MEMORANDUM

  コウモリ来い来い

◆ 青空文庫を「山椒」で検索したら、こんな文章にも出くわした。

◇ 「こうもり、こうもり、山椒食わしょ。」
岡本綺堂 『薬前薬後」(青空文庫

◆ というわけで、ハナシはコウモリに移る。かつて子どもたちは地方独自のわらべ歌を歌いながら、コウモリを追いかけ回したものらしい。

◇ 父さんの田舍では、夕方になると夜鷹といふ鳥が空を飛びました。その夜鷹の出る時分には、蝙蝠までが一緒に舞ひ出しました。
『蝙蝠――來い、來い。』
と言ひながら、父さんは蝙蝠と一緒になつて飛び歩いたものです。

島崎藤村 『ふるさと』(青空文庫

◇ 蝙蝠来い
簑着て来い
行燈(あんどん)の油に火を持つて来い
……………………

 仲間の子供たちが声を揃へて喚(わめ)き出したので、お涌も井戸端から離れた。
岡本かの子 『蝙蝠』(青空文庫

◇ 夏の夕方はめいめいに長い竹ざおを肩にしてあき地へ出かける。どこからともなくたくさんの蝙蝠が蚊を食いに出て、空を低く飛びかわすのを、竹ざおを振るうてはたたき落とすのである。風のないけむったような宵闇に、蝙蝠を呼ぶ声が対岸の城の石垣に反響して暗い川上に消えて行く。「蝙蝠来い。水飲ましょ。そっちの水にがいぞ」とあちらこちらに声がして時々竹ざおの空を切る力ない音がヒューと鳴っている。にぎやかなようで言い知らぬさびしさがこもっている。蝙蝠の出さかるのは宵の口で、おそくなるに従って一つ減り二つ減りどことなく消えるようにいなくなってしまう。すると子供らも散り散りに帰って行く。あとはしんとして死んだような空気が広場をとざしてしまうのである。いつか塒(ねぐら)に迷うた蝙蝠を追うて荒れ地のすみまで行ったが、ふと気がついて見るとあたりにはだれもいぬ。仲間も帰ったか声もせぬ。〔中略〕 名状のできぬ暗い恐ろしい感じに襲われて夢中に駆け出して帰って来た事もあった。
寺田寅彦 『花物語』(青空文庫

◇ その本〔西瀬英一『南紀風物誌』〕に、南国のたそがれ、子供達が竿をたづさへて路上へでる。「蝙蝠ほい……」と呼びながら飛ぶ蝙蝠を竿で叩き落さうとして、その一日の落日の中をはしやぎまはるといふ、南国に育つた人にはその嫋々(じようじよう)たる郷愁に結びついて忘れられない幼時の夢だといふことが書いてあつた。
坂口安吾 『気候と郷愁』(青空文庫

◇ 蝙蝠来い。
行燈にかくれて笠きてこい。

竹久夢二編『日本童謡撰 あやとりかけとり』(J-TEXTS

◆ 最初に引用した岡本綺堂の「こうもり、こうもり、山椒食わしょ」の前後を含めてふたたび引用すると、

◇ 夏のゆうぐれ、うす暗い家の奥からは蚊やりの煙がほの白く流れ出て、家の前には凉み台が持ち出される頃、どこからとも知らず、一匹か二匹の小さい蝙蝠が迷って来て、あるいは町を横切り、あるいは軒端を伝って飛ぶ。蚊喰い鳥という異名の通り、かれらは蚊を追っているのであろう。それをまた追いながら、子供たちは口々に叫ぶのである。
「こうもり、こうもり、山椒食わしょ。」
 前の雁とは違って、これは手のとどきそうな低いところを舞いあるいているから、何とかして捕えようというのが人情で、ある者は竹竿を持ち出して来るが、相手はひらひらと軽く飛び去って、容易に打ち落とすことは出来ない。蝙蝠を捕えるには泥草鞋(どろわらじ)を投げるがよいということになっているので、往来に落ちている草鞋や馬の沓(くつ)を拾って来て、「こうもり来い」と呼びながら投げ付ける。うまく中(あた)って地に落ちて来ることもあるが、またすぐに飛び揚がってしまって、十に一つも子供たちの手には捕えられない。たとい捕え得たところでどうなるものでもないのであるが、それでも夢中になって追いあるく。

岡本綺堂 『薬前薬後」(青空文庫

◆ どうして山椒がでてくるのかよくわからないが、

◇ 文句は地方によって多少異なるが、「蝙蝠来い、山椒くりょ。柳の下で水飲ましょ」という、蝙蝠が飛ぶのを見て歌う童謡を踏まえたもので、
mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/C0000050027/2buq/2buq.html

◆ と、曲亭馬琴『廿日余四拾両・盡用而二分狂言』の註釈(高木元)にもあった。

◆ コウモリといえば、夏の夕暮れ。

◇ 蝙蝠(かわほり)の飛ぶのもしばしば見た。夏の夕暮には、子供が草鞋(わらじ)を提(さ)げて、「蝙蝠(こうもり)来い」と呼びながら、蝙蝠(かわほり)を追い廻していたものだが、今は蝙蝠の影など絶えて見ない。
岡本綺堂 『思い出草』(青空文庫

◆ と、江戸っ子の岡本綺堂が書いたのは、大正時代(だと思う)。それ以降、東京にコウモリがいなくなったのかというと、そんなことはない。ワタシも散歩の途中、何度か見かけたことがある(写真には写っていないが)。ただ、コウモリを追いかける子どもは、おそらく絶滅してしまったのだろう。

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