MEMORANDUM

  対僊閣

◆ 6月に鎌倉を散策したときに、長谷寺門前の対僊閣(たいせんかく)という旧い旅館が気になって、玄関のガラス戸越しになかを覗いてみたことがある。東京に住んでいると、鎌倉で一泊するというのは贅沢な気がして、いつも日帰りになってしまうのだが、そのうち泊まってみたいと思わせる旅館だった。

◆ つげ義春の『新版 貧困旅行記』(新潮文庫)という本を読んでいたら、1986年(昭和61)6月にかれが妻と息子の三人で行った鎌倉旅行の記述があって、対僊閣に泊まったとある。なるほど家族というものがあれば、旅行にも行かなければならず、お金に余裕がなければ、必然的に旅行は近場になって、東京に住んでいながらも、鎌倉に泊まれるという寸法なのだった。

◇ いつの間にかまた長谷寺参道の入口に戻っていた。古めかしい木造の対僊閣という宿屋に投宿した。先ほど目にとまっていたのだが、見ためにはちょっと物足らなく思え、ためらっていた。しかし夕暮れて正助は疲れた様子なので、夕食なしの朝食のみという味気ないのもやむを得ず泊ることにした。鎌倉の宿屋は、女性専門が多いだけでなく、夕食ぬきも多いようだ。京都へ行ったときもその例で、古都の人は晩めしを食わないのだろうか。
つげ義春『新版 貧困旅行記』(新潮文庫,p.74)

◆ 古都の人が晩めしを食わないかどうかは知らないが、いまでも 「夕食なしの朝食のみ」 らしい。

◇ 一泊朝食付きで7500円。朝食は、、、新米とお味噌汁、お新香、卵焼き、鎌倉名物の畳いわし、ご近所のかまぼこやさんで作られた練り物、そして黒々とした海苔。どれも懐かしい香りがするものばかりです。
www.j-wave.co.jp/original/lohas/sense/contents-091.htm

◇ 朝食の献立は、ご飯に豆腐の味噌汁、玉子焼き、海苔、タタミイワシ、乾物、香の物といった純和風でした。
www8.plala.or.jp/y-naka/jishu4-daibutsu.htm

◇ 夕食はつかず朝食のみ。先代から伝わるぬか床を使用したぬか漬け、ちょっと甘めの玉子焼きに、思わずごはんが進む。
www.hanako-net.com/omise/detail.jsp?id=80904104&gosu=0

◆ こうして献立を引用するだけで、雰囲気が味わえる気がする。いや味わうべきは朝食だった。つげ義春は朝食についてはふれていないけれど、なかなか気に入ったようで、

◇ 対僊閣はなかなか感じの良い宿だった。明治の建築とかで、玄関には私の丈より大きな柱時計が据えられ、電話室も昔のままで珍しく見た。二階の通された部屋は、古びてはいても十二畳と広くさっぱりとして、浜風が吹き抜け心地好い。初老のおかみさん(女中さんか?)も物静かでひかえめで感じが好い。私は掘出し物をしたようで嬉しくなった。宿の向いにはうなぎ屋、その隣りに骨董屋、二、三軒おいて食堂もあり、夕食なしでも不自由しない。私たちの他に客はなく、モダン好みの女性客にはうけそうにない宿だが、それがかえって穴場かもしれないと思った。
つげ義春『新版 貧困旅行記』(新潮文庫,p74)

◆ 建物が建て替えられたりしないうちに、ぜひ行っておかねば。ちなみに門限は10時、風呂は薪だそうで。

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COMMENTS (1)

タネ - 2005/11/24 21:49

どえらい昔話ですが、奈良の新薬師寺(荒れ寺でしたよ)で泊まりました。東京の女子大生と二人で同室で楽しかったです。夜なし朝付きでしたね。
そこへたどりつくまでに陽が落ちてしまい。怖かったですよ
どーも鹿の足音だったらしかったけど
暗闇から無数の足音が・・・   

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