◇ こんな言い間違えしたことありませんか? 「糸に針を通す」 ◆ そもそも、「糸に針を通す」 という表現は誤っているのだろうか? もちろん、太い木綿糸の真ん中に細い針を突き刺して貫通させることなら、不器用なひとが糸を針の穴に通すことよりずっと容易なことに違いないが、そういうことではなくて、 ◇ 針の糸通しは針に糸を通すのではなく、糸に針を通すようにすると、案外うまく行くものです。 ◆ といった場合に、どうして 「糸に針を通す」 と言ってはいけないのだろうか? ◇ ファッションデザイナーの山本寛斎氏が講演で来られ、「針に糸を通す場合は、針を糸に近づけるのだ」 と言われた。 ◆ いくら糸を固定して針のほうを移動させたとしても、それはやはり、針に糸を通しているのであって、その逆ではない、といういうことも可能だろうが、(ワタシの) 感覚的には、「糸に針を通す」 という表現のほうがしっくりとくるのではないか? ことばにそれくらいの柔軟性があってもいいだろうと思う。 ◇ 普通の人は縫い物をするとき 「針に糸を」 通す。ところが、職業的に縫い物をする和裁士のような人は 「針に糸を」 通すそうだ。仮に右利きだとすると、左手の親指と人差し指で数ミリほど頭を出した糸をつまみ、右手に持った針の穴をその糸にくぐらせる要領で通すわけだ。寄席の紙切りはハサミを動かすのではなく、紙を動かすことで驚くほど繊細なシルエットを浮かび上がらせる。りんごや梨の皮むきも同じだろう。ナイフを動かすのではなく、果物のほうを動かすほうが確実で早い。 ◆ マーク・トウェインの 『ハックルベリー・フィンの冒険』 に、こんな一節がある。ある事情からハックは女の子の身なりをしていたが、針に糸を通したとたんに、そのしぐさから女装が見破られてしまう。見破ったのはもちろん女性である。 ◇ Bless you, child, when you set out to thread a needle don't hold the thread still and fetch the needle up to it; hold the needle still and poke the thread at it; that's the way a woman most always does, but a man always does t'other way. ◆ 西洋から見れば、日本人(の女性)もハックに負けず劣らず、あべこべということになるようで、チェンバレンの 『日本事物誌』 によれば、 ◇ Their needle-work sometimes curiously reverses the European methods. Belonging as he does to the inferior sex, the present writer can only speak hesitatingly on such a point. But a lady of his acquaintance informs him that Japanese women needle their thread instead of threading their needle, and that instead of running the needle through the cloth, they hold it still and run the cloth upon it. ◆ 「針に糸を通す」 か 「糸に針を通す」 か。ワタシはどちらだろうかと考えてみて、針仕事をまったくしていないことに思い当たった。 |
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