MEMORANDUM

  バターコーヒー

◆ 《Yahoo!知恵袋》にこんな質問。

◇ コーヒーにバター?? 友達の家に遊びに入ったら、コーヒーを作ってくれました。コーヒーに砂糖とミルクを入れるのは普通ですが、その後にバターも入れてました。そういう飲み方も一般的にあるのですか?? 私は初めてだったので驚きました。皆さんのお宅ではコーヒーにバターは入れてますか?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311349153

◆ ベストアンサーに選ばれた回答がこれ。

◇ 辺見庸さんの「もの食うひとびと」によると、インドネシアだったかコーヒーの産地ではコーヒーに砂糖がいいかバターがいいか尋ねられるそうです。私はまだやったことありませんが、これを機会に一度試してみます。
Ibid.

◆ インドネシアではなくエチアピア。「砂糖かバターか」ではなく「塩かバターか」。以下、『もの食うひとびと』の当該箇所の引用。

〔……〕 近くの食堂「ムスラク」に入って本場もののコーヒーを注文してみた。
 ところがである。店と同名の、うら若い美人店主が裸電球の下でコックリとうなずいてからコーヒーができるまで、延々と一時間と三分もかかったのだ。
 ムスラクは決して注文を忘れていたわけではない。
 彼女はまず裏庭で紅と黄色の花を摘み、それらを茶器を置いた木台に敷きつめ、花弁に線香を刺して、伽羅(きゃら)に似た香りで土間を満たしたのである。
 自らは紫の地に金色の刺繍の布を頭にかぶり正装し、木台を前にして、深呼吸。炭火の上に鉄板を載せ、コーヒー豆にすこし水を加えて炒りはじめる。
 焦げてきた豆を盆に載せ私の眼前に捧げ持ってきて「よろしいでしょうか」と目で問う。
 私が手のひらで煙をかき寄せ「よろしいのでは」とうなずけば、彼女は臼(うす)と杵(きね)とで、豆をついたりグラインドした。時おり「カラファ」なるスパイスを加えたりしてもう一心不乱。
 粉になったのを細口の素焼きの壺で煮立ててから、手を荒い、数滴を茶器に注いで味見。首をいやいやと横にふり、コーヒーをさらに加えて、また味見である。
 やっと納得したらしく、顔を上げて問うには
「バターにします、塩にします?」
 一瞬サッポロ・ラーメンを思い出す。塩コーヒーは経験済みだから、勇を鼓して「バ、バターを」と頼んだがあとの祭りだ。
 バター・コーヒーは元気のもと、最上のお客に出すのよ、ムスラクの甘い説明を耳にして目をやれば、油は水より軽い道理で、溶けたバターが上、コーヒーが下の完全二層式である。
 必然、先にバターを飲まなければ、コーヒーには永遠に到達しない。
 グビリと飲んだ。無論、先にバターの、次にモカの味がしたのだが、結合部分がどうもいけない。刺身にバターみたいなというか、きわめて複雑な味だった。
 ムスラクが真剣なまなざしで「いかがでしょう?」と問うている。
 味覚の相違はともかくも、彼女の力作コーヒーである。まずいなどと言えるわけがない。
 非常におもしろい味である旨答えたら、二杯目がなみなみと注がれたのであった。
 このコーヒー・セレモニーを、ムスラクは母親に習ったという。女性のたしなみなのだ。
 とまれ、コーヒー・ロードを旅して私は知った。
 エチオピアにおいてはコーヒーをたてることが日本の茶道に似た多義性を持つ。味が良ければいいというものでなく、日々の瞑想であり、礼なのである。

辺見庸 『もの食う人びと』(角川文庫,p.211-213)

◆ これと同様のコーヒー・セレモニーの体験記が《EarthTribe:コーヒーセレモニー》でもステキな写真入りで読める。花や線香はなかったようだが。

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