MEMORANDUM

  しるこ屋でぶぶ漬

◆ 青空文庫を「山椒」で検索したら、こんな文章も。山椒のハナシではないので、先のエントリーでは省いたが、おもしろいので載せておこう。

◇ 「月ケ瀬」は戎橋の停留所から難波へ行く道の交番所の隣にあるしるこ屋で、もとは大阪の御寮人さん達の息抜き場所であったが、いまは大阪の近代娘がまるで女学校の同窓会をひらいたように、はでに詰め掛けている。デパートの退け刻などは疲れたからだに砂糖分を求めてか、デパート娘があきれるほど殺到して、青い暖簾の外へ何本もの足を裸かのまま、あるいはチョコレート色の靴下にむっちり包んで、はみ出している。そういう若い娘たちにまじって、例の御寮人さんは浮かぬ顔をして突っ立ち、空いた席はおまへんやろかと、眼をキョロキョロさせているのである。そして私もまた、そこの蜜豆が好きで、というといかにもだらしがないが、とにかくその蜜豆は一風変っていて氷のかいたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんやあの人男だてらにけったいな人やわという娘たちの視線を、随分狼狽して甘受するのである。
 五年前、つまり私が二十三歳の時、私はかなり肩入れをしていたKという少女と二人でいそいそと「月ケ瀬」へ行った。はいるなりKという少女はあん蜜を注文したが、私はおもむろに献立表を観察して、ぶぶ漬という字が眼にはいると、いきなり空腹を感じて、ぶぶ漬を注文した。やらし人やなというKの言葉を平然と聞流しながら、生唾をのみこみのみこみ、ぶぶ漬の運ばれて来るのを待っていると、やがて、お待ちどうさんと前へ据えられた途端、あッ、思わず顔が赧くなって、こともあろうにそれはお櫃ではないか。おまけに文楽の人形芝居で使うような可愛らしいお櫃である。見渡すと、居並ぶ若い娘たちは何れもしるこやぜんざいなど極めて普通の、この場に適しいものを食べている。私一人だけが若い娘たちの面前で、飯事(ままごと)のようにお櫃を前にして赧くなっているのだ。クスクスという笑い声もきこえた。Kはさすがに笑いはしなかったが、うちいややわと顔をしかめている。しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たることか裕然と構えて四杯も平げたのである。しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてしまったのである。けれども今もなお私は「月ケ瀬」のぶぶ漬に食指を感ずるのである。そこの横丁にある「木の実」へ牛肉の山椒焼や焼うどんや肝とセロリーのバタ焼などを食べに行くたびに、三度のうち一度ぐらいはぶぶ漬を食べて見ようかとふと思うのは、そのぶぶ漬の味がよいというのではなく、しるこ屋でぶぶ漬を売るということや、文楽芝居のようなお櫃に何となく大阪を感ずるからである。

織田作之助 『大阪発見』(青空文庫

◆ ああ古き良き大阪だなあ。

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