MEMORANDUM

  寝台列車の思い出

◇ わたしが寝台車に乗っていて体験したもっとも甘美な出来ごとは、もう十年以上前になるが、シチリアのパレルモからナポリに向かって乗ったコンパートメントのなかで起きた。夜更けがたにふと起きて見ると、窓の向こうに巨大な月が耿々(こうこう)としてあった。信じられないことだが、わたしは月の光の強さのおかげで目が醒めたのだ。こんなことが、これからの人生でふたたび起きることがあるだろうかと思うと、わたしは幸福感に包まれた気になった。それまで何十回となく寝台車に乗って旅をしてきたのは、この瞬間に廻りあうためためだったような気持ちさえしてきたのだ。
四方田犬彦 『旅の王様』 (マガジンハウス,p.84)

◆ ワタシが寝台列車に乗ったのはせいぜい十回くらいのもので、それもみな十年以上もむかしのことだが、一度、パリからローマ行の寝台列車に乗ったことがある。ローマは遠いが、次の朝には、とにかくイタリアのまっただなかを走っていることだろう、そう思って眠りに就く。朝、目が覚めると、列車は停車中。どこの駅かと辺りを見回し駅名を確認すると、Ventimiglia と書いてある。そこはまだフランスとの国境の町、ヴェンチミリアだった。目がすっかり覚めて、おなかが少し空いてきても、列車はこの駅に停まったまま、いっこうに出発する気配がない。これではローマに着くのは一週間後になるだろう。

◆ 急行 「津軽」 は秋田県のどこかを走っている。寝台車の寝台で、寝つけずに、ずっと窓から外を見ている。けれども、あたりは一面の闇で何も見えない。ふいに闇に花火が上がる。音もなく花火が上がる。この列車のなかで、この花火を見ているのはワタシだけだろう。そう思うと、とても幸せな気がした。

◆ 今度寝台列車に乗るのはいったいいつのことだろう?

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