◆ 先に書いたとおり、いま吉村昭の『羆嵐(くまあらし)』という小説を読んでいる。タイトルでは「クマ」と読ませている「羆」という漢字、これは「ヒグマ」のことで、ふつうの(内地の)「熊」とは異なる。
◇ 東北地方からの移植者であるかれらには、羆が恐ろしい肉食獣であるという意識は薄く、熊はどことなく愛らしく、動作の飄々(ひょうひょう)とした動物のようにも感じていた。しかし、渡道して以来かれらは、多くの先住者たちから羆が内地の熊とは異なった野生動物であることを知らされていた。内地の熊が最大のものでも三十貫(110キロ余)程度であるのに、羆は百貫を越えるものすらある。また内地の熊が木の実などの植物を常食としているのとは異なって、羆は肉食獣でもある。その力は強大で、牛馬の頚骨(けいこつ)を一撃でたたき折り内臓、骨まで食べつくす。むろん人間も、羆にとっては恰好の餌にすぎないという。
吉村昭 『羆嵐』(新潮文庫,p.30)
◆ この「羆」という漢字を、ワタシは西村寿行の小説で覚えた。羆の登場する作品は数多くあるが、たとえば、『赤い鯱(しゃち)』から、
◇ 黒褐色の体毛を持った羆を金毛(きんげ)と呼ぶ。金毛は凶悪、獰猛な正確を有する。人間を喰う羆といえば、金毛である。
人家の板壁を掻き破って侵入し、妊娠中の主婦の腹を喰い、家族をつぎつぎと叩き殺した羆がいる。北海道はじまって以来の凶悪な羆だった。結局、七人を殺し、三人に重傷を負わせた羆は射殺されたが、これが金毛だった。
西村寿行 『赤い鯱』(講談社文庫,p.10)
◆ それで、この「北海道はじまって以来の凶悪な羆」の事件を小説化したのが、いま読んでいる吉村昭の『羆嵐』というわけ。大正4年12月、この開拓民を襲った未曾有の大惨事は「三毛別羆事件」と呼ばれている。
◇ 三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん、六線沢熊害事件、苫前羆事件とも)とは、1915年12月9日~12月14日にかけて、北海道留萌苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した日本史上最大最悪の熊害(ゆうがい)事件。冬眠に失敗した空腹のヒグマが数度にわたり民家を襲い、当時の開拓民7名が死亡、3名の重傷者を出すという被害があった。
ja.wikipedia.org/wiki/三毛別羆事件
◆ そういえば、「北海のヒグマ」と呼ばれた代議士がいて、謎の死を遂げた。彼の息子も先月死去したが、その理由ははっきりしない。いや、それよりも、ここしばらくマスコミをにぎわせている鳥取の女性。週刊誌でその容貌を見たが、彼女はもしかして「鳥取のヒグマ」と呼ばれてはいなかっただろうか。なんでも、彼女のまわりでは七人もの男性が変死しているということらしいのだが。どうにも、ハナシが血腥(なまぐさ)くなってしまって、いけない。こんなときには、札幌千秋庵の「山親爺」でも食べてくつろぐにかぎる。