MEMORANDUM

  火事が好き

◆ 動物園に動物を見に行くひとの割合に比べれば、植物園に植物を見に行くひとの割合はかなり少ないのではないか、と思うけれども、どうだろう。では、なにをしに行くのだ、というひとはちょっとアマタが固すぎる。たいていは、よく晴れた日曜日の朝、今日はなにも予定がないことに思い当たると、それではあまりにもっいない気がして、では植物園にでも行こうか、と散歩がてらに出かけるのである。運がよければ、キタキツネに出会えるかもしれない。北大植物園元園長・辻井達一氏の 『日本の樹木』(中公新書)はながらくワタシの愛読(新)書だったが、最近その続編が出ているのを本屋で見つけ、さっそく購入して、ぱらぱらページをめくっていると、

◇ 私は火事が好きで(と言っては火事に遭われた方には申し訳ないが)、昔から火事となると気になってよく出かけた。
辻井達一 『続・日本の樹木』(中公新書, P.128)

◆ という文章に出くわした。樹木の本を読むのは、なにも樹木のことを知りたいためばかりではない。

◇ 大きな声では言えないけれど、無性に、火事が好きだ。夜空を焦がす炎や、ちょろちょろ燃え立つ焚き火や、風の中の花火など見ていると、火と最初に出会った幼児の頃を思い出す。縁戚の印刷所が火を出して、親に現場へ連れて行かれた。家を出たときから、大きな火柱の立つのが遠くに見えた。近づくにつれ、熱と匂いが、激しくなる。狂乱の人々の横顔を、赤い炎が映し出す。恐ろしさと、美しさが、判別できぬほどないまぜになって、何度も夢に出現し、小便をちびったものだ。
okuno.masakatu.org/bishop.html?index.bp+//haiku/07.2004+1089641492

◆ 火事が好きなひとは意外と多いようで、たとえば、坂口安吾と福田恆存。

◇ 熱海大火後まもなく福田恆存に会ったら、
「熱海の火事は見物に行ったろうね」
 ときくから、
「行ったとも。タンノウしたね。翌日は足腰が痛んで不自由したぐらい歩きまわったよ」
「そいつは羨しいね、ぼくも知ってりゃ出かけたんだが、知らなかったもので、実に残念だった」
 と、ひどく口惜しがっている。この虚弱児童のようなおとなしい人物が、意外にも逞しいヤジウマ根性であるから、
「君、そんなに火事が好きかい」
「あゝ。実に残念だったよ」
 見あげたヤジウマ根性だと思って、私は大いに感服した。

坂口安吾 『安吾巷談』(青空文庫

◆ 森茉莉と立川談志。

◇ 茉莉は若い頃の談志に逢って対談している。近くで火事があったと聞いて茉莉が談志に 「火事好きですか?」 と尋ねたら、談志は目をめいっぱい見開いて 「だあい好き」 と答えたそうだ。
www.morimari.net/roman/maridokkiri.htm

◆ 佐山一郎。

◇ 火事と喧嘩は江戸の華という位で、不謹慎ながら、どちらも嫌いなほうではありませんでした。あれは小学生の頃だったか、出動中の消防士に自由ケ丘の沿道から声援を送ったら、暫くして 「カーン、カーン」 と鐘を打ち鳴らしながらのご帰還。真っ赤な車のステップに立つ頼もしげな兄ィが 「さっき『頑張って!』と励ましてくれたのは君だよね。有り難う」。ますます消防ファンになったものです。
diary.nttdata.co.jp/diary2005/12/20051202.html

◆ だれかのダンナさん。

◇ 昨日、夜中の2時に火事があり、サイレンが聞こえて来た時点で、すでに目はキラキラ。トイレに行くフリをして、家を出て火事現場をウットリと見ている。
1028.269g.net/article/260643.html

◆ だれかのお父さん。

◇ ちゃきちゃきの江戸っ子(のフリして実は関西人)の我が父は、遠くで消防車のサイレンが鳴る度に、『それっ!火事だ!』と2階のベランダに飛び出し、ベランダから見えない時には自転車ですっ飛んで見に行ったもんです。(車だと現場近くまで行けないからだそうで)
www.mm-m.ne.jp/mzbar/cocktail/020927.html

◆ あるいは、消防士さん?

◇ 消防士志望のA君の面接での話。 試験官「消防を志願した理由を教えてください」緊張のあまりまい上がっていたA君のとっさの答え A君:「か、か、火事が好きだからです」放火魔もびっくりの名回答に時間が止まり、空気が重くのしかかったそうです。ちなみに彼は立派な消防士としてがんばっているそうです。
deai.com/n.k?BI=d1&ID=LYXAB795

◆ もちろん、

◇ 消防士は火事が好きで消防士になったわけではない。被災者に同情して、火事を消す仕事を選んだのだろう。警察官は、殺人や泥棒をやりたくて警察官になったわけではない。被害者に同情して、防犯や捜査活動に従事している。 / 軍人だっておなじだよ。戦争が好きで、兵隊になったわけではない。紛争や戦争の被害を防止するのが職務だよ。
masa-kagawa.cocolog-nifty.com/yasasii_hikari/2005/05/post_a037.html

◆ と考えるひとも当然いるわけだが・・・、どうだろう?

◆ ひょっとすると日本人はみんな火事が好き?

◇ 先日、テレビで田中角栄の元秘書早坂氏が、おもしろいことを言っていました。「日本人というのは火事が好きで、火事だと聞くと、一目散に飛び出して行く。走って行く群集の一人をつかまえ、火事はどこだい?と聞くと、さあ知らねえよ、と答える」。
www.k3.dion.ne.jp/~mura310/akarenga/2001/akarenga0101.html

◆ 現場に駆けつけたことはないけれど、ワタシもたぶん好きだと思う。とはいえ、火事好きにもさまざまなタイプがあるだろう。火そのものを(あるいは火と水の戦いを)見るのが好きだとか、極限状況に興奮するとか、消防車のサイレンに心が高揚するとか、たんなる野次馬根性だとか・・・

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