MEMORANDUM

  楠公さんの鳩豆売り

◇ 人生鳩に生れるべし。
林芙美子 『放浪記』

◆ 林芙美子の『放浪記』には、鳩があちこちに出てくる。というより、彼女が鳩のいるところに出むいているといった方が正確かもしれない。放浪の身を休めるのに最適な場所といえば、公園や神社仏閣。そして、そこには鳩がいる。たとえば、神戸の楠公さん(湊川神社)。鳩だけではなく、鳩豆売りのおばあさんもいて、

◇ 「もし、あんたはん! 暑うおまっしゃろ、こっちゃいおはいりな……」噴水の横の鳩の豆を売るお婆さんが、豚小屋のような店から声をかけてくれた。私は人なつっこい笑顔で、お婆さんの親切に報いるべく、頭のつかえそうな、アンペラ張りの店へはいって行った。文字通り、それは小屋のような処で、バスケットに腰をかけると、豆くさいけれども、それでも涼しかった。ふやけた大豆が石油鑵の中につけてあった。ガラスの蓋をした二ツの箱には、おみくじや、固い昆布がはいっていて、それらの品物がいっぱいほこりをかぶっている。
「お婆さん、その豆一皿くださいな。」
 五銭の白銅を置くと、しなびた手でお婆さんは私の手をはらいのけた。
「ぜぜなぞほっときや。」
 このお婆さんにいくつですと聞くと、七十六だと云っていた。虫の食ったおヒナ様のようにしおらしい。
「東京はもう地震はなおりましたかいな。」
 歯のないお婆さんはきんちゃくをしぼったような口をして、優しい表情をする。
「お婆さんお上りなさいな。」
 私がバスケットからお弁当を出すと、お婆さんはニコニコして、口をふくらまして私の玉子焼を食べた。

林芙美子 『新版 放浪記』(青空文庫

◆ 「アンペラ張り」「五銭の白銅」、それから「東京はもう地震はなおりましたかいな」という老婆のせりふが時代をしのばせる。「虫の食ったおヒナ様」のようなおばあさん、もしかしたら、あの世でも、鳩豆を売っているやもしれぬ。天国には、鳩がたくさんいそうだから。

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