MEMORANDUM

  琵琶湖で海水浴

◇ あんな淋しい駅はどこにもないとさえ思った。江若鉄道が通っていたころ、終着駅の近江今津駅のことだ。若狭の在所へ帰るのに、大津から電車に乗った。三輌ぐらいしかない電車は、湖岸道路に沿うて、畑の中や、松林や、町なかをぬけて北へ北へ走り、今津駅に着くと、そこは終着ゆえ、乗客はみな降りる。といっても、私が愛着したころは、どの車輌にも、五、六人しか客はいなかった。医者へ行ったとみえて片手を三角巾で包んだ若者。眼帯をした娘さん。松葉杖をついた中年女。近在から大津まで出た人たちが帰ってきたのである。殆ど農夫や行商人で、あふれるほど混むのは真夏の海水浴シーズンぐらいだろう。ふだんの日は、今津駅は、自転車が一、二台軒下にたてかけてあるだけで、車など見えもしなかった。
水上勉『停車場有情』(朝日学芸文庫,p.152)

◆ 江若(こうじゃく)鉄道のことを書こうと思ったわけではないが、知らないひとも多いだろうから(ワタシも名前しか知らないが)、ちょっと説明。

〔大津市歴史博物館〕 「江若鉄道」と聞いて、当時の姿をイメージできる方は、おそらく40代以上の方でしょう。江若鉄道は、浜大津から今津までの鉄道で、近江と若狭をつなぐという意味から、それぞれの一字をとって、その名が付けられました。大正10年に三井寺-坂本間が、昭和6年には浜大津-今津間が開通しましたが、若狭まで延伸は実現することなく、昭和44年に廃線、同49年に開業した国鉄(JR)湖西線にその役割を譲り、約50年の歴史を終えました。
www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/060701.html

◆ 水上勉は「電車」と書いているが、江若鉄道は廃線まで電化されることはなかったので、したがって電車は走っていなかった。走っていたのは、汽車だったり、ガソリンカーだったり。それはさておき、そのあとの「あふれるほど混むのは真夏の海水浴シーズンぐらいだろう」という箇所を読んで、思い出したことがある。こどものころ、海がそれほど近くはない京都の山科というところに住んでいたワタシにとって、「海水浴」といえば琵琶湖のことだった。おとなになって、琵琶湖で「海水浴」というのは妙な気がし、「湖水浴」などというコトバもあったのだろうかと記憶を遡ってみたりもしたが、よくわからなかった。「海水浴」と言っていたのは、もしかしてワタシだけだったのだろうか? そのことがちょっと気になっていたので、この水上勉の文章を読んだときに、ワタシだけではなかったんだな、とちょっとほっとした。もちろん、水上勉の「海水浴」が、終着の今津からさらにバスに乗り換え、山を越えてようやくたどり着く若狭湾のことである可能性もないではないが……。

◆ 平成18年7月28日(金)~9月3日(日)、大津市歴史博物館で「ありし日の江若鉄道 -大津・湖西をむすぶ鉄路(みち)-」という企画展があったらしい。この展覧会を見に来たひとたちが「江若鉄道の思い出」をさまざまに語っていて、そのなかに、

◇ 若狭への海水浴へは京都から京津電車に乗り、浜大津へ出て、それから江若鉄道にて今津まで、それから国鉄バスで若狭へ到着。まる半日以上はかかったかと思います。
www.rekihaku.otsu.shiga.jp/note/14.html

◆ 若狭に江若鉄道で海水浴に行くひともいたんだな。とすると、水上勉の「海水浴」は、やっぱり、若狭のことだろうか? また、べつなひとは、

◇ 昭和38年-昭和40年頃、家族で夏休みのレクレーションに、小松浜まで、海水浴に連れて行ってもらいました。当時は、車内は冷房設備がなく、1日琵琶湖で泳ぎ楽しんで帰る時、くたくたの体で車内暑かったのを今、54才になる私は、その頃を、ハッキリと覚えています。

◆ これは間違いなく琵琶湖のことだ! その他のひとはどうかというと、

◇ 又真野駅や雄琴温泉駅勤務の時は客といろいろ口けんかをして、水泳客が切符なしで乗車した時もありました。

◇ 昭和の10年前後、柳ヶ崎水泳場で泳いだ想い出なつかしい。浜でさぐると鳥貝などよくとれた。

◇ 機関車の煙と水泳客で鈴なりの乗客の姿も忘れられません。ポアーンとガソリンカーのこだまする懐かしい音も心の底にあり、思い出すといろいろ本当になつかしい鉄道であります。

◇ 京都で生まれ育った私にとって、水泳行の多くは琵琶湖で、江若鉄道のガソリンカーが、自動車中心の時代まで、交通手段だった。

◆ どうやら、「水泳」というのがフツウの言い方であるらしい。「海水浴場」ではなくて「水泳場」、「海水浴客」ではなくて「水泳客」。とはいえ、「海水浴」と言うひとも、それが誤用であるにしても、少なからずいるので、

◇ 小学校、中学校の夏休み当時は学校にプールなどなく、夏休みは歩いて琵琶湖まで海水浴に行くのがほぼ毎日でした。
takasima.shiga-saku.net/e421706.html

◆ と書いているのは、地元のひとだ。

〔道浦俊彦/とっておきの話:ことばの話2877「琵琶湖で海水浴」〕 今日、6月8日の『ズームイン!!SUPER』の関西ローカル部分の放送は、滋賀県大津市の琵琶湖岸からでした。あの遊覧船「ミシガン」からの中継です。今日は「泊まり明け」だったので、会社のテレビでその中継を見ていたら、大田良平アナウンサーが、「いやあ、琵琶湖に来るのは久しぶりです。子供の頃によく海水浴には来たんですけど」とポロッと言ったのを、私は聞き逃しませんでした。「海水浴? いつから琵琶湖で『海水』浴が出来るようになったんだ!?」 でしょ? 琵琶湖は「海」ではありませんから、「『海水』浴」は出来ません。強いて言うなら、「湖水浴」ですが、この言葉は、こなれていませんよね。じゃあどう言えばいいのか? ここはシンプルに、「泳ぎに来た」で良いのではないでしょうか?
www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/2801-2900/2876.html

◆ 琵琶湖は「海」ではないかもしれないが、少なくとも「うみ」の一種ではあるだろう。みずうみ。あわうみ(おうみ)。

◇ 小さい頃、琵琶湖は海だと思っていました。海水浴はいつも琵琶湖でしたが、「うみ」に行くと言っていました。滋賀県の人は、結構高い確率で琵琶湖を「うみ」と呼びます。これは、本当です。
neznet.main.jp/pro.html

◆ そういえば、旧制三高の寮歌のひとつ「琵琶湖周航の歌」の歌い出しは、

♪ われは湖(うみ)の子 さすらいの
「琵琶湖周航の歌」(作詞:小口太郎,作曲:吉田千秋)

◆ だった。琵琶湖での海水浴は、塩でべとつかないので、帰りにシャワーを浴びる必要がないのがいいところ。

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