MEMORANDUM

  三日月を左の肩越しに見る

◆ 新月のつづき。英語の new moon をあれこれ調べていたら、『ハックルベリー・フィンの冒険』 (1885)に出くわした(10章)。he は黒人奴隷のジム。

◇ He said he druther see the new moon over his left shoulder as much as a thousand times than take up a snake-skin in his hand.
www.classicallibrary.org/twain/huckleberry/chapter10.htm

◆ druther などというわけのわからない単語があるが、これは方言で would rather が訛ったものらしい。この the new moon が日本語でどう訳されているのかが気になって、図書館にあった文庫本で確かめると、

◇ 三日月を左の肩越しに一〇〇〇回も見るほうが、ヘビの皮を手にとるよりもまだマシなんだそうだ。
マーク・トウェイン 『ハックルベリ・フィンの冒険』(大久保博訳,角川文庫,p.121)

◆ 「三日月」、そう訳されていた。そのことがわかってとりあえず満足したわけだけれど、ジムのハナシがおもしろそうなので、べつな話題としてつづける。ヘビの皮はさておき、比較の対象とされている 「三日月を左の肩越しに見る」 というのがまた気にかかるわけで。new moon (以下、訳者にならって三日月の訳語をあてておく)を左の肩越しに見るとどうなるのか? ジムのハナシを(原文は抜きにして日本語訳で)つづけると、

◇ もっとも、おいらのいつもの考えじゃあ、三日月を左の肩越しに見るってえことは、恐ろしくウカツなことでバカげていて、誰だってそんなことはしねぇはずなんだ。ハンク・バンカーじいさんは、あるときそれをやって、自慢していた。ところが、二年もたたねぇうちに、酔っ払ってショット・タワーから落っこって、ペシャンコになっちまった。ちょうど、センベイみてえにな。だから、みんなは納屋の扉を二枚かさねて、そのあいだにじいさんを滑り込ませて、棺桶がわりにして、そのまんま埋めたんだそうだ。だが、おいらはそれを見たわけじゃあねぇ。おとうが話してくれたのさ。だが、とにかく、それもみんな、月をそんな具合に見たからなんだ、バカみてえにな。
Ibid.

◆ 三日月を左の肩越しに見ることは、とんでもなくいけないことらしい。もちろん迷信にきまってる。だが、右ではなく、左の肩越し。いつだって、左は不吉なサインにされちまう。

◇ Look at the new moon for the first time over your right shoulder; that brings good luck. Looking over your left shoulder, of course, is bad luck.
[新しい月を最初に見るのは、右の肩越しが吉。左の肩越しで見るのは、もちろん、凶。]

www.everything2.com/index.pl?node=bad%20luck

◆ 「of course」 てのはなんなんだ。「もちろん」 ってのは! Timothy Harley, Moon Lore (1885) って本にも、

◇ In Devonshire it is lucky to see the new moon over the right, but unlucky to see it over the left shoulder; and to see it straight before is good fortune to the end of the month.
www.sacred-texts.com/astro/ml/ml18.htm

◆ デボンシャーってのがどこにあるのかさっぱり知らないが(イングランド?)、どいつもこいつもつまらん迷信しんじやがって。バカじゃねえのか? と、むかしの人間に文句を言ってもしようがない。Robert Green Ingersoll という実証主義者が Superstition (1898) という本でこう言っている。「月を右の肩越しで見ようが見まいが左の肩越しで見ようが見まいが、そんなことはお月様にこれっぽっちの影響も及ぼさない」。

◇ To see the moon over the right or left shoulder, or not to see it, could not by any possibility affect the moon, neither could it change the effect or influence of the moon on any earthly thing. Certainly the left-shoulder glance could in no way affect the nature of things. All the facts in nature would remain the same as thought the glance had been over the right shoulder. We see no connection between the left-shoulder glance and any possible evil effects upon the one who saw the moon in this way.
www.positiveatheism.org/hist/ingersup.htm

◆ ところで、ワタシは迷信が下らないと腹を立てているわけじゃあない。いやいや迷信はなかなかおもしろい。ただ、ワタシは左利きなもんで・・・。

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