MEMORANDUM

  グルメ番組

◆ とある文房具屋さんにこんな貼り紙。店主お気に入りの名言集のようなものだろうか。あるいは習字のおけいこかもしれない。「その席にいない人を非難するな(アメリカ初代大統領ワシントン)」 とか 「君の考え方はまだ若いよ、人間短所を見たらどんな人間だってだめだ」 とか。それから、ワタシがいちばん気に入ったのがこれ。

◇ 「テレビでさ、料理をひとくち喰って、うまいという奴は信用しちゃいけません」
永六輔 『大語録 天の声地の声』 (講談社+α文庫,p.97)

◆ まったくそうですよね、とワタシがベテランの運転手Bさんに話しかけると、Bさんはすかさず、

◇ 「なんで? ひとくち喰って、うまいものはうまいじゃん?」

◆ と言ったので、ハナシが終わってしまった。しようがないので、あとでひとりで考えた。そもそもグルメ番組では 「まずい」 というコトバはあらかじめ禁じられているわけだから、予定調和的に発せられる 「うまい」 のひとことは、三文役者の台詞のようで、いかにも白々しく感じられる。あるいは、ひとくちで評価ができる料理というものはよほど単純な味付けなのではないか? 食事というのはもっと総合的なもので、ラーメンや丼といった単品メニューならまだしも、コース料理などはすべて食べ終わってからでないと評価できないはず。あれこれ。

◆ そうして、思い当たったことがひとつ。それは、ワタシは 「ひとめぼれ」 ということにあまり縁がないということだった。ひとくち食べておいしいと思える即座の反応がワタシには欠けているらしい(ひとくち食べてまずいと思ったことなら幾度もあるが)。衝動買いという経験もあまりない。服や靴でも、しばらく身に着けているうちに、からだになじんでくるものがあって、そのときに初めて、「ああ、これはいいものだな」 と思う。ワタシはそんな性格なので、「運命の出会い」 といったようなハナシを聞いてもあまりピンとこない。たいていは、カン違いだろう、と冷ややかに見つめるだけである。料理にたいしても、きっと同じことなのだろう。あるものを食べてからずいぶんと経ったころに、「ああ、またあれが食べたいな」 と思い、そのことで初めてその料理が好きなことに気がつく。そんな人間が、時間の制約によってすべての判断をその場で要求するようなテレビのグルメ番組を好きになれるわけがない。

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