佳の「春なんだなあ」という歌だった。
♪ 鈴懸の並木路 芽がうるむ 背伸びする
春だ 春なんだなあ
小椋佳「春なんだなあ」(作詞:藤村渉、作曲:小椋佳)
◆ この曲が収められたアルバム『渡良瀬逍遥』は、1977年4月1日にリリース。ということは、中1だったか。「スズカケのナミキミチ」の「スズカケ」の意味がわからず(樹木だということさえわからなかった)、辞書で調べた。のだったか、それとも親に聞いたのか。当時、辞書を引く習慣があったとも思えないので、たぶん後者だろうなあ。
◇ 和名のスズカケノキという命名は松村任三博士だそうだが、牧野博士によるとこれは山伏の法衣の名で篠懸(すずかけ)というのがあるのを、そこに付けてある球状の飾りの呼び名と間違えて付けてしまったもので、もし強いて書くなら鈴懸とでもしなければ意味が通じないそうだ。
辻井 達一『日本の樹木』(中公新書,p.181)
◆ でも、この山伏の法衣であるスズカケ(勧進帳の弁慶が着てるやつ)のイラストを辞書で見た記憶もあるから、きちんと辞書を引いたのかもしれない。
◆ それから、この「春なんだなあ」の作詞は、小椋佳ではなくて藤村渉。この藤村渉というのは、元セゾングループ代表の堤清二のペンネームだそうで、辻井喬というペンネームで詩や小説を書いていたのは知ってたけど、作詞までやっていたとはちょっとびっくり。
◆ スズカケノキは、プラタナスといったほうが通りがいいだろう。小椋佳には「小さな街のプラタナス」(『彷徨』に収録)という曲もあって、これは自らの作詞。
♪ 小さな街の 小さな恋
小さな公園 大きな木
大きな大きな プラタナス
小椋佳「小さな街のプラタナス」(作詞・作曲:小椋佳)
◆ 書き写していて気恥ずかしい気もしないではない歌詞だが、それはさておき、このプラタナスという言い方はラテン語の学名を英語読みしたもので、この写真を「読む」と、学名として「Platanus orientalis Linn.」と書いてあって、あれっ?、と思った。「リンネ(Linn.)が命名した東洋のプラタナス(Platanus orientalis)」? プラタナスは西洋ではなくて東洋(→ひょっとして日本)の原産だったのか? と、思ったのだったが、
◇ オリエンタリスというのは原産地がトルコ、ペルシア、ギリシャなどだったから
辻井 達一『日本の樹木』(中公新書,p.179)
◆ とあるように、東洋(オリエント)といっても広いので、ヨーロッパ人にとっての東洋(オリエント)が、極東(Far East)に位置する東アジアのことであるよりも、まず第一にトルコにはじまる中近東の地域のことであったのは致し方ない。
◆ プラタナスの主な種類としては、「東のプラタナス」(Platanus orientalis、スズカケノキ)のほかに「西のプラタナス」(Platanus occidentalis、アメリカスズカケノキ)というのもあって、こちらは北米に自生する。それから、「東のプラタナス」と「西のプラタナス」の雑種である「スペインのプラタナス」(Platanus × hispanica、モミジバスズカケノキ)というのもあって、街路樹として見かけるプラタナスのほとんどがこれらしい。上の写真のプラタナスも、正確には、スズカケノキではなくてモミジバスズカケノキということになるのだろう。和名はいいとしても、学名のところは「Platanus × hispanica」と書いておくほうがよくはないか。