◇ 船頭烏賊は保輔をみて怒った。いきなり、墨を噴きかけて来た。だが、的(あた)らない。船頭烏賊は焦った。宇宙工学の超精密機器を思わせるようにしきりにメラニン色素を変化させた。薄い皮膜の下で赤や黄や黒、紫などの厖大な数の色素粒が一瞬間のうちに天文学的数値で移り変わった。――結局、船頭烏賊は周りの磯の色に溶け込むことはできなかった。焦りすぎて計算が狂ったのだと保輔は思った。/ そのときの船頭烏賊の自身の計算ちがいか、または訪れた運命への哀しみをこめた眸(め)を、保輔は忘れることができない。あるいは怒りの眸だったかもしれない。 ◇ 何故、自分が泣いているのか、萌絵は必死で考える。慌ててバックミラーの死角に顔を隠して、手で目を擦った。瞬時に感情を抑える機能は、うまく働かなかった。 ♪ 鏡の中で ほほえんでみる ほっぺたがちょっぴり ひきつるけれど |
このページの URL : | |
Trackback URL : |