◆ ある小説の一節。 ◇ 清宮は、いつも肩にかけているバッグを大事そうに抱え、誰もいない舞台の両袖に置かれた、ビアズレーのサロメに目を注いでいる。 ◆ 舞台の両袖に置かれたものを二つ同時に見るのははなかなか難しいだろうと思うけれど、それはさておき、ビアズレーのサロメ。誰もいない舞台の両袖に置かれた、ビアズレーのサロメ。「私にヨカナーンの首をくださいまし」と繰り返すサロメの声が、聞こえそうな気がする。舞台の両袖に置かれているのは、ひょっとしてヨカナーンの首ではないのか? 左右に均衡を保って配置されたヨカナーンの首ふたつ。もちろん、そんなことはありえない。じつのところ、いったい舞台の両袖にはなにが置かれているのか? ◇ (そろそろ、ストーブの季節がはじまるか……) ◆ 舞台の両袖にあるのは行燈で、どうやらその行燈の笠に、ワイルドの戯曲『サロメ』のためにビアズレーが描いた挿絵が刷り込まれているようだ。 ◇ 海猫屋の店内は、元々のレンガの質感を残した上に、新しく内装がほどこされている。店の入口近くにカウンターがあり、その内側は狭く細ながい調理場、外側には数個の椅子が並らべてある。常連はそこへ腰かけるが、ふつうの客はそこから一段下ったテーブル席へ着く。
◇ 1986年には、作家の村松友視氏が海猫屋を題材に小説を書いています。「海猫屋の客」というタイトルで朝日新聞社から出版されました。のちに文庫本にも、なっています。しかし、小説に描かれたような雰囲気やイメージは、今の海猫屋には、ありません。かって、この場所で演じられていた暗黒舞踏の「北方舞踏派」や「鈴蘭党」は、小樽を去り、海猫屋の舞踏の舞台としての価値は薄れていきました。そして、1990年には、店内を大幅に改装し、ワインと無国籍な創作料理の店として生まれ変わることになりました。1階は、バーカウンター、2階は、照明を抑えた空間に自然木の広いテーブル。とても落ち着けるスペースです。 ◆ どうやら、舞台はもうないようだ。舞台がないとなると、その両袖にあった行燈はどこに? ◇ 急な階段を上り2階に行くと、分厚い木製のテーブルが2つあり、ハロゲンランプが手元だけを照らす暗闇。部屋の隅には行灯が置かれ、よく見るとビアズレのサロメがぼんやりと浮かんでいる。 ◇ 小説の舞台にもなったらしい「海猫屋」。その2階の角々にあるランプ。近づいて造りをみてみたら…。ビアズリーの画集かなんかを拡大コピーして、ガラスの行灯に内側からコーティング…でした。
![]() ![]() ◆ ああ、ビアズレーのサロメはどこに? |
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