MEMORANDUM

  煙草の思い出

◆ 羊蹄丸のなかに「青函ワールド」という展示があって、昭和30年の青森駅付近がリアルに実物大で再現されている。食堂のレジの机の上にタバコのショーケースがあって、そのなかにピースがあった。ピースについては、「PEACE!」という記事を書いた。ピースといえば、鳩のデザイン。それにからめてまた鳩のハナシでも書こうと思ったが、さいきん読んだ本のなかにもピースが出てきたので、方向転換。

◆ 姜尚中の熊本での少年時代。「おじさん」のタバコ。

◇  わずかな酒でも酔ってしまう「おじさん」の唯一の嗜好品は、煙草だった。ピースの箱がいつも「おじさん」の後ろのポケットに押し込まれていた。わたしは、煙草をふかしている「おじさん」が好きだった。とりわけ広々とした大学のグラウンドの隅でゆっくりと腰掛けて目の前の立田山を漫然と眺めながら、煙草をふかしている「おじさん」の姿が好きだった。
 その頃、「おじさん」とわたしは、熊本大学の学生食堂に豚の餌になる残飯を取りに出かけるのが日課になっていた。ふたつの石油缶に残飯を入れ自転車の荷台に載せて運ぶ道すがら、「おじさん」は決まって大学のグラウンドの隅に自転車を止め、木陰に腰を下ろしてピースに火をつけるのである。フーッっと深く息を吐くと、紫煙がぷかぷかと舞うように大空に消えていく。それを追いかけながら、わたしはなぜか無性に幸せだった。わたしの人生の中でこんなに無邪気に幸せだと思ったことはなかったかもしれない。このときの情景がときどき目に浮かぶことがある。

姜尚中『在日』(集英社文庫,p.66-67)

◆ 1950(昭和25)年生まれの姜尚中は、6歳のときに「熊本大学のキャンパスを見下ろすことのできる立田山のすぐふもと」に引っ越したそうだから、これは昭和30年代前半の思い出。この「情景」はワタシの目にも浮かびそうで、他人のワタシでさえ「無邪気に幸せ」になれそうな気がする。

◆ 「だが今思えば」と文章は続いていくのだが、とりあえずそれは置いておくことにして、つぎは、さくらももこのおとうさん(ヒロシ)のタバコ。さくらももこは、1965(昭和40)年生まれ(年下だったのか!)。

◇ ヒロシはハイライトを吸っていた。いつも彼のそばには必ずハイライトの水色の箱がおいてあり、ハイライトの水色は私にとっておとうさんの色だった。ハイライトを吸っているおとうさんはちょっとだけカッコ良く見えることもあった。
さくらももこ『ももこの話』(集英社文庫,p.132)

◆ それから、最後に、内匠宏幸(元日刊スポーツ阪神担当、現フリーライター)が書いたコバへの追悼文。

◇ 1952年(昭和27)生まれで同い年。コバよ、なんで急いで逝っちゃうんだよ。僕らの世代の反骨のヒーローが死んだ。〔中略〕 コロンの香りが流れ、ラークのキングサイズをくゆらせた小林の姿は決して忘れない。
「日刊スポーツ」(2010年1月18日付1面)

◆ ピースにハイライトにラーク。ワタシが死んだとき、ワタシの吸っていたタバコの銘柄をだれかなつかしく思い出してくれるだろうか?

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