MEMORANDUM

  さいはての駅

◆ 雪が降っている。本のなかでは雪が降っている。林芙美子の『放浪記』。十二月×日。

◇ 雪が降っている。私はこの啄木の歌を偶(ふ)っと思い浮べながら、郷愁のようなものを感じていた。便所の窓を明けると、夕方の門燈(あかり)が薄明るくついていて、むかし信州の山で見たしゃくなげの紅(あか)い花のようで、とても美しかった。
林芙美子『新版 放浪記』(青空文庫

◆ 「この啄木の歌」というのが、

 さいはての駅に下り立ち
 雪あかり
 さびしき町にあゆみ入りにき

◆ で、ズレてないひとならば、当然、この歌の「さいはての駅」とはどこの駅なのか、「さびしき町」とはどこの町なのか、ということに思いをめぐらせることだろう。はやりのご当地検定のひとつに「道産子検定」というのがあるようで、その過去問のひとつに、

◇ ●第4回上級より
「さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」。歌人・詩人の石川啄木が1908年1月21日21:30ころに降り立ったとされる、ある駅の情景を詠んだものである。その「さいはての駅」とはどこのことか。
 A.稚内駅
 B.根室駅
 C.釧路駅
 D.網走駅

◆ 答えは、Aの稚内駅だろうか? 駅前には「さいはて」という旅館もあったから。と、以前に撮った写真を載せたいばかりに、とりあえず、そう答えてみようかとも思ったが、わざとらしいのでやめにする。根室と網走は載せたい写真もとくに思いつかないので、パス。正解はCの釧路駅。正解率は48.4%。

◆ 林芙美子は、後年(1935年ごろ?)、じっさいに釧路を訪れている。駅に着いたのは夜の八時ごろ。釧路の写真も載せたいところだが、まだないので、おともだちの霧(笛)さんからのいただきもの、幣舞(ぬさまい)橋に飾られた本郷新の彫刻作品とカモメの画像をこっそり借用(このカモメもさいはてのカモメと呼ぶべきか?)。

◇  釧路へ着いたのが八時頃で、驛を出ると、外國の港へでも降りたやうに潮霧(がす)がたちこめてゐた。雨と潮霧で私のメガネはたちまちくもつてしまふ。帶廣から乘り合はせた、轉任の鐵道員の家族が、町を歩いて行つた方が面白いですよと云つて、雨の中を子供を連れた家族達が私を案内してくれた。
 山形屋と云ふのに宿を取る。古くて汐くさいはたご屋であつたが、部屋には熊の毛皮が敷いてあつた。――町を歩いてゐても、宿へ着いても、三分おきに鳴つてゐる霧笛の音は、夜着いた土地であるだけに何となく淋しい。遠くで霧笛を聽くと夕燒けの中で牛が鳴いてゐるやうな氣がする。

林芙美子『摩周湖紀行』(青空文庫

◆ 夕焼けの牛の鳴き声のような霧笛、か。翌日(六月十六日)、

◇ 山形屋の拂ひを濟ませて道路へ出ると、宿の前がさいはての驛であつた。山形屋へ泊つたこともいゝではありませんかと、いまは肥料倉庫のやうなさいはての舊驛を眼前にして、私は啄木の唄をまるで自らの唄のやうにくちずさんでゐた。
「さいはての驛に降り立ち雪あかり、淋しき町に歩ゆみ入りにき」さいはての驛の前は道が泥々してゐて、雪の頃のすがれたやうな風景を眼の裏に思ひ出す事もできた。

Ibid.

◆ 1908年に啄木の降り立った釧路駅は、旧駅。

〔Wikipedia〕 1917年(大正6年)12月1日 - 現在地に移転、貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)。旧駅は貨物駅の浜釧路駅となる。
ja.wikipedia.org/wiki/釧路駅

◆ 真夏の東京で、もしかしたら少しはこの灼熱も和らぐのではないかと、林芙美子に倣ってワタシも「雪の頃のすがれたような風景」を「眼の裏」にイメージしてみようとしたが、能力不足でいっこうに涼しくはならない。どうしたものか? 真冬の南半球にでも行くしかないか? そうしよう。しかし、

〔朝日新聞〕 冬の南半球。南米各地では、寒波で少なくとも200人以上の死者が出ている。ボリビアでは過去に降雪記録がない地域で雪が降り、チリでは各地で吹雪による停電で交通が止まり、町が孤立した。アルゼンチンでは寒さで少なくとも14人が死亡、ホームレスの人を屋内に収容するなどの対策に追われ、ガス需要が増えたため炭で料理するレストランもあるという。ペルーでも、標高3千メートル以上の地域で零下24度を記録し、政府が緊急事態宣言を出した。
www.asahi.com/national/update/0725/TKY201007240512.html

◆ そうか、大寒波か。こりゃ大変だな。じっさいに行くのはやめにして、お手軽にネット旅行。こんな画像はどうだろう? これは南米パタゴニアの氷河。撮影は、おともだちの rororo さん。皆既日食を見るために、はるばる地球の裏側のさいはての地まで!

◆ 納涼気分で、rororo さんのブログ《忍法火遁の術:パタゴニア旅行記》を読んでいると、世界最南端の都市、アルゼンチンのウシュアイアの西に広がるフエゴ島国立公園には「世界の果て列車(El Tren del Fin del Mundo)」が走っているそうで、これは廃線になっていた木材輸送のための森林鉄道を観光客向け鉄道として復活させたものらしい。この鉄道の始発駅が「世界の果て駅(Estación del Fin del Mundo)」だそうで。こんなところにも「さいはての駅」はあったのだなあ、と感慨深い。思わず啄木を連れて行きたくなる。

◆ ところで、フエゴ島は過去に流刑地であった歴史があり、島の中心都市ウシュアイアも囚人たちの労働によって建設された。というようなコトを知ると、思わず口ずさんでしまうのは、

♪ 遥か 遥か彼方にゃ オホーツク
  紅い真っ紅な ハマナスが
  海を見てます 泣いてます
  その名も 網走番外地

  高倉健「網走番外地」(作詞:タカオ・カンベ)

◆ となると、さっきの道産子検定に戻って、答えは、Dの網走駅でどうだろう?

◆ 「さいはての駅」とはなんの関係もないけど、最初に引用した林芙美子の『放浪記』の文中に、「しゃくなげの紅い花」、最後に引用した「網走番外地」の歌詞のなかに、「紅い真っ紅なハマナス」。たまたま、紅い花ふたつ。と書いて、またまた不安になる。高倉健の歌う「紅いハマナス」は花なのか? それとも実なのか? まさか道産子検定の問題になってはいないだろうな。

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COMMENTS (2)

rororo - 2010/08/05 04:48

納涼メモランダムにご紹介ありがとうございます!
わたしはきのうまで下北半島にいて、本州の「さいはて」大間崎から灯台を眺めました(大間埼灯台は小島に建っていて「本州」ではなかった!)。
ではまた。

Saturnian - 2010/08/05 07:07

rororo さん、

またまた納涼気分が味わえそうで、旅行記楽しみにしています。次は灯台めぐりの記事でも書こうかな。

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