MEMORANDUM

  浴衣の袂

〔朝日新聞〕 大阪市西区で幼い姉弟が自宅に置き去りにされ死亡し、母親の****容疑者(23)が死体遺棄容疑で逮捕された事件は6日未明に遺体発見から1週間となる。現場マンション前には連日100人以上が訪れ、手を合わせている。〔中略〕 ジュース、お菓子、おにぎり、おもちゃ、絵本、子ども服、「気付かずにごめんなさい」と書いた手紙……。飲み物の多くはストローが挿され、食べ物の箱やふたは開けられている。「幼い子でも飲みやすいように」との思いからだ。マンション前を訪れた人は3日に約150人、4日はさらに増え、5日も正午までに30人以上を数えた。
www.asahi.com/kansai/news/OSK201008050059.html

◆ このニュース記事が気になっていた。「ジュース、お菓子、おにぎり、おもちゃ、絵本、子ども服」、なにもこんな陰惨な事件の現場に行かなくても、近くの寺の片隅のある水子地蔵の前に、似たような風景はあるだろう。多くの寺で、おもちゃ、ぬいぐるみの類に埋め尽くされた水子地蔵は何度も見た。けれど、そこに、ストローが挿された飲み物や箱やふたが開けられた食べ物があったのかどうか。あったのだとして、ストローが挿された飲み物を見て、「幼い子でも飲みやすいように」そうしてあるんだな、と即座に気がついたかどうか。「『幼い子でも飲みやすいように』との思いからだ」という一文は、母親ではないひとに向けた、母親の気持ちがわからないひとのための説明で、母親であるひとにとっては、ごくあたりまえの余計な注釈にすぎないのだろうか。

◆ このニュース記事が気になっていたので、とりあえず記事にしておこうと思って、さいしょに考えたのが、小林秀雄の「人形」というエッセーと並べてみるということだった。作者が急行列車の食堂車のテーブルで相席することになった老夫婦。妻は大きな人形を抱えている。人形は、「背広を着、ネクタイをしめ、外套を羽織って、外套と同じ縞柄の鳥打帽子を被っていた」。

◇ 妻は、はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き、自分の口に入れる。それを繰返している。
小林秀雄「人形」

◆ 飲み物にストローを挿すという行為は、スプーンで人形の口元にスープを運ぶ老婦人の行為と関連がないわけではないだろう。見えない人形。でも、すっきりしないし、とんでもなくあさはかな理解の仕方であるような気がして、記事にするのをやめにした。

◆ 昨日、京都ではあちこちで地蔵盆が行われた。なつかしい「四宮の夜店」をすこしぶらついた。金魚すくいをする少女。よく見ると、背後から母親が浴衣を引っ張っている。さいしょは「もう終わりにしなさい」という意味かと思ったが、そうではなくて、金魚すくいに夢中になっている娘の浴衣の袂が濡れないようにと、浴衣の背中を引っ張っているのだった。

◆ この光景を見て、気になっていたニュース記事のストローが挿された飲み物のハナシをまた思い出した。それで、どうせまとまりのない記事を書くのなら、人形のハナシなんかよりは、こちらの金魚すくいをする少女の浴衣の袂のハナシのほうが、たんじゅんでふさわしいような気になった。母親であるというのは偉大なことだ、とあいかわらずほとんど理解できないながらも、そうつぶやきなくなった。

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